番外編「兄弟と仲間のあいだ」(三度目回帰/ルシウス)
※三度目のルシウスの、とある日のことです。
こんな時に限って、大部屋しか空いてない。最悪だ。
とある街でのことだった。
何があったのかは知らない。
僕とシュトルツは留守番をしていた。戻ってきた二人は、すでに険悪になっていた。
珍しくリーベが不機嫌で、それは彼にしては最大に怒りを露わにしてると言ってもいい。
普段は、冷静で感情の起伏を表に出さない彼。
そんな彼に対して、逆にエーレが気を遣っている様子に、僕は二人が入れ替わったんじゃないかと疑ってしまうくらいだった。
なんだか既視感があるなぁ。
たしか前にも一度、シュトルツがリーベを怒らせたときも、こうだった気がする。
あの時は、知らないうちにいつものように戻っていたけど。
二人を見たシュトルツは「あーあ」と、声を漏らした。
僕はシュトルツに「どうしたんですか、これ」と耳打ちする。
「まぁ、エーレさんがリーベの地雷を踏んだんだろうねぇ」
と言いながら、彼は二人から徐々に距離を取って部屋の隅に移動した。
二人のことを僕より知っている彼がそうするのだから、きっとそれが正解なのかもしれない。
自然と僕もそれに倣った。
「失言だったって、俺が悪かったって言ってるだろ」
エーレの声は普段の語調ではなく、彼にしてはかなり控えめで宥めるようなものだった。
それに対してリーベは、一言も返すどころか目すら合わせない。
まるでエーレの言葉が聞こえていなかったかのように、完全に無視をしていた。
「こうなったリーベは長いんだよなぁ。まっ、俺に害はないからどうでもいいけど」
シュトルツは完全に他人事を決め込んでいる。
「なんか前にもこういうことありませんでした?」
「そうだっけ? まぁ、特に問題ないから大丈夫だよ」
シュトルツのその言葉通り、特に問題や支障はなかった。
ただリーベが個人的な件に関して、完全にエーレをいないものとして扱っていること以外は。
最初こそ我慢していたらしいエーレだったが、ところどころ目的の段取りに関する話もあったらしい。
「ああ、話していたのか。気が付かなかった」
その度にそう言って、リーベは素っ気ない態度で応じていた。
徐々にエーレは苛立ちをシュトルツにぶつけていき、そうしているうちにシュトルツを含む三人が険悪になった。
そうして今、僕はその三人と同じ部屋にいる。
僕より何倍も生きている人たちとは思えない。
険悪を保っているくせに、どうして全員部屋に揃っているのか……
全身を針に刺されているようなピリピリとした空気が漂っていて、こんなところにいたら僕まで精神をやられてしまう。
「おい、どこにいくんだ」
部屋を出ようとした時、エーレが刺々しい口調が飛んできた。
「どこでもいいでしょう!? 貴方たちは気が済むまでそうしていてください!」
思わずそう吐き捨てて、扉を閉めた。
全く、子供の喧嘩を見ているみたいだ。
威勢よく出てきたけど、特に行きたいところもないし、行っても楽しめそうにもない。
宿の一階で食堂で、ひとり飲み物でも飲んで時間を潰すことにした僕の前に、しばらくするとリーベがやってきた。
リーベはエーレに対して無視を続けているだけで、僕にはこれまでと変わりなく接している。
しかし、そもそもで言えば、この男が元凶だと言ってもいい。
僕は前のリーベに目を合わせることを避けて、橙の液体をジッと見つめていた。
「不快な思いをさせてすまない」
どうやら本人もわかっていたようだ。
「そう思うなら早く仲直りしてください。子供じゃあるまいし……」
しかし、彼は沈黙した。
僕はため息をついて、目の前の男を観察する。
彼はこちらのコップを見て、何やら考え込んでいるようだった。
「何があったのかは知らないし、貴方たちが今も昔も複雑な関係なのはわかりますけど、大人なんだから話し合いも出来るでしょう?」
「アイリスのことなんだ」
アイリス。
エーレの妹でリーベの婚約者。
嫌な予感がして、正直それ以上聞きたくなかった。
二人の利害の一致がアイリスの救出であることはすでに聞いていたし、リーベにとってそれは何よりも最優先されることなのも知っていた。
共に幽閉されていたアイリスに逃がされた、彼には悔いても悔いきれない後悔がある。
だからこそ今、ここにいる。
なんとなく、エーレが何を口走ったのか想像出来てしまった。
彼はそう言うつもりではなかったのかもしれないが、リーベが責められたと受け取るような発言でもしたのかもしれない。
僕が何もいえずにいると、いつの間にかシュトルツがやってきた。
あの部屋にエーレと二人でいるのは気まずかったのだろう。
シュトルツは隣の席の椅子を引きずってきて、僕とリーベの横側に腰を下ろした。
「そろそろおさめてくれない? 俺もエーレさんとずっとこれじゃ、ちょっときついんだよね」
そう言ってシュトルツはどこに隠し持っていたのか、煙草を取り出した。
やめていた煙草を取り出すくらいなのだから、余程ストレスが溜まっているのだろう。
しかし彼は火をつける前に考え直したのか、それを懐に戻した。
「シュトルツにも迷惑をかけたな」
その間もリーベは、こちらのコップから目を離さない。
「別に謝ってほしいわけじゃないよ。リーベがそんだけ怒るんだからエーレが悪いんでしょ。そんくらいわかってる。
でもまぁ、エーレも懲りてるだろうから、これくらいで許してあげて」
シュトルツはそう言って宿の人を呼び、自分とリーベの飲み物を注文した。
飲み物が届くまで、僕たちは無言だった。
そしてリーベは、届いた飲み物を一度に飲み干すと席を立った。
「先に部屋に戻る」
その背中を見送り、シュトルツは安心したように、息を吐き出しながら伸びをした。
「やっと解放されるねぇ」
「いや、それ僕の台詞ですよ。途中からシュトルツも機嫌悪くなるし。
兄弟喧嘩に僕を巻き込まないでください」
「お、上手いこというねぇ。兄弟喧嘩か。
たしかに、俺らそこらの家族よりも長いこと一緒にいるし?」
たしかに。そう言われると、それだけ長く一緒にいれば、喧嘩をすることも仕方ないのかもしれない。
僕には一緒に暮らす兄弟も母もいなかったし、陛下――父上とは……
だから、あまり共感できない話ではあったけど。
「アイリスのことで、二人はたまにああなるんだよね。
目的は一緒のくせして、どうしてなのかなぁ」
譲れない何よりも優先される目的。
だからこそ、少しのことで衝突してしまうのかもしれない。
「少しだけ、羨ましい気もしますけどね」
同じ志を持って、譲れないもののために衝突しながらも、きっと絆のようなものは深まっていくんじゃないだろうか?
そういう意味では、僕と彼らもそうなのかもしれないけれど、僕はこんな信頼の上での喧嘩なんて出来そうにない。
きっと、離れていかないとわかってるからこそ、子供みたいな喧嘩ができるのだ。
「まぁ、外から見たらいいものに見える時もあるかもね」
さて、とシュトルツが立ち上がる。
「そろそろ俺たちも戻ってみますか」
僕もそれに倣った。
部屋に戻ると、空気は一変していた。
あれだけ緊張感と気まずさが漂っていた部屋が、和やかな雰囲気になっている。
極端だなぁ、と僕は呆気に取られた。
ここ一週間近く話せなかった分、二人は珍しく仲良く話が盛り上がっているらしい。
「なんかもう、兄弟喧嘩通り越して、ただの茶番ですよね……」
体から一気に力が抜けていく気がした。
「エーレさん機嫌直った?」
シュトルツが明るく声をかけると、エーレは呆気らかんとした口調で、「元から機嫌なんて悪くねぇけどな」と言いながらも、少しだけ目を逸らした。
「俺たちのこと兄弟みたいだってさ、ルシウスが」
「はあ? お前と兄弟なんてまっぴらごめんだ」
「エーレさん酷くない? でもルシウスも、兄弟みたいなもんだよね」
俺たちにとっては。シュトルツが振り向いてそう言う。
そういえば二度目までの僕も、彼らと時間を共にしていたのだ。
前回までの話も色々聞いたけど、僕にその記憶があるわけではない。
彼らもそれを承知の上だろうが、それでも彼らの軌跡に、’’ルシウス’’という存在がいたのは変わらない。
「――まぁ、百歩譲ってルシウスとなら兄弟でも構わねぇけどな」
「それでも百歩譲ってなんですね」
思わず笑いがこぼれ出た。
「じゃあリーベとは?」
話の流れでリーベに目を向けると、彼は嫌そうに顔を顰めた。
「この二人はほら、義理の兄弟みたいなもんじゃん?」
シュトルツが楽しそうに、二人を見比べて言う。
たしかに、それはそうだ。
実際はリーベとアイリスは婚約止まりだったわけで、そうなる可能性があった、という話にすぎなかったけど。
「うるせぇ、黙れ」
「おー、こわいこわい」
エーレの鋭い眼光すら嬉しいように、シュトルツは退散する振りをして、身を翻した。
まぁ、何はともあれ、三人の仲が元通りになって、ようやく安心できる。
「喧嘩するなら今回みたいなのじゃなくて、言いたいこと言い合って早めに終わらせてくださいね。今度からは」
まだそっちの方が、僕としても楽だ。
男同士なんだから、多少荒くともぶつかり合った方が早く済みそうだし、と短絡的な考えで提案した。
「そうしたら周りが火の海になるか、誰かが瀕死になるけど、大丈夫そ?」
思いもよらないシュトルツの返答に、僕は黙るしかなかった。
冗談……じゃないんだろうなぁ……
全力を持って、殴り合いしている三人の姿は想像できない。
でも、万が一そんなことになったら……
「いや、今まで通りでいいです、はい」
やっぱり、もう少し大人の話し合いをしてほしい。
とりあえず、僕に出来ることと言えば、リーベだけは怒らせないようにすること。
僕は諦めの境地の中、深く肝に銘じた。




