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「フィーネの処刑は、主に二十代から三十代の若年層の暴動でしたが、その行いは多くの人々から強く非難されました。魔女様の今までの献身を忘れたか、と。その言葉に、彼らは今度は貴方と貴方の母君の祟りを恐れるようになり、教会に縋り付くようになった。だからリースの教会は大きくなったんです。それだけの需要があった」
静かな声が私の知らない歴史を語る。先生もそんなことを教えてはくれなかった。
「あまりに多くの人が縋るものだから、やがて教会の改築、増築の話が持ち上がり、リサリーの父親が大工として今の教会の建設を手掛けました。設計図に関してはリサリーとリートが主導して進めたそうですが。貴方の家を模して手掛けたと聞いています」
一つ一つ、違和感が消えていく。教会に初めて訪れた際に感じた既視感の正体はそれなのだろう。
中庭はきっと、かつて暮らしていた家と小屋との間にあった、小さなあの花壇を。
外回りの庭は家の外でコルトの為に育てていたあの薬草畑を、それぞれ模しているのだろう。
椅子に彫られていた模様も、よくよく思い出してみれば私の家の家具と揃いだ。死ぬ前、小屋に籠ることが多かったから直ぐに気が付かなかった。
窓枠に置かれた小鳥の置物に関しては私がリサリーにあげたものだった。本当に、どうして思い出せなかったのだろう。
「コルトの薬に使われていた薬草は貴方の提供のものが多く、競合のいない彼の店での薬は安く大量に売ることができていた。それがフィーネがいなくなったことで薬草の供給が大きく閉ざされた。だからコルトは薬を売る人を選ぶ。非難を受けていると聞きますが、自業自得だろうと彼を擁護する声は多くあがっています。他になにか聞きたいことはありますか? そろそろ着くから、また中で話します」
「ううん……、不思議に思っていたことはもう解消したわ。ありがとう」
がたんと一際大きく揺れて車輪の音が止む。
湖から引き上げられて、私はあれよあれよと言う間にジークによって馬車に詰め込まれていた。腰元まで濡れていたから遠慮したかったけれど、ジークの上着を巻かれて乗せられた。
辿り着いた教会に何となく身構えてしまう。リートを振り切ったことや、挙動不審な態度を見せてしまったことが気がかりだ。不審だったろう。
「フィーネ、どうしたいですか? リートは何か勘付いていそうだった。魔女の秘密や俺がしたことを知らないから完璧に結びつくことはないだろうものの、貴方が真実を話せば信じる程度には疑念が育っていた」
「…………それで、リートは少しでも楽になれるのかしら」
私だと知って欲しいわけではない。
魔女だって死を迎える。むしろ普通の人よりも簡単に、早く。
死は死だ。他の人と変わらない。もう二度と会えない。思い出が増えることはない。笑わず話さず泣かず怒らず喜ばず、何かを見せてくれることはない。未来は閉ざされる。
今が私の死の先にある未来なら、魔女としての私は出るべきじゃない。
……ない、けれど。
『お前は俺達の未練にあまりにも似すぎているから』
——それで子供たちが楽になれるなら?
そうした方が、いいのでは、ないか。
「へふ……っ!?」
「こら」
ふに、と軽い力で頬を抓られる。
驚いて目を瞬かせるとじとっとした視線を返された。
「フィーネがどうしたいかを、聞いています」
「あ……」
私はどうしたいか。
「…………い、いたく、ない」
そう答えると、髪と同系色の双眸が柔らかく細められて、優しく手を取られた。
「行こう。大丈夫だから」
無責任な言葉に心を救われたのは、何度目か。
手を引かれて教会の扉を開ける。
「ばっかじゃないの!!?」
瞬間、耳に届いたのは劈くような怒号だった。
「すまない、本当に面目なく思う……。しかし……」
「はい? 何がしかし、だ。なっさけない。私情に他人を巻き込むなんて、それが魔女様のことなら尚更でしょうにっ!」
いつも丁寧な口調のリサリーの荒ぶった説教に動揺して視線を彷徨わせると、こちらに駆け寄ってくるアニタがいた。
「フィーネ! おかえりっ!」
「ただいっ、ま。それで、どうしたの? 一体」
豪快に抱きつかれながらそう尋ねると、アニタは視線を泳がせた。
本当に何があったというのか。
「いやぁ……、ね。二人で出かけたはずのクロスリート様が一人で帰ってきて、それもあまり穏やかじゃない表情だったからリサリーさんが問い詰めたの。それで、クロスリート様が起きたことを話して、リサリーさんの怒りが絶頂に達して、それでああなって……。さっきなんて、頬に一発入れていたわよ」
「えっ!?」
振り返ってリートの顔を見ると、確かに赤い紅葉形がある。あれは痛いだろうに。
「フィーネ、大丈夫? あまり詳しくは聞いていないけれど、結構色々と言われたんでしょう? リサリーさんがあそこまで怒る程だもの。相当よ」
「私は大丈夫よ。ありがとう、アニタ」
そう言って笑い合うとそこに水を差すようにパシーンと勢いの良い音が聞こえた。
アニタと揃って振り返るとリートの両頬に赤い紅葉が。
「避けるだけならまだ自衛として、思うところはあるけれど受け入れていたわよ! それが本人に八つ当たりした上に、よりにもよってジークまで引き合いに出すなんて……っ。歯ぁ食いしばりなさいっ」
「三発目は流石に……っ」
慌てて拳を振り上げるリサリーを止めに入る。リサリーは振り向いて私を抱きしめた。
「おかえりなさい、フィーネ。もう少し待っていてね、年齢を重ねたって人は過ちは犯す。そんな人には、それを間違いだと知る人間が駄目だと言わないといけないの。端から見て呆れるのではなく、してはいけないと時には殴ってでも教えないといけないの。そう。だからもう一発……」
「入れなくても大丈夫ですからっ。クロスリート様ももうすっかり反省した様子ですよ!」
「言われた本人のフィーネがそう言っているのだから、そこまでにしよう、リサリー」
「……ジークまで」
そこまで言われて漸く拳を下ろしたリサリーはそれでも尚冷たい視線をリートに投げかける。
「私たちはここを出ましょう。ただし、後でちゃんと謝罪の内容は聞かせてもらうからね」
「……分かっている」
リサリーにジーク、それからアニタ含めて周りにいた人々は部屋を出ていった。今日はお祈りに来た人はいないらしい。恐らく帰った、の方が正解な気もするけれど。
去り際にジークと視線が合う。柔らかく微笑まれて気持ちが少し穏やかになった。
「…………フィーネ」
「はい、クロスリート様」
皆が部屋から去って、リートが口を開いた。
今生では初めて聞くリートからの呼びかけに居住まいを正す。
自分にも、子供たちにも、向き合うときだ。
「まずは町中での暴言、すまなかった。リサリーが言う通り、完全に俺の八つ当たりだ。フィーネは悪くない」
「……謝罪を受け入れます。頭を上げて下さい」
「そう簡単に受け入れるな。俺の行いは振り返って見れば酷いものだった。こんな立場でも、権力のある人間が言うべきことではない」
握り締められた拳が震えているのを見て、どれだけの力で握っているのだろうか。
反省していると誰が見ても分かる。私自身は傷ついていない。大丈夫だ、と思う。
心に引っ掛かりを覚えるなら、それは私自身の弱さが原因だ。
「クロスリート様」
リートはもう説教されている。反省している。
なら、もうそれでいいのだ。
「私の何が、貴方の不興に触れましたか」
そう尋ねるとリートは苦しそうな顔をした。
「……その答えをもって、痛み分けとしましょう。クロスリート様の気が済まないのなら、そうしましょう」
「…………俺、は。……違う、俺たちは」
憧れている人がいた。
本当に、リートが罪悪感を覚える必要なんてないんだ。
私は、その言葉だけで満足してしまえるような人間なのだから。




