第4章 1 サルビィの丘
今日はお仕事がお休みなので、この時間に更新しております。
食料を買い込み、リッキーとベスが戻ってきた。ここから魔素のない東の果て、サルビィの丘を目指す。険しい山道をゆっくりと昇っていくと、緩やかな丘に辿り着いた。4人は馬車を降り、周りの景色を確かめる。
「この辺りがサルビィの丘跡地です。案外険しい地形ですね」
「お母さまに聞いたら、生き残って今のアイスフォレスト王国にいる大人は、大抵このサルビィの丘の近くに住んでいたそうですよ。この先の谷間にあった集落は全部ながされてしまったそうです」
ベスの説明を聞いて丘のふちまで進んでみると、ごっそりと足元の土が掻き取られたようになっている。これでは谷間にいた人々はひとたまりもなかっただろうとヒカルは急に足元に震えを感じた。
「この先を進むと以前の避難所跡があるそうです。行ってみましょう」
ハワードに薦められて、ここからは馬車を置いて進む。魔石で結界を張ることも忘れない。木々が茂って木漏れ日を落とす山道を黙々と歩き出す。馬車を止めた場所からずいぶんと上がってきた。ヒカルが振り返ると、緑が茂る中にミズキやヤマボウシの花が見えた。大きな災害があったなんて想像もできないような美しい景色だ。
「さあ、着いたぞ。ここで一息入れよう」
リッキーの声に視線を戻せば、目の前には周りの緑を映した池が広がっていた。「わぁ、きれぃ…」言いかけたヒカルは思わず口元を手で抑えた。池のふちに不自然に積みあがっている木片に気が付いたのだ。それは、どうやら避難所だった建物の瓦礫らしく、30年という年月よって、朽ち果て、つる草に巻かれ、少しずつその姿を失いつつあった。
不意に、ヒカルの耳に当時の喧騒が聞こえたような気がした。地震で壊れた家屋を立て直そうとしていた人々に豪雨と土石流が襲い掛かる。地面に叩きつけるような雨音、とどろく雷鳴。避難を促す叫び声さえかき消すような川の激流。ここには、懸命に生きようと奔走した人々が確かにいたのだ。心臓がドクンと音を立てる。
「ヒカル、大丈夫ですか?」
ハワードの声で、倒れそうになっていた自分に気が付いた。 ベスがシートを広げ「こちらへ」と促す。シートに横になって呼吸を整える。水面を渡る風に当たると、先ほどの恐怖を覚えるような喧騒は霧散した。あれはいったい何だったのだろう。
「何か感じるものがあったのですね」
気が付くと、ハワードが背中をさすってくれていた。
「ええ、この国の人々の声が、一斉に頭になだれ込んだように感じて驚きました。」
「やっぱりここは念の強い場所なんだろうな。とりあえず馬車の所まで下りよう。そろそろ日が暮れるし」
リッキーに促されて、4人は馬車を置いた場所まで下りる、馬車からそれぞれの木箱を出し、リッキーはテントを張って、ベスは食事の準備を始めた。ハワードに促されて木箱に腰を下ろしたヒカルは、辺りを見回して大きなため息をついた。この土地はとても騒がしい。たくさんの気持ちが残ったままになっているんだとヒカルは痛感した。
「大丈夫ですか? 少しは落ち着きましたか?」
「ええ、ありがとうございます。だけど、あんな風に、突然昔の出来事が頭の中に飛び込んでくるなんて、今までなかったので、驚きました」
「以前主から聞いたことがあります。その土地の精霊に呼びかけると、昔のことを教えてくれることがあると。だけど、こちらから聞き出そうとしていないのに訴えてくるということは、それほどまでに強い念をもっているんでしょうね。ヒカルや私は異世界から来ているのでこちらの過去には疎いですが、それでも、どこの世界にいたとしても、昔から脈々と人々の暮らしは続いていて、今につながっているのですから、無下にはできないですね」
「私、お父さんに頼んで鎮魂の碑を建ててもらおうかと思うの。ここがあったから、今のアイスフォレストがあるんだものね。それから、帰ったら国の地図をじっくり見ようと思います。この国が安全かどうか今一度、確かめたくなりました」
「それはいい考えですね」
二人が頷き合っているところに、食事ができたと声がかかった。
翌朝、小鳥のさえずりで目を覚ましたヒカルは、テントを抜け出して大きく伸びをする。愛らしい小鳥の囀りが聞こえてきた。すぐ近くの梢に座っていたリスが、慌てた様子で隣の木に渡っていった。カサっと木々の奥で物音がする。目をやると鹿が心配そうにこちらを伺っていた。あんな災害があった後でも、動物たちは暮らしているのだ。
「ヒカル、おはようございます。早いですね」
「ベス、おはよう。起こしちゃった?」
「いいえ、主より起きるのが遅いなんて、侍女失格ですね」
ベスは少し困ったような顔で言うが、そんなことはない!と、ヒカルは心の中で言う。自分が視察に回っている間に、食料調達、衣類の洗濯、それぞれの場所に行く度に荷ほどき、荷造り、全部ベスがやってくれているのだ。ベスはさっそく朝食の準備にかかっている。その頼りになる後ろ姿を見ながら、ぽろりと本音がでる。
「ベスはなんでもこなしちゃうから、私は甘えてばかりになってるなぁ。ねえ、ベス。結婚しても侍女は続けてくれる?」
「け、結婚ですか?」
声がひっくり返って赤面するベスは、実は自分の将来についてできるだけ考えないようにしようと無意識に逃避していた。
「そう、するでしょ? リッキーと。見たいなぁ、ベスの花嫁姿。絶対きれいだよね。」
「か、考えてなかったです…。」
「そうなの?では、ぜひ前向きにご検討ください。うふふ」
フォリナー侯爵領にいるとき、ベスの両親からリッキーに手紙が渡されたのは、どうやらベスの知らないことだったらしい。ヒカルはふざけた返答をしながらも、ベスに負担を掛けないようにしなくてはと思った。アランと二人で日本に居たときも、何とかやりくり出来ていたのだ。この旅が終われば、住まいも別館に移る。今一度気を引き締めて体制を整えなくては。
「はぁ、気持ちいいねぇ。ちょっと散歩に行ってくるね」
ヒカルはこの後のことを考えながら、森の中を散歩していた。
REALIZEを長い間書いていると、いろいろ幕間的なお話も浮かんできます。どこかで掲載したいので、ちょっと考えてみます。




