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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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不在の中心

 



 顔色が悪い。滲み出ている疲弊に、目元の隈さえ隠されてしまっている男。

 エーレは、もう一脚ある椅子を勧めると、自分はベッドに移動した。


 ルシウスは一瞬逡巡した末、先ほどエーレが座っていた椅子を拝借する。


 アランは落ち着いた佇まいでありながら、畏まった様子でエーレと向かい合う。



 ジュティケイター第二席。仕事に追われすぎて、今にも出奔しそうな、どこにでもいる男性。

 そんな風に見える彼の、()()()という肩書は、ルカの付き人故か、それとも彼の実力なのか……


 そんなことを考えていた時、その竜胆色の瞳がこちらを一瞥してきた。ルシウスは咄嗟に会釈をする。



「ここ数日、うちのメンバーがご迷惑をおかけしました」


「その件はもういい」



 まず先に謝罪から入った彼に、エーレが一蹴した。



「で、ルカは?」



 こちらへ向けられていた彼の瞳は、エーレを遠慮げに捉える。アランは、夏の日に焦がされたような頭へと、手をあてる。



「それが……、おそらく来ると思います」



 おそらく? エーレの沈黙に滲み出た無言の圧に、アランが続ける。



「エーレさんの話は伝えてはおいたんですが、どうも聞く耳も持たなくて」


「人がせっかく、親切で言ってやったってのに」



 ため息交じりで言ったエーレに、ルシウスは口を引きつらせた。



「まぁ、エーレ。さっき戻ってきたばかりみたいですし……」



 先ほど、利害の一致と言った男の言葉とは思えない。心の中で呟きながら、咄嗟にフォローする。


 どうにせよ、アランがここにいると言うことは、ルカの事情が聞けると言うことだ。

 なかなか本題に入らない両者に、ルシウスが切りだすことにした。



「あの、ルカさんの現在の状況を伺ってもいいですか?」



 すると、アランは一度姿勢を正し、



「私もまだルカから全部を聞いたわけではありませんが……」



 そう前置きをして、話し出した。









 いくつかの話は、ルシウスたちの知っての通りだった。


 ルカの出自から始まり、夜会をめぐる騒動から燃えた火種、エルグラート子爵家とアルノー伯爵家が抱えるヴァレッタ商会の損失を、彼は順に説明した。



「問題は、ここからでして――」



 問題は、そこだけに留まっていなかった。



 子爵伯爵両家と商会の間の魔鉱石は、独占に近い契約がなさられているらしい。


 今回の騒動の真偽は、商会にとってそれほど重要じゃなく、すでに発生している損害についての対策として、商会が契約の再検討を提案してきたそうだ。


 これだけならまだいい。大商会に距離を置かれたという事実は、信用に瑕がつくし、収益的にも痛手だが、商会との取引が完全になくなるわけではない。



 抑揚は少ないながらも、聞き取りやすい声で話を続ける男に、ルシウスは他人事ながら、少しずつ暗い気持ちになっていっていた。



「ルカは末の男児と言いましたが、上に兄君がいらっしゃいます」



 アランは一息おいて、瞳を伏せ、どこか言いづらそうに続きを話し出した。



 商会の提案の件に対しての、両家の対談で、ルカの兄エルグラート嫡男が、「イリス嬢は本当に今回の騒動に関係ないのか?」といった言葉を、ぽろりとこぼしてしまった。



「いや、悪意はなかったんだと思います」



 彼からしたら、伯爵家が疑われているから、こちらにも火の粉が飛んできている。商会にも再検討が提案されている件と大いに関係がある。そんな考えが、先に出てしまったのだろう。


 嫡男として成人後、ようやく事業に関わり始めた彼は、圧倒的に経験が足りず、こういった問題に慣れていない。


 アランは、ルカの兄に代わって、弁解を挟んだ。



 面倒なことに彼は、伯爵家の第二令嬢と婚約関係にあるらしい。

 彼の失言に、対談の場は凍り付いたそうだ。


 ただでさえ事業面でも不安を抱えているのに、自分たちより上位貴族との縁が薄れるのは困る。


 勿論、彼の失言ひとつで縁が断絶されるわけでないが、近々婚姻を執り行おうとしていた二人の行く末は、一旦保留という形になってしまった。



「兄君は体裁上、現在謹慎を言い渡されているそうです」



 一旦、口を閉じたアランに、ルシウスはなるほど、と口の中で呟く。


 今回の騒動は巡りに巡って、両家のお家騒動にもつながった、と。


 ルシウスがそうしたように、エーレもその間、一言も話さなかった。


 子爵家の問題は、そこで終わりのようだったが、話しにはまだ、ルカが出てきていない。

 妙な沈黙を挟んだアランは、再びエーレを見ると、ため息と共に、再び口を開く。



「ルカが家を出て、もう三年近くになります」



 三年もの間、家に帰っていない彼だったが、子爵家は彼の居場所を把握していた。

 アランが子爵家の一番上の姉とだけ、連絡を取っていたらしい。ルカもまたそれを承諾していて、長女と次女とだけは仲が良かったとか。


 話の端々から、アランがエルグラート家に連なる者であることは、明白だった。



 今回の諸々について、姉は両親に代わって、ルカを訪ねにきた。


 その姉にさえも激しい拒絶を示し、「僕は人形じゃないし、家の担保になるつもりもない。エルグラート家とは、二度と関わるつもりはない」と彼は、そう明言した。


 強い衝撃を受けた姉は、すぐにルカを引きとめようとしたが、それよりも、彼が去ってしまう方が早かったらしい。



「担保……」



 ルシウスは、ぽそりと呟く。



「ルカは、本当は賢い子なんです。そのせいで、家に居場所を持てなかったと言いますか……」



 その言葉で締めくくった彼は、姉がルカに持ちかけた相談内容も、ルカに関わるそれ以上のことも話さなかった。



 ルシウスはひとつの情報も逃さないよう、耳を澄ましていた。やはり始終沈黙していたエーレは、組んでいた腕を解いて、息を吐きだした。



「相談に乗ると言ったのはこちらだが、話してよかったのか?」



 この場に、ルカ本人はいない。アランは、疲れ切ったような微笑みを称えて頷く。



「貴方がうちの事情をご存じなのは、薄々察していましたので、特に問題はありません」


「そうか。で? そのルカは、今も知らぬ存ぜぬか?」



 エーレがちらり、と扉の方を見た。その前でアランは思いつめたように「それが……」と逡巡したような間を置いた。



「帰ってきてからのあの子は、何事もなかったように振舞っていまして。実はこの話は、カミラ様から聞かされたことなんです」


「カミラ……、長女か」



 合点がいったようなエーレの呟きで、再び沈黙の幕が下りた。



 アランは話した分の呼吸を取り戻すべく、深い息を吐きだしている。


 ルシウスは今しがた聞かされた事情を反芻しながら、目の前の男に、憐憫を覚えていた。


 おそらくアランは、ルカとカミラという姉に、板挟みにされているのだろう。

 いつだって貴族の内情はややこしい。一見裕福に見えて、富と権力を背負う立場は、こういった予期できぬ嵐に、見舞われることも多い。



 それ以降、何を言うこともしないエーレを、ルシウスは覗き見た。

 アランに追加の説明を求めているようには見えないし、だからと言って、何かを考えている風でもなかった。



 ルシウスは情報が錯綜する頭を捻って、当初、彼が言った言葉を思い出す。


 ――多少の協力? 彼は、何をするつもりなのだろうか。

 全部が全部、ルカが動くという意思を見せないと、始まらない問題でもあるし……



 思わず、深いため息がこぼれ出た。


 同時にまたエーレが、扉へ視線を投げたのが見えた。

 今まで何度も見てきたその素振りに、ルシウスもハッと正面へ視線をやる。その時だった。





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