21
グレッグ様にエスコートされて馬車へと乗り込む。
「ソフィア、少しだけ待っていてもらえるか?すぐ戻る。」
「……はい。」
消え入りそうな声で、返答するのがやっとだった。
背中に添えられていたグレッグ様の温もりが消えて、落ち着かない。
あまりにも衝撃的な内容を聞いてしまい、脳内整理出来ずに、かるくパニックになりかけていた。
先程まで、グレッグ様が寄り添ってくれていたので、精神バランスを保っていられたのだと改めて実感する。
大きな優しさに包まれているようで、妙に安心した。
男性に寄りかかるなんて……。いったい、私はどうしてしまったの。
これじゃあ義姉と同じじゃない。
でも、他の誰かに何を言われてもいい。
あの大きな胸に抱きつきたい。
抱きしめてほしい。
この感情は何?
「下品なあの女にそっくり!」
「あなたの母親は沢山の男を誑かしていたのよ」
「まさかあなたが本気で相手にされるとでも思ってるの?ははっ!ばかじゃないの!?」
やめて!お母さんはそんなことしない!
私は、別にグレッグ様に振り向いてほしいなんて思ってない。 私はグレッグ様のことを……。
頭の中で、真っ赤な口紅を塗ったアンジェリカが、罵声を浴びせてくる
私は、必死にアンジェリカを振り払おうとする。
同時に、自分の中に芽生えているグレッグ様への淡い想いも、振り払うように頭を振る。
この気持ちは、きっと気のせい。
私なんかが、抱いていい感情ではない。
辛いことがありすぎて、弱くなっているだけ。
少しでも気を抜いたら、堪えていたものが怒涛のごとく涙と共に溢れてしまいそうだ。
だから必死に「大丈夫」と自分に暗示をかける。
虚ろな瞳で窓の外を見ると、グレッグ様が御者と何やら言葉を交わしていた。
私の視線に気づいたグレッグ様は、すぐに馬車へと乗り込んで来た。
「待たせてすまない。」
「……いえ。」
グレッグ様が前方の御者へノックして合図を出すと、馬車は走り出した。
「「……」」
向かい合わせに座り、しばらくお互いに無言だった。
ドッドッドッドッと、心臓が早鐘を打つのを感じる。
向かいにグレッグ様がいるので、顔を上げるとふとした拍子にパチッと視線が合う。
優しげな眼差しを向けられて、ボッと顔から火が出そうになるくらい紅潮して顔を逸らす。
「ソフィア?大丈夫か?」
「は、は、は、はい。」
恥ずかしくて、声が上擦る。
先程まであんなにつらかったのに、グレッグ様が傍にいるだけで、不思議とこんなにも気持ちが軽くなる。
けれど、今度は別の感情が押し寄せてくる。
辛いのか、恥ずかしいのか、嬉しいのか、自分の気持ちが分からずに混乱する。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、どこか遠く感じられて、無性に寂しくなる。
「はぁ……。」
グレッグ様が、珍しくため息を漏らす。
「グレッグ様、あの、も、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしまして。せっかくのお茶会も台無しにしてしまって……。」
申し訳なくて、グレッグ様にに謝罪をする。
グレッグ様は、一瞬呆けた顔をした後、言葉を発した
「迷惑などかかっていない。すまない、溜め息をついたのは……その…ソフィアが……」
「私が、何かしてしまったのでしょうか?」
馬車に乗った後、何か粗相をしてしまったのではないかと思い返すように、小首をかしげる。
「かわ……」
グレッグ様は、慌てて手で口を押さえると、すぐさま顔を逸らした。
「グレッグ様?今、何かおっしゃいませんでしたか?やはり、私が何か気に障るようなことを……」
「違うんだらソフィア、その、つまり、あれだ、……。そう、か、わ、だ」
「川が見えるのですか?」
グレッグ様が急に不自然な話し方になったのが気になりつつも、ぱぁっと顔を綻ばせて、そっと窓のカーテンをめくる。小さい頃、川遊びをしたことを思い出す。
けれども、建物や行き交う人が見えるだけで川は見えなかった。
反対側の窓も確認したけれど同じだった。
「グレッグ様?川が見えないようですが……?」
「そ、そうなのか?いや、確かこの辺りだったと思ったのだが、勘違いしたようだ。
すまない。今度、川に行こう。
ソフィアは、船遊びはしたことはあるか?」
「いいえ、ありません。子供の頃に川辺で遊んだことがあるくらいです。楽しかったな……。」
「そうか。川ではないが別荘地には湖がある。一緒にボートに乗ろう。こう見えても私は漕ぐのが得意だ」
「ふふふ。こう見えてもって、グレッグ様は何でも出来そうに見えますよ。」
「あぁ、やはりソフィアは笑っている方がいい。」
「え?」
視線が絡み合い、恥ずかしくなり顔を逸らそうとした時、方頬にそっと手を添えられる。
「グレッグ様?」
グレッグ様の瞳の中に、自分の姿が映っている。
自分の姿を確認できるほどの至近距離に戸惑う。
グレッグ様は、私の頬を手のひらで優しく撫でる。
何度か撫でた後に、顎を掬い上げるように手を添えて、親指で私の唇をゆっくりとなぞらえていく。
艶めかしい視線に捉えられて、どうしたらいいか分からずに翻弄されていた。




