表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/12

六日目 最終話ー2人の朝

 六日目の朝――


 

 静寂。


 

 窓から差し込む光が、やけに白い。

 

 

 憲仁は、ゆっくりと目を覚ました。

 

 

「……」

 

 

 天井を見つめる。

 

 

 違和感。

 

 

 昨夜の記憶が、輪郭を持たない。

 

 

 確かに――何かがあった。

 

 

 焼けるような熱。

 


 身体を蝕む何か。

 

 

 だが。

 

 

「……軽いな」

 

 

 起き上がる。

 

 

 身体は、完璧だった。

 

 

 傷も。


 

 痛みも。


 

 すべてが消えている。

 

 

 むしろ、以前よりも研ぎ澄まされている。

 

 

(……回復、か? いや……それだけじゃないな)

 

 

 魔力の巡り。


 

 感覚の鋭さ。

 

 

 “何かが抜けた”ような。

 

 

 だが、その正体までは掴めない。

 

 

 

「……そろそろ、だな」


 

 小さく呟く。


 

 決めていた。


 

 ここを出る。


 

 理由は単純だ。

 

 

 ――居過ぎた。

 

 

 それに。


 

(借りは……返したはずだ)

 

 

 確証はない。

 

 

 だが、直感が告げている。

 

 

 昨夜の“何か”で、帳尻は合っていると。

 

  

 ドアへと向かう。

 


 開く。

 


 

 ――そこに、いた。

 

 

 モルテリア。

 

 

 テーブルに座り、朝食を前にしている。

 

 

 そして。

 

 

 違和感は、確信へと変わる。

 

 


 

 髪。

 

 

 白ではない。

 

 

 光を含んだ、滑らかな銀。

 

 

 そして。

 

 


 あの――

 

 

 禍々しい幾何学模様。

 

 

 首筋から腕にかけて刻まれていた呪紋が。


 

 

 ――ない。


 

 

「……」

 

 

 言葉が出ない。

 

 

「おはよう」


 

 モルテリアが、微笑む。

 


 柔らかく。

 

 

 あまりにも、自然に。

 

 

 

「朝食が出来ている。食べよう」

 

 

「ああ……」

 

 

 席に着く。

 

 

 だが。

 

 

 思考が止まらない。

 

  

(……消えている)

 

 

 あの女を縛っていたものが。

  

 

(じゃあ、昨夜の“あれ”は……)

 

  

 言うべきか。

 

 

 問うべきか。

 

 

 だが。

 

 

(……いいか)


 

 息を吐く。

 

 

(借りは返した)

 

  

 それで、終わりだ。

 

 

「今日……ここを出て行く」


  

 静かに言う。

 

 

「挨拶なしに出るのは、まずいからな」

 

 

「そうだな」

 


 モルテリアが頷く。

 

 

 そして。

 

 

 ――笑った。

 


 

「今、しているが?」

 

 

「……は?」

 

  

 理解が追いつかない。

 

  

「何を言ってるんだ」

 

  

 その瞬間。


  

 空気が、変わった。

 

  

「私たちは夫婦だ」

 

  

 断定。

 

 

 迷いのない声。

 

  

「ここを去るなら、クラウディアに挨拶がいる」


  

「出ていくなら、夫婦でだ」

 

 

 

「……意味がわからん」

 

 

 

「説明してやる」

 

 


 淡々と。

 

 


 指を一本、立てる。

 

 

「三日夜の儀」

 

 

 二本目。

 

 

「同衾」

 

 

 三本目。

 

 

「供食――三日夜餅」

 

 

 四本目。

 

 

「公証人――クラウディア」

 

  

 静かに、告げる。

 

 

 

「すべて完了している」

 

 

 

 逃げ道を、一つずつ潰すように。

 

 

 

「取り消しは効かない」

 

 

「法的にも、宗教的にも、魔術的にもな」

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

 理解が、追いつく。

 

 

 そして――

 

 

 冷える。

 

 

 

(……完全に、詰んでるな)

 

 

 

 街。


 

 教会。


 

 契約。

 

 

 すべてが、繋がっている。

 

 

 

「……はじめからか」

 

 

 

「うん」

 

 

 あっさりと肯定する。

 

 

 

「お前がここに来る前から、全部組んだ」

 

 

 

 悪びれもせず。

 

 

 

「利用した」

 

 

 はっきりと。

 

 

 

「否定はしない」

 

 

 

 その言葉に、温度はない。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「――それでも」

 

 

 

 一瞬だけ。

 

 

 声が揺れる。

 

 

 

「手放す気はない」

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

「……」

 

 

 

 憲仁は、目を閉じる。

 

  

(……ふざけるな、か)

 

  

 言うべき言葉。


  

 怒るべき場面。

 

  

 だが。

 

  

(……出ないな)

  

 

 理由は、わかっている。

 

 

 目の前の女が。

 

 

 ただの悪意ではないと、知っているからだ。

 

  

「……すまんな」


  

 ぽつりと呟く。

 

 

「俺には、娘が――」

 

  

「いるな」

  

 即答。

 

 

 

 目を開く。

 


「……なんで知ってる」

 

 

 モルテリアは、ゆっくりとアイマスクに手をかけた。

 

 

 外す。

 

  

 黄金と白銀の瞳。

 

  

「未来と遠見」

  

 

「右でお前を見た」

 

 

「左であの子を見た」

 

 

「ノエルは、いい子だな」

 

 

 その声だけは。

 

 

 少し、柔らかい。

 

 

「私に懐いてくれた」

 

 

 沈黙。

 

 

 

「あの子を、愛せるのか」

 

 

「当然だ」

 

  

 迷いがない。

 

 

 

「もう、他人じゃない」

 



「母親は隠蔽してるな…」



「高名な魔女か…」 

 



「……」

 

 

 

 息を吐く。

 

  

 そして、紙を差し出される。

 

 

 

 ――手配書。

 

 

 

「このまま出れば、終わりだ」


 

「だが――」


 

「夫なら別だ」


  

「教会が守る」


 

「街が認める」


  

 逃げ場は、ない。


 

 だが。



 逃げる必要も、ない。

 

 

 

「……」



 憲仁は、肩をすくめた。



「……やられたな」


  

 苦笑。


 

「完全に」



 そして。


  

「……まあ」




 一呼吸。



「仕方ないか」



 諦め。



 だが。

 


 どこか、穏やかな。


 

「悪くない」

 




 その一言に。



 モルテリアの指が、わずかに震えた。



 計画は成功した。

 

 

 完璧に。


 

 奪った。



 縛った。


  

 それでも。


 

 胸の奥にあるのは。



 満足ではなく――



 安堵だった。



(……これでいい)



 小さく、噛みしめる。


 

「小さな幸せだがな」



 その言葉は。


 

 自分に言い聞かせるように。


 

 そして。


 

 初めて。


 

 ほんの少しだけ。


 

 “妻”として、笑った。



 

 六日目の朝――



 それは、計略の終わりであり。



 歪で、確かな幸福の始まりだった。





ー未来視の魔女はすべてを仕組んでいた


ー忌み子と呼ばれた彼女と、気づけば夫婦になっていた話ー完



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ