㉚ 最低で最低な脚本家/赤いウサギ…!?
ユーリがパチンと指を鳴らした。
その瞬間、足元の地面からドロドロした、絵の具を混ぜたみたいな変な煙が噴き出してきた。
ガギギ、 バギバギ──と、目の前で、信じられない速さで「何か」が組み立てられていく。
それは、すっごく豪華で、でも見てるだけで頭が痛くなるような、ギラギラしたサーカスのステージ。
おれと水月ねーちゃんを閉じ込めるみたいに、高い壁がどんどん伸びて、空まで真っ赤な幕で覆われちゃった。
おれは思わず構えた…いや、、構えようとした。だけど身体の芯が、何かに「縛られる」ような感覚に襲われた。
これは……ただの立体化じゃない!!
言葉を発したいのに、喉が熱くなって、言葉がうまく出ない…。
「終わりは『完成』された……。ようこそ、オレの最高のステージへ!
────ステレオ能力……『劇的な作劇の劇場』!!」
ステージの真ん中で、ユーリの姿が変わっていく。
人間の皮がベリベリ剥がれて、中から出てきたのは……真っ赤な毛並みの、ウサギみたいな耳が生えたヘンな生き物。手には辞書のような書物を持っている。
子どもみたいに小さいのに、口には鋭い八重歯が生えてて、おまけに額には、血が固まったみたいな真っ赤な石が埋まってる。
周りのライトが、その額の石でギラギラと乱反射している。眩しすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「この劇場の中では、オレこそが唯一無二の脚本家。そしてキミたちは……オレの描くシナリオを彩る、最高に輝かしい『キャスト』なんだよ!!」
「なんか…色々と訳わかんないことになってきたぞ…」
「あのウサギが…あの子の正体…」
脚本……キャスト……? 何それ、意味わかんない。
でも、その時──おれの足が、おれの意志とは関係なく、勝手に一歩前に出た。
「───えっ!? カラダが……勝手に……!?」
『我が身可愛さ』が守ろうとしてくれてる。でも、筋肉が……骨が、おれの言うことを聞いてくれない。まるで見えない糸で、操り人形みたいに引っ張られてるみたいだ…。
「さあ、第一幕の始まりだ!! 」
赤いウサギが叫ぶ、持っていた本がパラパラと自動でめくられていく。
おれの右手は勝手に剣をギュッと握りしめた。
ナニかが始まったらしい…。
…これは『我が身可愛さ』の力じゃない。あいつの能力による力。
「自動防御」を押し退けれるほどの…強制力。
今までいっぱいカラダを操作されてきたけど、コレほどの不快感はない…! 『我が身可愛さ』はこんなに痛いくらい乱暴におれのカラダを動かしたりしない…!
周りの人たちも、まるでおれらを囲むようにエキストラとして配役されている…。さっきまで逃げてたくせに「がんばれー!」とか「やっちゃえー!」とか、勝手なことばっかり叫んでる。
その声を聞くたびに、心臓がバクバクいって、頭が熱くなって──。
「……ッ、うぉおおおおおおおおッッッ!!!!」
おれの口から、おれの声じゃないみたいにカッコつけた叫び声が出た。
なんだコレ…怖い。本当はすっごく怖いのに、頭の中には「あいつを倒さなきゃ」っていう熱い気持ちだけが、ドロドロ流し込まれてくる。
「《“勇者” チマキは走った。愛しの巫女姫──水月を取り戻すため───。そして、ユーリを討つために。それが、無謀でもあるに関わらず…》」
「ユーリ!!水月を返してもらう!!降りてこい!!」
頭の片隅は冷え切っているのに、喉の筋肉が勝手に震えて、おれの知らない「声」を絞り出す。
よりによって、水月ねーちゃんを呼び捨て……!?
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。顔が火が出るくらい熱いのに、それさえも「怒りに震える勇者」の演出に利用されているみたいで、めちゃくちゃに気持ち悪い……!!
やめろ……! 止まれ……!! 水月ねーちゃん、違うんだ、これおれじゃないんだ!!
心の中でどれだけ叫んでも、足は止まらない。
むしろ、地面を蹴る力がどんどん強くなっていく。
『我が身可愛さ』が、おれの意識を守ろうとして必死に剣を構えているけれど、肝心のおれの体がユーリの「台本」に完全に乗っ取られている。
コレールの自滅させる力といい…操らせてくる力ってのはホントにウザい…。くそッ…。
無理やり勇気を流し込まれて、恐怖が消えていく。
でも、その代わりに「自分じゃなくなる」っていう、もっと得体の知れない絶望がおれを飲み込んでいく。
この強制力……ちょっと、いや、かなり対策しないとマズイな…。
このままじゃ、おれはユーリを倒す前に、恥ずかしさと無謀な突撃でボロボロになっちゃう……!!
「《ああ、なんという健気な勇姿だろうか! 絶望的な力の差を前にしても、彼は愛のために立ち向かう!》」
「助けてぇ!!茅蒔さま!!!」
お、おれもだけど…水月ねーちゃんもすんごい顔が赤くなってる…震えてもいる。
あんなことホントは言いたくないだろうな。おれが…どうにかしてやらなきゃ。
操られてるとはいえ、おれは初めて「攻撃」として剣を振るった。
途端、ユーリはそれを立体化させた幽気の剣であしらう。
そんな攻防が数分続いた───。
わざとだ、わざと幽気と体力を追い込むかのように、持久戦に持ち込んでやがる…。
もうバテてきてるのに無理矢理動かされる手足、そこでユーリの台本なのだろう。 「提案」が始まった。
「チマキ…中々やるね!だけど、コレはどうかな?」
ユーリは天に一本、指を翳すと禍々しい程のオーラの玉を作り始めた。
まさか…それをぶつける気じゃねーだろうな…。流石に今は…ヤバいぞ!?というか、まだそんな力持ってたのか!
ガチガチに縛られている腕を必死に振り解こうとした…で、できない…!!
ヤバい…ホントに当たる…!!!
「覚醒しろ…───、勇姿を魅せてくれ!!チマキ!!!」
ユーリは指をピッとおれに振りかぶる。当然、そのオーラ弾はこっちに飛んできた。
その時だった。とんでもない言葉が「0メートル」から聞こえてきたんだ。
「こんなもの!!この身ひとつで受け止めてやる!!こい!ユーリ!!」
おれは、なぜか剣を投げ捨てて吠えている。
───終わった…。
すべてこいつのシナリオ通りか…
「《勇者チマキは、その心の内では死を覚悟していた。目の前の宿敵に手も足もでなかったのだから。───しかし、救いの手が…慈愛の存在が飛び込んできた。》」
なっ…救いの手だって…!!?
まさか……
「───── 茅蒔くん…ッッッ!!!」
幽気も何もまとっていない水月ねーちゃんが、その攻撃から、おれを庇うように飛んできた。その顔、表情は…操られているんだろうけど、演技にはとても見えなかった…。
本当の…姿だ…。
────────────────────
オーラの玉が炸裂し、目の前が真っ白に染まる。
おれの大好きな人が弾け飛んだのが見えた。
チープでふざけた演出の光の渦の中心で、
ボロボロの体がライトアップされて曝されている。
カスの悦びに満ちたナレーションがステージに響く。
「《ああ!なんという悲劇だ! … 愛する者を失った勇者は、今ここに────
「…■■■■■」
「───……は? なに勝手に喋ってんの?」




