第78話 天使の本気、願い
「ふんっ!」
オベリスクはツィーに向かって剣を薙ぎ払う。剣は空間を二つに切り裂くように薙ぎ払われ、その剣先から黄色い光の筋が放たれる。
「……えぃ」
光の筋がツィーへと近づく。ツィーは大剣を右手に持ち、地面に突き刺す。
ドッゴオオオォン!
次の瞬間、爆音と共に地面が掘り上げられ、岩の破片が宙を舞う。
だが、光の筋は岩の破片をも貫通させた。
「っ!」
光の筋がツィーの頭に迫る。
ツィーは咄嗟にしゃがみ、光の筋を避けた。
「……ロア」
この時、ツィーはぼそっと何かを呟く。
そして一気にオベリスクとの間合いを詰める。
「なっ!?」
「いいぃやああぁ!」
ツィーはオベリスクに対して縦一線に大剣を振り下ろす。
オベリスクは翼を羽ばたかせ、後ろに下がる。
ドッゴオオオォン!
ツィーの大剣が再び地面に突き刺さり、土や岩の破片が宙を舞う。
宙を舞った岩の破片などの隙間から白銀の剣がツィーの心臓目がけて放たれる。
がーー、
ガキンッ!
「…………」
辺りに飛び散る火花。
またしてもツィーの大剣によって防がれる。
オベリスクは再び翼を羽ばたかせ、今度はかなり奥まで飛び下がった。
「……化け物か貴様は」
吐き捨てるように言うオベリスク。すると、懐から黒い物体を取り出した。
「っ!? それは……」
それはトルメが使っていた黒い斧剣だった。
「……どうしてそこに!」
「あぁこれか? レチルロエルの杖と共に落ちていたんだが……なるほど、相打ちって訳か。残念だったな」
そう言い白銀の剣を捨て、黒い斧剣を握る。
「貴様の仲間の武器で葬ってやろう」
そう言い、一気にツィーの懐まで近づく。
「ふんっ!」
「っ!? ぐっ……!」
オベリスクが斧剣を振るうが、ツィーはツィーはなんとかそれを防ぐ。だが途端に風が発生し、吹き飛ばされる。オベリスクは吹き飛ばされるツィーを追いかけ、心臓目がけて突き刺す。
「ぐ……あ……!?」
今度こそ回避することは出来なかった。
しかし実際に刺さったのは心臓ではなく左の脇腹だった。突き刺す直前にツィーが身体を逸らしたからだ。
「ぐおっ……」
ツィーもただではやられなかった。大剣を上に振り上げ、オベリスクの左肩を斬る。
「ぐ……よくも俺の身体に傷を!」
これまで無表情だったオベリスクの表情が一変する。ここで初めて眉を釣りあげ、怒りを露わにする。
「神罰雷!」
オベリスクの周囲に青く巨大な魔法陣が出現する。
ピカっと光った瞬間、大量の青い雷が辺りに同時に降り注ぐ。
その数計十発。
地面に触れた瞬間、ピシャアァァッ!という音が鳴り響く。
「ぐ……あ……」
ツィーには地面に触れる前の雷は避けたが、地面に触れて自身に伝ってきた電流は避けることが出来なかった。
麻痺状態になり、その場に伏せるツィー。
そんなツィーに近づくオベリスク。
「……俺の身体に傷をつけたのは貴様が始めてだ。そしてこれが最後だ」
オベリスクは斧剣を構える。
「死ね」
斧剣を振り上げた直後ーー、
「……やれ。武器変化」
ツィーの呟きに疑問を持ちつつも斧剣を振り下ろそうとするオベリスク。
そんな彼の背後に突如殺気を持った何かが現れる。
オベリスクはそれに気づき、振り下ろそうとしていた斧剣を真横の背後へと振る。
キィン!
オベリスクが感じた手応えはまるで金属だった。
斧剣を振り、その視界に正体が映る。
「なっ……!?」
「ガアァァァァァッ!」
その正体はサメに手足を生やした魔物。ただの魔物ではない。ナインドの開発者達から奪ったのをバルサ博士が奪い、それをツィーが更に奪った金属型の巨大魚、シャークロアだった。
戦闘の途中でロアと呟いたのはツィーの懐で眠っていたのをツィーが起こし、待機させるためだった。
シャークロアはこっそりとオベリスクの背後に隠れていたのだ。それが出来た理由。シャークロアは生き物ではなく、機械で出来ている。
そのため、オベリスクは生体を感知することは出来ても生きていないものを感知することは出来なかった。だから気づかなかった。
シャークロアは完全にオベリスクの背後を取り、翼を食いちぎる。
「があぁぁぁぁぁ!」
オベリスクの断末魔が響き渡る。
天使にとって命とも言える六枚の翼のほとんどがシャークロアによって食いちぎられた。
「ぐ……おのれぇ!」
オベリスクはツィーとシャークロアから距離を取ろうとする。が、この部屋は狭い。
「くそ!」
オベリスクはツィーに迫る。
麻痺から少し回復したツィーがよろめきつつも立ち上がる。
「いぃぃやあぁぁぁ!」
ガキィィィン!
「ぐおおおおおぉ!」
「やあぁぁぁぁぁ!」
オベリスクが振り下ろし、ツィーが受け止める。
後ろにはシャークロアがいる。だが、オベリスクにはそんなこともはや関係ないことだった。せめて目の前の鎧騎士を殺す。それが今、オベリスクの脳内にある考えだった。
「ガァァァァァァ!」
動き出さない二人。そんな中、シャークロアが口内に光を貯める。
その時間はほんの数秒。だが、それで充分だった。
「っ……!」
やがてツィーがオベリスクに押されていく。
「ガアァッ!」
シャークロアがオベリスクの頭目がけて水色の細長いビームを放つ。
「魔法障壁!」
右手で障壁を生成し、ビームを防ぐ。
ガキン!
「くっ……」
更に左手にもつ斧剣でツィーの大剣を受け止めるオベリスク。
オベリスクは諦めない。しかしーー、
「がはっ……!?」
口から大量の血を吐き出すオベリスク。斧剣を手放し、障壁も消えて彼は地に倒れ伏した。
翼を失ったことにより、体内の魔力の流れが逆流したのだ。先程オベリスクが障壁を貼ったことにより、それはすぐに現れてしまった。
「……ロア、戻って」
「ガアァッ!」
シャークロアは再び小さくなり、ツィーの懐に忍び込んだ。
ツィーはオベリスクを見下ろす。
「ぐ…………」
まだ生きていた。だが、翼を失い、大量の血を失った今、彼に何もできることはない。ツィーはそう確信した。
「……楽にしてあげる」
これ以上彼を苦しめない為にもツィーは大剣をオベリスクに向けた。
途端、オベリスクがツィーを見る。
「が……俺、の……負け……か」
「……そう、あなたの負け」
「そう、か……なら……」
オベリスクは震えた右手を宝玉に向ける。
「機天使オベ、リスクの……名において命ずる……解除」
バリイィィン!
オベリスクの言葉と共に灰色の宝玉が砕け散る。
するとその奥にうっすらと螺旋階段のような物が出現した。
「貴様は……勝者。敗、者の俺に止める権利はな、い……行くがいい……この先に、あの方が待っている」
「……なんで笑うの?」
確かにそう言うとオベリスクの表情には笑みがあった。
「……貴様、ならあの方を……救っ……」
オベリスクの手が地に伏した。そして動くことはなかった。
「…………」
ルーシャから天使の話を聞いたことがあるツィー。
ルーシャ様にとって彼も仲間ではなかったのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。自分は闇の王の元へ向かうため、彼はこの場からツィーを通さないため、彼と戦ったが、殺してしまった。そんな罪悪感が押し寄せてくる。
「気に病むことはありません」
「っ!」
そこにはルーシャ、ルミ、和樹が立っていた。
「……ルーシャ様」
立ちすくむツィー。そんなツィーをルーシャ様は抱き締めた。
「っ……!?」
「彼もまた、覚悟を決めてあなたと戦ったはずです。恨むことはないでしょう」
ツィーの背中をポンポンと叩くルーシャ。
「っ……」
ツィーは悲しんだ。だが泣くことは出来なかった。それは彼女が人間ではなく、単に鎧に精神が閉じ込められた存在でしかないからだ。
「……トルメもやられたのね」
落ちている斧剣を見て呟くルミ。ルーシャは空気を読んだのかツィーから離れる。
「……トルメ」
トルメの斧剣を拾うツィー。クインテット騎兵の中でもトルメとツィーは仲が良かったのをルーシャは知っている。
「頑張りましたねツィー」
「……けど、これでクインテット騎兵は多分私以外全員やられた。連絡が取れない」
「……確かにそれは残念です。けど、あなたは生きています」
するとルーシャの瞳から涙がこぼれた。
「ルーシャ、様……?」
「こんなことを言うのもなんですが、ありがとう。生き残ってくれて。……ごめんなさいこんな使命背負わせて」
「……ん、泣かないでルーシャ様」
今度はツィーがルーシャの身体を抱きしめる。
「……成長しましたね」
「……まだまだです」
しばらく二人の包羅が続いた。
その間ルミと和樹はなんとも言えない雰囲気になっていた。
☆☆☆
エニッタを倒した俺達はルミ姉と合流し、最後にツィーと合流した。そしてその部屋こそ、闇の王へと続く道だった。
「……いよいよね」
ルミ姉が上へと続く円型のような螺旋階段を見つめて呟く。
「……あぁ」
「……うん」
「……そうですね」
いよいよ闇の王かぁ……ここまで来るとさすがに緊張するな。
「みなさん、ここからは気を引き締めて下さい」
ルーシャ様の言葉にみんな真剣な表情になる。
「……私は過去に闇の王と一戦を交えましたが彼は強いです。……和樹さん」
そう言い、彼女は俺を見る。なんだ?
「ルミから聞きました。あなたは転移者だそうですね」
「はい」
転移者だから何かあるんだろうか?
「あなたに提案です。今、私がこの空間を調べたところ多数の人を検知しました。恐らく騎士団と冒険者達でしょう。あなたは今ここで来た道を戻り、彼らと合流しませんか?」
「……どういうことですか?」
俺はこのままみんなと一緒に進むつもりだ。なんで今そんなことを……
そんな俺の思いを知ってか知らずかルーシャ様は次の言葉を口にする。
「はっきり言ってあなたはこれ以上先に進むのを止めるべきです」
「ルーシャ!」
ルミ姉が批判の声を上げるがそれ以上は何も言わない。事実だからだろうか。
彼女の言葉がぐさっと心に刺さる。でも、そりゃそうか。俺はまだ、なんの力も使いこなしていないんだから。
「それにあなたはこの世界の者ではありません。私としては……ミラシィ様の為にも安全に元の世界に戻って欲しいんです。それにまだスティヴィア様があなたに与えた試練も残っています。それを達成するためにも私はあなたにここで引き返すことをお勧めいたします」
「っ……」
これも彼女の本音だろう。あくまで俺がこれ以上先に進むのを止める理由は両方の意味でということだ。ルーシャ様の言う通り俺にはまだ最後の試練が残っている。この先へ行くことの危険、やるべきこと、あの人の思いなど色々ある。俺は……
言いかけたその時、背後に誰かいるような気配を感じた気がした。
「駄目だよ和樹、ここで降りると役者が揃わない」
「……っ! あなたは!」
「っ! リブル!?」
俺の背後からリブルの声が聞こえる。そしてルミ姉が血相を変えて俺の元へ走る。
「ほいっと」
「っ!?」
突如、足元に魔法陣が現れる。俺は咄嗟にその場から逃げようとするが、後ろにいるリブルに羽交い締めされ動けない。
「和樹ーー、」
ルミ姉の言葉が最後に聞こえ、俺は意識を失った。




