彼は不機嫌を語らない
それから更に数日。依頼を完遂したシュトルツとリーベは、休息をとっていた。
依頼以外にも、情報収集などで基本的にレギオンを開けていた彼らと、テーブルを囲むのは久しぶりだった。
シュトルツは、ここ数日飲めなかった分を取り戻そうとするように、エールを飲みまくっている。料理もいつもの量では足らないのか、三巡目に入っていた。
四人で揃ったというのに、会話は少ない。
エーレはいつも通り嫌々、食事をしているし、シュトルツは食べて飲むのに忙しい。
時々何かを言ったが、いつも以上に口に詰め込んだ食べ物のせいで、何を言っているのかわからなかった。
やっぱりレギオンの食事が、俺らにとっての母の味だよね! のような言葉だけをルシウスは聞き取った。
そしてリーベと言えば、椅子に座ってから、一度も口を開いていなかった。
元から言葉数の多くない彼だから、不思議というほどではなかったが……
ルシウスは心配になって、隣の彼をちらりと見る。
無表情な顔には、いつも以上に表情がない。
疲れているように見えるし、落ち込んでいるようにも見えた。
視線を感じ取っているはずの彼は、こちらに応えることなく、思い出したように顔をあげると、刺々しい視線をシュトルツに注いだ。
「――私はしばらく、この男と二人で依頼は受けない」
「……何かあったんですか?」
突然の宣言に、ルシウスはびっくりしながらも、平静を装って尋ねた。
いつもシュトルツには辛辣を極めている彼だが、いつもと様子が違う。
喧嘩でもしたのだろうか? 喧嘩? この二人が?
「退屈だったから、色々話しただけじゃん」
ようやく口から料理をなくしたシュトルツが、平然と答えた。
リーベはそれに何を言うでもなく、黙々と食事を続け、シュトルツは悪びれた様子もなく、エールのお代わりをして、食事を再開した。
ルシウスは首を傾げながらも、珍しいものでも見た気分になっていた。
リーベの機嫌が悪いところは、初めて見る。エーレのようにそれを撒き散らすわけではないし、なんの害もない。
むしろ拗ねているようにすら見えて、なんだか……
思わず、こぼれ出そうになった笑いを、咄嗟に飲み込む。
「で?」
お代わりのエールが届いた時、エーレがそれだけ言った。
「あー、そうそうそう。あの依頼。今回の騒動とはなーんの関係もなかったよ」
ヴァレッタ商会直轄経営のオリーブの木。
経営を任されている店主が感じた怪しい気配は、商会への嫌がらせだとか、貴族のいざこざとは関連のない、強盗犯だったようだ。
強盗犯と言っても、貧民街出身の集団で、世情に流れている噂に紛れて狙えば、誤魔化せると思ったらしい。
それを話すシュトルツは、どこか楽しそうだった。
お気に入りの店が、騒動の渦に巻き込まれていないと安心したのかな。
そう思ったルシウスの読みは、リーベが呟いた一言に一蹴された。
「素人相手だというのに、自重を覚えろ」
いつもより低く響いた声。彼の視線は手元の皿に注がれたままで、隣からした声が、一瞬誰の声だかわからなかった。
気まずい沈黙が漂った。リーベは食事を途中のまま立ちあがると、何も言わずに二階へ上がっていってしまった。
彼の姿が見えなくなってから、エーレが詰めていたような深い溜息を吐き出した。
「お前なぁ。何しでかしたら、あいつがあんだけ怒るんだ」
うんざりしたような彼の視線を受けたシュトルツは、すぐに「いやいやいや」と首を振った。
「素人の割にはうまいこと侵入してきたし、それなりに俊敏だったからさ。
たしかにいつものノリで、ちょーっとやりすぎたかもしれないけど」
「で? それ以外は?」
確信めいたエーレの声に、シュトルツは振っていたフォークをピタリと止めた。
「いやぁ……」
彼は誤魔化すようにエールを呷ると、目だけで隣を覗き見る。しかし、口を開こうとはしない。
小さな沈黙。ルシウスは二人の様子を見守りながら、咀嚼していた肉を飲み込んだ。
「言え」
「……はい」
逃れることを許さなかったエーレに、シュトルツは状況をひとつひとつ説明しだした。
強盗犯たちを捕まえるのは、簡単だったらしい。
今回の騒動との関連を予想していた彼らは、最初こそ警戒して応戦したが、すぐに相手が素人だと気付くと、出来るだけ外傷を与えることなく、捕縛したそうだ。
だが、強盗犯たちの言い分を、すぐには信じられなかった。
あと腐れのない素人を使うのは、よくある手口だからだ。
裏幕を疑ったシュトルツは、捕まえた集団から情報を吐かせるために、少し痛い目に遭わせたらしい。
「少し」
ルシウスは、その単語だけを拾って反復する。
暗殺ギルトのひとりを拷問したときのことが蘇った。
「シュトルツの少しって、どれくらいですか?」
「え? えーと」
何気なく尋ねると、シュトルツは言葉を迷わせた。どうやら先ほどから、エーレが気になって仕方ないらしい。
「指折るとか? あと爪剥がしたり」
その言葉にルシウスは、大きく咽こんだ。肉に気道を塞がれそうになって、慌てて飲み物で流し込む。
「素人相手ですよね!?」
訓練された戦闘職ではないのだ。一般市民がそんなことされたら、生涯トラウマになるだろう。
「さすがにそれ以上はしてないよ」
すぐに弁明を挟んだ彼。
「でもほら。素人に見せかけてるやつらって、沢山いるしさー」
猜疑心まみれに聞こえる発言だったが、経験則から来ているのだろう。
再び、あの時の暗殺ギルトの男が、頭を掠めた。
あれは彼にしたら、‘’少し‘’だったのか……
すぐにそれ以上の想像を打ち消したルシウスだったが、急激に食欲が失せてしまった。
いつもの量まであと少しだったのに。
「関係がないってわかってから、ちゃんと治癒したよ。やりすぎたのは謝ったし」
リーベが。
最後にそう付け足された名前。二階に上がってしまった仲間の後ろ姿を思い返す。
前ではシュトルツは暢気にエールを呷っている。何杯目かわからないジョッキはもう空になっていた。
それで終わりだと思っていたら、「他は?」とエーレが尋ねた。
そういえば、さっきシュトルツは……
「あとは……」
他に出てきたのは、先ほど彼が言っていた、退屈しのぎの話だった。
潜伏中、話にアイリスの名前が出たらしい。その場でリーベは、特に変わった反応を見せなかったため、彼は気に留めなかったらしいが。
どんな話をしたんですか? 踏み込んで聞こうかと迷った段で、机を叩く規則的な音が聞こえてきていた。エーレである。
喧騒の中で、彼の思考を表すその音が、やたらと響いていた。
シュトルツが話終わっても、怖い顔で沈黙していた彼は、大きなため息を吐きだすと、席を立った。
「話を聞く限り、あいつの問題だな」
彼はさっと踵を返して、二階へ続く階段へ向かっていく。
用件は済んだ。俺には関係のないことだな。背がそう語っていた。
ルシウスは、前でホッとした様子で食事を再開した男と、消えてしまった黒い背を見て、「え?」と口の中で呟く。
この状態をそのままにしておいていいのだろうか。
そういえば、いつか。この中で怒らせたら、一番面倒くさいのは、リーベとか言ってたような……
「リーベって、怒ると面倒くさいんですか?」
「んー? ああ」
頬いっぱいに詰め込んだ肉を咀嚼しながら、シュトルツは苦笑した。
「リーベは怒ると、しばらく口聞いてくれなくなるんだよねぇ。そこに存在してないみたいに」
「それ、大丈夫なんですか?」
感情をぶつけない代わりに、沈黙を選ぶのは彼らしいと言えば彼らしいが、それだと色々支障が出るのでは。
今後のことが心配になったルシウスに、シュトルツはフォークを振りながら、数度頷いた。
「へーきへーき。必要な件に関しては、しっかり会話してくれるから。
ただ、それ以外は一切無視だけど」
怒っていても、業務連絡だけはしっかりする。
ラクナの中で一番落ち着いた大人だと思っていたリーベ。そんな彼意外な一面を知って、一番初めに感じたのは親近感だった。
だが、免罪符を得たように、いつもの雰囲気を取り戻している正面の大人に、やはりルシウスは明日以降が不安になった。
僕には何か出来るわけでもなさそうだし……ひとまず、残りの食事はシュトルツに平らげてもらうことにしよう。
その時、いつの間にか頼んでいたらしい追加のエールが届いた。




