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魔女は血統ではなく。また、才能でもない。
資格や年齢、魔「女」と名がついているため伝統のように女性ばかり魔女になるが、性差すら本来問われることもない。
誰もが魔女になる可能性を持っていて、それでいて大多数が魔女にはなれない。
魔女とは、人への愛から生まれ、人の為に生きる存在である。
魔女になる為に必要なのは人への愛だけだ。
世界で一番初めの魔女は、とある村の少女だった。
献身的な少女だった。降らない雨に日照りによる不作が続き、村が飢えていた時に自ら神の恵みを賜らんと生贄を申し出る、そんな少女だ。
自己犠牲。それは正しく村、ひいては人への愛だった。
そうして神が住まうという谷底へ自ら体を投げた少女に、神は奇跡を与えた。
毎日毎時毎分毎秒、途切れを知らず天に昇る命の中、恐れを感じず、愛のみを抱え生を手放した少女が目に留まったのだ。
神は少女に与えた。火を、水を、風を、雷を、木を、岩を、土を、操る力を。谷底で朽ちた身体の代わりを。
そうして生き返った少女は天候を操り、村に雨を降らせた。
村は富み、飢えを忘れた。しかし、少女への感謝を忘れることはなかった。
人々に愛し愛され生きた少女。
二十歳を超えずに死んだ彼女は多くの事実を後継へ残した。
魔女になるためには神の目に留まる必要があり。
魔女の力の根源はその魂。
母は何度も繰り返した。
『一瞬、僅かでも恐れを感じてしまえば神の目に留まることはありません。仮令魔女になれたとて、魂の大きさも形も人それぞれなのだから、たった一度の奇跡を齎して亡くなる魔女だっていた。貴方は、それがどれだけのことか分かっていない。母さんを気遣っているつもりなら止めて』
私の答えはいつも変わらない。
『いいえ、母様。私は母様の為に魔女になりたいと言っていないわ。ただただ人の為にありたいだけなの。その一番有効な手段は魔女になることでしょう?』
何度も問われたって、説かれたって。
『だってこの町の魔女は母様だけだもの』
それが事実である限り、変わらない。
誰の目から見ても母は窶れていた。
祖母の介護、魔女としての貢献、神から奇跡を賜ったとはいえ人であることに変わりはなく、それらは一人が抱えるには重かった。
それでも魔女は人の為に生きる存在なのだから、母が何かを諦めることはなかった。
本当は、魔女になりたいと願うのは母の負担を減らすことが目的だった。母だって人なのだから、人への愛に纏めてしまっただけだ。誤魔化すような言い方ではあったけれど事実でもある。
どんどん細くなっていく母を気遣わない筈がない。
結局根負けした母からこの地に住まう神の居所を教えてもらって、私は魔女になった。
人の技術の進歩により、私が使われる機会は少なかったけれど、母が少し楽に息を吸えたならばと率先して何事も請け負った。
魔女が必要ないことも、人だけで解決できることも、私が断って母に話が流れたならば意味がない。
それでも、母は私が魔女となって二年程経って亡くなった。
祖母の後を追うように、亡くなった。
『とうとう上の魔女様が亡くなられたわね』
『本当に、随分と早い。最近は元気になられたと思っていたのに……』
『まあでも、下の魔女……いえ、もうただの魔女様ね。あの方が残って下さるならまだ大丈夫よ』
『けれど魔女様まで亡くなられたらどうするの? 次の魔女様がいないと、魔女になる方法は口伝でしょう? 途切れてしまうわ』
魔女になる方法は、魔女の秘密は、領主様にも伝えられるよ。
なんの意味もないのに、反射でそう答えそうになった。結局口から溢れたのは形損ないの吐息だけだ。
誰かが言う。誰もが言う。貴方に言う。何かを言う。
『大丈夫?』
誰かが言ってくれる。誰だったか。思い出そうにもぼやけていて、思い出せない。
覚えていない筈がないのに。
私の魂は特殊だ。本当は神様の元へ還る筈だったものを慈悲として与えられた。
魔女は普通、奇跡を齎す為に魂を削る。そして死ぬ。
けれど事件後の魔女の殆どは人の手によって削り切れる前に死んだ。
時代と共に減っていっていた魔女。残った私たちの中で、どのくらいの魔女が次の命を生きられる程の魂を持っていたのだろう。
次の生を受け取ることができたとして、どのくらい生きられる?
私の今生は前世の残滓、というのが、私の立てた仮説だ。きっと長くは生きられない。
だからこそ、私は私の大好きな子たちを見ていたい。
教会に来て一年程経って、私に任せられる仕事も段々と種類が増してきた。最近はめっきり掃除担当になっていない。それはそれで何だか寂しさを感じてしまう。
けれど、今回ばかりは喜び一色だ。
「クロスリートと町で買い物をして来てくれる?」
その言葉にある筈もない尻尾がぶんぶんと揺れるのを感じた。気を抜けばすぐに表情にも声色にも出てしまいそうで、なんとか声が上擦らないよう口を開く。
「はいっ! 了解しました!!」
勢いは収まらなかったけれど、仕方がない。
リサリーが呆れを滲ませながら溜息を吐くのを横目に身を翻して走り出す。足に絡まる布地を払って一直線に玄関を目指した。
「クロスリート様!」
力強く開け放った扉、その隙間から外の情緒が一気に飛び込んでくる。
さらさら、さわさわ。風に擽られ葉が笑う音がする。
目の前の路を歩く人が私を怪訝な顔で振り向く。
右を見て。草がある。
左を見て。白塗りの壁がある。
成る程。
「早とちりしましたか」
そういえば時間を全く聞いていなかった。
「いや、時間は合っている」
「えっ」
後ろからの声に振り返って、私は目を見開いた。
リートがいる。声をかけてくれた。いや、それよりも。
——リートが白の服を着てる!
初見である。
昔はすぐ服を汚してしまうからと子供たちは皆暗い色の服をよく着ていた。それが今ではどうだろう。皺のない真っ新な白シャツを着こなしている。
服一つで分かる彼らの成長。そっか、もう泥遊びも、虫取りに行くこともなくなったんだね。泥を跳ね砂埃に塗れ雑草の汁を飛ばしていたあの頃が何て懐かしい。
ちなみにその全てを洗うよう依頼されていたのは私だ。毎日最低でも八着は洗っていた。その度に申し訳なさそうに手伝おうとする彼らの何と可愛らしかったことか。
元気なのはいいことだ。
「お前の準備が終わっているなら、もう出るぞ」
「はい、万全です」
落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて。
上擦るな、勢いをつけるな、必要以上に喋るな。
自分に何度も何度も忠告するように繰り返す。
リートが意識していようが無意識だろうが、私に壁を作っているのなら無理に越えようとしてはいけない。彼が私にその距離を許さない限り、私は彼に雇われているだけの人間だ。
距離を違えてはいけない。ましてやそれが自己満足の為なら尚のこと。
——大丈夫。
だって、他人扱いされるのは、慣れたものでしょう。
二歩ほど後ろに下がってリートについていく。
隣を歩く機会は二度と訪れることはないのだろう。
買い出し、とは言われたものの、町には他に沢山の用があった。
紙袋に入れられた薬草を覗く。どこか懐かしい匂い。
——コルトの為の薬草だったんだ。
中の薬草は元々教会を囲う庭に植わっていたもの。先程リートに持っておくよう手渡された。
事情を尋ねれば町の薬屋に薬草を寄付しているそうで定期的に収穫しては、こうして持っていくらしい。コルトはその薬屋の薬師だ。リースでたった一人の薬師でもある。
門戸は何時だって開いているのに弟子入り志願がない、とよく嘆いていた。
——あれ、これ全部腰痛に効く薬草ばかり。
魔女だった頃、私もよくコルトに薬草を寄付していた。育てて欲しいとお願いされていたのだ。もう畑ごと燃やされてしまったけれど、最後、せめて薬草だけは収穫してとお願いすれば良かったかな。
そんなこんなで、調合についてはからっきしだけれど、私にも一応薬草に関する知識はある。
袋の中の薬草は全て腰痛、あと肩こりに効くのだったか、そんな薬草ばかりだ。
裏手側の庭は見に行ったことはなかったけれど、まさか全て同じものを栽培している? 単に今回収穫したのがこれだけだった?
後で庭を見に行こうと決意しながら整えられた道を歩く。慣れないものは教会や関わりのあった人たちばかりで、他はあまり変わりない町並みだ。
コルトの薬屋だって、変わらない外観でそこにあった。
チリン チリン
軽快な鈴の音が木造建築の中で響いて来訪を知らせる。カウンターの奥にいる痩身の中年男性が店の奥の棚に向けていた視線を外して振り返った。
「いらっしゃ……あれ、クロスリートじゃない。薬草かい?」
「久しぶりだな、コルト。持ってきたぞ」
店の主人でありたった一人の従業員でもあるコルトはリートに気がついた途端表情を緩めた。
仲がいいのだろうか。前世で接点は見受けられなかったのだけれど。流石に私がこの年になるまでの歳月は長い。
リートの珍しい険のない話し方に一瞬気取られそうになる。けれどぐっと堪えて紙袋を台に置いた。
「薬草ここに置いておきます」
「ああ、受け取るよ。それとはい。これ薬ね、いつものとこに宜しく頼むよ」
「いつも……?」
「ん、あれ、君初めましてかい? いやあ、人の顔と名前覚えるの苦手でねえ」
入れ替わりに受け取った薬に呆気に取られてつい漏れ出た言葉にコルトが私を向く。片眼鏡越し、目尻に浮かんだ皺が見慣れない。
この薬はここで販売するわけではないのだろうか。浮かんだ疑問をコルトも感じ取ったのだろう。怪しげに笑みを深める。
「ふふっ。僕、生命活動に支障の出る薬以外は売る人を選んでるんだよねえ。風邪薬とか、そういうのは売るよ? けど、腰痛に効く薬も、肩こりに効く薬も、寝違えた首に効く薬も、売りたくない人には売らない。僕、我儘でやな奴だろう?」
悪戯げに笑うコルトは、少し寂しそうにも見えた。
どうしてそんなことを? と思ったけれど、疑問を解消するまもなくリートに短く名を呼ばれ、もやもやした心持ちのまま店を出た。
「売るわけがない。だって、自業自得じゃないか」
そんな言葉が聞こえたけれど、真意は分からない。
次に向かったのは託された薬の引取先の家々だ。
道中で細々とした買い物を済ませながら向かう。
「あら、今日はリサリーじゃなくて、クロスちゃんなのね」
「おや、クロスリート。久しぶりだなあ、元気してっかあー?」
一軒目。そう言って穏やかに笑いながら迎えてくれたのは初老の夫妻だ。リートは慣れた様子で薬を渡す。
その横顔を見て、呼吸が止まった。リートはリサリーに向けるものとも、コルトに向けるものとも違う、私に向けてくれていたものを彷彿とさせる子供のような笑顔をしていた。
「ありがとうねえ。いつも、いつも。ああ、そっちの子も一緒に、何か飲んでいきなさいな」
「お心遣いはありがたいですが、まだ他に訪ねる家がまだまだありますので、また今度」
「ええ、また今度ね」
一言も話せないままなだらかに進む会話を一歩引いて見守る。そして手を振って別れ次の家へと向かった。
二軒目。迎えてくれたのは壮年の男性。
三軒目。迎えてくれたのは年配の女性。
ここまでくると段々と法則性が見えてきた気がする。
——年寄りの人相手にしか、薬を卸していない……?
それが何を意味するのかはよく分からない。けれどコルトにとっては意味のあるものなのだろう。
結局七軒程周って預けられた薬は全てなくなった。
全て、年配の人が住んでいた。
「後は重いものを買う。お前は先に戻っていていい」
「いえ、クロスリート様を置いて往くわけにもいきません。それに、分けた方が互いに軽くなりますから」
やることが終えたからと私を一足先に帰そうとするリートに少しだけむっとしてしまう。
知っている。リートが他の人と買い物に出かけたときは一緒に帰ってくることを。何度も何度も見た。
リサリーとも、アニタとも、レリータとも、他の人たちとも、一緒に帰ってきていた。
羨ましかったから、何度も遠目に見ていた。
そして漸く訪れた私の番。なのに、あんまりな仕打ちだ。
嫌ってくれてもいい。心根で何を思っても感じてもいいから、少し態度に出すことは秘めてくれないだろうか。
じゃないと、胸がぎしぎしとしてしまうのだ。
——黙れ。
心の奥で魔女の自分が言う。欲深いと、傲慢だと。
けれど、ぎしぎしと軋む胸の隙間から、どうしても誤魔化しようのない感情が滲み出す。
リート。リート。リート。
『フィーネっ!』
私、貴方の笑顔を、もうずっと見てないの。
それが、どれだけ苦しいかを、貴方は知らないから。
——…………馬鹿でしょう、私。
なんの説明もできないくせ、しないくせ、したくないくせ、文句ばかり垂れる自分に頭が幾分か冷静になる。
止めよう、虚しいだけだ。見守ることができるだけで十分な奇跡で、幸せでしょう。
「……次は、どこですか。行きましょう、そして、早く戻りましょう」
心痛を隠すように笑ってみせる。
心が許せる限りの最大限の譲歩だった。
なのに。
「……クロスリート様…………?」
何故、リートがそんな表情をするのかちっとも分からない。
そんな、苦しいような、悲しいような、寂しいような、顔を、どうしてするのか。
リート? どうしたの? ねえ、リート。
どうして、泣きそうになっているの?
『どうしたの?』
腫れた頬が痛々しかった。だから尋ねた。
『……おと、さんが、俺にしんぷになれって。俺、まだなりたいの決まってないのに、勝手にいうから、嫌っていったら……』
そうして涙ぐむから、頭に手を伸ばした。
「…………どうして、お前は……」
辛そうな顔をするから。しているから。
「どうして、そんなに……、似ているんだ…………」
だから、私の手が、リートの頭へと伸びる。丸い形に沿って撫でる。なんてことはない。だって、リートが泣いていたら、辛そうな顔をしていたら、私は何時だってその丸っこい頭を撫でたのだから。
それなのに、リートが随分と驚いた顔をして目を見開かせるから、その瞳に自分の姿が映って。
私は私が私でないことを思い出した。




