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背景モブの付き人ですが、推し悪役令嬢をバッドエンドから救ったら王太子殿下に求婚されました  作者: 黒崎隼人


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番外編「完璧な計算を狂わせた、たったひとつの偶然」

◆アルデウス視点


 私の世界は、生まれた時から緻密な計算盤の上に構築されていた。

 王太子としての歩幅、視線の角度、口にする言葉のトーン。

 そのすべてが国の未来を左右する駒として機能し、周囲の人間もまた、自らの利益のために計算された顔で私に接してくる。

 偶然など存在しない。

 私の目の前に転がり込む出来事は、すべて誰かが意図して配置した盤上の罠か、あるいは媚びの産物でしかなかった。

 あの日の昼下がり、大食堂で彼女に出会うまでは。


 食堂の喧騒の中、私は護衛を遠ざけ、視察という名目で生徒たちの動きを観察していた。

 平民の特待生であるフロリア・サンベルと、侯爵令嬢エルヴェティア・ローゼヴァルトの接触。

 貴族と平民の摩擦を測る試金石として、この二人の動向には注意を払う必要があった。

 エルヴェティア嬢が動いた。

 彼女の冷たい視線がフロリア嬢を捉え、意図的な衝突が起きようとしたその瞬間。

 視界の端から、灰色のエプロンドレスの少女が不自然な軌道で飛び出してきた。

 彼女は自ら転倒し、フロリア嬢の持つスープのトレイを下から弾き上げる形を作った。

 私はその動きの意図を瞬時に計算した。

 自己犠牲。

 主であるエルヴェティア嬢の非を消し、フロリア嬢への被害も最小限に抑えるための、捨て身の防御。

 興味深い駒だと思い、私は彼女の背後に無意識に足を踏み出していた。

 結果として、彼女の弾き上げた熱いトマトスープは、私の制服の胸元に直撃した。

 熱と汚れの不快感よりも先に、私は彼女の顔を見た。

 床に這いつくばり、私を見上げた彼女の目は、権力に対する恐怖ではなかった。

 自分の緻密な計画が、理解不能なバグによって粉砕されたことに対する、純粋な絶望と焦燥。

 その表情には、王太子である私に対する一切の計算が含まれていなかった。

 ただの一人のイレギュラーとして、私を認識している。

 その瞬間、私の退屈な盤上に、初めて本物の偶然が転がり落ちた音を聞いた。


 白瀬響音。

 その名を知ってから、私の視線は常に彼女を追うようになった。

 彼女の行動は、滑稽なほど不器用で、それでいて恐ろしいほど的確だった。

 エルヴェティア嬢の孤独を癒やし、フロリア嬢との間に奇妙な友情の橋を架ける。

 自分自身は常に影に徹し、他者の幸福のためだけに動き回る。

 生徒会室に非公式顧問として呼び出した時も、彼女は常に私の顔色ではなく、見えない未来の破滅を恐れているような目をしていた。

 彼女の口から漏れるフラグやシナリオという謎の単語の意味は分からなかったが、彼女がこの世界を何かの物語として俯瞰していることは理解できた。

 そして、その物語の中で、彼女は自分自身を価値のない背景として定義づけている。

 それが、どうしようもなく私の心をざわつかせた。


 学院祭の当日。

 ローゼヴァルト侯爵家の目論見は、エルヴェティア嬢自身の反逆によって崩れ去った。

 しかし、激昂した貴族たちのヘイトが、すべて響音に集中した。

 彼女が壁際で青ざめ、自ら罪を被ろうと一歩踏み出そうとした瞬間。

 私の体は、思考よりも先に動いていた。

 彼女を守らなければならない。

 この純粋で、誰よりも優しい偶然を、貴族たちの汚い計算で潰させるわけにはいかない。

 私は侯爵家を沈黙させ、広間の中心で彼女に向き合った。

 群衆の視線など、どうでもよかった。

 私の目に映るのは、震える肩を抱き、今にも泣き出しそうな顔で私を見上げる彼女だけだ。

 彼女の口から殿下の幸せを願っているという言葉を引き出した時、私の胸の奥で何かが決壊した。


「ならば。私は、白瀬響音に正式に求婚する意向を、ここに表明します」


 その言葉を口にした瞬間、私の視界の中で彼女が白目を剥いて卒倒していくのが見えた。

 私は慌てて手を伸ばしたが、エルヴェティア嬢に先を越されてしまった。

 床に倒れる彼女を見下ろしながら、私は自分の口元がだらしなく緩んでいくのを止めることができなかった。

 完璧な王太子の計算を狂わせた、ただひとつの偶然。

 その偶然を、私は生涯かけて私の隣に繋ぎ止めると誓ったのだ。

 彼女が目覚めた後、私を名前で呼ぶまでの数週間は、私の人生で最も長く、最も心拍数が制御不能になる期間だったことは、誰にも言うつもりはない。

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