第38話 強敵、そして……
あの人の考えていることが読めない。いったい何を考えているんだ……
とは言ってもベーネさんのご厚意を無下にするわけにもいかず、俺はベーネさん達が住む家へお邪魔した。
二階建ての白い家に外は小さな庭。
そこには果物のような木と草花が植えられており、その庭を白い柵とその柵に巻きついた蔓が囲むというほどよくオシャレな家だった。
「ーーでね、ーーだったんですよ」
「へえ。そうだったんですね」
と、一階から談笑している声が聞こえる。
対して今、俺は金髪の少女と向かい合わせで座っている。おまけに横には子供だろうか、小さな竜。普通家にあげるなんて聞いたことないけどベーネさんはあっさりと許可を出していた。
あと、女の子同士つもり話もあるでしょうしって、俺男なんですけど……? いつ言うの? あとそろそろ馴染んできてる自分が怖いんだが……
「あの……」
「っ……」
思わず聞き返そうとするがぐっとこらえる。今話すとまずい。がっつり男の声が出る。
「この度は助けていただいてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる少女。どうやって言おうか悩んでいると少女はクスッと笑った。
「ふふっ、遠慮せずに話して良いですよ。私、知ってますから。あの時のお兄さんですよね?」
そう言われてようやく俺は言葉を発した。
「あ、あぁそうだな……よく気づいたな」
「お兄さん分かりやすい格好してますし。あと私、記憶力がいいものですから」
言われてみれば俺って結構分かりやすいのか。例えば髪とか。エルフで黒髪って聞いたことないしな。
「そういえば名前……聞いてませんでしたよね? あっ、もちろんあなたの本当の名前です」
「和樹。斎藤和樹だ。君は?」
「フェーネ・アルーシェと申します。私のことは気軽にフェーネと呼んで下さい。あっ、あなたのことはその、和樹様と呼んでもよろしいでしょうか?」
和樹様。なんていい呼び名だ。こんな可愛い子から呼んでもらえるなんて幸せ過ぎる!
「あ、あぁ。よろしくなフェーネ」
「はい、和樹様」
うおおぉ! なんか呼ばれる度にズギューン! ってなるんだが。やべーな、早く慣れないとな。
その後、俺はなぜあそこで盗賊の男達に襲われていたのかを聞いた。どうやら少女はあの2人と一緒に3人で果物を取ったり水を汲んだりし、その帰りに子竜が怪我をしているのを見つけ、保護した際に襲われたらしい。しかも子竜は罠の為にわざと怪我をさせて放していたらしい。全く最低なやつらだ。
その子竜はと言うとフェーネに回復の魔法をかけられたお陰で傷は治っており、今はおとなしく座っていた。意外とお利口さんだ。
「まさかあの時出会ったお兄さんに出会えるとは思ってもみませんでした」
笑顔でそう言う少女。その顔は照れているのか少し赤い。くぅ、可愛いな。この子の笑顔をずっと見ていたいくらいだ。
しかも男の俺をなんで助けてくれたか聞いた時、「例え男の人でも困っている人は放っておけませんから」と言われた時はもう涙が出そうになった。
あれこれ話しているうちに辺りは真っ暗になり、今夜は泊まっていって下さいとベーネさんに言われ、お言葉に甘えることにした。
食事はフランスパンのような長いパンにコーンスープ。今日採れたてのリンゴやミカンにポテトサラダ。更には森で取れた鹿の肉がご馳走に並んだ。
異世界で食べるご飯は思ってたよりずっと豪華で美味い。
1つ難点なのが晩御飯が並んだのと同時に帰ってきたフェーネのお父さんのことだ。もしばれたらどうなることか……想像するだけで身体が震える。
風呂に入って温まり、レフールさんの手で再び女の子の姿になり、2階の空いている部屋のベッドに潜り込んだ。はぁ……いい加減普通の格好になりたい。
もう誤魔化さなくても……って、フェーネのお父さんになんて言えばいいんだ……
それにしても、レフールさんに会いに行くだけのはずがここまで寄り道してしまった。
といっても今のところ元の世界に戻る手がかりは何1つない。そしてあれからルミ姉にも会っていない。何かあったんだろうか。
「これからどうするかぁ……」
ふと何気なく呟く。特に他意はない。すると、何故か急に寒気がした。何故か分からない。更に身体も震えてきた。何か嫌な予感がする。その時ーー、
「これからお前は何もするな」
突如耳に入る冷ややかな男の声。思わずベッドから飛び出すと部屋の中に男がいた。身体中黒い鎧で覆われ、顔は兜を被ってて見えない。手には月夜に照らされて光る銀色の剣が握られている。
「だ、誰だ……」
口の中がカラカラに乾き、背中にびっしょりと汗が滲み出る。昼間の男?いや、それとはまた違う……盗賊? 違う。誰にも気付かれずにこんな簡単に部屋の中に入ってきているんだ。少なくともそこらへんの奴ではない。
「表に出てもらうぞ。ついてこい」
威圧的な声を放つ男からは昼間のような恐怖ではなく、強者のオーラを感じる。そうだ、ランチェルのフラッシュ……って、今は休んでいるから無理だ。
今使えるカードはギロしかいない。
「下手な真似をすればこの家の者に危害を加える」
「っ……」
反抗することすら叶わず俺は男の指示に従った。
「座標転移」
男の元へ近づくと男はそう呟く。途端、地面に魔法陣のようなものが現れ、辺りが眩しく光った。
「っ……ここは……」
目を開けると広い平野が視界に入る。見上げると少し離れた先にベーネさんの家が見えた。ということは俺はここに転移させられたって訳か……
そして俺から10メートルくらい離れた先にはあの男がいた。
「何が目的なんだ?」
「……」
男は何も答えずつかつかと俺に歩み寄る。そして目の前で立ち止まりーー、
「があっ……!?」
男はなんの言葉もなしに俺の腹に膝蹴りをいれてきた。胃から上がってきた胃液と共に唾液が口から飛び出す。
「ぐふっ……」
更に男はお腹を抑えて地面にくずおれようとする俺の頰を拳で殴りつけた。
ゴロゴロと転がる身体。口の中には血の味が広がり痛い。なんで……
「なんでがはっ……こんな、ことを……」
地面に這い蹲りつつも、なんとか顔を上げ、男を睨みつける。
すると男はそんな俺の顎を足で蹴り上げた。
「っあぁ……!」
身体が仰向けになり、情けない声が辺りに響き渡る。
男はそれでも容赦なく俺の髪を鷲掴みにし、身体を無理やり起こされる。
「ぐあっ!? うぐっ! ごほっごほ……」
ドスン。鈍い音が鳴る。
鳩尾にパンチを入れられ、再び頰を殴られ、その勢いで後ろへ吹っ飛ばされる。
「ぐ……ぎ、ギロを」
せめてもの抵抗と、俺はギロを召喚しようとする。
だがーー、
「突風」
男の手のひらから強烈な風が吹き、俺の顔面に直撃する。それと同時に衣装も吹き飛んでいく。
「召ぶっ……」
あぁ、だんだん頭がクラクラとしてきた。更に視界が歪み、男の姿がよく見えない。
「うぐぅっ!? がはぁっ……!」
いつのまにか男は俺の背後に回っており、後頭部を思いっきり何かで殴られた。
吐き気を催し地面に膝をついてゲロを吐く俺。
男は未だに何も言わずに俺の胸ぐらを掴むと、懐から短剣を取り出しーー、
グサッ。容赦なく俺の右肩に短剣をぶっ刺した。
「っ……ぐあああああああっ! ぶっ……」
断末魔をあげる俺の顔面を連続で殴り、無理やり黙らせる。
鼻血をダラダラと流し、口に染みる。顔はから涙か鼻水かよく分からないものが流れる。
「ぐ……ぎ……」
それでも俺はまだギロを召喚しようとする。
「……まだ抵抗するか」
「っ!? ぐあああああぁっーーー!」
俺の断末魔が辺りに響き渡る。男は俺の首を締め付けていた。喉を強く押さえられ、呻き声があがる。
「ふん。やはりそうか。お前は召喚能力を持っているが逆に言うとそれ以外は何も持っていない。そしてお前自身に力はない。現にこうすればお前は何もできない」
「があっ……! ぐっぅ……! ぬぐう!」
段々と脳に酸素が行き渡らなくなり意識が朦朧とする。
「お前は我々にとって今後邪魔になる可能性がある……命が惜しければ今後一切何もしないとここで誓え」
「ぐ、ぎ……い……やだ……」
それは絶対に誓えない。誓えば俺は元の世界へと戻る方法を探れなくなる。それだけは絶対に嫌だ!
「……いいだろう、ならここでーー」
その時ーー、
「っ!? 何してるんですか!?」
聞き覚えのある少女の声がした。ちらりと横を見るとフェーネだった。寝巻き姿のまま飛び出してきたようだ。白いワンピースが風に吹かれ、ひらひらとはためく。
「ちっ……これ以上はまずいな。ならばせめて……」
男はそう言うと俺の右足を掴みーー、
ゴキイィッ!
「っ!? っーーーーーーーーーー!」
この日、俺は人生で初めて右足を折られた。
俺は久しぶりに夢を見ていた。
でもこれは本当の夢。神様に連れてこられたとかではなさそうだ。
誰だろう。目の前には誰かがいる。
必死に俺に何かを言うが、目の前にいる俺は心ここに在らずといった感じで天井を見つめていた。
それもまるで希望を失ったかのような死んだ魚の目で。
「っ……」
やがて視界が暗くなり、しばらくしてまた、視界が明るくなる。そこには心配そうに俺を見つめる少女の姿があった。
フェーネだ。
「っ! 和樹様!」
「っ……あ……ふ……ネ」
俺はすぐに声が出ないことに気づいた。更に身体を起こそうとするが少ししか上がらない。
「気がついたみたいだね」
男性の声が聞こえる。少し視界をずらすと男性の他にベーネさんとレフールさんがいた。みんな心配そうな表情だ。
どうしてこうなってしまったのか。確か俺は男に……
「っ!? あ、が……げほっげほ……」
思い出してしまった。俺が男から受けた数々の暴力を。いきなり腹を蹴られ、顔を殴られ、首を絞められ、殺されかけた。そしてーー、
剥き出しになった上半身。右肩にはぐるぐるに巻かれた包帯。更に足元を見ると右足にはぐるぐる巻きにされなおかつ板で固定された右足。
短剣で刺され、右足を折られた。その時の痛みが一気に押し寄せ、吐き気を催した。額には大量の汗が吹き出している。
「あぁ……あぅ、あぁぁっーー!」
痛みが身体中のあちこちにいき渡り、自分でもよく分からない叫び声を出す。
「落ち着いてください和樹様!」
フェーネが俺の側に近づき、左手を握る。しばらくすると声は止み、元の状態に落ち着いた。
「当分話せそうにないですね」
「……しばらくゆっくりさせてあげよう話はそれからだ」
頷きあい、部屋を出ていくフェーネの両親。
そしてその後ろにいたレフールさんが姿を現わす。
目と目が合った。だがその表情は悲しそうでーー、
「……和樹、すまなかった。まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。全て私の責任だ……私がお前をすぐに帰していればこんなことにはならなかった」
そう言うとレフールさんは地面に膝をつき、土下座をしようとした。
「や……め……て」
「っ!」
それを見た俺の口からそんな言葉が出ていた。違う。これはレフールさんのせいじゃない。そう言いたくて。
「……分かった。あたしはこれから犯人を捜してくる。あと、この子の両親にはちゃんとお前のこと伝えておいた。だから安心してゆっくり休んでくれ」
多分俺が女装していたことだろう。フェーネのお父さんに怒られなかったのかな。今はそれどころじゃないのにそんなことが頭をよぎる。
レフールさんはそう言うと、静かに部屋から出ていった。




