㉝ 復活の五本指!/復活の水月ねーちゃん!
「ッ、──────────────!!!」
針じゃない。まるでカミソリだ。
風の糸が、おれの肉の中をブスブス突き刺して、神経を無理やり引っ張り回す。
「あ、あああああああああああああああ!!!!!!!」
いたい。いたいいたいいたい痛い…!!!!!
熱い鉄の棒で中をぐちゃぐちゃにかき回されてるみたいだ。
涙が勝手に出てくる。鼻水も、ヨダレも止まらない。無意識にカラダが暴れてたのか、風月がおれを膝の上にガシッと固定した。
「……動くな! ズレたら、もう二度とくっつかなくなるんだぞ!!」
ねーちゃんが怒鳴る。でも、おれを支えてるねーちゃんの手も、ガタガタ震えてる。
おれのせいで、ねーちゃんにこんな酷いことさせてる。……ごめん。ごめんね。
でも。
「さすがに……目が、醒めた……。よっし……まだまだ…いけるぞ…あと何本…?…風月」
「まだ1本目の『人差し指』の途中だぞ…。大丈夫か…?──…って大丈夫じゃないだろうが……」
ま、まだ1本目なのかよ…まじか…。
指を縫われるたんびに…あんなに強烈だった眠気が、どこかに吹っ飛んでいく。
激痛がおれの脳みそを「起きろ!」って殴りつけてくる。
おかげで、左手にまた力が入った。
「水月ねーちゃん……だいじょうぶ……だよ……。おれ、起きてる……。まだ、いける……ッ!!」
「その調子だぞ…茅蒔…そら、1本目終わりだ。ヒューク、2本目をくれ。…次は『中指』だ」
『人差し指』が引っ付いたらしい。
まだ感覚はない。今はただ、くっついてるだけ。
前に存在力で麻痺させてた右手の痛みが段々と、ぶり返してきた…!!!
眠気どころか、意識が飛びそう…。そんなこともお構いなしに、鉄の風の糸がおれの骨と肉を、ギュウギュウに縫い付けていく。
あれ…神経が繋がってきた…?今まで感じたことのないような、ドクドクした嫌な熱さが指先まで走る。
「……『中指』終わり……! 茅蒔、しっかりしな! お前が寝たら…全部おしまいなんだぞ!!」
「……はぁ、……ハァ……。……わかってる……おれ、……負けない……!!ッッ…あああああああああああああ!!!!…ひぐっ…いっっでで…ハァ…ハァ…」
全身の血管が爆発しそうな痛みが走って、おれの中指は、また「おれの一部」になった。
おれは、血まみれで、ぐちゃぐちゃの指を、必死に動かしてみる。
ズキズキ…いや、そんなもんじゃない。バチバチ…感電してるかのような激痛が指先に伝わる。でも、『ちゃんと痛い…』繋がってるってことだ…。やっぱ風月に頼んで…正解だった。
「……次は『薬指』だ……ふぅ…行くぞ、茅蒔……」
「あ、あ……お願い…ぎぃ………ッッッッ…。……あああああああああああああ!!!!!!いだいいたいいたい痛い!!!!!!!熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!痛いいだいいい!!!!!」
相変わらず、この痛み…慣れない…!!!
骨と神経を直接、火のついた杭で抉られるような、そんな地獄の感覚。
「……あああああああああああああ!!!!!! いだいいたいいたい痛い!!!!!!! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!! 痛いいだいいい!!!」
叫ばずにはいられない。おれの脳みそが、全身の細胞が、絶叫して逃げろと命令してくる。
あまりの激痛に、おれの身体は風月の膝の上で、魚のようにビクンビクンとのけ反ってる。
───その時だった。
おれのズボンのあたりが、急に熱くなった。
恥ずかしいとか、情けないとか。そんなことを考える余裕なんて、1ミリも残ってなかった。
激痛によるショックで、じわぁ、と…。漏らしてる…。
おれのズボンを通り越して、抱きかかえてくれている風月の太ももに、おれの…が…。ごめんなさい…風月……。ごめんなさい…。
「……ッ、はぁ……ごめ…ふうげつ……汚くして……」
「……馬鹿、気にするな。 しゃんと気を張れ。──ほら、もう『小指』縫合完了だ。…『親指』くれ、ヒューク」
「チマキ殿…!!最後だぞ!!正念場だ…!!!」
風月の震える手がおれの頭を包み込む。
泣き叫んだり、情けなく漏らすおれを、風月は真剣な表情で、嫌な顔一つせず、強く、強く抱きしめてくれた。
ふと横を見れば、ヒュークが大きな翼をカーテンのように広げて、おれたちと、横で眠る水月ねーちゃんを包み込むように輪になって座っている。
黄金の瞳が今は焚き火の光みたいに温かくおれたちを照らしていた。
「よしっ……!!!全部…縫合した…!!…よくやったな…茅蒔…!!」
「チマキ殿!!!終わったぞ!!気は持っておるか!?」
「ハァ…ハァ…ぐっ…ハァー…ハァ…… …水月ねーちゃんは……どうなったの…?」
おれの声は、自分でもびっくりするくらい弱々しかった。叫びすぎたのか…物凄く枯れてるし。
けれど、風月は呆れたように口角を上げて、おれの頭を乱暴に、優しく、くしゃくしゃに撫でた。
「フッ…自分の指より、水月の心配か…。大したやつだよ…おまえは…」
風月がおれの肩を抱き寄せ、水月ねーちゃんの顔が見えるようにしてくれた。
そこには、さっきまでの死人みたいな青白さはどこにもなかった。
「水月の傷口は塞がったぞ。体温も大丈夫だ…幽体も安定してる…ぜんぶ、お前のお陰なんだぞ…茅蒔。よくやった…ホントに…」
風月の言葉を聞いた瞬間、おれの心の中に溜まっていた「張り詰めた何か」が、ぷつんと切れた。
「良かった…水月ねーちゃん…死なないでくれて…!!」
水月ねーちゃんの胸が、ゆっくりと、幸せそうに上下している。
その規則正しいリズムがおれの耳に届いたとき、ようやく右手の激痛も、ズボンの不快感も、全部どうでもよくなった。
おれは、風月の膝に顔を埋めたまま、声を上げずに泣いた。
今度は痛みからじゃない。
ただ、ただ、嬉しくて、安心したんだ。
「……よかったぁ……。……ほんとうに、……よかった……」
水月ねーちゃんの穏やかな寝顔を見て、おれの全身から力が抜けた。
指はズキズキ痛むし、下半身はビチャビチャで冷たいし…もう指一本動かしたくない。このまま、ねーちゃんの隣で泥のように眠ってしまいたい……。
そんなおれの甘えた考えを吹き飛ばすように、頭の上からヒュークの凛とした声が降ってきた。
「よしっ…!!チマキ殿…次は御主が回復する番だぞ!!」
「ふぇっ…!?」
おれが間抜けな声を出す間もなく、ヒュークの大きな鷹の爪のような鋭い、けれど羽毛のように温かい手が、おれのボロボロの右手を包み込んだ。
「ヒ、ヒューク……? おれは、いいよ……。それより、水月ねーちゃんに……」
「……ならぬ。水月殿の魂は、ワタシのような異質な幽気は受け付けんのだ。下手に流せば、純粋な人間霊である彼女の器を壊しかねん……。」
「あ…!そういやそんなコト言ってたね…」
ヒュークの幽気は人間の幽霊にはあげれないんだった。勉強しとかないと…そんなことを考えてる内に、ヒュークの幽体から目に見える程に幽気が溢れている。まるで焚き火のようにポカポカしてきた…。
「半分が『コンプレックス』で構成された御主の魂は、ワタシのそれと極めて近い。……さあ、受け取るが良い! 我が主、チマキよ!!」
───空っぽになって干からびていたおれの幽体が、ヒュークの強大な幽気で無理やり押し広げられていく。
……あ、つい……。……身体が、満たされていく……
砂のように消えかけていた指の感覚が、内側から膨らむように戻ってくる。
ヒュークの幽気が風月の縫い合わせた、おれの肉と骨を強引にくっつけてくれる…。
ボロボロだった足の骨も、裂けた皮膚も、ヒュークが流し込む圧倒的な「生」のエネルギーに飲み込まれて、みるみるうちに修復されていった。
「……ハァ、ハァ……すごい……力が、……あふれてくる……!!なんか懐かしいね!!」
さっきまでの死にそうな眠気が嘘みたいだ。
やっぱ、ヒュークの幽気はおれの怠惰の幽気とは、また違う。もっと荒々しくて、空を翔ける翼のような、自由で力強い輝きだ。
「……ふぅ。……これでお主の体力、幽気も戻ったはずだ!!」
「相変わらず、コンプレックスの生命力は怪物並みだな…ほら茅蒔、指…どうだ?ちゃんと動くか?」
ヒュークが手を離したとき、おれの右手は、さっきまでの惨状が嘘のように綺麗な形を取り戻していた。
おれは、繋がったばかりの右手をゆっくりと開いて、閉じてみた。
……重い。でも、動く。
おれはヒュークを見上げて、泣き笑いのような顔で、その大きな手を繋ぎ復活の握手をした。
「ありがとうヒューク。…はは!ヒューク、手ぇ大っきいねぇ〜!!」
「元気になって何よりなのだが……すまぬ…チマキ殿。縫合跡までは消せなかった様だ…」
ヒュークの言う通り、5本とも綺麗にくっついてはいるものの、痛々しいツギハギみたいな跡はクッキリとメッキリと残ってる。でも、いいんだ。
「でもさ、コレってなんか戦士みたいでカッコいいじゃん!! 風月もさ、ヒュークもさ…ホント!ありがとう!!」
おれが右手をグー、パー、と動かして笑ってみせるとヒュークは大きなクチバシを空に掲げて、これ以上ないほど分かりやすく喜んでくれた。
なんだかんだ言っておれのことを一番心配してくれて、一番「主君」として立ててくれる。……ヒューク、そういうところ本当にかわいいんだよな。
風月も、さっきまでの鬼気迫る表情が嘘みたいに、優しく笑ってくれた。
「……小便さえ漏らしてなけりゃ、もっとカッコよかったのにな」
あ………
「……そうでした…。ちゃんとその服…洗わせてもらいます……」
一気に顔が熱くなる。「戦士」とか言っちゃったのがバカみたいに頭の中をリピートしてる…。恥ずかしすぎる…!!
そんな、おれの背中を風月がポン、と叩いた。その手のひらは、少しだけ湿っていて、でもすごく温かかった。
「いい…自分でやる、私の仕事だ。 ……お前は私の妹を全身全霊で守ったんだ。 これくらい…安すぎるもんだ」
「そっか……ありがと…風月!」
風月のぶっきらぼうな優しさに、おれはまた、少しだけ鼻の奥がツンとした。
「チマキ殿…風邪を引いてはいかん。我の翼の中へ───」
「あっ待って!おれ…漏らしたから…その、汚れるから…」
「そんなものどうでもよい!! 御主の奮闘の証明であろうが!! …さ!早く温まるがいい!!」
ヒュークの声は、これまでにないほど強引で、それでいて泣きそうなくらい優しかった。
おれが言い返す間もなく、大きな翼がバサァッとおれを包み込んだ。
「あ…あったか〜…」
おれの汚れた服も、冷え切った身体も、ヒュークの圧倒的な幽気が放つ熱に飲み込まれていく。
「汚れる」なんて心配、ヒュークにとっては羽毛の重さほどもなかったんだね…。
少しだけ…おしっこの匂いがしたかもしれないけど………それ以上に、ヒュークの誇り高い匂いがした。
ボロボロの右手と、ちょっぴり恥ずかしい思い出。
でも、おれたちは生き残った。
反対側の翼の中で眠る水月ねーちゃんの顔を見つめながら、今度こそ静かに深い眠りへと落ちていった。




