GW番外編「海と花火と」
前からは引いては押していく、さざ波の音。後ろからは、風と戯れる葉ずれの音。
歩く度、一歩一歩心地よく沈む、足元の感触と鼻腔に抜ける、潮の匂い。
日差しこそ少し熱くなってきたが、吹き抜ける風は涼しい。
「山と! 海!」
砂浜で体を捻り、周りを見渡したルシウスは、感動を空に叫んだ。
「今更、珍しいことなんて何もねぇだろうが」
近くにやってきたエーレが、さも嫌そうにぼやく。
彼は晴れ渡った海沿いを見て、ため息を吐きだした。
「まったく、中途半端な体裁に付き合わせやがって……」
「いいじゃん、世間は祝祭の休日だし。俺らもたまには、羽伸ばしたいよねぇ」
ねー? と、すでに荷物を投げ出し、上着を脱ぎ始めたシュトルツが、こちらを見てきた。
ルシウスはハッとして、彼の方へ駆け寄ると、放り出すように荷物を置いて、エーレへと訴える。
「そうですよ! 僕たちだってたまには、ゆっくり遊んでもいいじゃないですか!」
「私も異論はない」
藁で組まれた日よけの傘の下の置かれた椅子で、すでに座っているリーベが加勢してくれた。
こちらへと振り返ったエーレは、更に嫌そうな顔をして、手を払った。
「わかったわかった。勝手に遊んでろ」
それだけ言って、彼はリーベのところへ向かっていった。
エーレの許可を得たルシウスは、途端、解き放たれた鳥のように素早く、上着とシャツを脱いだ。
いざ、海へ!と思ったところで、大事なことを思い出し、足を止める。
「あ、僕。泳ぎ方知らないんですけど……」
踏み出した一歩をそのままにして、不格好な態勢で振り返った彼に、苦笑したシュトルツが海を指差す。
「遠くまでいかなきゃ、平気だよ。もし溺れても、気が向いたら助けてあげるよ」
「それ、助けてくれないやつじゃないですか!」
「君、本質水じゃん? へーきへーき」
「それとこれとは違うんじゃ……」
「ほら、ビビッてないで行くよ」
ルシウス同様、上の服だけ脱ぎ捨てたシュトルツが、彼の手を取って歩き出す。
波打ち際まで、半ば無理やり連れて行かれたルシウスは、その余韻を味わうことなく、投げ飛ばされるように、海に放り込まれた。
「つめたっ!」
浅瀬尻餅をついた途端、思った以上の冷たさにルシウスは目を見開いた。前で笑うシュトルツへの仕返しで、彼は手に掬った海水を、彼へとお見舞いする。
そうして彼らの、人知れぬ休日は始まった。
§§§
「能天気なもんだな」
器用に組まれた木の椅子は、脚を伸ばせるほど大きかった。
背を深く預け、靴を履いたまま脚を投げ出したエーレが、海で騒いでいる二人を見て、呆れた声を漏らした。
「たまには悪くないだろう。ルシウスには、こういう時間も必要だ」
同じような態勢のリーベの手には、すでに開かれた本があった。彼は最近エーレが貸した、その本を読みながら、興味なさげに答えた。
こちらへ一瞥もくれない仲間に、エーレは苦虫を潰したような顔をして、首を逸らす。藁の先から、嫌なほど晴れ渡っている空が見えた。
「別に遊ぶのが悪いっつってんじゃねぇよ」
海なんて珍しくもないものに、はしゃいでいるルシウスの声がここまで聞こえてくる。まだ十六の彼にとって、この時間が貴重なのはたしかだった。
しかし、ここに至った経緯とその裏側を考えると、どうも納得いかない。
その上、ルシウス本人はこの海辺と、簡易的な宿泊先を貸し出してくれたことが、完全な好意であると思っているから、尚更だった。
「そこまで苛立つことでもないだろう。食事も提供してくれるんだ。
村で歓迎されることに比べれば、余程気楽だ」
落ち着ききったリーベの言葉尻に、海辺からの二人の声が重なる。
二人は魔法を駆使して、水を操り、遊び始めていた。
シュトルツまで存分に遊んでいる様子に、エーレは途端馬鹿らしくなって、盛大にため息を吐きだした。
――たしかに、村内で歓迎されるよりはマシか。
五月に入ったばかりの気候は、日差しさえ遮るものがあれば過ごしやすい。
潮風も、上着があれば丁度いいくらいだ。
エーレは目を閉じて、肩の力を抜いた。
耳に入ってくる自然の音を、久しいと思った。
意味のないものは、全て遮断してきたことを遅れて思い出した彼は、今一度息を吐きだすと、しばらくその音に身を委ねることにした。
§§§
浅瀬でひとしきり遊んだルシウスは、日陰で動かない二人を見た。
せっかくの休日だというのに、あれじゃ宿で休んでるのと何ら変わりない。
「エーレとリーベ、こないんですかね?」
深い場所で泳ぎ始めたシュトルツに声を投げる。彼にとって、それもいい鍛錬らしかった。
「んー、二人はこういうの、好きじゃないじゃん?」
器用に立ち泳ぎしたまま、空を仰いだ彼は、「うーん」と唸ると、悪戯を思いついたような顔をして、こちらへやってきた。
「ここから魔法で、水鉄砲でも二人に当ててみれば?」
「いや! そんなことしたら、怒られるに決まってるじゃないですか!」
そもそも、当たる前にリーベが魔法で防ぐ未来が見える。その上、エーレが鬼の形相で怒るだろう。
ルシウスは二人を注視する。リーベの手には本がある。どうにせよ駄目だ。せっかくの楽しい時間が、台無しになってしまう。
「じゃあ、風と水の精霊の頼んで、小さな津波でも――」
「もっとダメですよ!」
我が儘だなぁ。浅瀬で仁王立ちになったシュトルツは、顎に手をあてていた。
真剣に考え始めている彼を見て、嫌な予感を覚えたルシウスが訂正を述べる前に、彼がこちらを見る。
「向こうからこっちに来させればいいんでしょ? じゃあ――これとかどう?」
ニヤリと笑った彼の提案に、ルシウスは口端を引きつらせた。
足がつかない沖合に、ルシウスはいた。
その足裏は、シュトルツが器用に支えている。
「俺、こう見えて潜水は得意なんだよね。数分までなら、息持つし」
ルシウスが溺れたふりをして、ふたりをおびき寄せる。生命力もろとも気配を消したシュトルツが、近づいてきた二人を海に引き込む。
そんな作戦だった。
「いや、そこまでしなくても……」
出来れば二人も来てほしいな、という軽い気持ちだったはずなのに、いつしか大がかりな作戦を思いついたシュトルツは、やる気満々になってしまった。
この責任はシュトルツに押し付けよう。ルシウスはそう決めて、作戦に臨んだ。
足裏をシュトルツがつついてきた。
溺れる演技って、どうするんだろう……
数秒悩んだ時、不意に体が海に沈んだ。
顔に海水がかかってから、シュトルツに足首が引っ張られたことに気づいた。
反射的に息を求めた顎が上がる。
「ちょ、シュト――」
冗談じゃない。これじゃ、本当に溺れてしまう。
しかしシュトルツは、足を引っ張ることをやめず、かと言って足まで手を伸ばせないルシウスは、海水の表面を叩いた。
「リ、リーベ……! たすけっ……!」
シュトルツが、まで言えず、口に広がった辛さに、涙まで溢れてきた。
「ルシウス!」
気が付いた時には、リーベがこちらへ駆け寄ってきていた。
水の上に立った彼が手を伸ばしてきた時、もう忘れていた作戦通りに、いつしか後ろにいたシュトルツが、リーベの腕を掴んだ。
三人分の重さが、水に沈んだ音が遠くからした。
気が付けばリーベに抱えられ、浅瀬に連れて行かれていた。ようやく振り返った彼は、シュトルツを激しく睨む。
漏れ出た殺気に、ルシウスは悲鳴を飲み込んだ。
「……これはどういうことだ」
「いやいやいや、ちょっとまって」
両手を振りながら、歩み寄ってきたシュトルツの弁解を待たず、リーベの放った魔法で、水が意思を持ったように、シュトルツを絡めとり、海へと攫っていく。
思わず両者からそっと視線を逸らしたルシウスは、こちらを見ていたエーレと目があった気がした。
その肩がかすかに上がったが、彼はそこから微動だにせず、再び椅子に体を預けていた。
「リーベの怒りが収まるまで、反省でもしとけ」
リーベに引きずられて、エーレのもとへ連れて行かれたシュトルツは、その言葉通り、砂浜の中央で、両膝をついて座っていた。
もう半刻近くそうしている彼を見て、ルシウスは弁解を口にする。
「僕が頼んだんですよ。たしかに作戦は、シュトルツの思い付きでしたけど……」
彼に責任を押し付けようと思ったが、後ろでしょんぼりしているシュトルツを見ると、そうすることは出来なかった。
「三度目」
リーベの刺すような声を投げてきた。同じことを三度聞いた、という意味合いなのはすぐにわかった。
彼の怒りがこちらにも向いていることを知ったルシウスは、途端口を噤んで顔を伏せる。
そして、シュトルツがしているように、彼の前に膝をつけて座った。
「すみません、行き過ぎました」
上からの厳しい視線にぐっと堪えて言うと、数秒後、重い溜息が落ちてきた。
「シュトルツ」
リーベの呼びかけに、目だけで上を見る。彼は困ったように眉を下げて、手を差し伸べてきた。
「本当はもう怒っていない。貴方たちがあまりにも馬鹿な真似をするものだから、灸をすえたかっただけだ」
風の魔法で乾かして、浄化で潮を綺麗に落とした上着を、彼はかけてくれると続けた。
「一緒に遊びたいなら、そういえばいいだろう」
「でも、リーベたちは来てくれないかなって」
彼が肯定の沈黙を挟んだ時、合流したシュトルツの軽い声が飛んできた。
「あれくらいしないと、リーベたち来ないじゃん?」
全くの反省の色のないそれに、ルシウスは思わず口を引きつらせる。
「だからといって、あのふざけ方はないだろう。反省してないなら、もう一度海に沈めてもいいが?」
「いや、勘弁してよ」
睨みを聞かせたリーベに、そそくさと逃げたシュトルツがエーレを盾にして、こちらをじっと見つめてきた。
「それくらいにしてやれ。こいつも悪いと思ったから、大人しく沈まれてやったんだろ」
「そうそう」
隣でしゃがんでいる彼を、エーレは冷めた目で見下ろしながら、読んでいた本を閉じた。
「それに、こいつに中途半端な仕置きしたって効果ねぇよ。本当に溺れるくらい、沈めないとな」
「そうか、私が甘かったか」
その提案に、納得したようなリーベが静かに前に出た。
「ちょ、こないで?」
即座に立ちあがって、後ずさりをした彼は、リーベが詰め寄るより早く、逃げ始めた。
リーベから殺気はもう感じない。でも海に引きずり込まれたことは、根に持っているのだろう、シュトルツを追っていく背を見ながら、ルシウスは椅子に腰を下ろした。
途端、疲れがドッとやってきて、背もたれに体を投げ出す。
「というか、エーレ」
その段になって、椅子から一歩たりとも動いていない男のことを思った。
「僕が溺れた後、笑ってませんでした?」
遠目だったから確信ではない。肩を竦めたようにも見えたし、笑ったようにも見えた。
「あ?」
本を腹に置いたまま、寝る態勢に入っていた彼が、片目だけ開いてこちらを見る。
「悪いか?」
「酷い……」
作戦だったにしても、あの時は本当に溺れたというのに。薄情とは、まさにこのことだ。
小さな衝撃を受けた時、「馬鹿言え」と、彼が鼻で笑った。
「シュトルツが近くにいるのもわかっていたし、リーベが向かっただろ。それに――」
こちらを一瞥した彼は、嘲笑のような笑いを飛ばすと、寝返りを打って、あちらを向く。
「お前らの考える子供だましに、引っかかってやるわけがねぇだろ」
海際からリーベの声がした。彼もわかっていながら、万が一に備えて来てくれたんだろうか?
ルシウスは黒の背を見つめる。どうにかして、この男を海に沈める方法はないか?
懲りずに、そんな考えが過った。
頂点にあった陽が、僅かに傾いた頃、村人が食料を持ってきてくれた。
いくつかの籠には、丁寧に切り分けられた野菜やきのこ、今しがた卸したばかりだという、鶏肉と魚まである。
彼らはほとんど会話らしい会話をせず、それだけ置いて逃げるように立ち去っていった。
その背に、感謝を告げて見送ったルシウスは、首を傾げる。
ぽつんと、海際にある山小屋のような建物の前には、一メートルほどの間隔を空けて、石を積み上げたものがあった。
シュトルツが納屋から持ってきた鉄の網を乗せ、その下に薪を重ねると、慣れた手際で火を起こした。
「鉄串があれば、見栄えが良いんだけどねぇ」
誰ともなく言った彼は、野菜と肉を網に乗せて、籠に差してあった鉄ばさみをリーベへと渡すと、小屋へと消えていく。
「エーレ、食べないんですかね?」
こっちを見向きもせず、エーレは先ほどの椅子で、昼寝をしていた。
「あとでシュトルツが持っていくだろう。せっかくだから美味しくいただこう」
「そうですね」
すぐに皿とフォークを持って戻ってきたシュトルツも加わった。
最初に丁寧に焼いたものを、せっせとエーレへと運んでいく彼の背を見送った時、リーベがそっと耳打ちしてくる。
「今の内に焼いて皿に乗せておいた方がいい」
「たしかに」
ルシウスは目だけで、彼と同じ方向を見て、すぐに食べたい分だけ網に乗せることにした。
思ったよりエーレと話してくれていたシュトルツのおかげで、彼が返ってくる頃には、ルシウスの皿の上は山盛りになっていた。
それでも三人が食べるには十分すぎる量の食材を、シュトルツはあろうことか、籠をひっくり返す勢いで網に乗せ始めた。
「ちょ、シュトルツ! 待って、待ってください!」
咄嗟にその腕を掴んで、制止を促す。
「いくらなんでも乗せすぎですよ!」
「え、なんで? 焼けるまで時間かかるし、こっちの方が効率的じゃん」
きょとんとして、こちらを見てきた彼は、制止も聞かずに次の籠の中身も、どさりと網の上に乗せた。
「さっき、エーレにはあんなに丁寧に焼いて――」
「あれはエーレさんのだから、それとこれとは別だよ」
ルシウスを優先してくれたリーベの皿には、ほとんど乗っていない。
最後の籠もぶちまけてしまったシュトルツは、魔法で火加減を調節して、ものすごいスピードで食材を裏返し始めた。
落ちてもおかしくない量だったが、彼の素晴らしい手さばきで、美味しそうな焼き色をつけている。
こうなることを予想していたように、リーベはその中から欲しいものだけ取ると、ゆっくり食べ始めていた。
鉄ばさみを右手で駆使しながら、焼けたものを左手のフォークで、次から次へと口に詰め込んでいくシュトルツ。
呆気に取られて、その様子を眺めてしまっていたルシウスは、ハッと我に返って、ようやく肉を口に運んだ。
楽しい時間というものは、あっという間だ。
海へと沈んでいく夕陽を惜しい気持ちで眺めていたルシウスは、いつの間にか眠ってしまっていた後のことを思い出した。
小屋の前のベンチで起きたら、誰もいなかった。どうしようと迷ったのも一瞬で、ルシウスは砂浜に落ちている色んな貝や、綺麗なガラス片を集めることにした。
それも飽きると、砂を海水で固めて、動物や城を作った。
そうしているうちに、いつしか仲間は戻ってきていた。
「ひとり遊びしながら、お留守番してたの? 偉かったねぇ」
そう揶揄してきたシュトルツの後ろには、巨大な猪が横たわっている。
鶏肉だけじゃ足りなかった彼の、夕食の犠牲になったことを後で知った。
それから夕食までの時間、その血抜きや処理をシュトルツから教えてもらっていると、あっという間に陽が落ちていった。
昼とは、また別の村人が食材を持ってやってきた。やはり挙動はぎこちない。
ルシウスは首を傾げる。まるで祟り神に供物を捧げにきた、みたいな雰囲気だった。
「昼も思いましたけど、怖がられてません?」
「ん? そうだねぇ」
食べ物から目を離さないシュトルツが、興味なさげに答える。
「あの子が、何か言ったとかですかね……」
この休日のきっかけは、偶然、山賊から少女を助けたことだった。それが近くの村の村長の孫娘だったということで、この一帯を好きに使って休んでいってほしいと言われたのだ。
「ああ、おこちゃまは知らないか」
彼曰く、あの村は超閉鎖的だという。どこの誰ともわからない人間を、村に入れたくない。
けれど村の体裁的に、礼をしないわけにはいかない。謝礼として金を渡すくらいなら、その折衷案として、村の外で歓迎する振りをして、誠意だけ見せておこう。
そんなところなんじゃないか、と説明をした彼は、すでに焼く準備を整えていた。
意気揚々と猪の肉から焼いていく彼を見て、ルシウスは複雑な気持ちになっていた。聞かなければよかった。
「事情はともあれ、楽しかったのならいいんじゃないか?」
肉を乗せた皿を、リーベが渡してくれた。シュトルツの魔の手から救出された猪の肉は、癖は少なく、あっさりしている中に、少し甘味があった。
「そうですね」
ルシウスはひとつ頷いて、初めて食べる猪肉を味わうことにした。
楽しいはずの食事は、やがてシュトルツとルシウスの肉争奪戦になっていた。
事の発端は、ルシウスが自分のために大事に焼いていた肉を、シュトルツが奪ったことだった。
「僕が大事に育ててたのに!」
「育てるも何も、もう死んでるじゃん」
「そういうことじゃないですよ!」
自分の好みの具合に焼いた肉を、さぁ食べようとした瞬間、ひょいとシュトルツが横取りしていったのだ。
それはエーレの皿に置かれ、エーレは特に気にした様子もなく食べていた。
シュトルツと違って、一口一口味わっていたルシウスは怒り心頭で、網の端を指差す。
「この! 縦横十五センチは、僕の領域です!」
そんな主張をシュトルツが聞き入れるわけもなく、次から次へと肉を横取りしていく。
いくら焼いても無駄なことを知ったルシウスは、リーベを見た。彼は呆れた様子で、シュトルツの皿を奪うと、それをそのまま渡してくれた。
「シュトルツ、大人気ない真似はやめてやれ」
「エーレさんのためじゃん? てか、それ俺のだから返して?」
呆気らかんと言った彼に、ルシウスは皿を奪われないよう、小屋のベンチへと向かうことにした。
「ったく、元気だな、お前ら」
そこには、いつもよりも機嫌よさげに、肉を口に運ぶエーレがいた。
彼の手には、綺麗に焼けた猪の肉が、数枚並んである。
僕の肉だったのに……
それでエーレに文句をいうわけにはいかないし。そもそもこの肉だって、シュトルツが狩ってきたのだ。
不満を飲みこんで彼の隣に座った時、「ん」と目の前に皿が差し出された。
「お前が大事に育てたんだろ?」
おかしそうに笑う口調に、ルシウスはムッとする。
「いいですよ」 「いいから食え。もう食い飽きたんだよ」
受け取らないでいると、彼は皿の上に肉を乗せてきた。
「初めて聞く言い回しだなと思っただけだ」
「僕だって、初めて言いましたもん」
エーレの返答はなく、やっと落ち着いてルシウスは食事をすることが出来た。
前では、先ほどのルシウスの仕返しと言わんばかりに、リーベがシュトルツの肉を横取りして食べている。
昼も夜も、こうして二人が楽しそうに騒いでいる様子は、珍しかった。
食べ終えたルシウスの頬を、夜風が撫でていく。少しひんやりしていたが、それもまた心地よかった。
「良い一日でしたね」
誰ともなく言うと、隣から「そうかよ」とだけ返ってきた。
空にはもう星が見え始めている。
夏の星座もはっきりと見て取れる。
しばらくそれを眺めていたルシウスは、ひとつのことに思い至って、勢いよく立ち上がった。
砂浜に四人並んで座っていた。その上空に、美しい炎の花が咲き誇る。
「僕! 花火が見たいです!」
そう言ったルシウスの我が儘だった。
最初は、シュトルツが炎と光の混合魔法で、夜空に色取りどりの花を咲かせてくれた。
とても幻想的で美しいものだったが、ルシウスの知っている花火とは、少し違っていた。
「俺は土魔法が苦手だからねぇ」 空に散る花火もどきを見て、首を傾げたシュトルツ。
「私は炎が得意ではないからな」 その隣でリーベも首を振った。
二人は、左端で寝転がって空を眺めていたエーレを見た。
「俺は両方得意じゃねぇよ」
彼は嫌そうに顔を背けた後、渋々と言った感じで立ち上がると、ため息をひとつ。右手をひょいと空へと払う。
途端、その指先から出てきたような線が、空へと上り、どぉんと派手な音を立てて、赤い花を咲かせた。
それは、ルシウスが一度だけ見たことのある花火と、そっくりだった。
一瞬で終わってしまった名残惜しさに、思わずエーレを凝視すると、彼は半眼になってこちらを見てくる。
「花火職人エーレさん、お願いしまーす」
シュトルツが口に手を添えて、囃し立てるように言った。
「てめぇ、後で覚えてろよ」
ぼやきながらも応えてくれたエーレが、いくつもの魔法を空へと飛ばす。
濃紺の空は、鮮やかに彩られ、海面で光が反射した。
「綺麗ですね」
最後の最後に見られた美しさに、ルシウスが感動の吐息を吐きだす。
ひょんなことから始まった、この休日の締めくくりとして最高だった。
村人の事情はともかく、この海辺を一日借りられたおかげだ。
「楽しく過ごせたようで、何よりだ」
隣のリーベが口元を和らげた。
「たまにはこういうのもいいよね。俺も楽しかったし」
逆隣のシュトルツが、砂浜に寝転がりながら、言葉通り楽しそうな声で言う。
「おい、お前ら」
その時、前で花火をあげ続けてくれていたエーレが、不意に振り返った。
「よく見とけ、これで最後だ」
彼が、空を仰いだ。そっと持ち上げられた右手から、今までよりも大きな生命力が上っていく。
夜空に、今日一番の巨大な花火が広がった。
それに合わせたシュトルツの口笛が飛ぶ。リーベは失笑のような息を漏らす。
ルシウスは、その一瞬を瞳に閉じこめ、散っていく炎が消え去るまで見た後、おもむろに立ち上がった。
「ありがとうございました。最高の休日でした」
「よかったな」と、エーレが素っ気なく答え、シュトルツが「楽しかったねぇ」と軽快に笑う。リーベは満足そうに頷いた。
ルシウスは彼らに笑顔を返して、今一度、星の瞬く空を眺めた。




