㊸ 最強の美学!/……決着?
「『篝火群』───!!それそれーっ!!」
ウフルンテが楽しそうに叫ぶと、空は紫色に覆われて奇妙な風景になってしまった。
さっきの矢が一本でもあんなに凄かったのに、今度は数え切れないくらいの「火の矢」が、雨みたいにおれたちを目がけて降ってくる。
「この保安長に向かって火を放つとは…重すぎる行為だね」
あの野蛮な業火の矢を一本一本、正確に弾き落とす有栖乃助。あんなに恐ろしい業火の雨なのに。
有栖乃助の動き、まるで飛んできた蚊をパチンって追い払うみたいに、すごく簡単で当たり前のことみたいに見える…。凄すぎる…
紫の火花の光に照らされた彼の青い瞳は、まばたき一つしていなかった。
「まるで火遊びだ」
「ふ〜ん…こんな霊がいるなんてねえ〜…ちょっと感動ーー…!! 矢が効かないならぁ…直接触っちゃうもんねーーっっ!!」
ウフルンテは矢を射るポーズを辞め、今度は両方の拳を「ミリミリ……」って音がするくらい、きつく、きつく握りしめた。
その小さな拳には、さっきの火の矢よりもずっと濃い、ドロドロした紫色の幽気がまとわりついてる。
「いっくよ〜〜? 原型留めてね?」
地面を蹴る音が爆発音みたいに響いて、彼女がおれたちの目の前に突っ込んできた。
あんな細い体のどこにそんな力があるんだ…って思うくらいの物凄い体当たりだ。
あんなのもしおれが受けたら…風圧だけで吹き飛ばされちゃうんだろうな…。
でも有栖乃助は一歩も引かない───。
ジュッ……っと、拳が彼の鼻先をかすめる。
あ、当たった!?と思った瞬間、有栖乃助の体がまるで枝みたいにふわっと揺れた。
ウフルンテの渾身のパンチが空を切って…誰もいない空気を殴りつける。
「なによぉっ!! あーん!! ちょこまかとぉ……!!」
ウフルンテがムキになって、右、左、って何度も拳を振り回す。
でも有栖乃助はまるで、散歩でもしてるみたいに優雅な動きで、その全部を「スッ、スッ」っていなしていく。
「縦須賀さん…凄すぎるね…」
「ちゃんとしてれば…カッコいいのに…」
おれと水月ねーちゃんは事態の凄さに、二人揃ってただただポカンとしている。
もう完全に縦須賀有栖乃助のショータイムみたいだ。
触れさせない。
汚れさせない。
宝石みたいにキラキラした手が、彼女の腕を軽く受け流すたびに紫の幽気がパラパラと石の粉になって散っていく。
おれには有栖乃助が踊ってるみたいに見えた。
あんなに狂暴な怪物を相手に、一滴の汗もかかないでただ静かに綺麗に戦ってる。“美学”を口癖にするだけはある。
間違いない…最強だ…!
しかし、そんな感動はすぐに薄れてしまう事態が。 有栖乃助が優勢に見えたその時だった。
空気を切り裂くような音がして、ウフルンテの拳が────有栖乃助の胸、心臓目掛けてめり込んだんだ……!!!
「やっと触れたぁ…♡ ぐふふ…どぉ? 効いたかな?」
ウフルンテの顔が見たこともないくらい意地悪に歪む。あんなに優雅だった有栖乃助の体が、衝撃でぐにゃりと折れ曲がって……。
「う……ぁ…ぐあ……」
「そうそう、そのフェイスが歪むのを見たかったの…♡ ぐふふのふーー!! 嬲ってあげるね? ♡」
有栖乃助……? 嘘だよね……?
あんなに無敵だったのに……!!おれの心臓がバクバク音を立てて凍りつきそうになる。
「ぐ……息が……」
「ばぁいばぁーーーい! 」
ウフルンテがとどめの一撃を振り下ろそうとした、その瞬間。
ぱしっ。
空気がビリビリ震えるほどのパンチが吸い込まれるみたいに有栖乃助の右手に掴まれた。さっきまでの苦しそうな顔は…? この男はまるでお城のダンスパーティーでお姫様を誘うみたいに、優雅に、優しく、彼女の拳を包み込んでいた…。
「なんてね、無問題だ」
「キャッ…… なっなに…受け止めた?! 」
「───『石つ罪』 これはサプライズだよ」
…あの、おれ本気で泣きそうになって損しちゃったよ!!そうだ…この男はあのスーパーナルシストだってことを忘れてた…。 まあ、ちゃんと実力が伴ってるナルシストだから、もう何も文句は言えないけど…
それにしても、ほんっとに味方で良かった……。もしおれがこの男の敵だったら、今の「嘘」だけで絶望して動けなくなっちゃうもんな…。
────!!!
おれがそんなことを考えてる間に、目の前のウフルンテの姿が…どんどん変わっていった。
「な…なぁに…これぇ…!! 」
「君の姿を美しい月光のようにコーディネートさせてもらった」
「えーー!? えーーーー!? すごいすごい!! キレイ〜〜…♡」
…なんだなんだ、さっきまで殺す気満々だったのにウフルンテは自分の体が白くて透き通った宝石に変わっていくのを見て、目をキラキラさせて喜んでる。
まるでお姫様のドレスみたいだ。しかも有栖乃助の“水晶”の姿によく似ている…なんか、夫婦みたいだな…。 でも有栖乃助の瞳はちっとも笑ってなかった。
「これが僕の有終の美学だ」
「んー…? ソレってどーいう…? ───!? あれ…なんか……カラダが…」
───ピキッ…
そんな音が、確かに聞こえた…
「“透石膏” モース硬度は『2』 それはそれは、大変デリケートに扱わなければ直ぐに壊れてしまうほどの儚い存在だ」
有栖乃助は淡々と説明しだした。 役目を終えたと言わんばかりに…有栖乃助の瞳が、髪が、カラダが、元の姿に戻っていく。最初に出会ったときのあの前髪保安長の姿だ。
「有する石言葉は───『浄化』 …君にお似合いだろ? “色欲”のコンプレックス」
ウフルンテの虹色の瞳が初めて「恐怖」に揺れた。 彼女の体はもう指先一つ動かない。いや…動かしたくない、はずだ。 …敵ながら美しくて…脆い、真っ白な石像。
「あ……待っ…───
「チェック」
有栖乃助が指先でコン……と、彼女の肩を叩いた。
────パッリィイイイイン……!!!!
「…砕けた………す…すご…」
耳の奥まで響くような、綺麗な、でも悲しい音がこの静かな街に鳴った。 ウフルンテの体はキラキラ光る無数の欠片になって空に舞い上がった。 さっきまであんなに暴れてた、あの怪物が…。 宝石の雨の中で有栖乃助はただ一人、静かに立っていた。




