第5章 2 ささやかな口撃
ああ、今日も出勤時間ギリギリです。
もやもやしたまま4人は食事を終えて早々に宿に戻ってきた。馬車で着替えて宿の入り口に一歩踏み入れると、従業員が慌ててやってきて裏口へまわれという。領主さまが王女にあいさつに向かったとのことだった。
ベスは、ヒカルに頼んで再び令嬢らしくドレスに身を包み、自分も王女とやらに挨拶したいと言い出した。
「ヒカル、少し出しゃばった真似をしてしまいますが、私も侯爵令嬢だと名乗っている以上、おとなしく引き下がっているわけにはいきません。」
そういうと、ベスは侯爵令嬢らしく堂々と落ち着いた所作で、ロビーへ現れた。
「こちらにシュルツ侯爵様がお見えだと伺ったので、ご挨拶にきました」
「シュルツ様はただいま王女様にご挨拶に行かれましたので、お待ちくださいませ」
従業員は焦った様子でベスを止めたが、「そうですか」と引き上げるふりをして、ベスは最初に案内された部屋に乗り込んでいく。
ドアをノックすると執事が現れ、今は面会できないと断ろうとした。しかし、ベスの顔を知っていた執事ははっとして、対応に困ってしまった。
「そう、王女様というのはフレイヤのことだったのね。そこを通していただくわ」
ちらっと後ろに控えるヒカルを気遣いながらも、ベスはこぶしを握り締める。
「どなたかしら。突然部屋にやってくるなんて失礼な方ね」
令嬢が鋭く言う中、ゆっくりと姿を現したベスは、にっこり微笑んで見せた。
「お久しぶりですわね。シュルツ侯爵様。そして、フレイヤ・ライオネル子爵令嬢」
「え?」
支配人が驚きすぎて固まってしまった。
「おや、これは、これは。フォリナー侯爵家のご令嬢ではないですか。先の帰還パーティーには体調を崩して参加できなかったものですから、やっとお目にかかれると楽しみにやってきたのですよ。王女様と旅をされていると聞いたのですが、こちらの方ではないのですか?」
「あ…。わ、私は別に王女に成りすましていたわけじゃないわ。こちらの人が勝手にきめつけていたのよ!ホントに迷惑だわ!」
支配人や従業員が混乱する中、二人のにらみ合いが続く。
「ベス、もうその辺にしたら? この土地のことはよーくわかったから」
後ろから侍女の服装のヒカルが言うと、シュルツ侯爵とフレイヤが真っ青になった。
「お、王女様!どうしてこんなところに!」
「お久しぶりですね、フレイヤさん。私は王国の事を何も知らないから、勉強させていただいているのです。あなたも旅を? 執事さんお一人つけているだけだなんて、旅慣れていらっしゃるのですね」
フレイヤは真っ赤になって下を向いてしまった。
「これはいったいどういうことだ。冗談ではないぞ」
焦るシュルツにヒカルは穏やかに言う。
「こちらの領土に来てから、いろんなものを見せていただきました。今日はこのような服装ですし、明日、改めてお目にかかっても?」
シュルツは分かりましたと平伏して、その場を退散した。
「フレイヤ様、この度はよい勉強になりましたね。多くの方との出会いは人生の糧になります。さて、じいは腰が痛うございます。明日には領土に帰りましょう」
執事が穏やかに言うと、フレイヤは分かったと素直に呟いた。
「このお部屋は王女様に使っていただいて、私はほかのお部屋に移ります。支配人、指示を」
フレイヤに言われて、我に返った支配人が従業員に指示を出す。かくしてヒカルたちは元の部屋に戻り、フレイヤは一泊しただけでそそくさと帰っていった。
宿を出立する朝、廊下ですれ違ったハワードに、ライオネル家の老執事が言う。
「本当に素晴らしい王女様ですね。うちのお嬢様にも温かい言葉をかけてくださって。これで素直に家出を解消できそうです」
その頃、ヒカルはベスに手伝ってもらって身支度を整えていた。これからシュルツ侯爵家に出向くのだ。
予想通りではあったが、門からずらりと執事や侍女たちが並び頭を下げる。その間をゆっくりと通り過ぎると、その先にシュルツが満足げに出迎えていた。
「ヒカル王女様、本日はご機嫌麗しく、我が邸宅にお越しくださって誠にありがとうございます。さぁ、どうぞこちらへ。王女様のために特別室をご用意いたしております」
それを無表情な目で眺めていたヒカルは、おもむろに語りだす。
「いえ、結構です。シュルツ侯爵様、ご存知の通り私は王女の肩書をもらいましたが、異世界から突然転移させられてきた小娘にすぎません。もとより王位を継ごうとも思っていませんから分かっていないと笑われてしまうかもしれませんが、一言お伝えしておきます。先の大きな災害は、多くの民が身分制度を緩めて怠惰な生活をした罰を与えられたのだと、こちらの領土の方々が口をそろえておっしゃっていますね。これにはいささか抵抗を覚えました」
「何か、王女様にご迷惑をおかけしたのでしょうか?」
シュルツは身を乗り出して尋ねる。名前さえ聞けば直ちに投獄しそうな勢いだ。
「“王女”には迷惑などかけていませんよ。皆さん身分にはとても敏感で。ですが、身分に気を取られすぎではないでしょうか。職位のない旅人にはとても冷たい土地ですね。」
ああ、そんなことかとでも言いたげなシュルツは、苦笑いを浮かべて答える。
「お言葉ですが、雪深いこの地方では、お金のない旅人に施しをするほどの余裕がないのですよ。産業といえば山岳地帯の天然石の発掘ぐらいですからね。」
「その天然石の発掘を一部の貴族が牛耳っているということなのね。そんなに雪深いなら、雪で遊べる施設を作ったら観光客も見込めるのではないかしら。貴族だけではなくて、一般の人も来るようにすれば、土産物も売れるし、レストランも流行るでしょう。量の限られた天然石にしがみついていては、先が知れていると思うわ。まぁ、これは小娘の思い付きです。お父様に声を掛けたら、もしかしたら侯爵様のお手を煩わせずに国営のレジャー施設になるかもしれないわね。その時は、従業員として侯爵の領民の貴族以外を使う様にさせていただくわ。威張るばかりで役に立たない貴族なんて、使えないものね。ふふふ。侯爵様、あまり頭が固いと時代に取り残されますよ。」
シュルツの物言いにうっぷんをためていたヒカルは、とうとう言葉遣いも態度もすっかり王女らしさを失くして、言いたいだけ言うと、「見送りは結構よ」と言い放って、結局一歩も侯爵邸に入ることなくその場を後にする。ハラハラしながら後ろに控えていたハワードが胃を押さえていた。
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