三日目(二)
三日目――夜。
窓から差し込む月明かりが、床に淡い影を落としていた。
ノリヒトはベッドに腰掛け、静かに息を吐く。
身体はほぼ回復している。だが――
(……やっぱり、ただの保護じゃないな)
モルテリアの視線。距離。間合い。
あれは、“測っている側の人間”のそれだった。
コン、コン。
ノックの音。
「ああ……いいぞ」
扉が、ゆっくりと開く。
現れたのは――モルテリア。
薄い肌着一枚。
透けるような白い肌。
細い肩、しなやかな腕。
そして。
首筋から腕、胸元へと覗く――曼荼羅のような幾何学紋様の刺青。
禍々しいはずのそれは、なぜか妖艶で。
彼女の美しさを、逆に際立たせていた。
「……怪我の調子はどうだ?」
にやり、と笑う。
だがその笑みは、どこか作り物めいている。
「まだ痛みはあるが……問題ない」
ノリヒトは淡々と答える。
「あと数日で治る」
「そうか」
一歩、踏み込む。
「診る」
短く。
だが有無を言わせぬ声音。
「上着を脱げ。そこの椅子に座れ」
「……わかった」
ノリヒトは従う。
「いいか――振り返るなよ」
ぴたり、と言葉が落ちる。
「気が散るからな」
「……ああ」
背を向け、椅子に腰掛ける。
――触れた。
モルテリアの掌が、背中に。
ひやり、とした感触。
次の瞬間。
魔力が流れ込む。
体内を巡る。
血とは違う、“情報を持つ流れ”。
「……いいな」
モルテリアが小さく呟く。
「綺麗に回っている」
――視る。
覗く。
侵す。
脳内に、情報が流れ込む。
名前。
――ノリヒト・シラト。
種族。
ヒューマン。
異世界人。
スキル。
――超回復。
――言語理解。
(……浅い)
だが。
その奥に、“蓋”がある。
「……ふっ」
口元が歪む。
(やはり、ある)
さらに深く、魔力を流す。
――プチッ。
遮断。
情報が、途切れた。
「……くっ」
眉が寄る。
「……拒絶、している?」
まるで――
“意思”があるかのように。
(なら……)
モルテリアの目が細まる。
(直接、引き出す)
――シュル……
衣擦れの音。
次の瞬間。
背中に、柔らかな感触。
腕が絡む。
白い両腕が、胸へと回る。
そして――
押し当てられる、豊かな双丘。
距離が、消える。
頬が触れる。
吐息がかかる。
魔力が、一気に増幅する。
(これで――)
流れ込む。
スキル。
《身体強化》
《精神強化》
《危険察知》
《気配察知》
《毒耐性》
《病気耐性》
《気配遮断》
「……ふふ」
乾いた笑いが漏れる。
(規格外……)
(これだけで、英雄級……)
だが、まだ先がある。
――エクストラスキル。
《全解呪》
(……あった)
息が、わずかに乱れる。
(やはり……)
――さらに奥へ。
ユニークスキル。
「――っ」
――ブチッ。
完全遮断。
「はっ……!」
息が漏れる。
(……拒絶された)
だが、それでいい。
(ここまでで、十分――)
「……もういいだろ」
ノリヒトの声。
静かに。
だが、確信を持って。
「……気づいていたか」
モルテリアが腕を離す。
「まあな」
ノリヒトは振り返らないまま言う。
「診察って感じじゃなかったしな」
一拍。
「……だが」
振り向く。
視線が、止まる。
モルテリアの姿。
白い肌。
刻まれた紋様。
禍々しさと、美しさの同居。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ――
見惚れた。
「……お前」
そのまま、口に出る。
「綺麗だな」
「……は?」
空気が止まる。
ノリヒトは、ふっと視線を逸らす。
「……その」
「もしかして、誘ってるのかと……」
耳が、少し赤い。
「俺も、そういうのは慣れてなくてな……」
「――――――っ!!」
一瞬で。
モルテリアの顔が、真っ赤に染まる。
だが。
「……っ、ば、馬鹿を言うな!!」
咄嗟に、言い返す。
いつもの調子を、取り戻そうとする。
「これは……診察だ!」
「お前の……スキルを……」
言葉が、続かない。
心臓が、うるさい。
(違う……こんな反応……)
こんなはずじゃない。
“女として見られない”前提だった。
だから、躊躇なく踏み込めた。
なのに。
“綺麗だ”と、言われた。
しかも。
照れながら。
真正面から。
「……っ」
両腕が、思わず胸と下を隠す。
完全に――女の仕草。
「……見てみろ」
無理やり、言葉を繋ぐ。
強引に。
「この体を……!」
背を向ける。
背中の紋様。
炎のように広がる刺青。
その中心から滲む、禍々しい魔力。
「これでも……女に見えるか」
声が、震える。
「誰も……そうは言わなかった」
一言。
落ちる。
「皆、目を逸らした」
それだけで、十分だった。
「こんなものを……抱えて」
沈黙。
「……綺麗だ」
もう一度。
迷いなく。
「むしろ……似合ってる」
「――――――っ!!!」
限界だった。
「な、ななななな……!!?」
完全に崩れる。
顔を覆い。
踵を返し。
バタン!!!
勢いよく飛び出す。
ドタドタ――
ドカッ!!
「いった……!!」
外から鈍い音。
数秒。
ギィ……
ドアが、少しだけ開く。
隙間から、白い手。
――寄越せ。
「ああ……これか」
ノリヒトが服を差し出す。
ひったくるように持っていかれる。
バタン!!!
今度は、さらに強く閉まった。
静寂。
ノリヒトは、しばらくドアを見つめる。
「……うーん」
頭を掻く。
「やりすぎたか……?」
一息。
「いや……違うな」
目を細める。
「……あれは」
少しだけ、考える。
「怒ってた……わけじゃないな」
結論には至らない。
だが。
「……難しいな」
ぽつりと呟く。
三日目の夜は――
静かに、更けていった。




