第4章 3 雨が上がって芽吹いたもの
お仕事いってきます! やばい、遅刻する!
「折れてはいないけど、くじいてるな。肩を貸すよ。それに、全身びしょぬれじゃないか。早く着替えないと風邪をひくぞ」
リッキーはハワードに肩を貸して、なんとかベスのいるテントまで戻ってきた。
「リッキー! ハワードさんが見つかったのね。良かった。うわぁ、ずぶ濡れね。早く着替えた方がいいわ。」
「ひ、ヒカルはどうしていますか?」
ハワードはリッキーに運ばれながらもヒカルが気になっていた。あんな大雨が急にやんでしまうのはおかしい。以前アランから、ヒカルが晴れのおまじないをすると聞いていたハワードには、嫌な予感がしていたのだ。
「いや、まずは着替えて怪我の治療だろ。こっちでシップするから横になっててくれ」
リッキーの手を借りて馬車に入ると、ベスがタオルを持ってきた。リッキーに手伝ってもらいながら着替えを済ませると、そのままソファに横になるよう促された。疲れが出たのかハワードはそのまま眠ってしまった。
その頃、ベスは焦っていた。リッキーがハワードを探しに行っている間に、ヒカルのテントを見に行ったのに、テントには誰もいなかったのだ。周りを探しているうちに、リッキーがハワードを連れて帰ってきたのだ。憔悴しきったその様子から、ヒカルがいなくなったことは本能的に言わない方がいいだろうと思った。ハワードのことをリッキーに任せて、すぐさま丘のまわりを探しに行くと、リッキー達が戻ってきたのとは反対の方角に倒れてずぶ濡れになっているヒカルを見つけた。
「ヒカル!!」
ぐったりしているヒカルは、呼びかけても反応はない。
「魔力がほとんど感じられないわ。ヒカル、何があったの? 気づくのが遅くなってごめんなさい」
ベスはすぐさまずぶ濡れのヒカルを抱きかかえて自分のテントに連れて行く。抱えている腕からヒカルの体が冷え切っているのが伝わって、ベスは慌てて唇をかんだ。濡れた服をはぎ取り、丁寧に体を拭いて着替えさせた。そして、ハワードの着替えを済ませたリッキーをそっと呼び寄せた。
「リッキー、ヒカルが大変なの!」
小声で呼びかけるベスの表情を見て、リッキーはすぐさまテントに飛び込んだ。着替えは済ませてあるが、顔色は悪く疲れ果てていることはリッキーにも分かった。そっと抱き上げてハワードと同じく馬車の向い側のソファに寝かせる。
「ヒカル…まさかあの雨を?」
リッキーは静かに首を振った。
一度に二人も倒れてしまったことで、ベスはしおれ切っていた。もっと、何か対応できたのではないか。他に対策が取れたのではないかと自分を責めながら、向かい合わせのソファの間に、薬品の入ったバッグをうずたかく置いて対応に備えた。
リッキーは、落ち込むベスを励ましながら、すぐさま持ってきていた魔石を使ってシルベスタに連絡を取る。ヒカルが魔素のないサルビィの丘で、天候を操ったらしいと聞いたシルベスタはあきれ果てていた。
「仕方ない。しばらく寝かせてあげなさい。2日ほど眠ったら復活するだろう。君たちも危険のないように気を付けて、2日間は休暇だと思ってゆっくりしたまえ。それで、ハワードは大丈夫なのかい?」
「足をひねってしまって、シップしています。あの様子だと、激流に飲まれそうになったんだと思われ、疲労が激しいです。こちらも2日もすれば良くなるかと。それより、ん~なんていうか、いろいろあって、あ~なんていうか…とにかくじれったい感じです」
リッキーの説明に、シルベスタはブハッと噴き出して笑った。
「リッキー、それ、ものすごく分かるよ。まったくあいつは生真面目なんだよなぁ。まあ、もう少し様子を見よう。」
シルベスタはのんきにそういうと、通信を切ってしまった。
ヒカルとハワードがぐっすり眠っているので、リッキーとベスは二人で夕食の支度を始めた。
「私、もう少し魔術の勉強しようかと思うの。あんなに魔力のあるヒカルでも、治癒魔術には向いていないっていうし、私の家系なら、治癒魔術も適性はあるらしいから…」
「無理はするなよ。今回の事を気にしているのなら、気にしなくていいよ。どんなにこっちが気を使っていても、ヒカルならきっとやらかしていたよ」
「そうかしら。だけど、うちの領地でリッキーが怪我したとき何もできない自分が悔しかった。どんな形であれ、やっぱり役に立ちたいもの」
リッキーは途端に真っ赤になって、夕食にかじりついた。
その頃、馬車の中でハワードが目を覚ました。くじいた足は熱っぽいが、ずいぶん痛みは落ち着いていた。自分でも無茶をしたと反省する。あのまま雨が降り続いていたらあるいは…。それにしても、これを発掘できたのは良かった。内ポケットに入れていた物を取り出してほっとする。
ガウェイン王の前の王は豪快な王様だったという。決して国民を蔑ろにしていたわけではないが、貴族との交流も華やかだった。その象徴のような代物が、今ハワードの手の中にあった。大粒の宝石を贅沢にあしらった王冠だ。前回、サルビィの丘で馬車を奪われた後に助けてくれたあの老人が言っていたことが頭をよぎる。アランなら、そして、その右腕にヒカルがいるというのなら、きっとそんな国にはならないだろう。これは、その時の戒めの象徴になるだろう。しばらく眺めていた王冠を片付けていて、ふいに薬箱の向こう側に人がいることに気が付いた。静かで、身じろぎもしないそれは、まるで人形のようだった。
「え? …ヒカル? ヒカル!まさか…」
頭の中が真っ白になった。色素を失くした顔にはいつもの表情がなく、息すらしていないかのように横たわっている。とっさに体を起こして、足の激痛にたじろぐ。それでも気になって、足を庇いながらそっと近づき、その腕をつかんだ。細い手首に脈が打っていることが分かると、安堵から座りこんでしまった。そして、確信した。
―ああ、やっぱり。やっぱりヒカルが死力を尽くしてくれたんだ。―
あのまま雨が降り続いていたら、自分はきっとあの濁流に飲まれていただろう。足を掬われ、木の枝にしがみついたあの瞬間、まだ死にたくないと心から思った。まだ、自分はちゃんと想いを伝えていないと。
「ヒカル、私はとんでもない愚か者です。震災の跡の大雨の話は先日あなたに講義したばかりだというのに、自分がそれに対処できていなかった。それなのに、こんな魔素のない土地で、あなたは倒れてしまうほどに力を使って助けてくれたのですね」
ヒカルの手を両手で包んで自分の額に押し当てると、自分でも驚くほどの震えるようなため息がでた。
「お姫様を目覚めさせるのは、王子様のキスよ」
不意に声がして、ハワードは驚いてヒカルを見た。ほんの少し頬に赤みがさしている。ハワードは沸きあがる喜びをどうしていいのか分からなくなって、ヒカルの唇にキスを落とした。
「んん~~!ほ、ホントにするとは思わなかったー!」
慌てたヒカルが目を開けると、真っ赤になったハワードが覆いかぶさるように抱きついてきた。
「ヒカル!ヒカル!気が付いたのですね!良かった。ホントに良かった」
「ハワードさん、苦しいよぉ」
バシバシと背中をたたかれて、やっと我に返ったハワードが照れ臭そうに体を離すと、リッキーとベスが顔を出した。
「ヒカル、気が付いたのか?」
「良かったわ。どうなる事かと思いました」
「ごめんね、心配かけて。でも、まだ魔力が十分じゃないみたい。体が重くて動けないわ」
ベスから、もう2日寝てないとだめだと告げられ、ヒカルははぁっとため息をついた。二人分の食事が運ばれてくると、ハワードはくじいた足を引きずりながらも、甲斐甲斐しくヒカルの世話をする。
「起きられそうですか? それとも、横になったまま召し上がりますか?」
ハワードに抱きかかえられながら体を起こしたヒカルは、そんなハワードをじっと見つめてふふっと小さく笑う。そして突然、ぽろぽろと涙をこぼした。
「ヒカル? どこか痛いのですか?」
「ううん。ハワードさんがいつも通りだなぁって思って。ちゃんと元気にここに戻って来てくれて、本当によかったなぁって思って…」
「ヒカル…。私は、何があっても必ずあなたの元に戻ってきます」
ヒカルの手を取り、膝をついて真剣なまなざしのハワードに、ヒカルもゆっくりと頷いた。
ブックマーク、評価など、よろしくお願いします。




