シュトルツの選ぶ鉄
この本は、帰ってからゆっくり見よう。エーレたちにも報告しないといけない。
ルシウスは仲間の顔を思い浮かべながら、広場を抜け、少し奥まった場所にある店を見回っていた。
魔鉱商がある通りにたしか、武具屋が並んでいたはずだった。
トラヴィスの服飾店は貴族街寄りにあった記憶がある。さすがにそこまで行くのは気が乗らなかったし、特に彼に会いたいわけでもなかった。
通りを眺めながら歩いていると、いくつかのお店の扉は、開けっ放しになっている。
鉄と炭の匂いが漂い、空気が揺らぐ。時折、鉄を打つような音も聞こえてきた。
物珍しさにきょろきょろしてしていたルシウスは、ゆらりと揺らいだ重心のまま、肩に硬い衝撃を受けて初めて、誰かにぶつかったことに気づく。
「すみま――」
「ちゃんと前見て歩けや、坊主」
ぎょっとして声を辿ると、遥か高い位置から凄むような目線が突き刺されていた。
「すみません!」
咄嗟に、身を引いて道を開け、反射的に背を向けて、男から距離を取るべく、足早に背を向けていた。
その段になって初めて、通りを歩く人たちが目に入ってきた。
ほとんどが戦闘に身を置いているような人たちか、何かの使いのような人たちで、途端場違い間を覚えたルシウスは、足を止める。
「いや、僕だって戦えるわけだし」
先ほどの自分の態度を振り返って、げんなりしそうだった。
戦闘のプロとは言えずとも、自分もそれなりに戦えるようになった。場違いなんかじゃない。
顔を上げた時、ひと際高い金属音が聞こえた。音の出元を探すと、すぐ先の店からのようだった。
開け放たれた扉の前までいくと、微かな熱気が流れ出している。中に人がいるようには見えない。
どうやら鉄を打っているらしい。邪魔するのも悪い。
そう思って踵を返そうとした時、後ろからの軽い衝撃に、意図せず体が店内へ押し出された。先ほど男性が頭に浮かんで、咄嗟に振り返ると――
「お子ちゃま、思ったより見る目あるじゃん」
「……びっ、くりさせないでくださいよ」
すぐ後ろには、ニヤリと嬉しそうに笑っているシュトルツがいた。
「まさかここって……」
「そ、俺が気に入ってる親父さんがいるところ」
軽く答えた彼は、颯爽とカウンターの奥へと入ると、大きな声で店主を呼ぶ。
すぐに、「少し待っとれ!」と怒鳴るような声が聞こえてきた。
二人の大きな声に首を引いたルシウスは、逃げ場を探すように、そろりと店内へと視線を彷徨わせた。
しっかり目を辿らせてみると、室内灯に照らされた武器があらゆるところに鎮座している。
「すごいですね、こんなに」
それは台の上だけではなく、壁にも掛けられていて、種類も豊富だ。
「色んな職人がいるけど、俺にはここが一番合ってるんだよねぇ」
「そういえば、新調するって言ってましたけど、前のやつは使わないんですか?」
エルフ隠れ島防衛時に置いてきた荷物は、なんだかんだ落ち着いた頃に霊奏で移動し、持ち帰ってきていたはずだった。
鞄の中に見られて不味いものはない。しかし、彼の短双剣だけは違う。グライフェンの家門が刻まれてある。
その短双剣が、今日の彼の腰には見当たらない。
「あー、まぁ……あれに手を加えるのは、なんとなく気が引けてね。
重量を変えるなら、新しいのにしようかなって」
重量? ルシウスの頭に、コンラートの屋敷の庭が蘇る。規則的に響いていた金属音が止んだ。
「親父さん、悪いねー。邪魔して」
「こっちこそ悪かったなー。仕事中はつい、カッとなりやすくてな」
中から出てきたのは、ルシウスの予想とは違った風貌の壮年男性だった。
もっと背が低くて、ずっしりとした――お伽噺に出てくるドワーフみたいな背格好を想像していた。
エプロンだけではなく、顔にまで煤をつけた男性は、長身で逞しい体躯。どこかシュトルツと似たような雰囲気を醸し出している。
「お前さんがツレといるのは、初めて見たな」
彼はシュトルツへ、幼い印象の笑みを向けた。
「たまたまそこで会ったんだよねぇ。で、前頼んでたやつできてる?」
「少し待ってくれ。何回打っても、気に入る出来にならん」
「こだわってくれるのは有難いんだけど、親父さんの悪い癖だよそれ」
「なに言ってるんだ。お前さんが細かい注文してきたからだろう」
「いやまぁ、それはそうなんだけど。明日には欲しいんだよねぇ」
ルシウスが挨拶をする隙もなく、交わされ始めた会話は一旦そこで途切れた。何かを考えるように眉間に皺を刻んだ店主はさっと奥へ戻ると、すぐにひと振の短剣を持って出てきた。
「一本は出来てるんだ。もう一本がなぁ。明日までには仕上げるから、また明日きてくれ」
シュトルツは受け取った短剣をじっくり見て、頬を緩ませると、深く頷いた。
「頼んだよ、親父さん。あと、そっちの方は――」
「わかってるわかってる、柄頭のことだろ。三十なんて微妙な重量……やるけどな」
「そら、親父さんなら出来るでしょ」
三十?
嬉しそうに短剣を返したシュトルツへ、店主はふんっと鼻で笑う。
「明日楽しみにしておいてくれ」
「楽しみで眠れないかもね」
二人の失笑が重なった。
ああ、三十って重さか。ルシウスはコンラートの言葉を思い出した。
たしかシュトルツの重心が少し右に傾くから、右だけ重くしたほうがいい、という意見だった。
「お前さんも何かあったら、いつでも言ってくれよ」
店主が初めてこちらへ視線を向けて、人懐っこい微笑みを向けてきた。
「はい。その時はよろしくお願いします」
ルシウスも、咄嗟に作った笑顔で応えた。
ルシウスは、腰に下げた手半剣へと視線を落とす。
そろそろ一度、研いでもらわないといけない。でもこれは……
「ん?」
隣のシュトルツを見ると、「ああ」と、彼は意図を汲んだように手半剣を見た。
「あの親父さん。何も詮索してこないから、手入れしてもらえばいいと思うよ」
「え、いいんですか?」
「俺も双剣、何度かしてもらってるし。最初はすんごい目で見られたけどねぇ」
意外だ。ルシウスは目を瞬かせて、沈黙する。
いくら毎回浄化をしているとはいえ、戦闘の度に剣はダメージを負う。
シュトルツもある程度は研ぎ方を知っているようではあったが、職人には遠く及ばないらしい。
「あの人、面倒ごとが大嫌いでね」
「なのに、どうして――」
「感だよ感。店に並んだ剣がさ。どうも違和感が多くて、聞いてみたら意気投合しちゃってさ」
彼の言っていることがわからなくて、先ほどまで見ていた武器たちを頭に思い浮かべてみた。違和感なんてあっただろうか?
「あそこに置いてるのは、親父さんの失敗作だからねぇ」
輝かしいまでに、室内当に照らされていた武器を、頭の中で辿ってみる。
口元に手を当てながら、ひたすら考えていたルシウスの隣で、シュトルツが楽しそうな笑いをあげた。
「あそこに並んでるのも、上等なものだと思うよ。お子ちゃまがわからなくても仕方がないかな」
「……こだわりが強い方なんですね」
そう口に出した途端、何故かエーレが浮かんだ。
隣の男は、そういう人と相性がいいのかもしれない。
「まぁ、色々世話してもらってるから、毎回いくらか上乗せしてるけどねぇ」
口止め料も込みで。
再び、彼の楽しそうな笑いが軽やかに響いた。




