7
▢
「フィーネー」
「レリータ、どうかしたの?」
ぼんやりと間伸びした声は特徴的で、振り向かずとも誰か分かる。勿論、呼びかけられた以上振り向くけれど。
小走りで駆け寄ってくるのは揺れるお下げが可愛いレリータだ。
「この書類、リサリーさんに届けてくれませんか? 私この後用事があるんです」
「はい、いいですよ! 早い方がいいですか?」
「いや、あんまり急ぎじゃないんですけど、午前中にはお願いしたいです」
「成程。ちなみにレリータの用事って?」
「来賓の人にお茶出しです」
「それなら自分でしましょうね」
「…………」
「お昼迎える前に終わるでしょう? むくれてもだめですよ」
ちぇっとなり損ないの舌打ちをしてレリータは去っていった。
その様子を曲がり角から見守っていたアニタが私に抱きついた。
「よく言った!! フィーネからちゃんと断ってるよって聞かされた時は半信半疑だったけど、漸く断れるようになれたんだね……!」
「だから言ったじゃない、そんなに私は信用なりませんか?」
「拗ねないでよー。そのくらい、フィーネは今まで何でもかんでもいいよいいよ言い過ぎてたの!」
アニタは嬉しそうに私の腕を掴んで振り回す。やったやったと笑う姿は可愛いけれど、その可愛らしさでは癒しきれない酔いが回ってきた。
うーん、逆回転にしてくれたらな。
「こら、何をしてるの? アニタ」
「あ、リサリーさん! フィーネが遂に頼まれごとを断れるようになったんです!」
「アニタに振り回されていることに対しては従順だけどね」
あ、と言ったアニタが漸く手を離す。
くらくらとして足踏みをするとアニタがもうー! 眉根を寄せた。
「ちゃんと嫌なことは嫌って言わないとでしょ!」
「は、ぁい」
目眩が落ち着いてからゆっくりと深呼吸する。アニタと別れて私は今日の業務場所へと向かった。
教会に来て三年ほど経って、最近は外の庭を任せてもらえている。土いじりは得意分野だ。
因みにアニタとレリータは雑草と薬草の見分けがつかず、薬草を抜いて雑草の手入れをしていたらしい。あの時のリサリーの絶叫はなかなか忘れられるものではなかった。
そんなこんなで薬草関連は私に任せられることが多い。
——そろそろ収穫の時期かな。
収穫したらコルトに持って行って、前回の薬草で作ってもらった分の薬をおばあちゃんおじいちゃんに渡しに行って、……でも私、配る人の家覚えきれていない。
——リートに教えてもらおうかな。
二年前のリートに色々本音をぶつけられた一件で、私とリートの仲は改善した。
とはいえ、やはり私をまだ魔女の私と重ねてしまうことがあるのか少しぎくしゃくとしたままではある。
マイナスがゼロになっただけ十分私としては価値のある出来事だったのだけれど、リートはリサリーからの説教が大分効いたのか話題に出されると顔を青ざめるそうな。
「随分育ちましたね」
「挨拶から入ってくれないと私びっくりしてしまうわ」
「その割には流暢だ」
ははっと笑うのは心臓を抑える私を揶揄っているからか、返答が面白かったからか。
どちらにせよ私としては面白くないからぱしっと腕を軽く叩くとすみませんと笑いながら謝罪が返ってくる。
ジークとの仲は特に変わりはない。以前よりも話すようにはなったけれど、劇的な変化があったわけではなく。
それも、大人になったら覚悟して下さいねと言われているためいつまで持つのやら。
一応、孤児院を出るのは最年長で十七歳までだ。そこからは大人として生きなくてはいけない。
さて、私は今年で十七になるが、本当にどうなるのやら。
胸が鳴るのは先程驚かされたからか、緊張か、期待か、その全てか。
表情に出ないよう気をつけながら話していても、何となく自分の耳が熱くなっているのを感じる。
「そういえば、ジークは何か用があって? 誰か呼ぶ?」
浮ついている自分に何となく恥ずかしさを覚えて、まだまだ先伸ばしたい気持ちをぐっと堪える。
「少しリートと相談することがあって。どうせまたいつもの来賓部屋で待っていればいいので大丈夫ですよ」
「ああ、だからレリータが……」
彼女の言っていた用、というのがそれなのだろう。
ふんふんと一人で勝手に納得する。
「そういえば、もうすぐ誕生日ですね」
「ええ、もうすぐ。誕生日と言っても、サンザに拾われた日だから正確な日数は分からないんだけれどね」
「知りたい?」
「……え?」
そういえば、私の体はジークが神に造ってもらったものだ。つまり、湖に身を投げた日……。
苦い気分になって顔に力が入るとまた笑い声が降ってくる。
「そんなに嫌ですか」
「嫌よ。誰だって嫌と言うはずよ」
「まあ俺も周りに知られたらリサリーから十発は食うだろうなと予想はしています」
「リートの五倍の罪よ」
「じゃあ今日は礼拝堂で懺悔してから帰ります」
神にした願い事について神に懺悔するとは、何と言うか変な構図だなと思う。
「誕生日の日、来れたら来ますね」
「それは……、どっち?」
「サンザと貴方が出会った日ですよ。そう警戒しなくとも」
そうは言われても、やっぱりこの体は私の罪の証なのだ。
ジークの献身に報いる為に受け入れてはいるけれど、本当は今直ぐにでも湖に走り出したい。
もしそんなことを言ったらリサリーから五発は食うだろう。私もいい加減、自分が頑固なことは分かっている。
「……私も礼拝堂で懺悔するべきかしら」
「えっ」
「え?」
呟いた言葉にジークが驚いた反応をするから、こちらまで戸惑ってしまう。
何か変なことを言っただろうか。
「フィーネがここで……?」
「ここ以外どこがあるの。……言っておくけれど、神の恩恵をあやかったから、私は他の人よりも信仰心は篤いのよ。そんなに意外……?」
「いや、そこではなくて」
言いづらそうにするジークに益々わけが分からなくなる。
「どうしたの? ここまで来たならちゃんと言ってほしいわ」
「いや……、別に口止めされているような内容でもないけど、……ここ、神様じゃなくてフィーネの為に建てられた建物なんです」
「…………?」
「言ったでしょう? リサリーとリートが主導で設計図を書いたと。それです、それ。知ってる人は多くありませんけど、実はここ、フィーネを祀ってるんですよ」
「え?」
初耳の事実に困惑が隠せない。それと、私が死んだことが前提にある以上その口止めがされなかったのはしても意味がないからされなかっただけではないのか。
そんなことをぼんやり考えながら瞠目する。
「因みに遺体も安置されています。元は父が回収して敷地に墓を立てていたんですが、それを譲ってくれと二人が直談判に来て。父もそっちの方がフィーネが喜ぶだろうと棺を教会に運びました。うちには墓だけ一応残っていますが」
「…………」
「まあフィーネの処刑を決行した奴らはまず知りませんけどね」
色々と言いたいことはあるけれど、驚き過ぎて声も出ない。
「嫌だった?」
その確信めいた瞳は、何となくむっとしてしまうけれど、まあ。
「嫌ではない……」
そう言えばまた喉を鳴らして笑う。つられておかしく思えてきて、私も笑った。
「では、そろそろ行きますね」
「ええ、またね」
「はい。また、誕生日が来たら訪れます。十七歳ですしね」
その言葉に耳だけでなく頬まで熱くなるのを感じた。
揶揄われている? と思ったけれど、殊の外視線が真面目なものだから、熱が冷えるどころかますます茹っていく。
人を愛して、人に愛される。
その事実が暖かくて、柔らかくて、やっぱり消えない罪悪感はあるけれど今が大切だと思える。今を慈しみ、愛すことができる。
いつかの私のことを思ってくれた人は存外多くいた。
憎み憎まれた以上に、愛し愛され生きた魔女。
どうか、私の憎しみを背負って、怒りを背負って、悲しみを背負って、過去に燃えて下さい。
死人に口なし。私は私を抱えるけれど、それらの感情を今の私に負わせないでほしい。
私も思い出さないよう頑張るから、せめて表に出さないよう努めるから。
人を愛せる私でいたい。人に愛される私でいたい。
そうして生きていたいと、思うのだ。




