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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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扉は開いている

 


 ルカがレギオンへ戻ってきたことを知るのには、苦労しなかった。


 号泣せんばかりに、彼を迎え入れるカイの声が、地下の訓練場まで聞こえてきたからだ。



「エーレ、ルカさんのこと。何か知ってるんですよね?」



 訓練を挟んだ休憩時、ルシウスは問うた。



「なんだ、知りたいのか? 別に知らなくても――まぁ、いい。

 ここじゃ話せねぇし、部屋にいくか」



 彼は訓練場を見渡すと、剣を携えたまま、階段のある方へ足を向けた。





 ホールには、未だ騒ぎ足りない様子のカイを牽制するアランと、いつもと変わりないようなルカがいた。


 ルシウスは、待ち構えていたように、豆の飲み物を渡してきた職員に、礼を言って受け取る。

 彼女は、あからさまに嫌そうなため息を吐いて、ジュティケイターを目だけで見た。



「もうしばらく続くようでしたら、マスターに報告しようと思っていました」



 レギオンマスターバルトの権威を借りたその声に、ルシウスは乾いた笑いで応えるしかなかった。




 絞れそうなほどの汗で濡れたシャツを着替え、エーレの部屋を訪ねると、彼は机に向かって、何かしらを書いている最中だった。


 近頃、こういう彼をしばしば見かけている。



「何書いてるんですか?」



 窓際に机があるため、彼の背からしか様子はうかがえないし、覗き見る趣味もない。



「今後のことだ」



 彼がペンを置く。ノートを閉じるかと思いきや、さっとそれをこちらへ渡してきた。


 意外に思いながらも、歩み寄って受け取ると、どこにでもありそうな薄い羊皮紙の束だった。


 流れるような達筆で、埋め尽くされている、情報はあまりにも断片的だった。



 上部の数行は終わったことらしい、横線が引かれていて、その下には――



 ・グライフェン、テオドール中和。屋敷内媒体探索

 ・アルノ―、エルグラート、ヴァレッタ商会

 ・ヴァルハイド→王家、又は、改革容認派貴族



 と、並んでいた。


 ヴァレッタ商会の上にはオリーブの木と付け足されており、随分と離れたところに、何かを書いて上から潰した痕跡もあった。グライフェンとヴァルハイドは、丸で結ばれている。


 更にその下には、ルカの名前があったり、レギオン、帝国、反皇帝派、トラヴィスという名称。

 優先順位のように、数字も振られていた。



 ルシウスはそれらに目を通して、ノートを返した。



「ぜんっぜん、わかりませんけど」



 彼の頭の中では、これを見たら、全部繋がるようにできているのだろう。


 それでもルシウスはひとつ、わかったことがあった。今回の何かしらにルカが関わっていることだ。



「俺がわかればいいんだよ」



 彼はノートを不満げに睨んでいた。



「書きださないと、うまく繋がらくなってきたからな」



 なにげないその声に、ルシウスは一瞬、言葉を詰まらせる。

 エルフの里での、シュトルツの言葉が脳裏に過った。


 ――エーレは、僕が代償の詳細を知ってしまったことを知らない。



「今回の、夜会の件――」



 動揺を悟られないように、ルシウスは考えるよりも早く、言葉を紡ぐことにした。



「関わるつもりはなかったんじゃないんですか?」



 エーレは一度、視線を斜めに逸らした。彼はこちらに手招きをすると、机にノートを広げ、ペンを手に取る。



「直接関わるつもりはない。けど、うまくやれば、中和が予定よりも順調に行きそうだからな」



 ルシウスが隣に並ぶと、ペンがエルグラートと書いた文字を、軽く丸で囲った。



「ルカがどう動くかだが……。あいつが今回の夜会騒動の解決に積極的になってくれれば、エルグラートも含め、アルノーやヴァレッタ商会を抱えている貴族にも、手が出せるかもしれん」



 まぁ、アルノーはグライフェンを経由してもいいし、ヴァルハイドは問題なさそうだ。

 ヴァルハイドの影響力は、更に強くなっているからな、いい意味でも悪い意味でも。改革容認派貴族を……



 エーレはこちらに説明するというよりかは、ひとり思考を整理するように話し始めた。

 彼が言葉を重ねるにつれ、頭の中には疑問符が増えるばかりで、



「――ってな方向で、いくことにするか」



 こちらを見てきた彼に、思わず半眼になった。



「今、僕が何割理解できたと思います?」



 眼前の眉が徐々に寄せれていき、彼は数秒沈黙した。



「レギオン本部で、色んな資料漁っただろ」


「だからって、全部覚えてるわけじゃありませんよ! エーレみたいに、一度読んだだけで覚えるような頭はしてないんです!」



 これほど状況を整理して、流れるように話した彼。

 自我の同一性を失くしていっているという話は、嘘なんじゃ……


 ルシウスが、思わず疑いを持った時だった。



 ――逆だよ、逆。



 不意に近くからシュトルツの声がした気がして、咄嗟に後ろを見る。


 勿論彼はいるはずもなく、前からため息が聞こえてきただけだった。



「いいか? 一から全部説明してやるから、よく聞け」


「出来るだけ、わかりやすくお願いします」



 ルシウスは、ペンで示しされたエルグラートという文字を、じっと睨んだ。








 レギオンランク第二位、ジュティケイター。

 そのマスター、ルカの正体は、エルグラート子爵家の第五子。


 一番末の子の第二令息。つまり次男で、本名はリオセル・エルグラート。


 幼い彼が、どうしてレギオンに籍を置くようになったのか。

 大体予想はつくとは言っていたエーレは、その予想を語らなかった。


 アランはさしずめ、ルカの付き人、もしくは護衛だったのだろう。


 途中挟みこまれた推測に、ルシウスはふと、アランの言葉が思い出す。


 ――これが私の本分ですから


 彼の本分。それはルカの隣にいることなのかもしれない。



「カイ・オルドレン? 今のオルドレンは貴族じゃない。没落した後、商家として立て直し、それなりの功績を認められて、家名を名乗ることを許されただけだ」



 王国では、それなりに有名な話らしい。



 ルシウスは、ジュティケイターの三名を頭に浮かべて、妙な納得感を覚えた。

 レギオンに所属するクランは、本当に面倒な事情を抱えた人たちばかりだ。


 ルカが貴族と聞いても、ルシウスは驚くどころか、諦念に近い共感を覚えるだけだった。



「そこまではわかりましたけど、そのルカさんの――えっと、エルグ……子爵家が、今回の夜会と何の関係があるんですか?」


「エルグラートだ。ヴァレッタ商会の魔鉱石部門のお抱えが、アルノ―だとは言ったな?」


「言ってましたね。あの令嬢……イリスさんの夜会の件、それも相まって伯爵家(アルノ―)が裏幕なんじゃないかと疑われてるって」



 エーレはノートのエルグラートとアルノーをペンでトントンと差すと、次にヴァレッタ商会を示した。



「この両家は共同事業をしてる。その一つが、ヴァレッタ商会の魔鉱石だ。

 つまりアルノ―が疑われるってことは、当然そこにエルグラートも含まれてる」



 なるほど、ルシウスは口の中で呟いた。



「ルカさんの実家はエルグラート子爵家で、今その共同事業関係で困ってる。

 だからルカさんが、疑いを晴らすために動いてくれたら、都合がいいって話ですか?」



 先ほどエーレがひとりで話していた内容は、結局そんなところだった。

 しかし、レギオンに籍を置いているということは、つまり彼は家に帰っていないということで、その彼が動くとは思えない。


 エーレはこちらを見ると、小さな息を吐いて答えた。



「まぁ、希望的観測の話だ」



 怪訝そうに首を捻ったルシウスの頭に、再びあの店でのルカの声が蘇った。



 ――僕にはもう何の関係もないから! 連絡してこないで!――



 そんな言葉を吐き捨てていた彼。メンバーに告げず数日行方をくらましたのは、それほど何かに悩んでいたからだろう。



「ルカさんも、色々抱えてるんでしょうね」



 自然とこぼれ出た意見に、エーレがこちらを一瞥する。



「レギオンにいるやつらは大体そうだ。

 まぁ、嫁いだ姉がわざわざやってくる程度には、色々あるんだろ」



 嫁いだ姉。あの店にいた女性は、ルカの姉だったのか。


 ちらり、と疑いの目を向けてみると、エーレはその情報をシュトルツから聞いたらしかった。

 彼女とは貴族院で同期だったと。



「シュトルツって、割と顔広いですよね」



 オリーブの木で、店内に背を向けていたルシウスにはわからなかったが、シュトルツは目ざとく、その女性が誰かまで把握していたのだろう。


 ルシウスの単なる感想に、エーレは答えなかった。代わりに間を繋ぐように、ノートの上を規則的に指で叩きながら、窓の方へ視線をやっている。



 その間、ルシウスはノートを眺めていた。

 並んでいる貴族の家名を見て、思考の整理を試みる。


 しばらくの沈黙の中、窓にうっすら映るエーレと目があった気がした。



「結局、ルカさんを利用できたら利用しようって魂胆ですよね」



 とりあえず、そういうことだろう。頭の中を駆け巡るいくつもの単語を、それでまとめあげる。

 しかしエーレは、こちらへ首を回して、眉を寄せた。



「人聞きがわりぃな」


「でも、そうなんじゃないんですか?」



 重ねて問う。ノートを叩く音が止んだ。



「別に利用するつもりはねぇよ」



 彼は、おもむろに椅子を引くと、



「ルカが動くつもりがあるなら、多少協力するのも悪くねぇってだけで……、利害の一致ってやつだ」



 後ろを振り返った。



「鍵はかけてない。用があるなら、入ってこい」



 すぐに開かれた扉の先には、謙虚に一礼をしたアランがいた。



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