第37話 接触、危険
目の前に立つ赤黒いコートを着た男。
なぜか分からないが底知れない恐怖を感じる。関わってはいけない相手だと脳が俺に訴える。
それに伴い、身体も震えてきた。
対する男はハゲ鷹じいさんとレフールさんが戦っている中でもじっとこちらを見つめてくる。まるで見定めているかのように。
『主様、この者は人間ではないようです。気をつけてください』
『チェル!』
アーリーの言葉にランチェルもそうだと言わんばかりに頷く。
まさかこの恐怖は相手が人間じゃないからか? だとしたら相手は一体……
男は黙ったままその場に立つ。顔は見えないがずっとこちらを見ている限りとても逃げられそうにない。
『主様、指示を』
『分かった。アーリー、地中からあいつを攻撃できるか?』
『やってみます』
そう答えるとアーリーは即座に地中に潜り込み、男の方へと向かう。
一方、バルサとレフールは和樹達の元から少し離れた広い平地で対峙していた。その周りは木で囲まれているが一部はバルサが乗る機械によって無残にも踏み倒されている。
「パサランの妹ごときがわしの邪魔をしおって……ここで捻り潰してくれるわ」
「ふん。自然すら大切にすることも出来ないクズがあたしを倒せるとは思えないね」
「ぬかせっ!」
バルサの乗るカブトムシ機が動き出す。右腕を上げ、レフールに振り下ろそうとする。
「突風!」
レフールは右の木に風を放ち、自身を左へと飛ばし、カブトムシ機が振り下ろす拳を避ける。
「風よ、鋭利な刃となれ! 風刃!」
振り下ろされた右腕に向かってレフールが風魔法を放つ。
緑色の風が重なり、刃となってカブトムシ機の腕を斬り裂いた。
だがーー、
「甘いわっ!」
「なっ……!?」
腕が斬り裂かれた次の瞬間、その断面からニョキッと新たな腕が飛び出した。しかもさっきの腕とは見た目も色も違う。先ほどの腕は昆虫のものだったがこれはまるで熊のような猛獣の腕だ。
「……お前、この森の動物を何匹犠牲にした?」
レフールが睨むとバルサは高らかに笑い出す。
「ほっほっほ! そんなもの、しれたことよ。重要なのはここでエルフを捕らえること。そしてついでにお前を叩き潰してやろう。パサランと違ってたった1つの属性魔法しか扱えない落ちこぼれの妹よ」
「っ……! あたしを姉さんと比べるなぁ! 大いなる嵐……! 風嵐!」
次の瞬間、レフールは怒りの表情で両手を前に突き出し、魔法を唱える。
感情が高ぶるせいか、強烈な風の嵐がバルサが操縦するカブトムシ機へと襲いかかる。
「ぬおっ!? なんのこれしき……!」
だが、カブトムシ機の身体が少し後ろへ後退しただけだった。
「っ……突風! 突風! 突風!」
レフールは更に突風を連続でカブトムシ機の身体に放つ。最初に当てた部位を狙って。
「くっ……!」
やがて片膝をつくレフール。属性魔法の使い過ぎで彼女自身の体内の魔力が枯渇してきていた。
「しょせんお前とわしとの差は歴然だったようじゃのう。これでとどめを刺してやろう」
そう言うとカブトムシ機の角がギュイイーンと高速に回転し始めた。
「ズッタズタに斬り刻んでやるわい!」
レフールに近づこうと足を動かした次の瞬間、
ミシ……
「ん?」
ミシミシミシッ……!
よく見るとカブトムシ機の手や足、胴体など様々な部位にヒビがはいっていた。
「なんじゃこりゃ!? 何故身体中にヒビがはいっている!? 鉄で作られてるはずじゃぞ!?」
慌てふためくバルサに対しゆっくりと立ち上がるレフール。その表情はニヤケている。
「ははっ、あたしをあまく見過ぎたようだなバルサ」
「なんじゃと……? 何をした貴様!」
「何をって……あんたの操縦する機械が後退した隙に同じ部位に何度も魔法をぶち込んだだけだが?」
「は? そんなわけなかろう! これは鉄で出来てるんじゃぞ!? たかが風魔法でこんなことになるわけがない!」
喚くバルサに対し、レフールはれっきとした表情で言った。
「……言っておくがあたしは1つの属性魔法しか使えないんじゃない。1つの属性魔法を極める為に敢えて風魔法のみを使っている。その結果、最近になってだがあたしは風魔法に追加効果を付与出来るようになった」
「追加効果だと……?」
レフールは下手に動けないでいるカブトムシ機に近づいた。
「そうだ。効果は劣化。つまりお前が乗るその機械の老朽を風魔法を当たるたびに加速させたのさ」
次の瞬間、カブトムシ機はバラバラに砕け、中から腑抜けた顔のバルサが出てきた。
「わ、わしの作品がああぁ……!」
「観念してもらおうかバルサ」
レフールがバルサを捕らえようとしたその時ーー、
「……なーんてな? ポチッとな」
バルサがニヤリと笑い、操縦席の左側に置いてある赤いスイッチを押した。
途端、バルサの座っていた椅子がビヨーン! と飛び跳ね、バルサの身体が空高く吹っ飛ばされた。
「なっ!?」
「ほっほっほ! わしはそう簡単には捕まらんわい!」
そう言い残し、バルサは空の彼方へと消えていった。
アーリーは男の後ろへ回り込み、地面から飛び出し、同時に岩を放った。
しかしそれを見越していたのか、男はひらりとそれをかわした。
そして右手をアーリーに向けて呟く。
「……邪魔だ」
『っ!? ぐあっ……!』
男の手のひらから強い風が巻き起こり、アーリーは遠くへと吹っ飛ばされた。
『アーリー!? ……っ!?』
更に男は俺がアーリーに気を取られている隙に急接近していた。異常な速さだ。
「ひっ……!」
「っ……」
「うっ……」
俺の後ろで3人の少女の怯える声が聞こえる。俺は思わず3人を両腕で抱きしめ、男の方へ背を向けた。金髪の少女に抱えられた小竜が鳴く。
『チェルッ!』
更にランチェルが何か声を上げる。次の瞬間、辺りがパッと一瞬だけ光る。
思わず後ろを振り向く。
『っ! ランチェル!?』
男は俺に向けて拳を放っており、ランチェルは俺の背に出て男の拳を受け止めていた。
『チェ……ル』
ポトンと地面に落ちるランチェル。今度こそ後がないと俺には分かった。
今すぐここから逃げたい。この子達を置いていけば俺は助かる。そんな考えが頭をよぎる。
それでも俺は……
ここに来た時の様子が脳裏に浮かぶ。
あの時、金髪の少女が困っている俺を助けてくれた。どこの誰かも分からない男にもかかわらず。なら今度は俺が助けるっていうのが筋ってもんだろ!
俺は少女を守ったまま動かない。俺自身には何もない。けど、なんとかしてみせる!
俺が覚悟を決めたその時ーー、
『主、私を召喚して』
『……誰だ?』
アーリーでもない、ランチェルでもない。てことはまさか……
『ギロです早く召喚を』
突如呼びかけてきたギロに俺は動揺しつつも行動に出た。迷っている暇はない。
「ギロを召喚!」
黒い煙が吹き出し、カードの中からギロが現れる。ギロは翼を広げ、それと同時に六角形の形をした障壁を展開する。
そしてその障壁が生成されるのと男が黒い何かを放ってきたのはほぼ同時だった。あとほんの少しでも遅れていたらどうなっていたことか……
黒い何かーー、サッカーボールぐらいの大きさの魔弾のようなものはバチッ! と音を立てて俺の前に生成されたバリアに弾かれた。
この時、少しだけ男が動揺した気がした。
「っ……」
その時、誰かの叫び声が聞こえる。といってもレフールさんではない。となるとあの声はーー、
男は空を見上げる。
「……潮時か」
そう呟くと男はあっという間に深い森の中へと去っていった。
「……終わったのか?」
なんかフラグにしか聞こえないが思わすそう口にしてしまう。
そこへーー、
「おーい! お前ら大丈夫かー?」
レフールさんがハゲ鷹爺さんといなくなった方向から帰ってきた。どうやらレフールさんが勝ったようだ。
辺りにさっきの男の姿も見えないあたりこの戦いは終わったようだ。
ギロをカードの中に戻し、アーリーとランチェルを探したが、姿が見つからなかった。慌てふためくが、ふとカードを見るとそこから魔力を感じ、2人ともカードの中に戻っていることに気づき、ほっとした。
今も気絶している盗賊達はナルメド王国の兵士達に引き渡され、俺とレフールさんは3人の少女と小さな竜と共に彼女達が暮らす街へと戻った。
そんな俺達を見ている人物がいるとは知らずに……
帰り道、レフールさんから耳打ちで『だんだん女装に馴染んできてるぞ』と言われた時はほんと萎えた。
「サファイヤ!」
「ルビィ!」
「フェーネ!」
「みんな無事で本当に良かったっ!」
それぞれの家族が3人を温かく迎える。いいな、こういうの。けど、俺はもう二度とないんじゃないだろうか。いや、まだだ。この世界をもっと知ったら元の世界に戻れる方法が見つかるかも、いや、見つけてみせる。
俺はまた深く心に誓った。
「ベーネ・アルーシェと申します。この子達を助けてくれて本当にありがとうございます。えと、あなた達は……」
赤髪のこの母親、青髪の子の母親がそれぞれ礼を言って家へと帰っていくなか、金髪の子の母親はじっと俺達を見る。
どう答えようか迷っているとレフールさんが俺の肩をがしっと掴んだ。
「あたしはレフール・クラリス。んでこいつはカズコだ」
「へ?」
しかもカズコって! もっと考えてレフールさん!
「あたしは研究、こいつは冒険目的で少しばかり共に旅をしていたんだ」
「まぁ! そうなんですね! でしたらお疲れでしょうしこちらで休んでいかれてはいかがでしょうか?」
「お母さんそれいいと思う! ぜひそうしてもらいましょう!」
母親の言葉に金髪の少女の髪がビクンと動き、パッと顔を上げた。その表情はなぜか嬉しそうだ。
いやいやいや! それはまずいだろ!? きっとどこかでボロがでてばれるに違いーー、
「分かりました。ではそうさせていただきます」
「っ!?」
珍しく敬語口調で答えるレフールさんを俺は思わず睨みつける。
だが、当のレフールさんは俺に目も合わせずその表情はかなりにやけていた。




