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242. 見えないエルザと乱取り

 ギルドに戻って、行水場で汗を流す。

 ふう、さっぱりするね。


 こんどはレティア式格闘着に着替えて中庭にいく。

 パットも行水を済ませてやってきた。格闘着姿だ。


 もう早い人は柔道場に来ていて、受け身の練習とかをしていた。


「おはようございます、勇者ゲンキ」

「おはようございます」


 口々に生徒の人と挨拶を交わす。

 マイカル様は、自分の神棚の前で置物みたいにじっと目を閉じていた。


あんちゃんおはようー」

「おはようございます、勇者さん」


 クルツと、黒い幽霊ブラックゴーストの子ども達もやってきた。

 みんな、レティア格闘着姿だなあ。

 お揃いで似合ってる。


「おはようございます。うわあ、人が多いね」

「勇者がまた講義するからにゃっ」

「おお、変なマットだなあ、足触りが良いぞ」


 白翼遊撃団の人達もやってきた、この人達は、冒険着というか、ジャージっぽい服だね。


「おはようございやす」

「来たぜー」


 エルザさんと、リターナーさんもやってくる。

 エルザさんは、黒い忍者みたいな服。

 リターナーさんは冒険着で、ジャージだ。


「なんだか、人が多いざますわね。もう少しドージョーを広げなければなりませんざますね」

「おはようございます、ギルドマスター」

「勇者ゲンキとの講義はひさびさなので楽しみにしてましたざますが、こう人が多くてはかないませんざますね」

「とりあえず、僕とパットとギルマスで、初めての人に受け身を教えましょう。それが終わったら、それぞれ乱取りで」


 とはいえ、この柔道場の大きさでは、二組ぐらいしか乱取りの場所が取れないね。


「そうざますね。とりあえずウケミを覚えないとジュードーは覚えられないざます」

「それでは、手分けをして指導いたしましょう、我が君」


 初めての人に手を上げて貰って、集まってもらう。

 半分ぐらいが初めての人だね。

 経験者の人は、柔道場から出て見ててもらう。

 場所が無いのであるよ。

 メルクさんが、敷物を持って来て、地面に引いてくれた。

 そこに、クルツとかが座って、僕たちを注目していた。

 受け身の復習にもなるから、見取り稽古は良いよね。


 僕は五人ほどの冒険者さんたちに、受け身の初歩を教えた。


「こうかにゃ?」


 ニーナさんは猫族なので、感が良いね、一発で良い音を立てて受け身を取った。


「うまいうまい。そんな感じです。あ、セストルさん、ちょっと叩くのが早いですね」

「こうかな、けっこう難しいね」

「団長、こうにゃ、こうっ」


 横受け身、縦受け身、回転受け身と、教えていく。

 受け身の種類はそんなには無いから、すぐ覚えられるね。


 なんだか、ニーナさんが凄く受け身が上手い。

 身体も柔らかいから、くるくる回転受け身を取って動いて行く。


「これは面白いにゃ、早くやるんだったにゃ」


 シパンシパンシパン。


「うむむ、負けてられないね」


 セストルさんも、だんだんと型が良くなってきている。

 さすがは一流の冒険者だから、覚えが早いね。


「ふむ、技能の教え方が完成されておるのう、異世界の柔道指導者、侮りが足し」


 マイカルさまが興味深そうに指導を凝視している。

 きっとマイカル流受け身を考えておられるのであろう。


「西郷四郎って柔道の人は、猫の動きにヒントを得て、高い所から飛び降りて受け身の練習をしたそうだよ」

「にゃにゃっ、本職の猫のわたしとしては、まけてられないにゃっ!!」


 良くわからない冒険者の人に、細かく動作を分けて説明する。

 基本は、畳を叩いて、衝撃をながすんだよね。

 パアンッ。


「勇者、勇者、ちょっと投げて欲しいにゃ、ウケミがどんなのか知りたいにゃ」

「いいですよ」


 ニーナさんのジャージをつかんで組み合い、体落としをしかけた。

 お、身体がやっこいので、綺麗に決まるな。

 パアンといい音を立てて、ニーナさんが受け身を取った。


「なるほどにゃー、ウケミが取れると、投げられた威力が減るにゃ!」

「なるほどなあ、合理的だね」

「ダンジョンではあまり投げられる事は無いでしょうが、体当たりとかで吹っ飛ばされた時などに効果があるようです」

「吹っ飛ばされて、ウケミを取って、即座に立ち上がって反撃できるぜ。この前やった」


 クルツが道場の外から口をはさんだ。


「そういえば、シルビアさんは?」

「深酒して寝込んだにゃ」

「来たがっていたんだけどね」


 それはそれは。


 それぞれに受け身の練習をして貰うことにした。

 うんうん、みんな覚えが早いね。

 やっぱり実際の冒険に役に立つ技術は真剣に覚えるみたいだ。

 しばらく、初心者さんの受け身を見て、変な所を指導した。


 さて、受け身ができる中級の人と変わって貰って、立ち技を教えていく。

 エルザさんとか、リターナーさん、クルツと坊主ズも、ここらへんだね。


「新しい技を教えろ-」

「教えてくださいやし」

「俺も俺も、あんちゃん」

「ずるいぞ、クルツ、僕にも教えてくださいっ」


 僕は大人気であるよ。


 とりあえず、出足払いからの足かけ技を教えてみた。

 掛け技は、体勢を崩す基本的な技で、これでゆさぶって大技に繋いだりするので、意外に大事。

 というか、上手くなってくると大技とか、すかされやすいので、小技の切れが重要になってくるのよね。


「あ、こりゃいいな」


 さっそく、運動チートのエルザさんが一目で完璧に覚えて、クルツに掛けて、ころころ転がしていた。


「ええええ、なんで、どうして、投げられたんだ?」

「腕だ、腕、けけけ」


 クルツはまた転がされた。

 僕は、クルツに向けてゆっくり上体の崩しから、足をそえて払う所までをゆっくりやってみせた。


「あ、そうか、上体とか、腕とかの動きもいるのか、足だけじゃないんだな」

「運動の線っていうかよ、流れみてえな物があって、そこを刈るんだぜ」

「わ、わかんねえっ!」


 リターナーさんは、がたいが良いので力で仕掛けられるね。

 筋力も高いし。

 だんだんやっている内に、リターナーさんの動きが洗練されていく。

 魔導機の才能の他に、柔道の才能もあるみたいだなあ。


 柔道場の外の初心者の人も、食い入るように刈り技の指導を見ている。


「あれも覚えたいにゃ」

「対人では役にたちそうだね。これは良い」


 上級の人を呼んで、今度は投げ技の指導をする。

 このクラスの人は、初回から僕の講義に通ってる人ばっかりだね。

 僕が居ない間も練習していたのか、みんな結構上手い。

 マダームに投げ技まで教えたから、その技術が伝播しているっぽいね。


 さて、乱取りであるよ。

 まずはパットからかな。


「やりましょう、我が君! ひさしぶりですねっ!」

「うむ、そうだねっ」


 がっちり組み合って、技を掛け合う。

 パットの腕も上がっていて、気が抜けない。

 セイヤセイヤと声を出して、技を掛け、すかされ、また掛ける。

 パットは元々のパラメーターが高いので、技を覚えてきた今だと、ほとんど互角の柔道になる。

 まあ、補正がある分、僕が有利目だけど、結構圧迫感があるね。


 パットも、セイヤセイヤと声を出して、多彩に技を繰り出してくる。

 足車、腰投げ、大外刈り、背負い投げ。

 くるくると素早い技の攻防が繰り返される。


「すっげえ、はええっ」


 背追いをすかして、体落としを掛けかけ、すかされたので、河津掛け、毛筋ほどの隙をみつけて、足を払う!

 スパーンといい音をさせて、パットが受け身を取った。


「さすがは我が君ですっ」

「パットも上手くなったね、勉強になるよ」


 さて、次はマダームかな、と思ったらエルザさんが前に出て来た。


「乱取りしようぜ」

「えー」

「いいじゃねえか、なっ」


 エルザさんは運動チートだから、マジに負けそうで嫌なんだよなあ。

 まあ、いいか、負けても。

 どこまで見取られたかも解るし。


「わかりましたよ」

「へへへ」


 エルザさんはニンマリ笑って、僕と組み合った。

 相手の体格が小さくて、いつもと逆なので、いろいろと違和感がある。

 エルザさんは小学生ぐらいの背なので、僕が猫背で組み合う感じになるね。


「いくぜっ」


 シパーンっと音を立てて畳を蹴って、もの凄い高速でエルザさんは膝車を打ってきた。

 うおっ、なんという技のキレ。

 さっき教えたばっかりの技なのに。

 腰を落とし、重心を移動して、すかす。

 そのまま、くるりと腰を落とし、体重移動で隅落としを仕掛けてきた!


「む、難しい技を! エルザめっ」

「うーむ、なんという運動神経か、逸材じゃな」


 隅落としには、すかす手と、逆らわず技にのって、投げられて、着地するというかわしかたがある。

 とりあえず、逆らわない、運動にのって、僕は空中で一回転、そして、倒す動きだけを殺して着地!

 どんっ!


「おおお、そういう、かわしかたがあんのかっ」

「重心移動ですかす方が楽なんですけどね」


 再度組み合う。

 なんか、本当に強いなあ、この人。

 だが、負けておれぬ。

 掛け技で左右に揺さぶるんだけど、微動だにしない。

 身体の軸線がきっちり決まっているんだな。


「そろそろ、いくぜっ!」


 そういうと、エルザさんは、僕の手の中から消えた。


 え?


 膝に衝撃があって、上体が崩される。

 やべっ!


 え?


 見えない?


 どこにいるのっ?


 衝撃を殺し、すり足で足を開いて体勢を立て直す。

 そのすり足の運動を追うようにさらに刈りが来る。


 その刈り足どころか、エルザさんの姿が視界に無い。


 【隠密】かっ!!


 なんという、卑劣なっ!


 わあ、視覚情報が無いと、技が来るタイミングも、なんの技が来るかも解らない。

 これは、きついぞ。


「え、エルザが消えた?」

「すげえ、なにあれ?」


 なんとか膝を畳について、刈りをすかした。

 ど、どこだ。


「ちっ、やっぱうめえなっ」


 がしっと、奥襟をつかまれた感じがする。

 前方向に見えないけどエルザさんがいる。

 手を伸ばす、払われる。

 くっ!


 懐になにかが入ってくる感じ。

 腰投げが来るっ!


 重心を落として、脳内でエルザさんの姿を思い描き、動きを想像する。

 このタイミングで、左に重心を落としてっ、崩すっ!


「なっ! くそっ!」


 たぶん、あるであろう軸足に足を飛ばす。

 足の平に衝撃。

 見えないだけで、重力や力の動きはある。

 そのまま刈る。

 が、すかされた。


「くそ、ボレアスかっ!」

「いえ、想像です、ボレアスさんは今持ってないよ」

「おもしれえっ!」


 くそ、どこか、襟か袖が掴めれば。

 手を伸ばし、布の感触がすると、即座に払われる。


 見えない相手と戦うのが、こんなにきついとは。


 技の動きが想像できれば、対応も出来る。

 キレのある動きというのは、そう何通りも無いから。



 僕の袖が掴まれた。

 掴まれたということは、力学的に繋がっているということだ。

 引く力を一拍おいて引き返す。

 手を巻き込むようにとらえる。


「あっ、くっ!」


 そのまま、後ろに向けて力を移動させていく。

 空いた左手を伸ばし、襟を取る。

 と、オパーイに当たった感じがしたが、一応膨らんでるのね。

 いや、そんな事はどうでもいい。

 そのまま、襟を引いて、どんどん後ろに倒れる。倒れる。


「な、なんだっ! その技っ!!」

「巴投げ」


 僕の方に倒れ込んでいるらしき、エルザさんのお腹あたりを蹴る。

 感触があったので、蹴って上の方へ飛ばす。

 そのまま、僕は倒れて、後ろにエルザさんを投げ飛ばす。


 シパーンといい音がして、エルザさんが受け身を取った気配がした。


 あ、姿が現れた。


「おめえ、姿が見えない奴を投げられんのかよっ」

「必死でした」

「ちえ、巴投げか、これも覚えてやる」


 エルザさんが悔しがって、畳を叩いた。

 本当にもう、負けず嫌いなんだから。


「素晴らしい勝負ざました、ところで姿を消したのは、なんの魔法ざますか」

「あ、あーー、その、ハーフリングに伝わる特殊魔法だ」

「そんな物があるんざますか、恐ろしいざますね」

「そういう民族なんでな」


「素晴らしいな、エルザとか言ったか、どうだ、マイカル式拳闘レスリングをやってみんかっ!」

「おう、神さん、それも教えろ。なんでも使ってゲンキを倒してやる」

「その意気や良しっ! 午後から指導しようぞっ!」


 やめてくださいよう。

 もう、相当強いんだから、これ以上強くならんでも。


「やっぱ、あんちゃんはすげえな」

「わたしも、午後から神さまに教えてもらうにゃ、クルツもどうにゃ?」

「今日は、迷宮に行かないからそうするかなあ」

「よし、僕も覚えるぞ。一緒に頑張ろう、クルツ君」

「は、はい、セストルさん、恐縮です」


 その後、マダームと乱取りをしたり、リターナーさんを投げ飛ばしたり、で、今日の柔道講座は終わった。


 なんだか、だんだんと本格的な柔道講座になってきたなあ。


【次回予告】

マイカル様の拳闘レスリング講座に誘われるが、げんきは半日の休日を楽しむと断る。

みんなとランチを楽しみ、さあ、何をしようか。


なろう連載:オッドちゃん(略

次回 第243話

ランチはヤキソバ、そして半日の休日

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