ポリニャック領民Aの話
78 ポリニャック領民Aの話
朝の漁が終わり、港で商人に釣った魚を売り捌いて、朝のうちから俺みたいな漁師目当てで朝からやってる定食屋で腹を満たして帰って寝るってぇのが俺の毎日だ。
その日は漁に出る深夜のうちからなんだか街の雰囲気がおかしかった。
みんなそわそわしていやがるんだ。
理由はわかってる。領主のアルガン様から街の至る所にお触れが出ていて、ここ数日は町中じゃあその噂で持ちきりだったからだ。
ここポリニャックは海辺の街で、交易も盛んで普段から活気のある街だ。人口も多いし、皆んながおんなじ話題に夢中になることなんかそうそうありゃしねえ。
でも今回は特別だ。
何しろ王子様が来るって言うんだから。
王都から馬車で2日もかかるこの街に王族が来るってえのも珍しいが、噂では王子は物凄え美形だって話だ。しかも街を歩かれるってことだから、皆一目見たいと思ってるんだろうな。
俺からしてみりゃあ、王族なんてのは雲の上の人っていうか、俺たちとは無関係な存在だから、そこまで騒ぐことか?って気がしないでもないけどな。
すっげぇ美女が来るっていうなら漁に出るのをやめても見てみてぇけど。
滅多に現れない王族なんかより、俺たちの生活を守ってくれている領主様の方がよっぽど有り難え。
アルガン様はしょっちゅう色んなところに顔を出して困ったことがないか聞いてくれるし、魔物が街に近づいたら自ら討伐にむかってくれる。
お貴族様しか使えねえ魔法も使ってくれてるって話だ。
海には滅多に魔物はでねえから俺は見たことねえが、いつか魔法ってやつを見てみてえもんだ。魔物なんかに会うことが無い方が有り難えんだけどな。
んで、今日は漁からあがったらまだ早朝だっていうのに街に大勢人が溢れてやがるんだ。
こんな時間、まだ王子様も寝てるだろうによ、と思いながら行きつけの定食屋に入る。港のすぐ近くで、安くて旨いメシを出してくれる。
「あいよ、いつものやつでいいだろ?」
注文も聞かず魚の酢漬けの乗ったパンとエールを出してくる。毎回同じもんしか頼まねえから顔見りゃ自動で出てくる。魚はそん時によって違うが、港でとれたての安い青魚で作られているが、いい状態の魚をすぐに塩でしめて、酢とハーブで漬け込んであるんでハズレがない。
安くて軽いエールで流し込めば、このために生きていると実感させられる。
「今日はえらい客が多いじゃねえか。」
普段はまばらな店内がぎゅうぎゅうになるくらいの人出だ。
「知ってんだろ?王子様が来るってえから皆早起きしてるんだよ。滅多に見れるもんじゃねえからな。」
と店主がカウンター越しに返してくる。
「そんな見たいもんかねえ?」
「王族なんか一生に一度見れるかもわかんねえんだ。俺たちと違って精霊みたいな存在だって噂だぜ。」
「そりゃあさすがに言い過ぎだろ。精霊様に祟られなきゃいいけどな。」
王族っつっても人間だろ。精霊様に聞かれたら気い悪くされるんじゃねえか、と身震いする。
しばらくグダグダと飲んだくれて外に出てみりゃあ外はすげえ人出だった。ちょうど近くを王子が通るって話を周りでしてるもんだから、せっかくだから見ていくか、と思い待ってみる。
人の流れが自然に割れていき、王子と思しき人物が近づいてくる。
女神?
思わず呆けてしまう。
周りを見てみりゃあ俺もおんなじような顔してるんだろうが、皆口を開けて顔を赤らめて間抜けづらで王子を見ている。
同じ人間とは思えない、精霊だって言われた方がしっくりくる容貌の、黄金色の髪の男が人並みの間を歩いてくる。
王子が通り過ぎたあたりから、我に返った者たちが
「シャルル王子様万歳!」
「サファリア王国万歳!」
だの歓声をあげだすが、姿を見た直後の者達は硬直してしまっている。
ところどころ、露店で立ち止まって、話しかけられた店主が見ている方が可哀想になるくらい緊張してしまい、握手されて涙目になっている。
「えげつねえ」
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たった1日の来訪だった王子様の話題はここから数ヶ月にわたって街を賑わせていた。
街では王子の姿絵が飛ぶように売れていたが、本物を見た後だとちゃちいラクガキみてえなもんにしか見えなかった。
とはいえ、俺の狭い部屋にも飾られているのはここだけの話だが。




