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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

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呪いを売る男と古文書

 



「どの方向に何があるかくらいは、聞いておけばよかった……」



 レギオンを出たルシウスは、しばらくして自分の失態に気が付いた。


 中央通りを抜け、城が見える方向とは逆方向へ来たはいいものの……どこに何があるかなんて、わからない。


 首都なのだから、観光地もあるはずなんだけど。

 ぐるりと辺りを見渡してみる。


 休日ではないというのに、人の数が多すぎる。さっと路地に体を寄せ、ふと空を見上げた。



「エーレに無理やりでも、付き合ってもらえばよかったなぁ」



 ルシウスは、半刻ほど前のことを思い出した。









「お前、なんか欲しいもんあるか?」



 朝食時、エーレが唐突に言った。

 どうやらコンラート邸以降、久しぶりのご褒美をくれるらしい。


 そう言われても、すぐには思いつかなかった。


 訓練はつけてもらっているし、食事の指導もしてくれているし、魔鉱石や剣も困っていない。


 三人の戦う姿もまた見たいとは思うけど、ここでそんなことをしたら他のクランが騒ぐに決まっているし、シュトルツは両手剣を使わないだろう。



「僕! 首都をゆっくり散策したいです!」



 そうして浮かんだのが、これだった。



「はぁ? 勝手にしてくればいいだろ」



 拍子抜けしたような彼に、ルシウスは前のめりに続けた。



「みんなで! ゆっくり! 散策するんです!」



 途端、正面の彼は、半眼になって沈黙した。



「僕、どこに行っても、ゆっくり見回ることなんてほとんどなかったし。首都(ここ)だって、用があってどこかに行くことはあっても、ゆっくり楽しんだことありませんもん」



 首都は広い。徒歩だと一日かけても、回り切れないかもしれない。

 しかし、ルシウスの目的は他にあった。



「おすすめの場所とかないんですか?」



 今回のご褒美はこれに決定だ。決めたら、急にわくわくしだしてきた。



「それ、俺らに聞くの間違ってると思うよ~」



 隣のテーブルにいたシュトルツが、笑い声をあげる。



「エーレさんは基本的に魔鉱商か書店だし、リーベもそんなんでしょ? 俺は武器屋か……あー、美味しい店なら、何軒か知ってるけど」



 たしかに彼らが、首都を観光するはずなんてない。そんなことを今更思い出したルシウスは、嘆息をひとつこぼす。



「それに俺、明日護衛依頼もあるし、そろそろ短剣新調しにいくつもりだから~」


「私も少し、行きたい場所がある」



 シュトルツに続き、そう言ったリーベ。一応エーレに視線を送ってみるが、彼は軽く手を振るだけだった。


 ご褒美とは一体なんだったのか。相変わらず自由きままな面々に、ルシウスはムッとして、残った珈琲を飲み干した。



「わかりました。僕一人でゆっくり散策してきます」









 本当に協調性のない、マイペースな人たちだ。たまにはお子様に付き合ってくれても、バチは当たらないだろう。



 憤慨したまま出てきてしまったはいいものの、ルシウスは首から下げた翡翠のペンダントに、そっと触れた。

 何かあればリーベが気づいてくれるだろうし、僕ももう大人なんだ。一人で時間を楽しむことくらい出来る。



 そうして彼は、中央通りへと戻り、その先にいくことにした。

 ここにはあらゆる店が並んでいる。しかし大体が服飾店や雑貨店、ひとりで入るには少し敷居が高そうな飲食店などが多い。


 でもここを抜けた先の大広場にはたしか、露店が沢山並んでいたはずだった。



「うわぁ」



 他の街でもいくつか見てきたけど、首都の大広場の露店は壮観としか言いようがない。


 あらゆるところから美味しそうな匂いがしてきているし、正午前だというのに中央通りと同じくらい人が集まっていた。



「見たことない食べ物ばっかりだ」



 レギオンでは出てこない、白いふわふわした饅頭みたいなのもある。揚げ菓子や焼き菓子もあるし、串焼きや、麺を焼いたようなものもあった。


 他にも見たことのない、味も想像つかないようなものばかり。


 こうしてみたら、僕はまだまだ色んなことを知らないんだなぁ。



 ルシウスの胸には、半刻前に浮上したあのわくわく感が急に戻ってきだしていた。


 王国の色んな街を訪れても、こういった身近なものは知らないことが多い。



 感動の中、ふと足を向けた先――壁際にやたらと目につく露店があった。


 雑貨店、と言えばいいのだろうか? 置いているものに統一性がなさすぎて、逆にそれが目を引いた。


 一見、高価そうに見える装飾品や古びた本、小瓶の半分にまで減ったインク、少し色がくすんでいる羽ペン。

 気にはなったけど、露店の奥にいる店主を様子から、どうも近寄りがたかった。


 くすんだ緑色の短髪はツンツンしていて、伏せられた瞳は手元を凝視している。

 ルシウスと同じくらい細い体躯なのに、黒のノースリーブから剥きだされている腕はとても逞しい。


 それだけならどこにでもいる男性にも思えたが、何か少し変わった空気感を纏っていて、妙な違和感を覚えたルシウスがそっと一歩下がった時、予想より高い声が飛んできた。



「お? 兄ちゃん! 見てってや~」


「あ、え? 僕ですか?」


「そうやそうや、兄ちゃん以外に誰がおるんや~」



 随分鈍りのある話し方。どこの地域の方言だろうか。


 特徴的な半円を描いた糸目が、こちらへ微笑んで、気さくに手招きをしてきた。

 露店自体は気になっていたし、どうやら店主も悪い人ではないようだ。



「並んでるんは、貴族のおさがりばっかりやけどなぁ。安くしとくで~、どない?」



 なるほど、ルシウスは口の中で呟く。貴族が不要になった中古品を取り扱っているのだろう。だから高価そうなものが並んでいるのか。


 改めて眺めてみると、エーレが好きそうなものが多かった。



「手に取ってみてもいいですか?」


「ええでええで~、いくらでも見てって」



 手に取った本は古びてはいたが、書店で見かけたことのない部類だった。

 そのうちの一冊を手に取ってみて、少し文字を追ってみると……



「いっ……!」



 思わずおかしな声が飛び出た。



「あ、それはなぁ。色沙汰起こしまくって、辺境に飛ばされたおっさんの持ち物でなぁ」



 目を逸らしてそっと本を戻したルシウスの口から、乾いた笑い声が数度漏れる。



「こっちのネックレスは、婚約破棄されたお嬢ちゃんの持ち物やろ~

 こっちは、執務中に突然死したらしい爺さんのペンとインクで、こっちは~」



 男性の語るものほとんどが貴族の不幸に関わるものだった。


 この人は呪いでも売っているのだろうか。

 ルシウスはほとんど引きながら、男性の説明を聞いていた。



「あの、これは何ですか?」



 男性が一つだけ説明をしなかった本があった。



「あ~それは、なんやったかなぁ。どっかから出てきた古文書のはずなんやけど。学者に見せたら、子供が遊びで書いたんやろうって突き返されてな」



 差し出してきた一層古びた本の適当な場所を開いてみた。そこには――



「これは……」


「お? もしかして兄ちゃん、それなんかわかるんか!?」


「あ、いや」



 ルシウスは咄嗟に顔をあげて、笑顔を作った。



「全然わかりませんね。文字自体読めませんし、子供が書いたと言われたらそうなのかも」



 視線を落とした本に並べられた文字。

 どうみても古代言語が記されていた。


 どうしてこんなところにこんなものが……


 しかしああ言った手前、この本を購入するのも躊躇われた。



 まだマシそうなものと一緒に購入すれば……


 考えを巡らせたその一瞬、後方から突然湧き出たような気配に、ルシウスは勢いよく体を振り返らせた。



「ルフ。見つけ出すのが大変でしたよ~。生命力をそんな抑えて~」



 肩あたりで綺麗に流した金髪の女性。彼女は爽やかなスカートの裾を靡かせながら、ふんわり微笑んでいた。



「ア、アリシアさん?」



 たしかそんな名前だったはずだ。アヴィリオンの双子の女性の妹の方だった気がする。


 彼女はにっこりと一瞥だけくれると、更ににっこりして店主へ視線を向けた。



「帰ってくるって報告を受けてから、何日経ったかわかってますか~?」



 柔らかい口調からにじみ出る殺気に、反射的に道を開けると、アリシアが軽やかに前に進み出ていった。



「聞いてますか~? マスターを待たせるなんて、言語道断ですよ~?」



 進み出るごとに増していく彼女の殺気に、悪戯が見つかった子供のように、男性はすごい勢いで両手と首を振り始めた。



「いやいやいや、アリシアちゃん?ほら、僕、まだやることが……」


「やること? 遊びの間違いですか~?」


「いや! 僕にはマスターから与えられた使命っちゅーもんが……!」


「使命ですか~。それは素晴らしいですね~。でも私はマスターからそんなこと、一言も聞いてません~」


「そらマスターは、僕のことを一番に信頼してくれてる……そう! 家族やろ!?」



 今すぐ逃げ出しそうな男性をじわじわ追い詰めるように、アリシアが露店の中へと入っていく。


 草食動物のようにゆったりとしながらも、どの肉食動物を圧倒しているその迫力は、さすがレギオンランク一位に属する人の威圧感であった。



「待つのに飽きたアスヴァが、そろそろ暴れそうなんです~

 帰りますよ~、ルフ」


「え、ちょ……僕まだ商売が残って……!」



 それほど強くないだろう女性の力に引きずられていく男性。数メートル離れたところで、思い出したようにアリシアが振り返った。



「ああ、ルシウスさん。そこにあるものは、全て差し上げます~

 いらなかったら放置しておいてください~、あとで片付けにきますから~」



 その二人の背を見送ったルシウスは、しばらく呆然としていた。


 あの男性のおかしな雰囲気の正体。まさかアヴィリオンの一人だっただなんて……

 ただでさえおかしなマスターなのに、先ほどまでこの露店の店主だったルフという男性。


 アヴィリオンの輪郭がつかめないままのルシウスは、少し気が引けばしたものの、手に持ったままだった古文書を頂くことにした。





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