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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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混線する下絵

 



「古文書については一旦、保留にする。俺たちがどうこう出来る内容じゃなかったからな」



 部屋へ戻ったルシウスたちを見て、開口一番、エーレがそう言った。


 この短時間に、彼は本の古代言語の部分を読み終え、更にリーベと古文書について話し合ったらしい。


 内容を聞いてみると、半分は解読不明、半分は論文に近い難解な記述だったそうだ。

 これを持って実際に何かが出来るわけではない。しかし使い道はあると、エーレは企み深い表情をしてみせた。



「あのクソ女か、ゼファに貸しを作るにはうってつけだ。よくやった」


「ものすごく悪い顔してますけど……」



 たった一刻の間に、見事な手のひら返しを決めた彼を見て、ルシウスは悪いことをしたような気持ちになった。


 偶然とは言え、自分が手に入れてきたものだ。それでリクサか、ゼファへ脅しをかけている彼の姿が、易々と想像できる。

 利害の一致。同時にそんな言葉も浮かび上がって、ため息がこぼれ出た。



「まぁ、いっか」


「ああ、あと」 エーレが手に持つ古文書を、シュトルツへ預けてこちらを見た。


「明後日、ヘルメス一刻半(二十一時)になった」



 何が、咄嗟に言いかけたルシウスは口を噤んだ。



「もう連絡が来たんですね」



 公園にいた時間が長く感じて、一瞬忘れていた。



「テオドールは決断さえしたら、行動に移すのが早いやつだからねぇ」



 いつの間にかすぐ隣で、シュトルツは古文書をパラパラと捲っていた。ふと視線をやると、中身は白紙。隠蔽がかかっていた。

 その魔法をかけた張本人は、机に腰を預け、腕を組みながら難しい顔をしている。



「結局、ヴァルハイド邸で会うんですよね?」


「そうなるな」



 不満そうな彼の返答に、ルシウスは不安を感じた。


 どこまで中和の効果が出たのかは、会って話しを聞いてみないとわからないが、テオドールが密談を設けたということは……うまくいったってことでいいのかな?



 テオドールは現在、混乱の中にいることだろう。

 ヴァルハイド卿に中継ぎを頼めと言ったのはエーレなのだから、密談場所がそこでも不思議ではない。ただ……



「場所がどこであるにせよ」 ベッドのふちに腰かけていたリーベも、エーレ同様に難しい顔をしていた。


「卿が余計な詮索さえしてこなければ、問題ないだろう」



 その言葉に、ルシウスは頷く。

 エリオットに彼らの正体が明らかになるような事態だけは、避けた方がいいだろう。



「ま、大丈夫じゃない? 上手く転んだら、ヴァルハイド卿辺りも協力を仰ぐことになるだろうし? その時はまぁ、どうにか?」



 嘘に本当をこう組み合わせて、どうにかね?

 エーレさんやリーベの得意分野でしょ?


 そう笑って見せたシュトルツの隣で、「ああ」と、ルシウスは腑に落ちる感覚を覚えた。



「やっぱり、そういう感じなんですね」



 最近やたらと貴族に関わり、調べているとは思っていたが。どうやら彼らの中では、絵は描かれているのだろう。


 まずテオドールを介して、支配魔法の媒体を特定。そこから秘密裏にそれらを除去するためには、他の貴族の協力は欠かせない。

 付け加えたシュトルツに、補足したのはリーベだった。



「グライフェンは王家と軍事、どちらの方面に深く携わる家門だ。それが国防を受け持つ改革容認派と手を繋いでくれれば、今までよりも順調に事は進められるだろう」



 つまり。ルシウスはその言葉をなぞる。


 テオドールとエリオットの家門が受け持つ範囲は、似ていて少し種類が異なる。

 それらが仲良くこちらに協力さえしてくれれば、王国に蔓延る支配を取り除くのに助かる、ということか。


 なんとなく概要を理解したとき、苦笑と共に机が軋む音がした。



「テオドールはさておき、エリオットが社交にでも目覚めて、味方を増やしてくれれば、願ったり叶ったりなんだがな」



 おもむろに扉へ向かっていくエーレの言葉に、引っかかりを覚えたルシウスは、じとりとその背を見据えた。

 ……どれが本音なのかわからない。



 ――俺らに割く時間があるなら、社交のひとつでも身に着けて、ひとりでも多く味方をつけておくんだな――



 数刻前の、善意を借りた彼の言葉が想起された。

 その背を目で追っていた時、扉へ手をかけた彼が、こちら以上の睨みをきかして振り返る。



「睨む暇があるなら、万が一に備えて準備しとけ。前回足りなかった分の中和もやるからな」



 扉が閉められる瞬間まで、そちらを見据えていたルシウスの視界で、すぐに明後日のことが浮かぶ。


 ――万が一、か。



「俺らも、飯食いに行こっか」



 軽く肩を叩いてきたシュトルツが、扉へと向かっていく。



「そうですね」



 口から自然と出た言葉は、掠れて沈んでしまった。



「ルシウス」



 再び肩に温もりが落ちてきたのを知って、隣を見るとリーベが前を見ていた。

 そこには、扉を開けて待っているシュトルツの姿があった。



「今日は疲れただろう。食事を済ませたら、ゆっくり休んだ方がいい」



 労りの声に、今日一日のことが過る。

 たしかに、色々と考えることが多かったかもしれない。



「そうですね」



 二度軽く頷きながら出た声には、自覚できていなかった疲弊が滲んでいた。


 リーベの言う通り、一旦疲労を回復させることに専念しよう。


 自分に言い聞かせて頷いたところに、深い茶色の靴が見えた。途端、それはテオドールの瞳を重なった。

 ルシウスは意図せず再び回り始めた思考に、足を止めかける。



「誰が一番たくさん食べられるか、勝負でもしない?」


「そうですね」 



 軽やかな提案に、ルシウスは意識の外で答えた。一拍後に頭に滑り込んできた言葉に、ハッと顔をあげた。



「――いや、しませんよ!」


「それは残念」



 思考に制御を奪われていた体は、いつしかシュトルツの隣まできていた。

 ニヤリと口元を引き上げた彼が、軽く頭に手を乗せてくると、首を傾げた。



「疲れてるときは、好きなものを好きなだけ食べて寝るに限るよ。明日になったら余計なことは、ぜーんぶ忘れてるから」



 ルシウスは、釈然としない気持ちで眉を寄せた。


 そんな器用なことが出来たら、苦労はしていない。

 反駁しようと口を開くよりも早く、背をそっと押された。リーベだった。



「ルシウス、計画的に未来を描くことは必要だが、無暗な想像は判断力を低下させるだけだ。

 食事に集中して、切り替えることにしよう」


「そうそうー。今俺たちに出来ることは、いかに食事を美味しくいただくということだからね」



 森羅万象、生きとし生けるものに、感謝して食べないと。


 すぐ後ろで扉が閉められる音と、そんなシュトルツの声に、ルシウスは呆れて首を振る。



「絶対に感謝しながら食べたりしてないでしょ、シュトルツは」


「そもそも、森羅万象ってなんだっけ? 使い方あってる?」



 軽快な笑いが、広くない廊下に響く。



「たまには、辞書でも繰ってみることだな」



 シュトルツよりも早く隣に並んできたリーベの嘲笑に、ルシウスは彼に耳打ちをした。



「合ってますよね?」


「間違っていることにしておこう。そうすれば、少しは頭を使うようになるかもしれない」



 二人の失笑の中、森羅万象を繰り返し、唸るシュトルツの声。


 ルシウスは一階にいるだろうエーレと、今から集中すべき食事を思い浮かべる。

 頭の中に激しく混戦していた雑音は、少しだけ遠のいていた。



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