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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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GW番外編「海と花火と」

 


 前からは引いては押していく、さざ波の音。後ろからは、風と戯れる葉ずれの音。

 歩く度、一歩一歩心地よく沈む、足元の感触と鼻腔に抜ける、潮の匂い。


 日差しこそ少し熱くなってきたが、吹き抜ける風は涼しい。



「山と! 海!」



 砂浜で体を捻り、周りを見渡したルシウスは、感動を空に叫んだ。



「今更、珍しいことなんて何もねぇだろうが」



 近くにやってきたエーレが、さも嫌そうにぼやく。

 彼は晴れ渡った海沿いを見て、ため息を吐きだした。



「まったく、中途半端な体裁に付き合わせやがって……」


「いいじゃん、世間は祝祭の休日だし。俺らもたまには、羽伸ばしたいよねぇ」



 ねー? と、すでに荷物を投げ出し、上着を脱ぎ始めたシュトルツが、こちらを見てきた。

 ルシウスはハッとして、彼の方へ駆け寄ると、放り出すように荷物を置いて、エーレへと訴える。



「そうですよ! 僕たちだってたまには、ゆっくり遊んでもいいじゃないですか!」


「私も異論はない」



 藁で組まれた日よけの傘の下の置かれた椅子で、すでに座っているリーベが加勢してくれた。

 こちらへと振り返ったエーレは、更に嫌そうな顔をして、手を払った。



「わかったわかった。勝手に遊んでろ」



 それだけ言って、彼はリーベのところへ向かっていった。


 エーレの許可を得たルシウスは、途端、解き放たれた鳥のように素早く、上着とシャツを脱いだ。

 いざ、海へ!と思ったところで、大事なことを思い出し、足を止める。



「あ、僕。泳ぎ方知らないんですけど……」



 踏み出した一歩をそのままにして、不格好な態勢で振り返った彼に、苦笑したシュトルツが海を指差す。



「遠くまでいかなきゃ、平気だよ。もし溺れても、気が向いたら助けてあげるよ」


「それ、助けてくれないやつじゃないですか!」


「君、本質水じゃん? へーきへーき」


「それとこれとは違うんじゃ……」


「ほら、ビビッてないで行くよ」



 ルシウス同様、上の服だけ脱ぎ捨てたシュトルツが、彼の手を取って歩き出す。

 波打ち際まで、半ば無理やり連れて行かれたルシウスは、その余韻を味わうことなく、投げ飛ばされるように、海に放り込まれた。



「つめたっ!」



 浅瀬尻餅をついた途端、思った以上の冷たさにルシウスは目を見開いた。前で笑うシュトルツへの仕返しで、彼は手に掬った海水を、彼へとお見舞いする。



 そうして彼らの、人知れぬ休日は始まった。







 §§§






「能天気なもんだな」



 器用に組まれた木の椅子は、脚を伸ばせるほど大きかった。


 背を深く預け、靴を履いたまま脚を投げ出したエーレが、海で騒いでいる二人を見て、呆れた声を漏らした。



「たまには悪くないだろう。ルシウスには、こういう時間も必要だ」



 同じような態勢のリーベの手には、すでに開かれた本があった。彼は最近エーレが貸した、その本を読みながら、興味なさげに答えた。


 こちらへ一瞥もくれない仲間に、エーレは苦虫を潰したような顔をして、首を逸らす。藁の先から、嫌なほど晴れ渡っている空が見えた。



「別に遊ぶのが悪いっつってんじゃねぇよ」



 海なんて珍しくもないものに、はしゃいでいるルシウスの声がここまで聞こえてくる。まだ十六の彼にとって、この時間が貴重なのはたしかだった。


 しかし、ここに至った経緯とその裏側を考えると、どうも納得いかない。

 その上、ルシウス本人はこの海辺と、簡易的な宿泊先を貸し出してくれたことが、完全な好意であると思っているから、尚更だった。



「そこまで苛立つことでもないだろう。食事も提供してくれるんだ。

 村で歓迎されることに比べれば、余程気楽だ」



 落ち着ききったリーベの言葉尻に、海辺からの二人の声が重なる。

 二人は魔法を駆使して、水を操り、遊び始めていた。


 シュトルツまで存分に遊んでいる様子に、エーレは途端馬鹿らしくなって、盛大にため息を吐きだした。


 ――たしかに、村内で歓迎されるよりはマシか。


 五月(ヘライア)に入ったばかりの気候は、日差しさえ遮るものがあれば過ごしやすい。

 潮風も、上着があれば丁度いいくらいだ。


 エーレは目を閉じて、肩の力を抜いた。

 耳に入ってくる自然の音を、久しいと思った。


 意味のないものは、全て遮断してきたことを遅れて思い出した彼は、今一度息を吐きだすと、しばらくその音に身を委ねることにした。







 §§§







 浅瀬でひとしきり遊んだルシウスは、日陰で動かない二人を見た。

 せっかくの休日だというのに、あれじゃ宿で休んでるのと何ら変わりない。



「エーレとリーベ、こないんですかね?」



 深い場所で泳ぎ始めたシュトルツに声を投げる。彼にとって、それもいい鍛錬らしかった。



「んー、二人はこういうの、好きじゃないじゃん?」



 器用に立ち泳ぎしたまま、空を仰いだ彼は、「うーん」と唸ると、悪戯を思いついたような顔をして、こちらへやってきた。



「ここから魔法で、水鉄砲でも二人に当ててみれば?」


「いや! そんなことしたら、怒られるに決まってるじゃないですか!」



 そもそも、当たる前にリーベが魔法で防ぐ未来が見える。その上、エーレが鬼の形相で怒るだろう。


 ルシウスは二人を注視する。リーベの手には本がある。どうにせよ駄目だ。せっかくの楽しい時間が、台無しになってしまう。



「じゃあ、風と水の精霊の頼んで、小さな津波でも――」


「もっとダメですよ!」



 我が儘だなぁ。浅瀬で仁王立ちになったシュトルツは、顎に手をあてていた。


 真剣に考え始めている彼を見て、嫌な予感を覚えたルシウスが訂正を述べる前に、彼がこちらを見る。



「向こうからこっちに来させればいいんでしょ? じゃあ――これとかどう?」



 ニヤリと笑った彼の提案に、ルシウスは口端を引きつらせた。











 足がつかない沖合に、ルシウスはいた。

 その足裏は、シュトルツが器用に支えている。



「俺、こう見えて潜水は得意なんだよね。数分までなら、息持つし」



 ルシウスが溺れたふりをして、ふたりをおびき寄せる。生命力もろとも気配を消したシュトルツが、近づいてきた二人を海に引き込む。

 そんな作戦だった。



「いや、そこまでしなくても……」



 出来れば二人も来てほしいな、という軽い気持ちだったはずなのに、いつしか大がかりな作戦を思いついたシュトルツは、やる気満々になってしまった。


 この責任はシュトルツに押し付けよう。ルシウスはそう決めて、作戦に臨んだ。

 足裏をシュトルツがつついてきた。



 溺れる演技って、どうするんだろう……



 数秒悩んだ時、不意に体が海に沈んだ。

 顔に海水がかかってから、シュトルツに足首が引っ張られたことに気づいた。

 反射的に息を求めた顎が上がる。



「ちょ、シュト――」



 冗談じゃない。これじゃ、本当に溺れてしまう。


 しかしシュトルツは、足を引っ張ることをやめず、かと言って足まで手を伸ばせないルシウスは、海水の表面を叩いた。



「リ、リーベ……! たすけっ……!」



 シュトルツが、まで言えず、口に広がった辛さに、涙まで溢れてきた。



「ルシウス!」



 気が付いた時には、リーベがこちらへ駆け寄ってきていた。


 水の上に立った彼が手を伸ばしてきた時、もう忘れていた作戦通りに、いつしか後ろにいたシュトルツが、リーベの腕を掴んだ。



 三人分の重さが、水に沈んだ音が遠くからした。

 気が付けばリーベに抱えられ、浅瀬に連れて行かれていた。ようやく振り返った彼は、シュトルツを激しく睨む。


 漏れ出た殺気に、ルシウスは悲鳴を飲み込んだ。



「……これはどういうことだ」


「いやいやいや、ちょっとまって」



 両手を振りながら、歩み寄ってきたシュトルツの弁解を待たず、リーベの放った魔法で、水が意思を持ったように、シュトルツを絡めとり、海へと攫っていく。


 思わず両者からそっと視線を逸らしたルシウスは、こちらを見ていたエーレと目があった気がした。


 その肩がかすかに上がったが、彼はそこから微動だにせず、再び椅子に体を預けていた。










「リーベの怒りが収まるまで、反省でもしとけ」



 リーベに引きずられて、エーレのもとへ連れて行かれたシュトルツは、その言葉通り、砂浜の中央で、両膝をついて座っていた。


 もう半刻近くそうしている彼を見て、ルシウスは弁解を口にする。



「僕が頼んだんですよ。たしかに作戦は、シュトルツの思い付きでしたけど……」



 彼に責任を押し付けようと思ったが、後ろでしょんぼりしているシュトルツを見ると、そうすることは出来なかった。



「三度目」



 リーベの刺すような声を投げてきた。同じことを三度聞いた、という意味合いなのはすぐにわかった。


 彼の怒りがこちらにも向いていることを知ったルシウスは、途端口を噤んで顔を伏せる。

 そして、シュトルツがしているように、彼の前に膝をつけて座った。



「すみません、行き過ぎました」



 上からの厳しい視線にぐっと堪えて言うと、数秒後、重い溜息が落ちてきた。



「シュトルツ」



 リーベの呼びかけに、目だけで上を見る。彼は困ったように眉を下げて、手を差し伸べてきた。



「本当はもう怒っていない。貴方たちがあまりにも馬鹿な真似をするものだから、灸をすえたかっただけだ」



 風の魔法で乾かして、浄化で潮を綺麗に落とした上着を、彼はかけてくれると続けた。



「一緒に遊びたいなら、そういえばいいだろう」


「でも、リーベたちは来てくれないかなって」



 彼が肯定の沈黙を挟んだ時、合流したシュトルツの軽い声が飛んできた。



「あれくらいしないと、リーベたち来ないじゃん?」



 全くの反省の色のないそれに、ルシウスは思わず口を引きつらせる。



「だからといって、あのふざけ方はないだろう。反省してないなら、もう一度海に沈めてもいいが?」


「いや、勘弁してよ」



 睨みを聞かせたリーベに、そそくさと逃げたシュトルツがエーレを盾にして、こちらをじっと見つめてきた。



「それくらいにしてやれ。こいつも悪いと思ったから、大人しく沈まれてやったんだろ」


「そうそう」



 隣でしゃがんでいる彼を、エーレは冷めた目で見下ろしながら、読んでいた本を閉じた。



「それに、こいつに中途半端な仕置きしたって効果ねぇよ。本当に溺れるくらい、沈めないとな」


「そうか、私が甘かったか」



 その提案に、納得したようなリーベが静かに前に出た。



「ちょ、こないで?」



 即座に立ちあがって、後ずさりをした彼は、リーベが詰め寄るより早く、逃げ始めた。



 リーベから殺気はもう感じない。でも海に引きずり込まれたことは、根に持っているのだろう、シュトルツを追っていく背を見ながら、ルシウスは椅子に腰を下ろした。


 途端、疲れがドッとやってきて、背もたれに体を投げ出す。



「というか、エーレ」



 その段になって、椅子から一歩たりとも動いていない男のことを思った。



「僕が溺れた後、笑ってませんでした?」



 遠目だったから確信ではない。肩を竦めたようにも見えたし、笑ったようにも見えた。



「あ?」



 本を腹に置いたまま、寝る態勢に入っていた彼が、片目だけ開いてこちらを見る。



「悪いか?」


「酷い……」



 作戦だったにしても、あの時は本当に溺れたというのに。薄情とは、まさにこのことだ。


 小さな衝撃を受けた時、「馬鹿言え」と、彼が鼻で笑った。



「シュトルツが近くにいるのもわかっていたし、リーベが向かっただろ。それに――」



 こちらを一瞥した彼は、嘲笑のような笑いを飛ばすと、寝返りを打って、あちらを向く。



「お前らの考える子供だましに、引っかかってやるわけがねぇだろ」



 海際からリーベの声がした。彼もわかっていながら、万が一に備えて来てくれたんだろうか?


 ルシウスは黒の背を見つめる。どうにかして、この男を海に沈める方法はないか?

 懲りずに、そんな考えが過った。









 頂点にあった陽が、僅かに傾いた頃、村人が食料を持ってきてくれた。


 いくつかの籠には、丁寧に切り分けられた野菜やきのこ、今しがた卸したばかりだという、鶏肉と魚まである。


 彼らはほとんど会話らしい会話をせず、それだけ置いて逃げるように立ち去っていった。



 その背に、感謝を告げて見送ったルシウスは、首を傾げる。


 ぽつんと、海際にある山小屋のような建物の前には、一メートルほどの間隔を空けて、石を積み上げたものがあった。


 シュトルツが納屋から持ってきた鉄の網を乗せ、その下に薪を重ねると、慣れた手際で火を起こした。



「鉄串があれば、見栄えが良いんだけどねぇ」



 誰ともなく言った彼は、野菜と肉を網に乗せて、籠に差してあった鉄ばさみをリーベへと渡すと、小屋へと消えていく。



「エーレ、食べないんですかね?」



 こっちを見向きもせず、エーレは先ほどの椅子で、昼寝をしていた。



「あとでシュトルツが持っていくだろう。せっかくだから美味しくいただこう」


「そうですね」



 すぐに皿とフォークを持って戻ってきたシュトルツも加わった。


 最初に丁寧に焼いたものを、せっせとエーレへと運んでいく彼の背を見送った時、リーベがそっと耳打ちしてくる。



「今の内に焼いて皿に乗せておいた方がいい」


「たしかに」



 ルシウスは目だけで、彼と同じ方向を見て、すぐに食べたい分だけ網に乗せることにした。


 思ったよりエーレと話してくれていたシュトルツのおかげで、彼が返ってくる頃には、ルシウスの皿の上は山盛りになっていた。


 それでも三人が食べるには十分すぎる量の食材を、シュトルツはあろうことか、籠をひっくり返す勢いで網に乗せ始めた。



「ちょ、シュトルツ! 待って、待ってください!」



 咄嗟にその腕を掴んで、制止を促す。



「いくらなんでも乗せすぎですよ!」


「え、なんで? 焼けるまで時間かかるし、こっちの方が効率的じゃん」



 きょとんとして、こちらを見てきた彼は、制止も聞かずに次の籠の中身も、どさりと網の上に乗せた。


「さっき、エーレにはあんなに丁寧に焼いて――」


「あれはエーレさんのだから、それとこれとは別だよ」



 ルシウスを優先してくれたリーベの皿には、ほとんど乗っていない。


 最後の籠もぶちまけてしまったシュトルツは、魔法で火加減を調節して、ものすごいスピードで食材を裏返し始めた。


 落ちてもおかしくない量だったが、彼の素晴らしい手さばきで、美味しそうな焼き色をつけている。


 こうなることを予想していたように、リーベはその中から欲しいものだけ取ると、ゆっくり食べ始めていた。



 鉄ばさみを右手で駆使しながら、焼けたものを左手のフォークで、次から次へと口に詰め込んでいくシュトルツ。

 呆気に取られて、その様子を眺めてしまっていたルシウスは、ハッと我に返って、ようやく肉を口に運んだ。








 楽しい時間というものは、あっという間だ。


 海へと沈んでいく夕陽を惜しい気持ちで眺めていたルシウスは、いつの間にか眠ってしまっていた後のことを思い出した。


 小屋の前のベンチで起きたら、誰もいなかった。どうしようと迷ったのも一瞬で、ルシウスは砂浜に落ちている色んな貝や、綺麗なガラス片を集めることにした。


 それも飽きると、砂を海水で固めて、動物や城を作った。


 そうしているうちに、いつしか仲間は戻ってきていた。



「ひとり遊びしながら、お留守番してたの? 偉かったねぇ」



 そう揶揄してきたシュトルツの後ろには、巨大な猪が横たわっている。


 鶏肉だけじゃ足りなかった彼の、夕食の犠牲になったことを後で知った。


 それから夕食までの時間、その血抜きや処理をシュトルツから教えてもらっていると、あっという間に陽が落ちていった。





 昼とは、また別の村人が食材を持ってやってきた。やはり挙動はぎこちない。


 ルシウスは首を傾げる。まるで祟り神に供物を捧げにきた、みたいな雰囲気だった。



「昼も思いましたけど、怖がられてません?」


「ん? そうだねぇ」



 食べ物から目を離さないシュトルツが、興味なさげに答える。



「あの子が、何か言ったとかですかね……」



 この休日のきっかけは、偶然、山賊から少女を助けたことだった。それが近くの村の村長の孫娘だったということで、この一帯を好きに使って休んでいってほしいと言われたのだ。



「ああ、おこちゃまは知らないか」



 彼曰く、あの村は超閉鎖的だという。どこの誰ともわからない人間を、村に入れたくない。

 けれど村の体裁的に、礼をしないわけにはいかない。謝礼として金を渡すくらいなら、その折衷案として、村の外で歓迎する振りをして、誠意だけ見せておこう。


 そんなところなんじゃないか、と説明をした彼は、すでに焼く準備を整えていた。



 意気揚々と猪の肉から焼いていく彼を見て、ルシウスは複雑な気持ちになっていた。聞かなければよかった。



「事情はともあれ、楽しかったのならいいんじゃないか?」



 肉を乗せた皿を、リーベが渡してくれた。シュトルツの魔の手から救出された猪の肉は、癖は少なく、あっさりしている中に、少し甘味があった。



「そうですね」



 ルシウスはひとつ頷いて、初めて食べる猪肉を味わうことにした。









 楽しいはずの食事は、やがてシュトルツとルシウスの肉争奪戦になっていた。


 事の発端は、ルシウスが自分のために大事に焼いていた肉を、シュトルツが奪ったことだった。



「僕が大事に育ててたのに!」


「育てるも何も、もう死んでるじゃん」


「そういうことじゃないですよ!」



 自分の好みの具合に焼いた肉を、さぁ食べようとした瞬間、ひょいとシュトルツが横取りしていったのだ。

 それはエーレの皿に置かれ、エーレは特に気にした様子もなく食べていた。


 シュトルツと違って、一口一口味わっていたルシウスは怒り心頭で、網の端を指差す。



「この! 縦横十五センチは、僕の領域です!」



 そんな主張をシュトルツが聞き入れるわけもなく、次から次へと肉を横取りしていく。


 いくら焼いても無駄なことを知ったルシウスは、リーベを見た。彼は呆れた様子で、シュトルツの皿を奪うと、それをそのまま渡してくれた。



「シュトルツ、大人気ない真似はやめてやれ」


「エーレさんのためじゃん? てか、それ俺のだから返して?」



 呆気らかんと言った彼に、ルシウスは皿を奪われないよう、小屋のベンチへと向かうことにした。



「ったく、元気だな、お前ら」



 そこには、いつもよりも機嫌よさげに、肉を口に運ぶエーレがいた。

 彼の手には、綺麗に焼けた猪の肉が、数枚並んである。



 僕の肉だったのに……



 それでエーレに文句をいうわけにはいかないし。そもそもこの肉だって、シュトルツが狩ってきたのだ。


 不満を飲みこんで彼の隣に座った時、「ん」と目の前に皿が差し出された。



「お前が大事に()()()んだろ?」



 おかしそうに笑う口調に、ルシウスはムッとする。



「いいですよ」 「いいから食え。もう食い飽きたんだよ」



 受け取らないでいると、彼は皿の上に肉を乗せてきた。



「初めて聞く言い回しだなと思っただけだ」


「僕だって、初めて言いましたもん」



 エーレの返答はなく、やっと落ち着いてルシウスは食事をすることが出来た。


 前では、先ほどのルシウスの仕返しと言わんばかりに、リーベがシュトルツの肉を横取りして食べている。


 昼も夜も、こうして二人が楽しそうに騒いでいる様子は、珍しかった。


 食べ終えたルシウスの頬を、夜風が撫でていく。少しひんやりしていたが、それもまた心地よかった。



「良い一日でしたね」



 誰ともなく言うと、隣から「そうかよ」とだけ返ってきた。


 空にはもう星が見え始めている。

 夏の星座もはっきりと見て取れる。


 しばらくそれを眺めていたルシウスは、ひとつのことに思い至って、勢いよく立ち上がった。











 砂浜に四人並んで座っていた。その上空に、美しい炎の花が咲き誇る。



「僕! 花火が見たいです!」



 そう言ったルシウスの我が儘だった。


 最初は、シュトルツが炎と光の混合魔法で、夜空に色取りどりの花を咲かせてくれた。

 とても幻想的で美しいものだったが、ルシウスの知っている花火とは、少し違っていた。



「俺は土魔法が苦手だからねぇ」 空に散る花火もどきを見て、首を傾げたシュトルツ。


「私は炎が得意ではないからな」 その隣でリーベも首を振った。



 二人は、左端で寝転がって空を眺めていたエーレを見た。



「俺は両方得意じゃねぇよ」



 彼は嫌そうに顔を背けた後、渋々と言った感じで立ち上がると、ため息をひとつ。右手をひょいと空へと払う。


 途端、その指先から出てきたような線が、空へと上り、どぉんと派手な音を立てて、赤い花を咲かせた。


 それは、ルシウスが一度だけ見たことのある花火と、そっくりだった。


 一瞬で終わってしまった名残惜しさに、思わずエーレを凝視すると、彼は半眼になってこちらを見てくる。



「花火職人エーレさん、お願いしまーす」



 シュトルツが口に手を添えて、囃し立てるように言った。



「てめぇ、後で覚えてろよ」



 ぼやきながらも応えてくれたエーレが、いくつもの魔法を空へと飛ばす。


 濃紺の空は、鮮やかに彩られ、海面で光が反射した。



「綺麗ですね」



 最後の最後に見られた美しさに、ルシウスが感動の吐息を吐きだす。


 ひょんなことから始まった、この休日の締めくくりとして最高だった。

 村人の事情はともかく、この海辺を一日借りられたおかげだ。



「楽しく過ごせたようで、何よりだ」



 隣のリーベが口元を和らげた。



「たまにはこういうのもいいよね。俺も楽しかったし」



 逆隣のシュトルツが、砂浜に寝転がりながら、言葉通り楽しそうな声で言う。



「おい、お前ら」



 その時、前で花火をあげ続けてくれていたエーレが、不意に振り返った。



「よく見とけ、これで最後だ」



 彼が、空を仰いだ。そっと持ち上げられた右手から、今までよりも大きな生命力が上っていく。


 夜空に、今日一番の巨大な花火が広がった。


 それに合わせたシュトルツの口笛が飛ぶ。リーベは失笑のような息を漏らす。


 ルシウスは、その一瞬を瞳に閉じこめ、散っていく炎が消え去るまで見た後、おもむろに立ち上がった。



「ありがとうございました。最高の休日でした」


「よかったな」と、エーレが素っ気なく答え、シュトルツが「楽しかったねぇ」と軽快に笑う。リーベは満足そうに頷いた。



 ルシウスは彼らに笑顔を返して、今一度、星の瞬く空を眺めた。




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