第3章 3 幸福の鐘
今回はちょっとラブ濃い目です。
濃厚なシーンなんて書けませんから。ええ、この程度ですよ、ホント。
翌朝、ヒカルは教えられた平和の丘に行ってみたいと言い出し、4人は馬車に乗り込んだ。ハワードは少し不機嫌ではあったが、反対する理由はない。
ゆるやかな丘を登り頂上近くまでやってくると、美しい山々が遠くに並んでいるのが見えた。途中からは馬車を降りて登っていく。歩を進める度、山々との間には大きな湖があることが分かってきた。唐突にあらわれたそれは、きらきらとまばゆいばかりに湖面をきらめかせている。丘の先は断崖絶壁になっていて、落下防止の柵が施されていた。その切っ先に小さな祠のような小屋があり、そこにいぶし銀の鐘が下がっている。その上には不自然なほど高い塔が建っていた。
今朝は、どうもヒカルの言動に違和感を感じる。リッキーとベスは時々目を合わせて心配そうにしていた。ハワードも同じことを考えているらしく、どこか戸惑い勝ちだ。
「きっとあれがそうだわ。ハワードさん、一緒に行きましょう」
瞳を輝かせたヒカルに手を引かれて近づくと、鐘のそばにはロープが下がっていた。
「これを引くのかしら?」
「そのようですね。さぁ、こちらにどうぞ」
ハワードがヒカルを鐘の前に立たせ、自分は後ろから守るようにして二人でロープを引っ張ると、祠の上につながっていた鐘が次々に鳴りだし、そばで羽を休めていた鳩が一斉に飛び立った。
驚いたヒカルがハワードにしがみつく。その小さな肩を、ハワードが庇う様に抱き留めた。
「きゃあっ!」
「大丈夫ですか?」
とっさにしがみついたことが急に恥ずかしくなって顔を上げると、水色の瞳が宝物を見つめるようにヒカルを映している。二人はそのまま視線を外せないで見つめ合ってしまった。後ろで見ていたベスが「うわぁ、なんだか結婚式を見てるみたい」とつぶやいて、二人は慌ててその場を辞した。
続いてリッキーとベスも鐘を鳴らす。丘の下から吹き上がる風に煽られ、厳かな鐘の音に背中を押されて、リッキーは思わずベスを引き寄せて口づけた。
「あ、ご、ごめん。なんだかたまらなく幸せな気分になって」
「ううん、私もなんだかすごくドキドキしちゃった」
初々しい二人は真っ赤になって、逃げるようにその場を離れた。
停車場まで戻ってくると、小さな子供がヒカルたちを指さしてはしゃいでいる。
「あ、さっきのお兄ちゃんたちだ!ねえ、お母さん。あの人たちケッコンするんでしょ?」
「ふふふ、きっとそうね。鐘が全部鳴って、鳩が飛び立ったものね。それにとても幸せそうだったわ」
「いいなぁ。私も全部の鐘ならしてみたいなぁ」
親子の会話は続いていたが、言われた二人は真っ赤になってそそくさと馬車へと急いだ。
「おーい、ちょっと待ってくれ! これは二人への記念品だ。受け取ってくれ」
丘の上の店舗の主人が、愛らしいブーケを持ってやってきた。
「あの、これはどういった?」
戸惑うハワードに店主はニヤニヤしながら言う。
「あれ、アンタたち知らないで鐘を鳴らしたのかい? あの鐘は、普通は1つか2つしか鳴らないんだよ。全部の鐘が鳴って、そばの鳩が空に舞い上がったら、そのカップルは結婚するって言われているんだ。いやぁ、よく見りゃ美男美女じゃないか。羨ましいねぇ。お幸せにな」
呆気にとられるハワードにブーケを手渡し、その背中をバシバシ叩いて笑うと、店主は元来た道を戻っていった。困った顔のハワードは、さりげなく危険物がないか確かめると、そのままブーケを差し出した。
「ヒカル、よくわかりませんが、ブーケをどうぞ」
しかし、ヒカルは受け取らない。見る見るうちに眉間に深いしわが入り、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ヒカル?」
「…なんでもないです。これは私の心の問題です。今日の講義は欠席します!」
そのあとは、どんなに声を掛けても、ヒカルはハワードと目を合わそうとはしなかった。愛らしいブーケは、そのまま水を入れた小さなカップに刺しておくことになった。
それから2日間、ヒカルはハワードの講義を受けず、窓の外をにらみ続けていた。ベスやリッキーが間に入ろうとしても、「自分が悪い」「自分が不甲斐ない」と言うばかりだった。そして、そのまま王宮に転移する日がやってきた。心配そうな3人に見送られても、ヒカルはあっさりと転移してしまう。
「はぁ~~」
ヒカルの姿が見えなくなると、ハワードは思わず深いため息をついた。小さなブーケをさしたカップの水を替えながら、物思いにふける。あの鐘が鳴り響いたときの気持ちは不意打ちだった。自分の気持ちを抑えこむのに必死だったというのに、ダメ押しのブーケが来て、まぎれもなく動転していた。一体自分はどんな顔をしていたんだろう。その様子を見ていたベスが声を掛ける。
「ハワードさんは、あの幸福の鐘がたくさんなったことを不愉快に思っていたの?」
「まさか!」
意外な言葉に驚くハワードをよそに、ベスは続ける。
「女の子って、好きな人がどんな表情をしているかすごく気になるの。たとえそれが照れ臭かったりはずかしかったりしていただけだったとしてもね。ましてや、ヒカルとハワードさんには、立場の壁も年齢の壁もあるから、不安でたまらないんだと思うの。あの子の気持ち、汲んであげてほしいな」
「いや、まさかそんな。ヒカルからすれば10歳以上も年が離れているのですよ。私の事なんてなんとも…」
言い終わる前にドカンっと派手な音を立ててヒカルが帰ってきた。こぶしを握り締め、憤懣やるかたないと言った様子だ。
「ヒカル!もう戻ってきたの? 魔術師のことはどうなったんだ?」
「全部やっつけてきた! なんだかもやもやするから、当たり散らしてきたの」
あまりにも早すぎる帰還に、思わずリッキーが尋ねた。ヒカルは誰とも目を合わせようとせず、ほんの少し唇を尖らせて言い放った。
「全員やっつけたのか? それで、王宮は大丈夫だったのかよ」
「大丈夫、その辺は手加減したわ。でも、シルベスタ先生に荒れてるなぁって呆れられちゃった。…仕方ないもん。どうせ私は未熟者だもん。気持ちのコントロールなんて、全然できない。あ~もう、自分なんて大嫌い!」
ヒカルはそばにあったひざ掛けを頭からかぶると、馬車のソファに突っ伏して落ち込んでしまった。
ベスは、リッキーにそっと耳打ちして、買い物に行ってくると二人で出かけて行った。二人だけになったハワードは、どう声を掛けてよい物か迷っていた。しかし、気が付くとヒカルが寝息を立てている。ひざ掛けをそっと外して、そのか細い肩に掛けなおし、いたわるようになでてみた。
「ヒカル。あなたを不機嫌にさせたのが私の所業のせいなら、謝罪します。あの鐘が鳴り響いたとき、確かに私の心に、純白のドレスを着たヒカルが微笑んでいる姿がイメージできていました。鳩に驚いてしがみついてきたあなたを抱き留めたとき、そのまま抱きしめていたい気持ちに駆られたのも事実です。ですが、あなたは気高い血筋の王女様です。どんなに焦がれても立場が違いすぎる…」
ソファからとろりと垂れ下がった手を持ち上げると、「どうか今だけはお許しを」そう呟いてその甲にそっと口づけた。召喚される前の孤独な自分が、ヒカルと出会って少しずつ過去へと変わっていることを、ハワードは実感し始めていた。この若い王女は、自分の外見ではなく本質を見ようとしてくれる。ただそれだけのことでどれだけ心が満たされることか。
しばらくしてヒカルが目を覚ました。 馬車の中はハワードと二人っきり、その彼は静かに読書を楽しんでいた。体を起こしてゆっくりと頭が冴えてくるとヒカルは「ごめんなさい」とつぶやいた。
「シルベスタ先生に言われたの。今回の事で魔術師としての腕は認めると。それで、お父さんのところに跡継ぎが生まれたら、自分の後継者として修業を始めないかって。そのために陛下が計画してくれている住まいをシルベスタ先生のおうちの近くに建てればいいって。もう身分や年齢にとらわれずに自由に生きていいんだよって。私、王女様として生まれ育ったわけじゃないから、正直ほっとしたの。だけど、お父さんとすっかり遠ざかってしまうから、ひとりぼっちになるのはまだ少し不安で」
本を閉じてヒカルの話を聞いていたハワードは、そうですかとつぶやいた。涼やかな水色の瞳が不安げなヒカルを映し出すと、すっと細められた。
「主がヒカルを認めてくださったのですね。それはすごいことです。ということは、ヒカルは次代のアイスフォレスト王国の最上位魔術師ということでしょう。ガウェイン陛下にシルベスタ様がいたように、アラン王太子殿下にヒカルがいつもそばにいて、意見を交わすことが多くなるのではないですか?」
ヒカルは驚きのあまりぽかんとしてしまった。確かにそうだ。ガウェインとシルベスタはいとこでもあるし、大親友でもある。次の世代がアランとヒカルなら、仲良し親子なのだから申し分ないだろう。
「次に向かう元の王国があった場所も、じっくり見学しておきましょう。この旅で見るもの聞くものすべてが、ヒカルの将来にとても重要なものになるでしょう」
「はい、がんばります!」
元気に返事をするヒカルに頷いてほほ笑むハワードだったが、どこかに寂しさを感じていた。ヒカルには、以前のような幼さはもう見られない。自分が作ったプリンをおいしそうに食べてくれたヒカルを思い出して、胸の奥がきゅんと締め付けられる。
ヒカルは、グラスにささっているブーケを見て、そっと手に取る。ブーケを差し出した時のハワードが幸せそうに見えなくて、どうにも悲しくなって受け取ることが出来なかったのだ。だけど、あの丘で、きれいな青空の下、鐘の音が鳴り響く中、ハワードの腕に飛び込んだ時、自分を庇う腕が優しくて、その表情がたまらなくしあわせそうだったことが嬉しくて、そのまま離さないでほしいと願ってしまった。自分が王女でなくなったら、あの優しい腕に触れることもできなくなるのだろうか。そんな不安が、とび色の瞳に影を落としていた。
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