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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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小話「帰りたい夜に」

 


「最近、お子ちゃま疲れてない? うっすら隈が出来てるよ」



 レギオン支部。ルシウスの部屋へとやってきた二人が、居座り出して半刻。

 人の部屋のベッドを占領しているシュトルツが、そんな言葉を投げてきた。



「私も思っていた」



 窓の外を見ていたリーベも、視線をこちらにくれた。


 先ほどまで、取るに足らない話をぽつりぽつりと交わしていたのに、思い出したようなそんな話題に、ルシウスはぎくりとする。


 気取られないよう、上手に隠していたはずだった。

 どうやらそんな子供だましは、彼らには通用しないらしい。


 そっと、二人を目だけで順に見た。悪いことをしたわけではない。けど、この心境を知られるのは、なんとなく気が進まない。でも……



「それが……」 自然と言葉が、口からついで出る。



 誰かに相談したいとも思っていた。



「最近、上手く眠れなくて……」


「何かあったのか?」



 言葉を待っていたように、リーベはすぐ尋ねてきた。



「何かがあったわけじゃないですけど、なんというかこう……」



 こちらに向き直ってきた彼を見て、ルシウスはやはり、と思い直したように首を振る。



「いや、なんでもないです! またお子様扱いされたくないし」


「え、なになに。しないから言ってみなよ」



 体を起こしたシュトルツが、興味津々の様子で聞いてきた。


 目が合って数秒。改めて聞かれると更に言いづらくなって、口の中で言葉を彷徨わせた。

 その視線に負け、先に嘆息を逃がす。



「それが……最近夜になると、その……寂しいみたいな感じで、眠れなくて……」



 恥ずかしさに語尾が萎む。もう十六になるというのに、寂しいだなんて。



 しかし、「あー!」と声をあげたシュトルツが、意を得たように頷いた。



「わかるよ、わかる」


「え?」


「あるよねー、なんか無性に寂しい時って。寂しくて、綺麗なお姉さんと一緒に寝たい夜もあるよねぇ。人肌恋しい季節だし?」



 ほら、柔らかい肌に包まれてさ。と意気揚々と話し出した彼に、「そういうのじゃありませんよ!」と、ルシウスは即座に首を振って否定した。



「この馬鹿に言っても無駄だ」



 冷ややかな視線をシュトルツに送ったリーベも首を振っていた。



「そういうリーベは、なさそうですけど」



 彼に寂しいなんて感情似合わない。なんとなくそう思った。



「いや」



 反駁の意思を示した彼は、一歩踏み出すと半身を逸らし、先ほどのように夜空を見た。

 窓に映った彼の口元には、どこか嘲るような笑みが浮かべられている。



「私にも、稀にある」


「え? 本当ですか?」



 意外な言葉に思わず、疑いのような声が出た。リーベは瞳を伏せて続けた。



「眠れないほどではないが、世界に取り残されたような感覚に陥ることが。稀に、だが」


「へー」 のそりと這い出てきて、ベッドのふちに座ったシュトルツは、面白いものでも見るように彼を見た。


「リーベにもそんな感情、あるんだねぇ」


「お前は私をなんだと思っているんだ」


「え? ほら。ひとり大好きじゃん。まぁ、それは俺もだけど」



 不本意そうな視線と、悪戯げな視線が数瞬交わった先で、リーベが嫌そうに嘆息を漏らす。



「これは、そういうものとは違うだろう」


「そうだねぇ。一括りにはできないよねぇ。色んな寂しいがあるし?」



 言いながらシュトルツの瞳は、こちらを捉えてくる。



「で、お子ちゃまの‘’寂しい‘’は?」



 僕の寂しいは……


 リーベの言葉のおかげで、恥ずかしさを退けられたルシウスは考えた。


 あの感覚は……どうも説明が難しい。



「僕は……()()()()って思うんです」



 そう。いつも意識の外で、ふと口からこぼれ出る言葉は、それだった。



「いや、城に帰りたいとか、レギオンに戻りたいとかではなくて……むしろ、この部屋にいるときだって思うし」



 今一番安全であるレギオンの部屋や、彼らの隣にいる時だって、その感覚は浮上してくる。


 帰りたい、と思うたびに、どこへ? と問う自分もいた。

 わからない。ここではないどこかへ。でもそんなもの、たぶん現実には存在しない。



「僕にも、よくわからないんです。どこに帰りたいのか、この寂しいが何なのか」



 最後に紡いだ言葉の先では、二人が視線を交差させていた。


 シュトルツは軽やかな動きで立ち上がると、「それはねぇ」と、おもむろに前へやってくると、



「ここにあるやつだね」



 人差し指が胸に当てられた。長くて、節のはっきりしたそれを見て考えた。



「……僕の中に、ってことですか?」



 投げた言葉を追って、彼を見上げてみる。交わった視線の下の口は開かれることはなく、彼は僅かに首を傾げただけだった。


 風が窓を叩いた。

 宙に浮いた問いの行方を捜して、窓側を見るとリーベを目が合った。彼は逡巡するような間を置いて言う。



「寂しい、孤独――なんでも構わないが、その起因となるものは、他のものである場合が大半だ」



 彼は一度外した視線と共に、こちらへ渡してきた。



「貴方の場合は、おそらく――」


「自分の心を知っていけば、自然とわかると思うよ。君が何を求めてて、どこに帰りたいのか」



 リーベの静かな声に、はっきりとしたシュトルツの言葉が重なった。


 咄嗟に二人を順に見る。リーベはシュトルツに譲るように口を閉じ、それが再び開かれる様子はない。それにルシウスは、眉を寄せた。



「自分を知るって簡単に言いますけど、それが出来たら苦労しな――」



 その時、ルシウスの不満を一蹴するように、蹴破られんばかりの音を立てて、扉が開いた。


 そこには自分よりも数倍、不機嫌そうなエーレの姿があった。



「何やってんだ、お前ら」


「あ、エーレさん。いいところに」



 ぱっと表情を明るくしたシュトルツが、くるりと身を翻させて扉へ向かっていく。ルシウスは文句をぐっと堪えた。

 思わずエーレを睨んでいた視界の端で、シュトルツが愉快げに振り向いては、片手を軽くあげる。



「そういうのは、エーレさんの専売特許だから! じゃ、後は任せた!」


「あ、シュトルツ! 逃げないでくださいよ!」



 そんな言葉も空しく、ひとり早々に退出していった彼に、怪訝そうに眉を寄せたエーレへと、リーベが言った。



「自分を知るためにどうすればいいのか、という話だ」


「はぁ?」



 彼は一度、扉の先へ消えていったシュトルツを探しながらも、こちらへ視線を戻す。その口から嘆息を吐き出された。



「んなもん、内省でも自己対話でもしときゃいいだろ」



 くだらない、と言わんばかりに声をあげた彼の並べた言葉を、ルシウスは即座に頭の中で反芻する。


 ナイセイと自己対話。

 両方聞き慣れないし、その二つの何が違うのかもわからない。


 詳しい意味を追って、エーレをじっと見ていると、彼は心底嫌そうな表情で続けtあ。



「一から教える気はねぇよ。お前には必要ねぇだろ」


「必要ですよ!」



 自分を知れと言ったのは、彼の癖に。



「必要ねぇよ。それでも知りたいなら、誰かに聞くか調べでもしとけ」


「調べるって……どこで」


「知らねぇよ」



 本屋に辞書なんてあっただろうか? 王立図書館は誰でも入れるわけではないし。

 咄嗟にリーベを見たが、どうやら教えてくれなさそうだ。


 シュトルツ? 絶対にはぐらかされる。他には……


 思わずため息をこぼした時、エーレが踵を返した。



「つーか、あの馬鹿どこにいきやがった。あいつに用があってきたってのに……」



 扉に手をかけた彼は、「おい、ルシウス」と棘のある声で、こちらを一度振り向いて言った。



「お前体調よくねぇだろ。余計なこと考えてねぇで、さっさと寝ろ」



 責めてくるような鋭い視線に、ルシウスはさっと身を引いた。


 そのまま扉を潜った彼だったが、ふと何かを思い出したように、足を止めると再び首だけ振り返って、こちらを見る。視線は合わなかった。



「そういうのもいいが、お前は先に、思考の閉じる方法から練習しろ」



 扉が閉まり、部屋には彼の置いていった謎と、静寂だけが残った。


 思考を閉じる。言いたいことはわかる。

 でも全部が全部、やり方がわからないから聞いているというのに……


 何度目かわからないため息が、重く沈む。



「まぁ」 その静寂を縫うように、リーベが進み出てきた。


「貴方はもう十分に出来ることをやっていると、私は思うが」



 彼は、今しがたエーレが消えた扉を見ていた。



「でも、なんかこう……」



 それに頷くことは出来ないでいると、肩に温もりが落ちてきた。



「前にも言ったが、貴方の速度を大切にしていい」



 変わらない表情の奥には、いつもの優しい気遣いが滲んでいた。



「後進を見守り導くのが、先進である私たちの務めでもある」



 どこまでも得られない答えの先で、ふとルシウスの体を何かが包んだ。


 途端、隠れていたものが顔を出すように、欠伸が漏れ出た。



「あれ、なんか話したら眠くなってきました」


「良いことだ」 リーベは小さく微笑むと、扉の方へ向かっていき、ふと思い出したように振り返った。


「どうしても眠れない時は、教えてくれれば断絶で――」



 最後に現実的な提案をしてきた彼に、ルシウスは全身で拒絶を表す。



「いや! それは遠慮しておきます!」



 今まで何度もやられたあの感覚。いきなり意識を絶たれるあれは、何度繰り返しても好きになれなかった。



「そうか。なら仕方ない」



 部屋に溶けた失笑に、扉が開かれる。



「ルシウス、良い夢を」



 あってもなくても変わらない。それでも当然のように、自分の安息を願う言葉を置いて、彼は退出していった。








 § § §







「エーレさんは、寂しいとか思うの?」


「そんな話、してたみたいだな」



 先に自分の部屋で待っていたシュトルツへ、エーレは興味なさげに答えた。

 寂しい……寂しい、か。彼は口の中で笑う。



「そんなもん、誰にだってあるだろ」


「そうだよねぇ。悩むほどのことでもないよねぇ」



 椅子に深く背を預け、天井を仰いだシュトルツ。それを見ながら、エーレは嘲笑にも似た笑いを落とす。



「別に悩めばいいだろ。その都度、悩めばいい。

 どうせ人間、どこまで行っても、感情からは逃げられねぇからな」



 天井を見つめたままだった視線だけが、こちら見据えた。口元が嬉しそうに引き上げられていく。



「それ、お子ちゃまに言ってあげたらよかったのに」


「言ってどうすんだよ。ただでさえ、ごちゃごちゃ考えてるだろ、あいつ」



 椅子が軋む音がした。勢いよく前傾になったシュトルツは、「うーん」と唸ると、



「ほら、それがあの子の道しるべになるかもだし。許可になるかも」



 エーレは眉を寄せて、数瞬視線を送った。シュトルツの頭を叩こうと立ち上がったものの、それも面倒になって、ため息で小さな苛立ちを逃がした。



「俺は、あいつに答えも許可も渡すつもりはねぇよ。あいつが自分で見つけるもんだろうが」



 途端シュトルツが、何故か楽しそうな笑い声をあげ始める。



「じゃ、俺のあれは、大正解の百点満点ってことかなぁ~」


「は?」


「なんでもなーい」



 やたら楽しそうな男を見るのに飽きて、窓の外へ視線を投げる。雪が降っていた。



「寂しい、か……」



 ぼそりと呟いた声を、シュトルツは拾わない。


 濁り掠れた余韻と、宵闇に映える白だけが、部屋に残った。





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