㉙ アイドル !/ヒーロー?
「よく理解したねチマキ、オレの固定観念を…。キミ、やっぱ素晴らしいよ!コーフンするなあ!」
「ま、名前も『勇凛』だし…なんとなくね…」
“勇気”のコンプレックス…
一見ポジティブそうな感情だが、こいつの場合は話が違う。
相手を「勇気づける」ことで、生物が本来持っているはずの「恐怖」という安全装置をブチ壊す。
恐怖が無くなると人間はどうなるか?
答えはカンタンで、自分を守るための機能がマヒする。
心が…身体を裏切るんだ。
偽りの全能感をその身に受けてしまう。
勇敢でも何でもない…ただの無謀な人間に成り下げてしまう力…───!!
とんでもなく残酷な力だ!!
暴れられる前に…おれが休ませなきゃ!!
「さて───残り3人のキミたち、だけど」
「ヒィッッッ!!! どうする!? 俺たちも……あいつのウソみたいな力でやられる……!!!」
「が・ん・ば・り・な・よ? 3人がかりなら勝てるって!!」
ゆーりんが、無邪気な声で呪いを放つ。
「……う……でも、そうだ……!! 3人なら……?」
「オレたちだって名を上げた巫覡だぜ……?! ……イケるッッッ……!!!」
言ってるそばから……!!!!
とんでもない支配力だ。抗うことすら許さない。
セカキュー……!! お前の“存在”…貸してくれ……!!!
「『懈』───!!!」
「───んっ!?」
翡翠色の幽気が辺りを覆い尽くす。ユーリはその冷ややかな波長に気づき、静かにこちらの様子を伺っている。
「───……あ、あれ……?」
「やっぱ無理無理無理!!!! 逃げよう!!?」
「うわぁあああああ!!!!!」
ふぅ……なんとか3人を正気に戻して、この場から逃がすことに成功した。
ユーリは、おもちゃを取り上げられた子どものように呆然とその光景を見つめている。
「………逃げた……?? どういうこと……?」
すぐにその原因がおれにあると確信したのか、ユーリはドス黒い視線をおれにぶつけてきた。
「チマキ…まさかキミか? ステレオ能力…!?」
「ステレオ能力じゃない。これはおれ…いや、おれたちの存在力だ」
「存在力だってぇ…!? コンプレックスの特権だぞ……!? それをなんでどこぞの流霊のキミが…………ハッ……」
ユーリの額から、冷たい汗が滴り落ちる。
そして、何かに突き当たったような表情を浮かべた。
「あの時、キミの手に触れた時……その歪な波長。オレはてっきり、死にかけの魂が見せる独特なものだと思っていた……。けれど、違ったんだね。────まさか……居るのか? キミの中に……コンプレックスが……!!!」
「まあね……ちょっち、メンド臭いヤツだけど!」
おれが認めると、ユーリはガタガタと全身を震わせ始めた。
怯えているんじゃない。その顔を上げた時、ユーリはとろけるような恍惚の表情を浮かべていたんだ。
「それって…それって… と〜〜〜……っても、“主人公”じゃないかぁ……!!!!」
「うぎっ……!? 顔、コワイよ……」
「“ワケアリな剣の所持”、“巫女が味方に憑いている”、“流霊なのに逃げ出さない”、そして───“その身にコンプレックスを内包している”……!! なんだこの設定……。ああ、美しい。綺麗だよ、チマキ……♡ キミはやっぱり、『勇者』の素質持ちだ……!」
さっきまでのドス黒い幽気はどこへやら、今度は毒々しいピンク色のオーラがユーリを包み込んでいる。
ヤバい。こいつ、最高潮に興奮してる……!!
「ユーリ……このまま大人しくしてくれないかな?」
「できないねぇ!! オレは、やるべきことが見つかったんだっ!!! それはね……『キミの勇姿を見ること』だ!! 理解できるかい!?」
「う〜ん……わかんない。理解したくない……」
ユーリは、おれを無視するように高らかとしゃべり続けた。
「“勇姿”とは、死に最も近い姿のことさ……!! 勇気が最大に輝く瞬間! つまり『0と1の間』だ!! これは『0.5』や『1÷2=』なんかの低レベルなコトを言ってるんじゃないぜ? オレが…終わりを完成させるんだ。 キミを勇者にしてね……!! 特等席で『0』になる瞬間を見せてもらうよ……!!」
……だめだ。10歳のおれの脳みそじゃ、こいつの理屈は理解不能だ。
ただ、こいつがおれに対して、禍々しいほどの「溺愛」に近い殺意を抱いていることだけは、ハッキリとわかったよ。
「ごめん、おれ算数は苦手なんだ。だからユーリ、悪いけど…! ───『懈』っ!!」
「さっきのはコレか……!!面白い!!! 『主役』!!!」
二つの存在力が正面から激突し、バチバチと耳を劈くような音を立てて弾け合う。
休ませる怠惰と、頑張らせる勇気。
対極の力が喰らい合い、やがて線香花火が尽きるようにシュウ、と消滅した。
すぐさま飛んできた幽気の弾丸を、『我が身可愛さ』が完璧に弾き飛ばす! ヒュークの弾丸に比べれば、止まって見えるくらいだ。
「……お互いの存在力が消し飛んだ…チマキ、何なんだキミの固定観念は……。それにその反応速度、本当に流霊かい?」
「へへへ……さぁ〜ね? 当ててみなよ」
軽口を叩いてみせるけど、ユーリの瞳はおれの正体を引きずり出そうと、さらに深く構築された幽気を練り始めた。
ふと周りを見渡せば、パニックで逃げる人だかりの他に、いつの間にか野次馬たちが集まり始めている。
「うおおお!! 緑髪の少年!! がんばれ!!」
「あの赤いのをやっつけちまえー!!」
……無責任な応援が聴こえてくる。
おれはね、あんたたちが期待するような「いい子」じゃないんだ。期待通りには頑張れないよ。
でも、ユーリはまだ切り札を隠してる。ステレオ能力……まだ発動していない。目を離しちゃダメだ……!!
「ユーリ、何か仕掛けようとしてるだろ? ──おれがお前に抱く敵対心。 その心さえ、味方にするつもりだよね?」
「ふ……ふぐくくく……。そうだよチマキ……♡ でも、まだ機会はその時じゃない」
観客すら巻き込むつもりか……? こいつは絶対、遠慮なんてしない。
くそっ、病み上がりだからか身体が重い。なんでおれは、こんなにコンプレックスを引き寄せるんだろうな……。
けれど、おれの集中は、不意に現れた「声」によって容易く途切れてしまった。
「物凄い人だかりだから、来てみたら……茅蒔くん……!!? 大丈夫なの!?」
「す、水月ねーちゃん!? どこ行ってたの!? って、今はそれどころじゃ……!!」
「ごめんなさい……買い出ししてたら、その……止まらなくなっちゃってぇ……。茅蒔くんが元気で良かった!! ……でも、本当にそれどころじゃないみたいだね…」
水月ねーちゃん。よりによって、一番マズイタイミングで現れちゃった……!!
「あいつはコンプレックス!! “勇気”のコンプレックスなんだ!!」
「ユウキって……あの、勇ましい方の“勇気”……?!」
「キミが……チマキが探していた巫女さんだね?! ふくくく……役者は揃った……」
ユーリは不気味に笑い、天を仰いだ。
「ねぇ、チマキ……。主役が舞台に立つとき、何が必要だと思う?」
くる……!! 何か仕掛けてくる!!
「『我が身可愛さ』!! 防御を!! おれが前に出て水月ねーちゃんを守らないと…!!」
ユーリが幽気を放出した途端、地鳴らしのような音が鳴る。
目の前の地面から、凄まじい速度で何かが組み上がっていく。
それは……
そ、それは……なんじゃこれ…!?
サーカスのステージ!? 次々と幽気が立体化され、煌びやかな舞台が構築されていく…。
攻撃じゃない。けれど、あまりにも速い奇襲におれと水月ねーちゃんは、その摩訶不思議なステージの上に立たされてしまった。
「答えはね……鳴り止まない『喝采』だよ……!! ────“舞台装置”の完成だ。 もちろん、キミたちのね」
「なんだこれ……お遊戯会でもやるつもり……?!」




