登校初日 4 フエゴ視点
今日の魔術科目の説明会、急にシャルルがおかしくなった。
顔色が悪くなり、何かを考え込み始めた。
ベアトリス様はシャルルが体調を崩されたのかと心配して声をかけていたし、テールも珍しく慌てていた。
俺たちが声をかけても
「何でもない」
「体調が優れないので帰る」
と言って心ここに在らず、といった体で去ってしまった。
ベアトリス様とテールは急に去ったシャルルを呆然と見送っていたが、俺には気になる事があった。
シャルルの目線の先にいた金色の髪の女だ。
シャルルはその女を見て顔色を変えたのだ。
金色の髪、つまりは光属性を持つ者は希少だ。我が国では王族以外では1人も光属性を持つ者はいないはずだ。
ただ、希少とはいえ、全く世の中にいないわけではない。光属性を持つ者がいる、ということにシャルルがあそこまで驚くはずがない。
つまり、それ以外の何かで驚いたのだろう。
俺はその女がシャルルの心を乱した理由が知りたくなり、ベアトリス様とテールに場を離れる旨断りをいれ、その女に近づいた。
「おい」
「はい?」
普通の女だ。髪色が薄いものの金色、という以外に特に特徴がない。
「俺はサファリア王国のフエゴ・アルカンタラ。お前は何者だ?」
「何者と申されても、、、唯の平民の娘ですよ。アカサンドリアのパン屋の娘のマリアです。」
「平民がここに?」
「はい、光属性は珍しいってことと。どうやら魔力があるらしくて入園するよう国から言われたんです。」
アカサンドリアの平民?サファリアから出た事がないシャルルと何の接点もないだろう。
「我が国のシャルル王子を知っているか?」
「あー、入園式で見ましたよ!代表挨拶した人ですよね?なんかすっごいキラキラしていて、物語に出てくる王子様ー!って感じの人ですよね?」
「あ、ああ。」
やはり知り合いではなさそうだ。
「フエゴ君は知り合いなんですか?」
君、、、。そうか、平民だと君呼びをするんだったな。
「ああ、仲良くしている。」
「すごいですね!近くで見たら目潰れたりしないんですか?遠目でもイケメンすぎて、周りの子達もシャルル王子に見惚れてフラフラしてましたよー。」
「すまん、思い違いのようだ。失礼する。」
女独特の姦しさに辟易し、まだ話し足りなそうなマリアの元から去る。
全く接点はなさそうだ。マリアを見て顔色を悪くした、と思ったが勘違いだったのだろうか。
******
魔術科目の見学が終わり、他に2科目見学をして、帰寮した。
そろそろシャルルも落ち着いた頃かと思い、侍女を通して大風呂に誘ってみることにした。部屋に行っても良かったのだが、マリアのことを聞いてみるのに、もしかするとベアトリス様が来るかもしれないシャルルの部屋より、男のみの風呂の方が良いだろうと思ったのだ。
俺は大風呂には入ったことはないが、シャルルが興味を持っていたので、風呂着は侍女に用意させていた。
シャルルの元に使いに出した侍女が帰ってきて、準備出来次第むかう、と言付けされていたので大風呂に向かう。
男 と書かれた入り口を入り、中に突っ立っている衛兵から説明をきく。
ここで風呂着に着替え、大風呂に入るらしい。
風呂着はアカサンドリアの者が通常着ているような服だった。上着は袖がなく、ズボンは半ズボンになっている。簡素過ぎて下着姿のようで落ち着かない。俺がもたついていたので、着替え終わったらシャルルが入ってきた。
「早かったな。ははっ野盗のようだな。」
と笑われる。良かった。いつも通りに戻っている。
「なんだ?ニヤけて。野盗と言われて嬉しいのか?変なやつだな」
変な勘違いをされてしまった。
「いえ、先程体調を壊されていたのでお元気になられていて安心しました。」
「そういうことか。」
誤解は解いておこう。
「ところでいつまでここにいるのだ?着替えるところでも見るつもりか?」
ニヤリと笑われ、顔が赤くなる。
「ち、違います!先行きます!」
慌てて大風呂に続く扉を開ける。
「うわ!」
大量の湯気と熱気が襲ってくる。
「フエゴ、扉を入ったところで待っておけ」
「はい!」
振り向かずに返事をして、扉の奥に入る。
「はあー、、、」
思わずしゃがみ込む。
アイツはいつもああいう冗談を言うから心臓に悪い。
「待たせたな。ん?大丈夫か、湯気だけでのぼせたか?」
慌てて立ち上がる。
うわーなんか新鮮だ。いつもシャルルはかっちりした格好をしているから、こういうラフな格好を見ることはない。
ノースリーブから出ている細い腕や、膝から下の白い足には男性らしい筋肉がついているので女性と見間違うことはないだろう。
「テールが女性だと思ったっていうのは嘘だな」
っと思ったことが口から出てしまう。
「失礼な話だよな。湯に浸かっている時だったし、湯気でよくわからなかったんじゃないか?」
まあ、顔だけ見たらまだ女に見えるもんな。
「今失礼なことを考えただろう?」
まずい。なんでわかったんだ?
「シャルル様、大風呂は初めてです!早く入りましょう!」
「待て、まず入る前にそこのオケで掛け湯をするんだ。」
あっさりと話題逸らしに成功し、シャルルに倣い、体に湯をかける。
さっと湯に入るシャルルとは違い、俺は恐る恐る湯に足をつける。
「熱っ!」
思っていたより熱い。
シャルルはそんな俺の様子を見て楽しそうだ。
「大男がたかが湯如きにビビる様子は面白いな。」
こちらは面白くない。
思い切って肩まで浸かると、熱さに体が慣れてくる。
「なかなか良いものですね、、、」
体全体が暖められ、心地よい。
「そうだろう?サファリアでも取り入れなければな」
とシャルルはなぜか自分のことのように嬉しそうにしている。
確かにこうやって湯に浸かっていて、顔だけ出していたら女だとテールが思うのもおかしくないなあ、とぼーっと考えていると
「それで?話したい事があるのだろう?」
とシャルルから振ってくる。
「はい、今日の魔術科目の時の話です。シャルル様が体調が悪くなられた時に金色の髪の女を見ていられたと思ったのですが。」
シャルルは何も答えない。
合っているかはわからない。
「アカサンドリアの平民の娘を気にされる意味が判らず、お知り合いなのかと。」
「待て、マリアはアカサンドリアの平民なのか?」
「やはりご存知だったんですね。」
しまった、という顔をするシャルル。
名前まで知っている、ということはやはり知り合いのようだ。
「マリアの方は、シャルル様のことは学園の入園式の挨拶で知っただけのようです。お話いただける内容ではないと思いましたが、マリアを見たシャルル様のご様子が只事ではなさそうだったのでどうしても気になりまして」
また少し考え込むシャルル。
「フエゴは彼女と話したのか?どんな女だった?」
俺の問いには答える気はなさそうだ。ただ、マリアののことを気にしていることはもう隠さないと決めたようだ。
「どう、と言われましてもどこにでもいるような姦しくて、特に特徴がない女でした。」
「そうか、、、」
シャルルは答えないので俺が思い付いた考えを述べてみる。
「失礼を承知で申し上げます。もしかすると彼女は、サファリア王の娘なのでは?」
口を開けてポカンとした顔で俺の顔を見るシャルル。
「すげー間抜けな顔、、、」
「五月蝿い!お前が変な事を言うから!、、、、、いや、そうかもしれない、と俺も思ったんだ。うん、そうだ、髪の色が金色の者を王族以外で初めて見て、もしや父上の隠し子かと思い、マリアの名前は教師に確認したんだ。」
「本当に?」
「本当だ!」
俺が言ったことに乗っかって本当の理由は隠しているようにも見えるが。
話すつもりがないならそういうことにしておこう。
「あまり気が進まないのだが彼女と接触を持ちたいと考えている。顔見知りになったのならちょうど良い。フエゴ、繋いでくれるか?」
「え!?」
俄には信じられない事を言い出すシャルル。
「ベアトリス様から彼女に乗り換えるつもりじゃないですよね?」
「そんなわけあるか!」
まあ、それはないだろう、と思ったが一応聞いてみた。どう見ても一目惚れした、という雰囲気ではなかったからな。
「どうして接触を?」
「異母兄妹かもしれない相手だ、どんな人間か知りたいだけだ。」
まあ、筋が通る。ただ、異母兄妹というのは無理がある。顔立ちも全く似ていないし、あの王が他国で、しかも平民に手を出すとは考えられない。本当だったら大スキャンダルだ。
「はあー、まあ、シャルル様が言うなら協力しますよ。」ため息を吐きながらも引き受ける。
その内本当の事情を説明してくれるだろう。2人の話す内容からいくらかの情報も得られるだろうし。
「すまんな。面倒なことを頼んで。」
本当に面倒だ。
今日会った時のマリアを思い出す。
シャルルと会わせようとしたらぶっ倒れそうだ。キャーキャー叫んで五月蝿くされるのも面倒だな。目隠しでもして連れてくるか?
「そろそろ出ようか、のぼせるぞ」
「のぼせる?」
変な言葉だな。シャルルに続いて俺も立ち上がる。
ぐらりと地面が揺れる。
立っていられない。
「フエゴ!」
咄嗟に倒れそうな俺を抱き止めるシャルル。
「だ、大丈夫だから!」
と言って振り払おうとするが体に力が入らない。
状態異常の魔法?
「シャルル、誰かが状態異常の魔法を放ったのかもしれない、周りに警戒を!」
「馬鹿が。いや、風呂初心者への俺の配慮が足りなかったな。もういいから喋るな。」
ずるずると浴場から引き摺り出され、床に寝かされる。
「脱衣場の方がいいな。ちょっと待ってろ。お前は重過ぎて俺には持ち上げられん。」
そう言って脱衣場から衛兵を連れてきて、2人がかりで脱衣場まで運ばれる。
床に寝かされ、扇子で仰がれる。
「長時間風呂に入るとそうなる。それがのぼせだ。」と説明を受ける。
「...情け無いです。」
「前もこんなことがあったな。あの時は膝枕をしていたな。」
「忘れてください」
下から見るシャルルの顔はあの時以来だ。
相変わらず整った顔をしている。まあ毎日のように見ているのだけれども。毎日見ても綺麗だと思う。
髪も濡れたままで、雫が肌を滑り落ち、俺に落ちてくる。風呂に入って白い肌が赤く染まっている。
「シャルル様!着替えてください。濡れたままでは風邪をひいてしまいます!」
うまく頭が回っていないので覗き込んでいるシャルルの顔をぼーっと見てしまっていたが、変な気分になってきてしまいそうになり、慌てて声をかける。
「そうさせてもらうか。お前はもう少し寝ておけ。」
観葉植物のむこうでシャルルが着替える音が聞こえる。
「何か飲み物をとってくる。」
そう声をかけられ、出て行く音がする。
シャルルが脱衣場から出た後、何人かの男子生徒が入ってきて、倒れている俺に驚いたり心配そうに声をかけてきた。恥ずかしいが、まだうまく立ち上がれない。
なんとか体を起こせるようになった頃、俺の侍女をシャルルが連れてきた。
冷たいレモン水を用意してくれたので、飲んで体を落ち着かせる。
侍女な体を拭いたり、着替えを手伝ってもらう。
「もう大丈夫です。心配おかけしました。」
立ち上がるとまだ少しふらついた。
断ったが、部屋までシャルルが肩を貸してくれ、なんとか部屋まで戻る事ができた。
「無理はせずゆっくり休め。侍女に言って食堂から夕食を運んでもらえよ。」
そう言って去るシャルル。
その日は夕食もとらず寝室に引きこもった。
頭の中からはマリアのことは完全に抜け落ちていて、密着した体の感触や至近距離で見た顔。濡れた髪と身体。俺の頭を占めるのはシャルルのことばかりだった。
もう、ため息しか出ない。
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