236. セシリアの容体
錠の掛かった鉄格子の扉を抜ける。
廊下が水色に塗られていた。
閉鎖病棟だね。
叫声を上げる人とか居たらやだなあ、とか思っていたけど、閉鎖病棟は静かな所であった。
奥の部屋を院長先生がノックをすると、綺麗な声で「どうぞ」と返事があった。
部屋の中に入ると、セシリアちゃんがベットの上で上体を起こして、こちらを大きな目で見ていた。
「セシリアちゃん、こちらは勇者の方、おぼえてますか?」
「……はい、おぼえています」
「こんにちわ」
「良くなったみたいなんだよ」
「はい、その、あの時はありがとうございました。勇者さんと女勇者さんがいなかったら、私は……」
「気にしない気にしない、人を助けるのが勇者の仕事なので」
「ほんとうにありがとうございました」
セシリアちゃんはぺったりと上体を折り、毛布に顔を埋めてお辞儀をした。
「メリッサは封じたんだけど、変わりはあった?」
「あ……。そのせいですか。それで圧迫感が消えたんですね」
「圧迫感?」
「なんだか、心をぎゅっと誰かに握られて、ぎゅうぎゅう潰されるような、そんな感じが、ずっとあったんですけど、五日ぐらい前から、それが、すっと消えました」
「それは何よりだったんだよ」
「いまは大分落ち着きました、その、前の事を、思い出すと……」
セシリアちゃんの片目がびくびくと痙攣した。
「まだ、無理に思い出してはいけないよ」
院長先生が、優しくセシリアちゃんの肩を抱いてたしなめた。
「は、はい、怖い夢も、あまり見なくなりました。勇者さん、ありがとうございました……」
「うん、だんだんと良くなっていけば良いと思うよ。無理しないでね」
「でも、治療費が……」
「そういう事は気にしちゃだめなんだよ。気を楽にして、のんびりするのが、良いと思うな」
「はい、ありがとうございます」
セシリアちゃんの表情が辛そうに見えたので、僕らは、病室をおいとまする事にした。
「あの……」
「はい」
「ま、また来てくださいますか?」
「うん、またくるよ。何か欲しい物はある?」
「え……」
「本でも買ってくるんだよ」
「あ、その、パンの本を……」
「セシリアちゃんは、将来はパン屋さんになりたいんだったね、うん、探してくるよ」
「わ、わがままを言って、ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫、へいきだよ」
あやめちゃんが、優しくセシリアちゃんの頭を撫でた。
手が頭に触れた瞬間、ビクンッと身体がはねた。
「大丈夫大丈夫」
呪文のように言いながら、あやめちゃんが頭を撫でると、セシリアちゃんの身体から力が抜けていった。
僕らは病室からでた。
「日に日に良くなっていますね。謝罪の方は、二三日様子をみてからにしましょう」
「はい、責任者に伝えておきますね。治療費の方は?」
「今の所、市の方が立て替えてくれています」
「共和国政府が、謝罪と賠償をしてくれるそうなので、伝票をいただけますか?」
「明日までに用意しておきますね」
「ありがとうございます、院長先生」
「ところで、メリッサは滅びたのですか?」
「ミシリラ様が火山に封印したようです、世界の闇を固めた存在ですから、無くしてしまう訳にはいかないそうなのです。散らして、遠ざける、以外の対策が無いそうです」
「闇もまた、世界の一部、という事ですか、世界は楽園にはなれないのですね」
「残念ながら、そのようです」
何か世界の理のような物なんだろうね。
たぶん、闇を撲滅させるために動くと、闇に飲まれて偉いことになるのだろう。
深淵を見つめると、深淵もまた、君を見つめている。ような事か。
闇に対抗するのは、光、ではないようだ。
闇を消そうとして、強い光を作ると、闇がますます濃くなるような感じだ。
意外な事に、武道の高い境地、だと、意識が明晰になり、闇と対抗できるようだ。
武道も力で煎じ詰めると暴力で、闇よりの物なのだけど、そこから出て来た明鏡止水な境地は、悟りみたいな物で、闇をはじき飛ばす事もできる気がする。
善でも悪でもない、なんか清浄な境地だな。
うむむ、銭の花は泥の中で咲く、その花は白い、みたいな物か。
面白い事に、騎士道とか武士道とかの戦いの美意識という物は、世界でも、激戦の地域の、ヨーロッパと日本にしか発生していない。
血と血を洗い、暴力に暴力を重ねる事で、不思議な境地が発生するのは、なんだか皮肉な事だなあ。
言葉ではなく、行動での暴力は、重ねる事で変質するのかもしれない。
一流の暴力なのかね。
そんな事を考えながら、ケストナ治療院をおいとました。
また、明日、本でも持ってお見舞いにこよう。
ふう、と、あやめちゃんが空を見上げて息をついた。
昼の八をすぎて、空はだんだんと暗くなり始めている。
地球時間で四時頃ね。
「ジーナさんのお店が近いから、挨拶していこうかな」
「いいですな、我が君」
「ジーねえちゃん、きっと待ってるぜ、いこういこう」
「あ、お土産を渡すんだよ」
「そうだね」
僕らは、上廻り横路を歩き出した。
途中、パットが酒屋で、自分とオッドちゃんとエルザさんのお酒を買った。
リターナーさんの好みは解らないので、買わなかったそうだ。
あんたたちは良く飲むからねえ。
横路のお店をひやかしながら、僕らはゆるゆると歩く。
ああ、のんびりするなあ。
共和国では、休みもなく働きすぎたよ。
一日ぐらい、銀翼動甲冑騎士団の娘たちを連れて、キルークに遊びに行けばよかったなあ。
まあ、でも、ミルコゲール対策に時間が無かったからなあ。
なんだか、無駄でどうでもいい、こういう時間が、とても大切な感じがする。
しばらく、魔王軍とか、ミルコゲールとか、蜘蛛とか考えないでブラブラ暮らしたいね。
ミルコゲールの故障が、なかなか治りませんように~。
ベルナデットの傷が、なかなか治りませんように~。
僕は共和国の方を向いて祈った。
ジーナさんのお店が見えてきた。
ドアをあけて中に入ると、いつものようにジーナさんが無言で薬の調合をしていた。
調合の途中で気が抜けないので、終わるまで返事ができないらしいんだよね。
ぽわりと、緑色の煙が試験管から上がって、調合は終わったようだ。
「失礼しました、いらっしゃ……、あ、勇者さんっ! お帰りなさいっ」
「ただいまです、ジーナさん。お変わりないですか」
「はい、クルツちゃんたちと一緒に、二十五階に蜘蛛の毒腺を取りにいったぐらいですよ」
「トマスくんが、その新薬で快方に向かってるみたいですね、ありがとうございました」
「いえ、もう少し早く思いつければ良かったんですが、エリーちゃんは間に合わなくて、ごめんなさい」
「ジーナさんがあやまる事じゃないんだよ」
「そうだよ、ジー姉は良くやってるぜ」
「トマスは助かったから、感謝しているぞ、ジーナ」
「あ、ありがとうございます。近日中にダンジョンアタックですか?」
「はい、落ち着いたら、潜りに行きますよ。目標は五十三階です」
「俺も、地図を覚えてる途中だぜ、四十九階のフロアボスがやっかいだけど、兄ちゃんと、オッド師が居れば楽勝だと思うぜ」
「フロアボスは、三十九階と、四十九階か」
二十九階のミノさんは、リターナーさんが入ったから、なんとかなるでしょう。
未知のフロアボスとか、魔物とかが怖いな。
「三十九階は、クラウドドラゴン、中型の竜だな。四十九階は、レッサーデーモンだよ。魔法攻撃してくる」
「結構むずかしそうだね」
「三十九階を抜けると、罠も大部分生きてるし、魔物は多いしで、結構大変だぜ」
「未知の薬効のある魔物も居そうですね。楽しみです」
「また、オッドちゃんと契約をギルドで結んでくださいね。クルツもね」
「契約とかめんどくさいし、いいのに」
「だめだよ、きちんとしないと」
「解りました」
「あ、あと、晩ご飯をみんなで食べませんか?」
「あら、良いですね」
「え、どこに連れていってくれるんだ?」
「どこに行こうかな、エルフ料理以外だね」
「菜っ葉はなあ」
「獣人連合国料理のお店にいきたいんだよ」
「最近、ウイルウイルは新聞で紹介されちまって、混んでるらしいぜ。俺は行ったことないけどさ」
「あー、そりゃ客は来るよなあ。あの値段で、あの味だから」
「そうですね、我が君。良いお店は混むのが難点ですね」
「メイリンに帰った記念の晩ご飯だから、トロワの車輪亭にでも行こうか?」
「げっ、塔路の冒険者酒場じゃないか、兄ちゃん、あそこは馬鹿高いぜ」
「共和国で、ちょっと儲けたんで、大丈夫、おごるよ」
「兄ちゃん太っ腹だなあ」
「黒い幽霊団も連れて来たかったらいいよ」
「ややっ、無理無理、みんなビビルって、少年冒険者団の奴が、あんな一流処の行く店とか、ありえねえよっ」
「白翼遊撃団さんたちは戻ってきてる?」
「ああ、九十七階まで到達して帰ってきたよ。お宝を沢山掘り出してきたって」
「今日、あそこの酒場に行けば、白翼さんに会えるかもなんだよ」
「お知り合いなんですか」
「はい、一度一緒に飲んだ事がありますよ」
僕とあやめちゃんは飲んでないけどね。
「やっぱ、兄ちゃんたちはすげえなあ」
まあ、そうでもないよ。
あの酒場に入れたのも、オッドちゃんがいたからだしね。
【次回予告】
晩ご飯に、みんなを連れて、トロワの車輪亭へいくげんき。
ひさしぶりに会った、白翼遊撃団のめんめんと、乾杯を重ねる。
楽しい夜を過ごす!
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第237話
夜の酒場で大騒ぎ




