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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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小話「エーレさんのこだわり」

※時期的には三章〜四章の間、レギオン本部に留まっていた時です。

 


 その日。ルシウスは、久方ぶりの穏やかな時間を過ごせていた。


 レギオン本部に在中するブラッドバンズのメンバーは本日、依頼でいない。

 レオンを相手にずっと訓練を重ねてきた彼であったが、たまにはゆっくり休みたい。


 そう思って、朝から街を散策し、ゆっくり食事を摂り、部屋でゆったり過ごしていた。

 エーレから借りた本を読み始めて数刻。陽は傾きだしている。



 これは、窓から差し込む夕日を見て、途端、喉の渇きを覚えた彼が離席して、数分後の話である。







「あれ、シュトルツ。なんで僕の部屋にいるんですか?」



 今しがた離れたばかりの机の前にいた仲間に、ルシウスは声をかけた。

 彼はこちらをちらりと見ると、


「ん~、いや。なんとなく?」



机から取り上げた本を、パタリと閉じた。



「ああ! 僕、それ読んでたんですよ!」




 あともう少しで読み終えるところだったから、裏にして伏せておいたと言うのに。


 彼は一旦部屋の中央へと行くが、何かを考えるようにしながら、最終的にベッドへに腰掛けた。



「聞いてますか?」



 その前まで進み出ると、彼は「ん」と本を差しだしてくる。



「これ、エーレさんの本だよね?」


「そうですけど」



 自分の本を一冊しか持っていない。

 そういえば、この前エーレが勝手に持っていった本が、手元に戻ってきていないことを思い出した。



 そもそも移動を続ける彼らにとって、嵩張る本は邪魔でしかなかった。

 それでもエーレは好んで持ち歩く。その鞄はシュトルツが持っているから、彼の腕が重くなることはないようだったが。



「エーレさんが見てなかったからよかったけど、本を伏せて置いたら怒られるよ。あと、出来るだけ日に当てないほうがいい」


「……え?」



 まさかの言葉に思わず、本を見る。


 シュトルツ曰く、本を伏せておくと本が傷むとエーレが怒るそうだ。

 陽に当てすぎると日焼けするし、写本であるから、インクが褪せたり紙も傷む。


 今までそんなこと、気にせずに本を読んでいたルシウスは、初めて聞いた単語のようにシュトルツを見た。



「いやまぁ、自分のなら好きにしていいと思うけど。ほら、ね?」



 続けることのなかった彼の言葉の意図を汲み取ったルシウスは、再度本へと手を落として、顔を引きつらせる。



「ちょ! これ! 大丈夫ですか!?」



 すぐに本を捲って確かめた。本にうるさい彼だ。万が一、バレたらどうなるか……



「どう思う?」



 顔を青ざめさせたルシウスの前で、扉の方へと声を投げたシュトルツ。そこには、いつの間にかリーベがいた。


 彼は音もなく二人へと歩み寄ると、ルシウスの手からそっと本を取り上げる。



「問題ないだろう、おそらく」



 ぱらぱらと捲って確かめたリーベの言葉に、ホッと安堵の息が漏れ出た。


 本の微細な変化を感じ取るエーレは、鑑定士か何かなのかな……



「エーレの私物は、細心の注意を払って扱うことだな」



 苦笑した彼が差し出してきた本を、受け取るのが何となく怖くなった。



「そうだねぇ。エーレさん、色々こだわりが強いから」


「色々って、他にもあるんですか……?」



 そういえば―――王国に渡る船の中で、シュトルツがそんな言葉を漏らしていた気がする。



「んーと、今は一つしか持ち歩いてないけど、ペンとか。文具系だね。インクとか。

 あとは着てるシャツ。服全般ではあるけど、特にシャツだねぇ。他には……」



 シュトルツはそのほかにルシウスが覚えきれないくらいの数を上げ始める。


 拠点を固定して生活していた時には、今の数倍沢山のこだわりがあったらしい。

 ティーカップだとか、たまに買っていた高級な茶葉だとか。


 そもそもシュトルツがその全てを把握していて、何をどうすればいいのかも把握していることに、驚きを通り越して、尊敬の念を抱くほどだった。


 この男のエーレへの愛は、崇拝に近いのかもしれない。



 だが、よくよく考えてみれば、エーレはルシウスに、そういったところを見せたことはない。


 お気に入りのシャツと言っても、船の上でざっくり切っていたし、本に関してだって、注意して扱ってはいたものの文句を言われたことはない。



 シュトルツの話とエーレの実際の言動への矛盾に、ルシウスは首を傾げる。

 それを察したかのように、リーベが肩を軽く叩いてきた。



「特に、貴方が心配(こころくば)ることではない。エーレのこだわりに関しては、この男だけが把握していればそれでいいことだ」


「……そういうものですかね?」


「ああ。私は本当に必要でない限り、エーレの私物には触れないようにしているが」



 だからリーベは、自分の私物だけを入れた鞄を持ち歩き、残りはシュトルツに任せていると。

 言いながら、彼は軽く鼻で笑った。



「私とあいつは、そういうところも折りが合わない。無意味な言い争いは、なるべく避けるべきだ」


「は、はぁ……」



 そういうところって、どういうところなんだろう?


 苦く答えながら、目だけでリーベを盗み見た時、ぐいっと顔だけ寄せてきたシュトルツが囁く。



「つまりリーベにとって、エーレさんのこだわりそのものが無意味ってことだよ」



 ここにいないエーレを頭に浮かべ、リーベを見る。乾いた笑いと共に口端を引きつった。



「エーレさん戻ってきたみたいだから、俺ら先にご飯食べてくるね~」



 それだけ残して、飼い主を出迎える犬のように、シュトルツは扉の先へ消えていってしまった。


 扉がしっかり閉まる音を聞いたルシウスは、残り数十ページの本の行方を考えてみる。

 しばらく本を読むたびに、今日のことを思い出してしまいそうだ。



「リーベ」



 だから彼は聞くことにした。



「この本の結末、知ってます?」



 その問いを受けたリーベは、一度瞬きを挟んで、ルシウスの心境を掴んだように失笑し――応えることなく踵を返した。



「最後まで休日を楽しむといい。本は本だ。物はいつか壊れる。

 貴方の扱い方なら、エーレも文句は言わないだろう」


「いや、ちょっと……」



 再び部屋にひとりになった彼は、外に滲んでいる夕日と、手の中の本を交互に見る。


 読み終えるまで、あと半刻もいらない。

 ここまで読んだんだから、結末は知りたい。



 葛藤に打ち勝ったルシウスは、陽の当らないベッドに座ることに決めた。


 持ち運んでいるはずなのに、折れも歪みもない、綺麗なままの本。


 物はいつか壊れる。でも、そのいつかが来るまで、出来るだけ大切にしたい。


 そういった気持ちは、わかるようでわからない。



 今まで愛着が持てるものが、あまりにも少なかった。



 これから僕も、お気に入りのものを増やせていけたらいいな。


 そう思いながら、本を開く前に表紙をそっと撫でてみようとして、ふと思いとどまる。



 うん、愛着と執着は違う気がする。やっぱりエーレの私物を借りるときは、気をつけよう。


 そうしてやっとルシウスは、結末を知るべく、読書を再開した。


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