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背景モブの付き人ですが、推し悪役令嬢をバッドエンドから救ったら王太子殿下に求婚されました  作者: 黒崎隼人


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第11話「それぞれの新しい物語とサブルートの開花」

 生徒会室の窓ガラス越しに見下ろす中庭の風景は、昨日までの見慣れた学院の日常とは全く異なっていた。

 春の風が桜に似た薄紅色の花びらを舞い散らせ、石畳の上に柔らかな影を落としている。

 その風景の中で、エルヴェティア様とレナルドが連れ立って温室の奥へと消えていく。

 フロリアさんとファビウスは、互いに冗談を言い合いながら食堂の方へと歩き出している。

 誰もが、ゲームのシナリオという見えない檻から解放され、自分だけの新しい時間を刻み始めていた。

 私は窓枠を握る手に力を込め、ガラスの冷たさを指先で感じる。


『シナリオが崩壊した結果、みんなが幸せになっている。推しも、ヒロインも、攻略対象たちも。私が願った最高の結末が、ここにある』


 胸の奥から温かいものが込み上げ、鼻の奥がツンと痛む。

 私の推し活は、これ以上ない形で報われたのだ。

 ただ一つ、私自身の立場という最大のイレギュラーを除いて。

 私はゆっくりと振り返り、背後に立つアルデウス殿下を見上げた。

 殿下は腕を組み、私を静かに見つめている。


「殿下。私はゲームのシナリオでいうと、存在すらしていない人間です。名前も設定もない、ただの背景のモブで」

「響音」


 アルデウス殿下が静かに私の言葉を遮る。

 その声には、王太子としての威厳よりも、一人の青年としての切実な響きが混じっていた。


「これはゲームではない。私たちの生きている現実だ」


 私は言葉に詰まる。

 前世の記憶に縛られ、この世界をどこか俯瞰して見ていた私の核心を突く言葉だった。


「私は生まれてから、すべてが計算されて動く世界を生きてきた。出会う人間、交わす言葉、起こる出来事。すべてが王太子という私を形作るための演出だった」


 殿下はゆっくりと窓際へ歩み寄り、外の光を浴びる。

 金色の髪が風に揺れ、その横顔はひどく孤高に見えた。


「だから、最初に君を見た時。あの食堂でスープをかけて、シナリオがバグったと青ざめていた君を見た時。私は生まれて初めて、本物の偶然と出会ったと思った」


 殿下の視線が、再び私へと向けられる。

 紫水晶の瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。


「君は私に向かって、一度も王太子として接しなかった。いつも何か別のことを考えていたし、私を見る時の目は計算ではなく純粋な焦りだった。君は私のことが心配なのに、自分は二の次にしようとしていた」


 私の胸が、ドクンと大きく跳ねる。

 私はただ、推しのためにシナリオの崩壊を恐れていただけだ。

 殿下のことなんて、攻略対象の記号としてしか見ていなかったはずなのに。


「君は自分をモブと思っているかもしれないが。私にとって君は、初めて私を人間として見た、唯一の人だ」


 長い沈黙が落ちた。

 部屋の空気がピンと張り詰め、自分の心臓の音だけが耳元でうるさく鳴り響いている。

 殿下の言葉が、染み込むように私の中に広がっていく。

 計算でも、気の迷いでもない。

 彼は本気で、ただの付き人である私を選ぼうとしている。

 私の目から、不意に熱いものがこぼれ落ちた。

 慌てて手の甲で拭うが、涙は後から後から溢れて止まらない。


「……私、推しの幸せだけを考えて転生してきたのに」


 嗚咽を漏らしながら、私は掠れた声で呟く。


「推し、というのはエルヴェティア嬢のことか」

「はい。貴女が笑えるように、貴女に本物の友達ができるように、ずっとそれだけを願って動いてきたのに。自分がこんな風に誰かに求められるなんて、想像もしていませんでした」


 私は顔を覆い、しゃくり上げる。

 自分の人生を諦め、誰かの影として生きることに疑問を持っていなかった。

 それがモブの正しい生き方だと信じていたから。

 殿下は静かに私に近づき、顔を覆う私の手首を優しく掴んだ。

 白檀の香りが鼻腔を満たし、彼の手の温もりが冷たい肌に伝わってくる。


「では聞こう」


 殿下の声は、これ以上ないほど優しかった。


「君は今、幸せを望んではいけないのか」


 私は答えられない。

 涙で滲む視界の中で、殿下の真剣な眼差しだけが鮮明に映っている。


「他人の幸せを全力で願える君が、自分の幸せを望む権利がないとは、私には到底思えない。君には、自分自身の物語を生きる価値がある」


 彼の手が、私の手首からそっと離れる。


「私との関係を、もう少し考えてくれないか。答えはいつでもいい。君が、自分を主人公だと認めることができる日まで、私は待つ」


 その言葉は、命令ではなく、純粋な願いだった。

 私は何度も頷きながら、零れる涙を拭い続けた。

 窓の外からは、誰かの明るい笑い声が風に乗って聞こえてくる。

 シナリオの呪縛から解き放たれたこの世界で、私だけがまだ、自分のいるべき場所を探して立ち止まっていた。

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