第7章 1 旅の余韻
ヒカルもやっと帰宅できます。
長い旅でしたが、いかがでしたか?
「父上、ただいま帰りました」
「ふふ。なかなかいい顔になって戻ってきたね。旅は有意義だったかい?」
「はい。とても勉強になりました。お話したいことが山の様です」
娘の生き生きした表情を見て、アランも誇らしく思った。
「では、さっそく陛下に会いに行こう。ハワード、リッキー、ベスも一緒にね」
アランが歩き出すと、フランソワが馬車の荷物をほかの侍女とともに運び出す。それをさりげなく手伝うジークが目に留まり、ヒカルが駆け寄った。
「ジークさん、先日は楽しい時間をありがとうございました」
「喜んでいただけて、幸いです」
ジークは片眼を閉じて人差し指で唇を抑えると、すぐさま荷下ろしに戻っていった。ヒカルはクスっと笑って、廊下で待つアランの元に駆け戻り、王の執務室へと向かった。
見聞きした多くの事を語り、その度に、王を喜ばせたり考え込ませたりした4人だったが、ハワードが「これを」と差し出した王冠を見て、ガウェインは目を見張った。
「サルビィの丘の近くの谷間に埋もれていました」
「よくぞ見つけてくれたなぁ。これは、父の形見だ」
王冠を見るガウェインの表情で、それが手放しで喜べない何かを孕んでいるのだということが分かる。続いて、森の奥の小屋に一人で住んでいた老人の話をすると、ガウェインが身を乗り出して尋ねた。
「そのご老人は足が悪いのではないか?」
「そういえば、少し足を引きづっていらしたように思います。あ、それから、陛下の事を、悪ガキとおっしゃっていました」
ガウェインは心底驚いたように目を見開いて玉座に座りなおした。
「そうか、生きておられたのか。子供の頃の恩師だ。よく叱られたのだよ」
ガウェインは老人の言葉を聞き、ハワードが持ち帰った王冠を眺めながら、深く頷いていた。
「この王冠は、戒めの品として保存しておこう」
ガウェインの言葉に、ヒカルはハワードに視線を送った。やっぱりハワードさんの言ったとおりだった。ハワードがそれに頷いていると、ドアがノックされてソフィアが入ってきた。
「まぁ、ヒカル! おかえりなさい」
ヒカルを優しく抱きしめると、ソフィアの視線はヒカルとハワードを往復する。視線を感じたハワードがそっと視線をそらしても、耳が赤くなっていてバレバレだ。
「ゴホン」
後ろに控えていたジークが咳払いをしてヒカルの傍に進み出た。
「さあ、今日のところは一旦お住まいに戻られて、お休みいただきましょう。」
「あら、そうなの?」
ソフィアはお楽しみを奪われたように肩を落としたが、ジークはお構いなしだ。
「ヒカル王女様には、新しいお住まいが待っています。お話は後日ゆっくりと」
「そうね、お楽しみは取っておくことにするわ。ヒカル、ゆっくりおやすみなさい」
「はい、ありがとうございます。」
4人は新たに用意されたシルベスタの邸宅に隣接する敷地まで戻ってくると、ヒカルは仮住まいへ、リッキーとベスはその従業員宿舎へ、そしてハワードは主の邸宅へと帰っていった。
ヒカルの仮住まいは、シルベスタの邸宅の東館を借りることになった。以前の住まいと変わりなく準備が整えられているのは、フランソワの腕によるものだ。
「ヒカル王女さま、おかえりなさいませ。今日は早めに湯あみを済ませて、夕食はこちらの館で召し上がっていただきます」
たった一人の夕食は、昨日までの旅の楽しさを反転させたように静かで味気ない物だった。寝室のベランダに出て夜空を見上げても、サルビィの丘のような満天の星は見えない。それでも、胸の奥がほっこりと温かい理由を、ヒカルはすでに知っている。
ドアがノックされてベスが入ってきた。
「王女様、そろそろお部屋にお入りください。まだ夜は冷えますよ」
「ベス! 旅から帰ったばかりなのに、もう仕事?」
「すみません。なんだか一人でいるのが寂しくなって、侍女長にお願いして王女様の顔を見に来ました」
ベスはちょっと照れ臭そうな笑顔を見せた。侯爵令嬢然とした凛とした姿のベスからは想像できない愛らしさに、ヒカルはほっこりさせられた。
「ありがとう、ベス。楽しい旅だったわ。みんなが一緒でなかったら得られなかった経験だった。」
「王女様、いえ、今だけは、…ヒカル、おめでとう。やっと想いが通じたのね。これからも仲良くね」
「ああ、ベス!気づいていたのね、ありがとう! ベスもお幸せにね!」
ヒカルは思わずベスに抱きついて涙をあふれさせた。
「あらあら、抱きしめる相手が違いますよ。 さて、紅茶を淹れます。ぐっすり眠れるカモミールにしましょうか。」
二人はしばらく旅の余韻を楽しんで「おやすみなさい」とランプを消した。
荷物をほどいて、再び次の旅にむけて準備をしていたハワードは、ちらっと部屋の窓から見える東館の一角に目をやった。ハワードが暮らすこの部屋からは東館がよく見えるのだ。
ふんわりと明かりが広がっていた東館が、ふっと暗くなった。窓の桟にもたれて暗くなった東館をぼんやりながめる。
「ヒカル、おやすみ」
胸のあたりがキュンと締め付けられる感覚は、旅の途中からずっと続いている。まさかこの歳になって、こんなに人を好きになるとは思いもしなかった。明日になれば、転移することになっている。両親はともかく、弟がどうしているか、是非確かめたい。自分が俳優になっていなかったら、平穏な暮らしが続いていたのだろうか。大切な人が出来たからか、余計に弟の今が気になった。
休む間もなくハワードは次の場所へ。。




