第17話 止められない感情、事実
「ふあぁ……なんか今日1日早かったな」
まぁそれもそうか。なんせ真夜中に瘴気の魔人から散々逃げ、最終的には戦い、魔力を使い果たして昼過ぎになるまでずっと眠っていたからな。
多分精神的にも肉体的にも疲れていたんだろうな。
その昼からは魔物を倒したことで城内にいる兵士や街の人々の意識が戻り、大騒ぎになっていたしな。晩餐会が終わり、大浴場に入り、就寝であるこの時間帯になるまではずっと騒がしかった。
あ、それとフィアスの爺さんにはめちゃくちゃ感謝された。それはもう土下座でもしそうな勢いだった。ここにくるまでフィアスの側にいてくれたこととか、フィアスと仲良くしてくれたこととか色々とだ。
あの爺さんフィアスのこと溺愛してるな……
なにはともあれこれでひとまずは一件落着だ。
明日になればここを出てミール街に帰る。もう少しこの辺を見ていこうと思ったのだが白金貨をもらった上にあまり長居するのは申し訳ない。
「……綺麗な月だな」
今、俺は部屋を出て廊下の窓から空を見上げている。
青白く光り、暗くなった地面を明るく照らす月。それは元いた世界にもあった月にとても似ている。
……昨日見た時も思ったけど久しぶりだな。こんな風に月を見るのは。
ふと、家族や友人達の顔が頭に浮かぶ。
その時、俺の頰に何かが伝う感触がした。
「ん、なんだ? ……しかも冷たい」
手で拭うとその何かは透明な水滴だった。
まさか俺、泣いてるのか……?
……。心の奥底に密かに眠っていた感情が涙をきっかけに溢れ出す。
本当は元の世界に帰りたい。みんなに会いたい。友達と喋って馬鹿なことして笑って遊だり家族との時間を過ごしたりしたい。
もちろんあの時の神様に悪気はない。だから一方的に責めたり恨んだりなんてことは絶対にしない。
けど……
「くそっ……! どうしたらいいんだよ……」
俺は思わず壁に拳を叩きつけた。痛い。けどこうでもしないと俺は……
どうしようもない状況が俺の心を少しずつ狂わせる。嫌でも実感させられる異世界。
帰る希望も今のところない。いや、ガイシア様やルミ姉など聞く機会はあった。けど怖かった。帰る方法がないと言われることが。
誰も頼れるものはいない。ということは俺はこのままこのことを独りで抱えたまま死ぬまで一生……
いやマイナスに考えるな。プラス思考になれ。せっかく異世界に来たんだぞ。色々やりたいことあるだろ!
くそっ! くそっ! くそっ!
なんで俺がこんな目に……! こんなこと望んでなかった。なのに……!
そんな時だった。
「どうして泣いているの?」
「っ!?」
思わず振り向くとそこには茶髪の少女、エルシィ王女が不思議そうな表情で俺を見ていた。
窓から差し込む月の光に彼女の髪が照らされ、明るいブラウン色が露わになる。
「え、エルシィ王女……」
「エルシィでいいわ」
そう言い、俺の元へと歩み寄る。
「もう一度聞くわ。どうして泣いているの?」
「っ……」
言えない。って、そもそも言っても分かってくれないな。『神様の手違いで別の世界から来ました』なんて。
それで元の世界に帰れない事が分かっていても帰りたいという思いが溢れてどうすればいいか分からないなんて。
「……分かった。それならついて来て」
俺がずっと黙っているとしびれを切らしたのか、エルシィ王女はそう言い俺の手を掴んだ。
「えっ……ちょ!」
「いいからついて来て」
俺はされるがまま彼女についていく。
しばらく歩くと、何やら看板がかけてある部屋にたどり着いた。
……何々、エルシィの部屋? ……って!
「入って」
俺が何か言う前にエルシィ王女は端的にそう言い、俺を部屋の中へと入れた。
部屋の中はなんて言うか、一言で言うならそう、ラブリーだった。ピンク色の天井と壁に彩られ、本棚やテーブルなどの家具類は赤、青、黄とカラフルにあり、その脇にあるベッドの上にはたくさんのぬいぐるみが置かれている。
「その……出来ればあまりジロジロと見ないで欲しいかしら」
と、辺りを見回している俺にエルシィ王女が言う。その顔は少し赤い。
「そこに座って」
「あ、はい」
いつもと少し口調が違うエルシィ王女。いや、これが本来の彼女なのか。
指定された場所に座る俺。その近くには青いテーブルがある。そしてエルシィ王女はテーブルを跨いで俺の正面に座った。
「あ、あの、エルシィ王女……!」
俺が口を開いた途端、彼女は眉をひそめた。俺何かしたか……
「エルシィでいいってさっき言ったわ。ここはお父様の前じゃないしそんなにかしこまらなくてもいい。それと、私の目を見て」
あぁそういうことか! 俺は慌てて彼女の目を見た。
正直元の世界ではあんまりクラスの女子と目を見て話すことができないくらいには異性が苦手だった。
フィアスやユーフィには気づかれなかったがそこを指摘されると恥ずかしい。
エルシィ王女の顔はとても整った顔立ちをしている。真っ赤なルビーのような色の瞳に柔らかそうな桃色の唇。
「私の顔に何かついてる?」
「あ、いえ、大丈夫です」
慌てて取り繕う。やべ、見入り過ぎてた。
って、そうじゃなくて!
「えと、え、エルシィはどうして俺をここに連れて来たんですか?」
するとエルシィはまだ何か言いたそうにしていたがやがてそれを諦め、俺の目を真っ直ぐ見る。なんか見つめあってるみたいで恥ずかしいんだが……
「それは私があなたに言いたいことと聞きたいことがあるから」
そう言うとエルシィは胸に手を当てた。
「名乗るのが遅れたわね。私はエルシィ・リーブ・バルヘイム。既に知ってると思うけどこの国の第一王女よ。あなたは?」
「斉藤和樹、和樹が名前だ」
「っ! ……家名と名前が逆なのね。それなら“和樹”と呼んでもいいかしら?」
「ど、どうぞ」
すると、彼女は俺に頭を下げた。
「今回の騒動、あなたが1番の功労者だということをお兄様から聞いているわ。感謝してもしきれない。あなたがいなかったら私の身体は遅かれ早かれ未知の病によっていつか蝕まれていたわ。ありがとう」
「そんな……俺は特に……」
1番の功労者は俺が召喚したやつらなんだけどな……
「それで和樹。あなたは今、何に苦しんでいるの?」
「っ……!」
早速核心をつかれ、思わず目をそらす。
「ふふっ。今、なんで? って思ったでしょう?」
しかも読まれてる!?
「実は私、相手の目をしばらく見ていると相手の感情が分かるの。といってもなんとなくしか読み取れないから完璧には分からないんだけどね。今私があなたから読み取ったものは悲しみ」
「っ……」
そう言うとエルシィは少し悲しそうな表情をした。
「……私としては助けてくれたあなたがこのまま苦しんでいるのを見ていられない。ましてや見過ごせないわ」
「っ!?」
気がつくと俺の頰にエルシィの手が触れていた。男と違ってその柔らかいその手はひんやりと冷たく、なんとなく心地いい。
「ねぇ、その苦しみ、私に話せない? 爵位やお金が欲しいって言うのなら私がお父様に進言するし、もっと強くなりたいんだったらこの国の騎士団やお兄様に頼むわ。夜のお相手は……っ、とにかく! あなたが望むなら私が出来る限り手を尽く……」
「そうじゃないんです」
俺の口から出た言葉は自分でもびっくりするくらいあっさりとしていた。
途端、エルシィが更に悲しそうな表情をする。
あー言葉間違えたか……
でも仕方ない。だって、本当にそんなことを求めているわけじゃないのだから。
爵位や力、金やハーレム。どれもラノベでは異世界に来たら目指すものだ。
けど、俺はそうじゃない。かと言って興味がない訳じゃない。
“もう二度と元の世界には帰れない”
これが分かっててはいそうですかと答えられる人は元の世界に何人いるのだろうか。
以前、友人とラノベの話をした時に『あ〜あ、俺も異世界に行きたいな〜』とか言ってた自分を殴りたい。
だって、もう二度と家族や友人と会えないんだぞ!? もう二度と学校生活もおくれない。成人して就職することも叶わない。普通の生活は終わったんだ。
元の世界が苦痛だった人にとっては最高の展開だろう。
だが、俺に限っては……最悪だ。最初はそう思ってなかった。けど、この世界にいればいるほど家族やみんなに会いたいっていう気持ちが溢れ出てくる。
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、俺の意識が現実に引き戻された。
そして部屋の中に足を踏み入れ、次の瞬間、頭に温かい感触を感じた。思わず後ろを向くと……
「……フィアス?」
「どうしたんですか和樹さん。いつもの和樹さんらしくないですよ?」
そこにはフィアスが心配そうな表情で俺を見ていた。




