閑話 お兄ちゃんは妹と過ごしたい
74閑話 お兄ちゃんは妹と過ごしたい
馬車の中、ベアトリスとフェルディナンドは対面に座っている。
ベアトリスを魔法の修練の場から強引に連れ去ったフェルディナンドは貴族街にあるドアバック家の屋敷へ向かうため、家紋のついた馬車に彼女を乗せ、城外へむかっている。馬車の中には重たい空気が漂っている。
明らかに不機嫌な顔をしたベアトリスは兄の方を見ず、窓の外に視線を向けている。その冷ややかな眼は悪役令嬢として役どころを与えられた女性に相応しい、見るものの心を凍らせる類のものだ。
フェルディナンドは反対側の窓を見ているふりをしつつ、チラチラとベアトリスの様子を伺っている。
妹がこんな表情を兄に見せるのは初めてである。
誰も寄せ付けないような冷たい目。
母を除き、父親の宰相ベルナール、フェルディナンドと、ドアバック家の顔は「怖い」「冷たい」と表されることが多い。
この国では他にいない黒髪と紫の目、ということもあるが鋭い目付きと整った顔に、大抵の者は萎縮する。フェルディナンドはシャルル達の入学と入れ違いに学園を卒業し、文官として国の中央で働いている。新入社員とは思えない有能さと、その厳しい態度で、職場ではまるで重鎮のような扱いを受けている。。同期で入った者は元より、目上の者にまで敬語を使われている。勿論、ベルナールの子息ということも大きいが、それ以上にドアバック家の者だけが持つ厳しい雰囲気によるものだろう。
そしてベアトリスもそのドアバック家の雰囲気を色濃く継いでいる。
小さい頃は髪や眼の色で揶揄われ、家の中に引き篭もるようになった、いや、フェルディナンドが引き籠らせたという面もあったのだが。
そんな気弱な顔と、礼儀作法をしっかりと学んだ淑女らしい顔。
そして、お兄様、と言う時の花の綻んだような眩しい顔を思い出しながら、こんな面もあったのか、と彼女のドアバック家特有の冷たい表情を見守るフェルディナンド。
悪くない。
むしろ新しい一面が見れて嬉しい。
などと、妹の怒りが自分に向いていることを自覚しつつも妹の顔を盗み見るフェルディナンドであった。
シスコンを拗らせた兄は面倒な存在である。
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会話もないまま、ドアバック家に到着した馬車から2人は降りる。
無言のままではあるが降りる時に手を取りエスコートすることは忘れない。
ベアトリスは無言ではあるが、先ほどよりは目付きの鋭さは失せている。怒りが長続きしないのだ。彼女は元々あまり怒ることはない。シャルルと自分を離そうとする兄の態度に納得できないことはあっても、怒り慣れていない彼女は最終的には兄の態度を許してしまう。
兄がたった1人の妹である自分を大切に思ってくれていて、幼少期に虐める子供達から守ってくれた存在であることを理解している。守り抜いた妹があと数年でシャルル様の元へ行くのは寂しいのだろう、ということが解っているため、兄の態度に時折、シャルル様に対して不敬すぎると思いつつ許してしまうのだ。
ベアトリスが考えているよりも兄の想いは深いのだが、一般的な兄妹の範疇だとベアトリスは誤認している。10歳まで引きこもり状態で、それ以降もあまり交友関係が広くないベアトリスは、世間一般の常識が欠如しているところがある。
「ごめんなさいね、予定があったのでしょう?」
馬車を降りると母が出迎えてくれていた。
2人の母は、土の属性である茶色の髪の、身に纏う雰囲気が緩やかな女性だ。
ベアトリスがラファルと仲が良いのも、どこか母に似た穏やかな空気をラファルが纏っている点にあるのだろう。
「いいえ、お母様。急用だと伺いまして。何かあったのでしょうか?」
先程までの鋭い視線はどこに行ったのか、ベアトリスは穏やかでかつ心配そうに母へ近づく。
「いえ、急用ではなくベアトリスが用事を済ませて帰ってからで良かったのだけれど。」
と、チラチラとフェルディナンドに目線を送る。
「ベアトリスのドレスが仕上がったんだ。」
と、フェルディナンドが口にした瞬間にベアトリスから兄に向けるべきではない視線がフェルディナンドに飛ぶ。
「全く急用ではございませんわね?しかも、お母様まで巻き込んで、、、」
怒りに震えるベアトリスはフェルディナンドを睨みつける。
「何を言う、半年も離れていて、新しいドレスも仕立てておらず、ここ数日は私も父上も仕事で不在。ベアトリスが帰ってからゆっくりとした時間は持てていない。戻ってきたベアトリスを歓待するのが急用でないはずがない。」
と、謎理論を捲し立てられたら兄を叱ろうと思ったベアトリスも毒気を抜かれ、ポカンとするしかない。
放心状態のベアトリスを連れ、新しいドレスを着せようとする母のなすがままになる。
自室に連れて行かれ、横で母が見守る中、侍女に着せ替え人形のように着替えさせられるベアトリス。
「お母様、お兄様とグルですわね?」
急用などなかったことに正直ホッとしている。急用と言われる内容の大半は悪いことだからだ。
「まあ、ベアトリス。グルなどという言葉は教えたつもりはなくてよ?」と朗らかに笑う母。
「一緒に悪巧みをされたのですね?」
「ふふふ、そうよ。急いで帰ってくると思ってはいたけどまさかこんなに早いとは思わなかったのだけれど。ベアトリスちゃんと、この屋敷で暮らすのもあと数年でしょ?私だって少しでも一緒にいたいわ。」
午後の仕事をサボったのは兄の暴走だったのはわかったが、優しい母からそう言われると一気に離れる寂しさが心を占める。学園卒業後はすぐにシャルルと結婚し、王宮で暮らすことになるだろう。大切な家族と暮らせるのもあとわずかなのだ。
「まあ、そんな悲しい顔をしないで。会えなくなるわけではないのよ。せっかくの新しいドレスなんだから嬉しそうにしてもらえるかしら。」
着せてもらったドレスは明るい薄紫色で滑らかな質感と上品な光沢がある可愛らしいフレアラインのドレスだった。
「まあ、可愛い。よく似合っているわ。」
「ありがとうございます。お母様。」
「ふふふ、フェルディナンドがデザインを選んだのよ。お礼を言ってあげてちょうだい。」
支度が終わり部屋の扉の外に出るとフェルディナンドが待っていた。
「まあ、お兄様、いつから、、、」
「可愛いぞ!ベアトリス!よく似合う!!」
前のめりな兄にたじろぐベアトリス。
「白い羽が生えて飛んでいってしまわないか心配だ。さすが私の天使。どんなドレスも着こなせてしまうとは、、、」
「あ、あの、お兄様!」
長くなりそうな称賛の声を遮り話しかける。
「お兄様が選んでくださったのでしょう?ありがとうございますわ。」
胸が詰まり、目が熱くなるのを感じ立ちすくむフェルディナンド。
「ふふふ、良かったわね。フェルディナンド。さあさあ、お茶にしましょう。家族水入らずのお茶会も良いものよ?」
「母上、ベアトリスに買った菓子があります。執事に渡してあるので用意させてください。」
「まあ、ベアトリスちゃんにばかり。」
息子の過保護っぷりに呆れる母親だが、いつものことなのでさほど気にはしない。
庭園の中に設けた四阿にむかうまで、ベアトリスのエスコートをするフェルディナンド。シャルルとベアトリスが婚約してから、夜会のエスコート役はシャルルに奪われてしまったため、数少ない機会を堪能する。
四阿までの道は煉瓦を埋め込んだ歩道が続いているが、ヒールのある靴での移動なので足元に気をつけるよう促す。促しすぎてベアトリスに軽く怒られる。
所々木陰になっているとはいえ、夏の強い陽射しがベアトリスの透き通るような白い肌を傷つけるのではないか、日傘を用意するよう侍女に言ったところでそこまで距離がないからとベアトリスに嗜められる。
四阿につくまで、あれもこれもと心配する兄にベアトリスは少し疲れを感じた。
「お兄様、小さい子ではないのですからそこまでお気遣い頂かなくて結構でしてよ。」
「ベアトリスが何歳になろうとも、いつまでも私にとっては可愛い妹なんだ。世話を焼かせておくれ。」
真面目な顔でそう言われれば諦める他ない。
母はそんな2人を見ながらくすくすと笑っている。
ドアバック家では庭園でお茶会が開けるよう、数個の四阿を有している。
その中でもこちらはある程度の人数が収容できるよう大きな作りとなっており、ガーデンテラスといった方がしっくりくる広さだ。
ウッドデッキにテーブルと椅子がいくつか並べてあり、壁はなく、屋根部分は木で組んであり、びっしりと蔦を這わせて木陰を作ってある。
3人で使うには広すぎる空間だが、小川の近くにあり風が抜けるので夏の茶会に適した場所だ。
侍女達が茶や果実水を用意した後、数種類のタルトを持ってくる。
「まあ、この店のタルト、とても人気があるのよね。」
母が嬉しそうに呟く。
「ベアトリスのために3ヶ月前から予約しておきました。」
「お兄様、夏季休暇に帰ると連絡したのは1か月前ですけれど、、、」
「長期休暇は必ず家に帰るものだろう?」
「お兄様は毎回帰っていらっしゃってましたけど、ご存知だと思いますが学園寮に残ったり、アカサンドリアに旅行をする者だっていますわ。」
「まあ、ベアトリスちゃんが帰ってこないのは寂しいわ。毎回帰ってきてくれるわよね。」
と、母が笑顔でサポートしてくると、ベアトリスは頷くしかない。
目に見えてフェルディナンドの機嫌が良くなる。
「学園を卒業してもずっと家にいても良いのだぞ。婚約したからといってすぐに結婚しないといけないわけではない。卒業後何年か働いてからでもよいのだしな。」
「フェルディナンド、それは難しいわね。ベアトリスは将来王妃になるのですから。早く王宮に慣れる必要があることはわかっているのでしょう?」
「理解はしております。でも嫌なものは嫌なのです。」
きっぱりと言い切るフェルディナンドに呆れた顔をする母。
「あなたも早く婚約者を見つけなければね。沢山釣書は来ているのに一向に見ようとしないのだから。」
「ベアトリスより淑女らしい女性がいたら直ぐにでも。いるはずがありませんが。」
「お、お兄様、、、沢山いらっしゃると思いますけれど。」
「いない。」
断言するフェルディナンドに母娘は顔を見合わせ、気まずそうに話題を変えるのであった。




