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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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シュトルツの選ぶ鉄

 



 この本は、帰ってからゆっくり見よう。エーレたちにも報告しないといけない。



 ルシウスは仲間の顔を思い浮かべながら、広場を抜け、少し奥まった場所にある店を見回っていた。

 魔鉱商がある通りにたしか、武具屋が並んでいたはずだった。


 トラヴィスの服飾店は貴族街寄りにあった記憶がある。さすがにそこまで行くのは気が乗らなかったし、特に彼に会いたいわけでもなかった。



 通りを眺めながら歩いていると、いくつかのお店の扉は、開けっ放しになっている。

 鉄と炭の匂いが漂い、空気が揺らぐ。時折、鉄を打つような音も聞こえてきた。


 物珍しさにきょろきょろしてしていたルシウスは、ゆらりと揺らいだ重心のまま、肩に硬い衝撃を受けて初めて、誰かにぶつかったことに気づく。



「すみま――」


「ちゃんと前見て歩けや、坊主」



 ぎょっとして声を辿ると、遥か高い位置から凄むような目線が突き刺されていた。



「すみません!」



 咄嗟に、身を引いて道を開け、反射的に背を向けて、男から距離を取るべく、足早に背を向けていた。

 その段になって初めて、通りを歩く人たちが目に入ってきた。


 ほとんどが戦闘に身を置いているような人たちか、何かの使いのような人たちで、途端場違い間を覚えたルシウスは、足を止める。



「いや、僕だって戦えるわけだし」



 先ほどの自分の態度を振り返って、げんなりしそうだった。


 戦闘のプロとは言えずとも、自分もそれなりに戦えるようになった。場違いなんかじゃない。



 顔を上げた時、ひと際高い金属音が聞こえた。音の出元を探すと、すぐ先の店からのようだった。


 開け放たれた扉の前までいくと、微かな熱気が流れ出している。中に人がいるようには見えない。

 どうやら鉄を打っているらしい。邪魔するのも悪い。


 そう思って踵を返そうとした時、後ろからの軽い衝撃に、意図せず体が店内へ押し出された。先ほど男性が頭に浮かんで、咄嗟に振り返ると――



「お子ちゃま、思ったより見る目あるじゃん」


「……びっ、くりさせないでくださいよ」



 すぐ後ろには、ニヤリと嬉しそうに笑っているシュトルツがいた。



「まさかここって……」


「そ、俺が気に入ってる親父(おやっ)さんがいるところ」



 軽く答えた彼は、颯爽とカウンターの奥へと入ると、大きな声で店主を呼ぶ。

 すぐに、「少し待っとれ!」と怒鳴るような声が聞こえてきた。


 二人の大きな声に首を引いたルシウスは、逃げ場を探すように、そろりと店内へと視線を彷徨わせた。

 しっかり目を辿らせてみると、室内灯に照らされた武器があらゆるところに鎮座している。



「すごいですね、こんなに」



 それは台の上だけではなく、壁にも掛けられていて、種類も豊富だ。



「色んな職人がいるけど、俺にはここが一番合ってるんだよねぇ」


「そういえば、新調するって言ってましたけど、前のやつは使わないんですか?」



 エルフ隠れ島防衛時に置いてきた荷物は、なんだかんだ落ち着いた頃に霊奏で移動し、持ち帰ってきていたはずだった。


 鞄の中に見られて不味いものはない。しかし、彼の短双剣だけは違う。グライフェンの家門が刻まれてある。

 その短双剣が、今日の彼の腰には見当たらない。



「あー、まぁ……あれに手を加えるのは、なんとなく気が引けてね。

 重量を変えるなら、新しいのにしようかなって」



 重量? ルシウスの頭に、コンラートの屋敷の庭が蘇る。規則的に響いていた金属音が止んだ。



親父(おやっ)さん、悪いねー。邪魔して」


「こっちこそ悪かったなー。仕事中はつい、カッとなりやすくてな」



 中から出てきたのは、ルシウスの予想とは違った風貌の壮年男性だった。

 もっと背が低くて、ずっしりとした――お伽噺に出てくるドワーフみたいな背格好を想像していた。


 エプロンだけではなく、顔にまで煤をつけた男性は、長身で逞しい体躯。どこかシュトルツと似たような雰囲気を醸し出している。



「お前さんがツレといるのは、初めて見たな」



 彼はシュトルツへ、幼い印象の笑みを向けた。



「たまたまそこで会ったんだよねぇ。で、前頼んでたやつできてる?」


「少し待ってくれ。何回打っても、気に入る出来にならん」


「こだわってくれるのは有難いんだけど、親父(おやっ)さんの悪い癖だよそれ」


「なに言ってるんだ。お前さんが細かい注文してきたからだろう」


「いやまぁ、それはそうなんだけど。明日には欲しいんだよねぇ」



 ルシウスが挨拶をする隙もなく、交わされ始めた会話は一旦そこで途切れた。何かを考えるように眉間に皺を刻んだ店主はさっと奥へ戻ると、すぐにひと振の短剣を持って出てきた。



「一本は出来てるんだ。もう一本がなぁ。明日までには仕上げるから、また明日きてくれ」



 シュトルツは受け取った短剣をじっくり見て、頬を緩ませると、深く頷いた。



「頼んだよ、親父(おやっ)さん。あと、そっちの方は――」


「わかってるわかってる、柄頭のことだろ。三十なんて微妙な重量……やるけどな」


「そら、親父さんなら出来るでしょ」



 三十?

 嬉しそうに短剣を返したシュトルツへ、店主はふんっと鼻で笑う。



「明日楽しみにしておいてくれ」


「楽しみで眠れないかもね」



 二人の失笑が重なった。


 ああ、三十って重さか。ルシウスはコンラートの言葉を思い出した。


 たしかシュトルツの重心が少し右に傾くから、右だけ重くしたほうがいい、という意見だった。



「お前さんも何かあったら、いつでも言ってくれよ」



 店主が初めてこちらへ視線を向けて、人懐っこい微笑みを向けてきた。



「はい。その時はよろしくお願いします」



 ルシウスも、咄嗟に作った笑顔で応えた。










 ルシウスは、腰に下げた手半剣へと視線を落とす。


 そろそろ一度、研いでもらわないといけない。でもこれは……



「ん?」



 隣のシュトルツを見ると、「ああ」と、彼は意図を汲んだように手半剣を見た。



「あの親父(おやっ)さん。何も詮索してこないから、手入れしてもらえばいいと思うよ」


「え、いいんですか?」


「俺も双剣、何度かしてもらってるし。最初はすんごい目で見られたけどねぇ」



 意外だ。ルシウスは目を瞬かせて、沈黙する。


 いくら毎回浄化をしているとはいえ、戦闘の度に剣はダメージを負う。

 シュトルツもある程度は研ぎ方を知っているようではあったが、職人には遠く及ばないらしい。



「あの人、面倒ごとが大嫌いでね」


「なのに、どうして――」


「感だよ感。店に並んだ剣がさ。どうも違和感が多くて、聞いてみたら意気投合しちゃってさ」



 彼の言っていることがわからなくて、先ほどまで見ていた武器たちを頭に思い浮かべてみた。違和感なんてあっただろうか?



「あそこに置いてるのは、親父さんの失敗作だからねぇ」



 輝かしいまでに、室内当に照らされていた武器を、頭の中で辿ってみる。

 口元に手を当てながら、ひたすら考えていたルシウスの隣で、シュトルツが楽しそうな笑いをあげた。



「あそこに並んでるのも、上等なものだと思うよ。お子ちゃまがわからなくても仕方がないかな」


「……こだわりが強い方なんですね」



 そう口に出した途端、何故かエーレが浮かんだ。

 隣の男は、そういう人と相性がいいのかもしれない。



「まぁ、色々世話してもらってるから、毎回いくらか上乗せしてるけどねぇ」



 口止め料も込みで。

 再び、彼の楽しそうな笑いが軽やかに響いた。






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