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私は、母がなくなってからの自分の身に起こったことを全て話した。
腕の一部を見せて、まだ体中に残ってある鞭打ちの跡のことも包み隠さず伝える。
グレッグ様は、怒りを抑えきれていなかった。肩を震わせ、こめかみに血管が浮き出ていた。
クレア様とバーバラ様(お母様)も、肩を震わせ、必死に怒りを抑えようとしている。二人の瞳には、哀しみの色が浮かんでいた。
「ノーマン伯!何という酷いことを……。
こちらが、表立って動けないと踏んだのね。そちらがその気なら、こちらも遠慮なく容赦しないわ!」
クレア様は、我慢の限界に達して声を荒げる。
「クレア、私にもぜひ協力させて。グレッグが初めて連れて来た方だもの。ソフィア嬢は、私の義娘になるかもしれないのだから。」
「え⁉︎」
今、なんだかとんでもない言葉が聞こえたような……。私の驚きの声など聞こえなかったように、グレッグ様はすかさず加勢する。
「フォルスター夫人、母上、私にお任せください! ノーマン伯の件は、早急に王城へ報告致します。ソフィアも、この件は、私に任せてくれるか?」
「私なんかの話を、信じてくれるのですか……?」
グレッグ様は、私の手の上に自身の手を重ね力を込める。
「何を言っている? 当然のことではないか。ソフィアの人となりは、熟知しているつもりだ。共に過ごした期間は短いが、それでも、ソフィアが嘘をつくようなことはしないと、断言できる。それに……、こんなにも、苦しい記憶を……蒸し返させてすまない。」
「グレッグ様……。」
グレッグ様は、そう言うと、私の手を持ち上げ自身の唇に近づける。
「⁉︎」
柔らかな感触が指に当たる。こ、こ、この感触は、グレッグ様の唇が当たったのでは……?
あまりの出来事に、顔中が朱色に染まる。
「おほん、グレッグ殿、そういうことは、私達のいない所でやってもらえるかしら?大切な孫娘だもの、しばらくは私が、思いっきり甘やかしたいのに。
まぁ、グレッグ殿は、ソフィア嬢を傷つけないと信じて、今のことは見なかったことにしてあげます。それでも、節度は守ってちょうだいね。」
「もちろんです、フォルスター夫人。ソフィアを守るとお約束します。」
「えっ? あ、あの、グレッグ様?」
あわあわする私など、お構いなしに話が進んでいく。
「話を戻すけれど、ノーマン伯の件、スムーズに事が運ぶように、侯爵家からも口添えさせていただきます。それとも……、処理した方が早いかしら?」
処理……? いったいどういう意味なのかしら。
「フォルスター夫人。その時はもちろん私が。」
「グレッグ様⁉︎ 」
「ソフィア、何も心配する必要はない、大丈夫だ。」
「大丈夫って……?」
何やら不穏な会話が進んでいく。
だ、大丈夫なのよね……?グレッグ様は、騎士様だし、全部お任せしたらいいのよね。
一人蚊帳の外に置かれている私に、気遣いの言葉をかけてくれる。
「ソフィアは、何も気にすることはない。」
「えぇ、そうよ、ソフィア嬢……ソフィア。
私も、ソフィアと呼ばせていただけるかしら?」
クレア様に問いかけられて、即答する。
「えぇ、もちろんです。」
「ありがとう、ソフィア……。私のことも、おばあさまと、呼んでもらえたら嬉しいわ。 今すぐにではなくてもいいから。うっ……ごめんなさいね……。もっと、早くに助けてあげられていれば……。
うぅ…つらかったわね……。
ロバートも………先に逝ってしまうなんて……。
あの子がどんな風に成長したのか、見ることもできないなんて……。メアリー嬢にも、失礼なことを言ってしまったわ。
貴族のプライドなんて、捨ててしまえば良かった。和解することもできずに、永遠に別れてしまうことになるなんて……。
あの子の大切な忘れ形見のソフィアにも、ずっとつらい生活を強いてしまったなんて。全部……私のせいだわ……。うぅ……。
メアリー嬢も……、私達のことを憎んでいたでしょうね……。」
クレア様にこれ以上自分を責めてほしくない。だってお母さんは、何も言っていなかったもの。
「いいえ! 母は、憎んでいなかったと思います。」
クレア様は、嗚咽を漏らすまいと、ハンカチで口元を押さえ、潤んだ瞳で見つめてくる。
「母は、いつも私に言っていました。
誰かを憎んだりしてはいけない、って。
とても、優しい人でした。きっと、母は幸せだったと思います。だから、私に、敢えて何も話さなかったのだと思います。」
「メアリー嬢は、素晴らしい女性だったのね。ロバートが、惹かれるはずだわ。」
「あの、クレア様、ひとつ分からないことがあるのですけど……。私は、どうして伯爵邸に引き取られたのでしょうか?」
ずっと、引っかかっていたことを、思い切って尋ねてみる。
「それは……。いえ、憶測にすぎないわね。ごめんなさい、ソフィア。今はまだはっきりとしたことは言えないわ。
でも、早急に、貴族名簿を確認する必要があるわね。
ノーマン伯が、ソフィアを娘として届け出ているかの確認をしなければね。それ相応の対応をさせていただきます。
ソフィア、あなたはフォルスター侯爵家の血を引いている。それは、間違いないわ。
きちんと調査してから、証明しましょう。
髪の毛を数本、いただける?」
調査に必要なことだからと言われて、髪を数本抜いてクレア様に渡す。
「ありがとう。結果が出たら、ソフィアにも報せるわね。そうだわ、今度、ロバートの姿絵を見にいらっしゃい。あなたは、私の孫なのだから。
ロバートは、親の私から見てもとても人気があったわ。
そういえば、執拗につきまとわれて困っていると、ロバートが言っていたわ。その令嬢の名は、エミリア嬢。
ロバートがいなくなって、エミリア嬢はノーマン伯と結婚したとか……。
エミリア嬢は、メアリー嬢に執拗に嫌がらせをしていたようだったわ。
ごめんなさい、ソフィア。私は……見て見ぬふりをしていたわ。本当にごめんなさい……。もしかしたら、そのことが、関係あるのかもしれない。
あなたの母であるメアリー嬢も、そしてソフィア、あなたのことも……。二人を苦しめた者達を、許さない! いまさらかもしれないけれど、どうか……償いをさせてくれるかしら……。」
エミリア嬢? それって、たしか、アンジェリカの母親の名前と同じだわ。まさか、お母さんも嫌がさせを受けていたの?
親子揃って、嫌がらせを受けるなんて……。これは、偶然なの?
そもそも私は……、あの人達と血が繋がっていないということ?
ずっと、ずっと、嫌だった!
癇癪の捌け口にされ、暴力を受けて……。
ひたすら、耐えるしかなくて。
仕方のないことだと、諦めていた。不義の子だから、仕方のないのだと……。
それなのに、あの人の娘ではない…?
義姉とも、ううん、そもそも義姉ではない?
アンジェリカ── いつもいつも、執拗に私に暴言、暴力をふるってきた。
いったい、なんだったの! どうして、私は、あんなにも暴力を受けなければならなかったの? 許せない……、酷いわ……。
どうしようもない怒りと、醜い感情に流されそうになる。
「ソフィア? ソフィア……?」
グレッグ様に呼びかけられて、はっとしてグレッグ様を見つめる。
「ソフィア。つらいことを思い出させてしまったな。今日は、もう帰ろう。何も心配しなくていい。もう、一人で苦しまなくていいから。」
グレッグ様のブルーグレイの瞳に見つめられて、荒ぶった感情の波がゆっくりと凪いでいく。
グレッグ様は、繋いだ手を解いて私の背中に手を回した。
グレッグ様に寄りかかるように立ち上がると、挨拶をして退室した。
クレア様は、必ず連絡すると言っていた。
◇ ◇ ◇
簡易人物紹介
*ロバート・フォルスター (ソフィア父?)
*メアリー・エリオット (ソフィア母)
*クレア・フォルスター (ロバート母)
*リリアーナ・フォルスター
(クレア孫、ロバート弟の娘)
✳︎ノーマン伯爵(アンジェリカ父)
✳︎エミリア・ノーマン(アンジェリカ母。)
✳︎アンジェリカ・ノーマン(ソフィアの義姉?)
⭐︎ソフィア (ノーマン邸にて酷い扱いを受けて育つ)
⭐︎グレッグ・ハモンド (治安隊の騎士。見回り中ソフィアを助ける)
⭐︎バーバラ・ハモンド(グレッグ母)
*ダン (三日月亭主人)
*ルイーザ (三日月亭女将。ソフィアを保護)




