学園一年生35夏季休暇6 ポリニャック領訪問1
76 学園一年生35夏季休暇6 ポリニャック領訪問
学園に入学して、俺は今まで前世の記憶にあるゲーム「光の乙女の楽園」のストーリーに依存しすぎていたことに気付かされた。
ゲームの登場人物であるシャルルに転生した。
攻略対象者としてのフエゴ、ラファル、テール、スルス。悪役令嬢のベアトリス、主人公のマリア。
ゲームと同じ人間がこの世界に実在して、サファリア王国と学園だけで世界が完結しているような感覚。感覚というより思い込みという言葉が近いかもしれない。
無意識に、この世界はゲームの中の世界だと思いこんでいた。
実際に登場人物達と接する中で、一人一人色んな境遇があり、ちゃんと自分で考えている、というあたり前の感覚が俺に無かったことに気付かされた。
どこかでこれはゲームの世界だと決めつけていたが、テールやスルスの話を聞き、ゲームでは語られなかった現実世界としてこの世界を認識できた。
主人公であるはずのマリアは、ただの1人の女の子で、攻略対象者を攻略するどころか、疎遠になってしまっている。
悪役令嬢になるはずだったベアトリスはただの(世界で1番の)令嬢で、悪役になる陰りもない。
それなら俺はちゃんとこの世界を受け止めて、将来の王として色んな場所に行って、その地のことを知りたい。
その第一歩として、スルスの親が治めるポリニャック領に向かうことにしたのだ。
スルスと接するようになり、王都と地方領の違いを知り、実際に見てみたいと思った。
もちろん急に行くのではなく、学園にいる間にスルスに打診はしていた。
父である王からの許可がもらえなければ行けないことも含めて、「訪問する可能性がある」ことはスルスの父ポリニャック領主アルガンにも伝えてもらっていた。伝えた時点で迎え入れの準備を始めるだろうから、行けなかったら無駄手間をかけてしまうことを申し訳ないと思っていたが、無事父上から許可がもらえて安堵した。
王都から学園に向かう道を馬車で南下し1日で着く町で一泊する。翌日、その先の分岐を東にむかい、さらに約1日かけてポリニャック領に入る。
ポリニャックに向かう道の左側(北側)には森があり、その森は王都の近くの森と繋がっているというからその規模が窺い知れた。
ポリニャックの街は王都のような強固な石壁ではなく、木で組んだ柵のようなもので囲まれていた。少し強い魔物が出たら、簡単に壊されてしまうだろう。
スルスは領地を守るため、魔法陣の研究にのめり込んだと言っていた。物理的に頼りない柵だけでは町の防衛が心許ない、と思った心情を察する。学園を守る魔法陣と同じ性能の魔法陣の設置は無理だとしても、町の防衛に寄与する魔法陣の開発ができれば、ポリニャックだけでなく他の街も安心だろう。
俺の乗った馬車は街の中にあるポリニャック領主の館に向かった。
もうすっかり夜の帳が下りた時間だが、ハッキリとわかる。
壁がない。
王都では街の周り、貴族街、王城と区画ごとに高い石壁があるのに、街の中央に位置する領主の館の周りには低木の生垣があるだけだった。
領主の館の隣には、同じくらいの大きさの館がある。建物の装飾が少ないことから、役場のようなものだと推測できる。
あまりにも無防備な状態だ。
衝撃を受けていると、馬車は領主の館に到着する。
玄関の外で馬車を出迎える2人の人影と、奥には多数の人影が見える。スルスと、横にいるのは恐らく領主だろう。奥の者達は2人の家族と使用人だろうか。
馬車から降りると、2人が歩み寄ってくる。
「ようこそお越しいただきました。ポリニャック領主のアルガン・ポリニャックと申します。いつも息子がお世話になっております。」
「シャルル・ド・リュミエールです。急な申し出で申し訳ない。スルス先生にはいつもお世話になっております。」
「お世話などと畏れ多い、、、スルス、シャルル様に滞在いただく部屋をご案内しろ。」
「かしこまりました。シャルル様、長旅お疲れ様でございます。お部屋にご案内いたします。」
スルスと早々に2人になれたのはありがたい。領主のアルガン殿も、使用人らしき者たちも、ガチガチに緊張しているのが伝わってきて居心地が悪かった。
王族が領地に訪れる、ということ自体恐らく数年に一度。俺に至っては初だ。皆緊張するとは思っていたが、あそこまでとは思わなかった。
屋敷の2階の廊下の端の部屋に通される。部屋はこじんまりとしているが、内装がシックで落ち着いた雰囲気だ。
「こちらがシャルル様のお部屋になります。当館で1番良い客間ですが、シャルル様には狭いかと。」
「スルス先生、2人の時にはいつも通りで構いませんよ。十分良いお部屋です。お気遣いなく。」
「はあ、本当に来るとは思ってなかったんだがね。」
「色々とお手間お掛けして申し訳ありません。割とあっさり父上から了承を得られたものですから。」
「腕輪のことは国王に伝えたのか?」
「いえ、流石にこれのことは話して良いものかスルス先生に相談してからにした方が良いかと。」
「賢明な判断だ。言わないでいてくれて助かった。腕輪のことを知らずに当領への訪問を許可いただいたということか。なるほど、面倒を押し付けられたか。」
なんだか、スルスが不穏な顔になってきたので再度謝っておこう。
「本当にこの度は申し訳ありません。アルガン殿にもスルス先生にも、急な申し出でお時間を取らせてしまいました。基本的に放っておいてもらえれば勝手に領内を見て回るので、お気遣いなく、、、、」
「貴方は馬鹿なのですか?」
固まってしまった。今世で馬鹿扱いは初めてだった。
「滅多に領地に来ない王族というだけでも目立つのに、貴方は殊更目立つ。領主が王子である貴方を放っておいて1人でフラフラさせていたら、父が不敬だと噂になる。それくらいわかるでしょう?」
ぐうの音も出ない。
「シャルル王子の案内役として私は残りの休暇期間常に同行する。貴重な休みだったんですけどねぇ。」
「申し訳ありません!!」
「謝罪はいらない。実際のところ君が来てくれて嬉しく思っているよ。」
「え?」
「前にも話したけど、地方と中央は何もかもが違うが、同じ国だ。将来の国王となる君がしっかりと状況を把握して今後の国の運営に役立ててくれるならこんなに嬉しいことはない。」
「先生、ありがとうございます。短期間ですが、しっかり学びたいと思います。」
「よろしい、それでは、夕食の時間までゆっくりしてくれたまえ。後で使用人が呼びに来る。」
「はい。」
スルスが退室した後、簡単にストレッチをして体をほぐし、長椅子に腰掛けティーポットに入った紅茶を飲んで時間を潰す。
ティーポットからは既に茶葉は抜き取られていて、渋くなっていない。ティーポット自体に保温の機能がある。これは魔法陣ではなく魔道具だ。
先程のアルガンや使用人の緊張状態を思い出し、来たことを後悔しかけたが、スルスは前向きに考えてくれていることに安堵する。
数日でどこまで見れるかわからないが、この視察が有意義なものになると良いな、と思う。




