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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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彼は不機嫌を語らない

 


 それから更に数日。依頼を完遂したシュトルツとリーベは、休息をとっていた。


 依頼以外にも、情報収集などで基本的にレギオンを開けていた彼らと、テーブルを囲むのは久しぶりだった。


 シュトルツは、ここ数日飲めなかった分を取り戻そうとするように、エールを飲みまくっている。料理もいつもの量では足らないのか、三巡目に入っていた。


 四人で揃ったというのに、会話は少ない。


 エーレはいつも通り嫌々、食事をしているし、シュトルツは食べて飲むのに忙しい。

 時々何かを言ったが、いつも以上に口に詰め込んだ食べ物のせいで、何を言っているのかわからなかった。


 やっぱりレギオンの食事(これ)が、俺らにとっての母の味だよね! のような言葉だけをルシウスは聞き取った。


 そしてリーベと言えば、椅子に座ってから、一度も口を開いていなかった。

 元から言葉数の多くない彼だから、不思議というほどではなかったが……


 ルシウスは心配になって、隣の彼をちらりと見る。


 無表情な顔には、いつも以上に表情がない。

 疲れているように見えるし、落ち込んでいるようにも見えた。


 視線を感じ取っているはずの彼は、こちらに応えることなく、思い出したように顔をあげると、刺々しい視線をシュトルツに注いだ。



「――私はしばらく、この男と二人で依頼は受けない」


「……何かあったんですか?」



 突然の宣言に、ルシウスはびっくりしながらも、平静を装って尋ねた。


 いつもシュトルツには辛辣を極めている彼だが、いつもと様子が違う。

 喧嘩でもしたのだろうか? 喧嘩? この二人が?



「退屈だったから、色々話しただけじゃん」



 ようやく口から料理をなくしたシュトルツが、平然と答えた。


 リーベはそれに何を言うでもなく、黙々と食事を続け、シュトルツは悪びれた様子もなく、エールのお代わりをして、食事を再開した。



 ルシウスは首を傾げながらも、珍しいものでも見た気分になっていた。

 リーベの機嫌が悪いところは、初めて見る。エーレのようにそれを撒き散らすわけではないし、なんの害もない。


 むしろ拗ねているようにすら見えて、なんだか……

 思わず、こぼれ出そうになった笑いを、咄嗟に飲み込む。



「で?」



 お代わりのエールが届いた時、エーレがそれだけ言った。



「あー、そうそうそう。あの依頼。今回の騒動とはなーんの関係もなかったよ」



 ヴァレッタ商会直轄経営のオリーブの木。


 経営を任されている店主が感じた怪しい気配は、商会への嫌がらせだとか、貴族のいざこざとは関連のない、強盗犯だったようだ。


 強盗犯と言っても、貧民街出身の集団で、世情に流れている噂に紛れて狙えば、誤魔化せると思ったらしい。



 それを話すシュトルツは、どこか楽しそうだった。

 お気に入りの店が、騒動の渦に巻き込まれていないと安心したのかな。


 そう思ったルシウスの読みは、リーベが呟いた一言に一蹴された。



「素人相手だというのに、自重を覚えろ」



 いつもより低く響いた声。彼の視線は手元の皿に注がれたままで、隣からした声が、一瞬誰の声だかわからなかった。


 気まずい沈黙が漂った。リーベは食事を途中のまま立ちあがると、何も言わずに二階へ上がっていってしまった。


 彼の姿が見えなくなってから、エーレが詰めていたような深い溜息を吐き出した。



「お前なぁ。何しでかしたら、あいつがあんだけ怒るんだ」



 うんざりしたような彼の視線を受けたシュトルツは、すぐに「いやいやいや」と首を振った。



「素人の割にはうまいこと侵入してきたし、それなりに俊敏だったからさ。

 たしかにいつものノリで、ちょーっとやりすぎたかもしれないけど」


「で? それ以外は?」



 確信めいたエーレの声に、シュトルツは振っていたフォークをピタリと止めた。



「いやぁ……」



 彼は誤魔化すようにエールを呷ると、目だけで隣を覗き見る。しかし、口を開こうとはしない。

 小さな沈黙。ルシウスは二人の様子を見守りながら、咀嚼していた肉を飲み込んだ。



「言え」


「……はい」



 逃れることを許さなかったエーレに、シュトルツは状況をひとつひとつ説明しだした。



 強盗犯たちを捕まえるのは、簡単だったらしい。

 今回の騒動との関連を予想していた彼らは、最初こそ警戒して応戦したが、すぐに相手が素人だと気付くと、出来るだけ外傷を与えることなく、捕縛したそうだ。


 だが、強盗犯たちの言い分を、すぐには信じられなかった。

 あと腐れのない素人を使うのは、よくある手口だからだ。


 裏幕を疑ったシュトルツは、捕まえた集団から情報を吐かせるために、少し痛い目に遭わせたらしい。



「少し」



 ルシウスは、その単語だけを拾って反復する。

 暗殺ギルトのひとりを拷問したときのことが蘇った。



「シュトルツの少しって、どれくらいですか?」


「え? えーと」



 何気なく尋ねると、シュトルツは言葉を迷わせた。どうやら先ほどから、エーレが気になって仕方ないらしい。



「指折るとか? あと爪剥がしたり」



 その言葉にルシウスは、大きく咽こんだ。肉に気道を塞がれそうになって、慌てて飲み物で流し込む。



「素人相手ですよね!?」



 訓練された戦闘職ではないのだ。一般市民がそんなことされたら、生涯トラウマになるだろう。



「さすがにそれ以上はしてないよ」



 すぐに弁明を挟んだ彼。



「でもほら。素人に見せかけてるやつらって、沢山いるしさー」



 猜疑心まみれに聞こえる発言だったが、経験則から来ているのだろう。

 再び、あの時の暗殺ギルトの男が、頭を掠めた。


 あれは彼にしたら、‘’少し‘’だったのか……


 すぐにそれ以上の想像を打ち消したルシウスだったが、急激に食欲が失せてしまった。

 いつもの量まであと少しだったのに。



「関係がないってわかってから、ちゃんと治癒したよ。やりすぎたのは謝ったし」



 リーベが。

 最後にそう付け足された名前。二階に上がってしまった仲間の後ろ姿を思い返す。


 前ではシュトルツは暢気にエールを呷っている。何杯目かわからないジョッキはもう空になっていた。


 それで終わりだと思っていたら、「他は?」とエーレが尋ねた。

 そういえば、さっきシュトルツは……



「あとは……」



 他に出てきたのは、先ほど彼が言っていた、退屈しのぎの話だった。


 潜伏中、話にアイリスの名前が出たらしい。その場でリーベは、特に変わった反応を見せなかったため、彼は気に留めなかったらしいが。



 どんな話をしたんですか? 踏み込んで聞こうかと迷った段で、机を叩く規則的な音が聞こえてきていた。エーレである。


 喧騒の中で、彼の思考を表すその音が、やたらと響いていた。


 シュトルツが話終わっても、怖い顔で沈黙していた彼は、大きなため息を吐きだすと、席を立った。



「話を聞く限り、あいつの問題だな」



 彼はさっと踵を返して、二階へ続く階段へ向かっていく。

 用件は済んだ。俺には関係のないことだな。背がそう語っていた。



 ルシウスは、前でホッとした様子で食事を再開した男と、消えてしまった黒い背を見て、「え?」と口の中で呟く。


 この状態をそのままにしておいていいのだろうか。

 そういえば、いつか。この中で怒らせたら、一番面倒くさいのは、リーベとか言ってたような……



「リーベって、怒ると面倒くさいんですか?」


「んー? ああ」



 頬いっぱいに詰め込んだ肉を咀嚼しながら、シュトルツは苦笑した。



「リーベは怒ると、しばらく口聞いてくれなくなるんだよねぇ。そこに存在してないみたいに」


「それ、大丈夫なんですか?」



 感情をぶつけない代わりに、沈黙を選ぶのは彼らしいと言えば彼らしいが、それだと色々支障が出るのでは。


 今後のことが心配になったルシウスに、シュトルツはフォークを振りながら、数度頷いた。



「へーきへーき。必要な件に関しては、しっかり会話してくれるから。

 ただ、それ以外は一切無視だけど」



 怒っていても、業務連絡だけはしっかりする。

 ラクナの中で一番落ち着いた大人だと思っていたリーベ。そんな彼意外な一面を知って、一番初めに感じたのは親近感だった。


 だが、免罪符を得たように、いつもの雰囲気を取り戻している正面の大人に、やはりルシウスは明日以降が不安になった。


 僕には何か出来るわけでもなさそうだし……ひとまず、残りの食事はシュトルツに平らげてもらうことにしよう。


 その時、いつの間にか頼んでいたらしい追加のエールが届いた。



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