第6章 3 届いた気持ち
いよいよヒカルたちの旅も終わりを迎えます。
しばらく走っていた馬車がゆっくりと止まる。カーテンを開くと、街を通り過ぎ、きれいな湖のほとりに出てきたのが分かった。外から休憩しようとリッキーの声がかかる。
馬車から簡易のテーブルやイスを出し、買い込んでいたサンドウィッチを取り出す。ベスが淹れる紅茶を待っていると、気持ちのいい風が湖を渡ってきた。
「リッキーとベスの結婚式はいつの予定なの?」
「え、あ。まだ、日程までは決めていないけど、この旅が終わったら、両親にベスの事を紹介するつもりなんだ。王太子殿下の挙式が目の前に迫ってるから、俺たちはその後だな」
ヒカルの直球の質問にもすんなりと答えるリッキーは、語尾をベスにむけて語っている。ベスも頷いている。もうすっかり夫婦の様だ。そうか、二人はもうきちんと未来を見つめているんだ。ヒカルは二人をまぶしそうに見つめていた。
「王城に帰ったら、急に忙しくなりますよ。新居の荷ほどきや王太子殿下の挙式の際のドレス選びも待っています。フランソワさんのお話では、新居は王城ではなくシルベスタ様の邸宅の近くになると伺っています。私たち使用人の宿舎も併設されるそうです。ただ、新築になるので出来上がるまでは、シルベスタ様の東館をお借りするそうですわ。ハワードさんは両方に行き来することになるから、きっと大変だろうって、フランソワさんも心配していましたよ」
「ご心配、ありがたいことです。でも、私はこの旅が終わると少し休暇を頂く予定なんです。シルベスタ様には元々数人の執事がついていますし、ヒカルはしばらく王太子殿下の挙式の準備に忙しいでしょうから、私が抜けても大丈夫でしょう」
ハワードがそういうと、ヒカルが急に不安げにハワードを見つめる。そんなヒカルに笑いかけて、ハワードは計画を明かした。
「私を召喚した人間が誰なのかは未だ分からないままですが、とりあえず転移で元の世界に戻って、以前居た場所の様子を見に行こうと考えているのです。召喚された時点で、私の存在がどう扱われたか分からないのですが、とりあえず弟が普通に暮らしているかどうかは見ておきたくて」
「ウェリントン侯爵領で話していた年の離れた弟さんのこと?」
初めてハワードの口から直接聞かされるプライベートな話にどぎまぎする。
「ええ、6つ年下なので、もう大人になっているんでしょうけど、私が俳優になってなかなか家に帰れなくなった頃は、まだ子どもだったので。どうなっていても私にできることはないのでしょうけどね。それで、あの世界での自分とは決別するつもりです。」
ハワードの表情は晴れやかだった。もう自分の進む道は決まっているのだとその表情が如実に語っていた。ヒカルは心からの笑顔で言う。
「そうなんだ。いってらっしゃい。気を付けてね。私は、お父さんの結婚式の準備をしながら待っています」
「ありがとうございます。必ず帰ってきます、あなたの元へ」
ヒカルを見つめるハワードの瞳にくもりはなかった。ベスとリッキーはそんな二人を満面の笑みで凝視している。それに気づいて、ハワードは慌てて顔をそらした。
その後も馬車は順調に進み、いよいよ懐かしい王城が近づいてきた。城に近づくにつれて、街がとてもにぎわっている。お祝いの垂れ幕や花飾りがいたるところにあるのだ。王太子殿下の結婚式を祝うものだ。カーテンを開けて街の様子を眺めていたハワードは、ふいにカーテンを閉めてヒカルに声を掛けた。
「もうすぐ王城に到着します。ご準備を」
「ハワードさん。あの…。私にはこの旅で一つだけ、心残りがあるのです。聞いてもらえますか?」
幸福の鐘を鳴らした時の気持ちを確かめたい。城内に入ったら、しばらくは二人きりでは会えないだろう。ヒカルは逸る気持ちを抑えて、問いかけた。改まった様子を感じて、ハワードが向き直る。
「あの丘で鐘を鳴らした時、私は不思議な気持ちになりました。鳩に驚いてハワードさんにしがみついたときのハワードさんの表情が、その…、なんだかお父さんが私を見るときや、リッキーがベスを見るときの表情ととても似ていて、その…」
下を向いて言いよどむヒカルを引き寄せ、ハワードは自分の腕に抱きしめた。
「こんな、顔でしたか?」
驚いて見上げたヒカルの目の前には、頬を染めて照れ臭そうに、でも幸せそうに笑うハワードがいた。
「ベスから、あなたの気持ちを汲んであげてと言われました。シルベスタ様からは、さっさと告白しろと言われました。リッキーには、好きな子を守りたかったらちゃんと自分の気持ちを伝えないと誤解されると言われました。
あなたより10歳以上も年上の貴族でもない私が、王太子殿下の娘であるあなたに想われているなど、とても信じがたいのですが」
「ハワードさん自身の気持ちはどうなのですか? お父さんに跡継ぎが生まれたら、私は王族を離れるつもりでいます。なんの肩書もない私をどう思いますか?」
ハワードは目を見開いて、それからはぁーっとため息をついて笑った。
「私たちは、同じような気持ちで同じような隔たりにおびえていたんですね。私は、ヒカルのことが大好きです。あの丘であなたを抱きしめたとき、もう離したくないと痛切に思いました。肩書なんてどうでもいい。ただ、あなたがいてくれたなら、それだけで」
ハワードの言葉を聞きながら頷くヒカルの頬を、何粒もの涙が流れては落ちる。二人はやっと、想いを打ち明け合えたのだ。
「ヒカル…」
ハワードがそっとヒカルに口づける。その時、馬車が止まってリッキーがドアを開けかけてそのまま閉じた。
「王女様、王宮に到着いたしました!ご準備をお願いいたします!」
「あら!ふふふ。リッキーったら、棒読みじゃない」
ベスが察して笑っている。
「おかえり。リカルド、エリザベス。ご苦労だったね。ヒカルは…?降りてこないねぇ?」
出迎えに来ていたアランが馬車に近づこうとすると、リッキーが一歩前に出て立ちはだかって、一層大きな声で言う。
「王太子殿下、お出迎えくださりありがとうございます。」
「いや、リッキーを迎えたいわけじゃないよ。ヒカルをね…」
不思議そうに言うアランになおも食い下がるリッキーは、「ちょっと待ってください」と言って、馬車の中にむけて声を掛ける。
「開けてもよろしいでしょうか?」
すると、ドアがゆっくりと開いてハワードが降り立ち、ヒカルの手を取ってエスコートした。
王城に戻って来ても、おとなしくなんてしてられないのです。
お父さんの結婚式に出るって、どんな感じなのでしょうね。




