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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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形なきものに名を

 




「うん、もう大丈夫」



 屈伸をしたり、その場で数度跳ねてみたルシウスは、力強く頷いた。


 水や食事をしたり、厠へ行ったり、たまに仲間が湯あみ代わりに体を浄化してくれた以外は、寝ては起きて、ぼんやりして、また眠ってを繰り返していた。

 どれくらい時間が経ったのかわからない。



 久しぶりに手に取った手半剣が、ずっしり重く感じた。

 残念ながら、体調がすこぶる良いというわけではない。


 けれど、動けないほどの倦怠感もなく、生命力も安定している。


 あとは……



「どうしよう」



 眠れず横になっている時間は考えていた。

 加護のことだ。もし、風の精霊と仲良くなれたとしても、どうしたらいいだろうか。


 この間、何度もそうしたように、リクサの言葉を思い返してみる。



「シュトルツ、起きてます?」



 先ほどから、ベッドに横になっていたシュトルツに、ルシウスは声をかけた。


 すぐ近くで、これだけ動き回ったのだ、起きていないはずはない。

 すると、明らかに人為的な寝息が聞こえてきた。



 はぁ。ルシウスは心のうちから漏れ出したため息を吐いて、扉を見た。



「エーレ、どこにいるのかな」



 何度か彼が眠っている様子を見かけた。それ以外は基本、部屋にいなかった。

 相談したいことがある。










 レギオン支部以上に広い面積を誇る一階の隅には、輝かしい黄金色のソファーが、圧倒的存在感を醸し出して鎮座している。


 そこには、エーレとリーベが距離を空けて座っていた。



 衝突するかもしれない。

 リーベが言っていた言葉が頭に過る。


 目に映った二人は、いつも以上に仲良さげな様子だった。



「エーレ」


「ああ」 彼はリーベを一瞥して立ち上がる。「体調は?」


「もう大丈夫です。エーレは?」


「大丈夫だ」



 その顔色は前よりもよくなっていた。けれどやっぱり、疲れがとれていないようにも見える。


 ふと、視線の先でリーベと目が合った。

 彼はエーレへと視線をあげると、何か考えるようにして立ち上がった。



「どうするつもりだ? 必要なら私も付き合うが」



 一歩踏み出してきた彼に、ルシウスは「そのことなんですけど」と、二人を順に見る。



「どうしたらいいのか、相談したくてきました」


「どうも何も……」 エーレは眉を寄せて一息。「リーベ、シュトルツ呼んで来い」



 その指示に従ったリーベは、すぐに二階へ上がっていった。

 彼を見送ったエーレが、ソファーに座りなおす。



「とりあえず座れ。飯はいいのか?」


「最近ずっと、食べては寝てを繰り返してたので、特には」



 少し体が重く感じるのが、倦怠感が抜けきってないだけか、寝すぎたせいか、それとも体重が増えたせいか、わからない。


 隣に座ると、エーレはソファーに深く背を預け、天井を仰いだ。



「で?」



 切り出してきたエーレに、ルシウスは頷く。



「リクサに、形のないものに形を与えるということがどういうことなのか、よく考えて慎重にって言われました」



 それがどういう意味なのか、ピンとこない。

 彼女の言うように、精霊に姿形はないし、名前だってない。それに名前をつけることがどんな影響があるのか。



「あのくそ女の言うことは気にしなくていい」


「いや、気になりますよ」


「いいんだよ」



 リクサの話になった途端、ぶっきら棒に吐き捨てるように言ったエーレが、頭を預けたまま、目線だけこちらへくれた。



「あいつだって、加護の付与を望んでるんだろ? じゃあ、なんの問題もない。

 あとはお前がどうしたいか、お前の理由次第だ」



 僕がどうしたいか。彼女の加護を受ける理由。

 ルシウスはエーレの視線から逃れるために、同じように天井を仰いでみた。その時、



「繰り返し忠告するが、その点についても説明すべきだ」



 いつの間にか、降りてきていたリーベの声が飛んできた。

 ハッとそちらを見ると、後ろには気怠そうに欠伸をするシュトルツもいた。


 同時に、隣から舌打ちが聞こえた。

 上体を戻していたエーレは、リーベを睨んでいて、しかし迷うように数瞬沈黙した。


 次いで盛大なため息。その間に二人は近くまで歩み寄ってきていた。



 一瞬、エーレとリーベの視線がぶつかった。


 さっきまで仲良さげにしていたのは、幻かもしれない。

 ルシウスはちらりとシュトルツを見たが、彼は我関せずというように、首を回していた。



「わかったよ」



 エーレはうんざりしたように吐き出しながら、乱暴に脚を組み、口を開いた。



「先天と後天とじゃ、同じように見えて少し違う」



 何の前置きもなく、唐突に彼は説明し始めた。


 形のないものに、形を与えること。精霊の加護を受けるということ。それがもたらす影響。

 彼が話し出したものが自分が尋ねたことへの返答であると、数瞬後に気づいたルシウスは耳を澄ますことにした。





 先天的加護。

 つまり、ミレイユのような加護を持つ者は、精霊が特定の新生児へもたらした祝福の結果だ。


 新生児の先天本質と同じ属性の精霊であり、両者の間には、ほとんど同じ周波数の生命力が刻まれることになる。


 生命力がまだ形として立ち上がっていない新生児は、それに対して拒絶反応を起こさない。

 真っ白な生命力に、少しずつ馴染む形で、加護を与えた精霊の周波数に合わせていく形になる。


 そうして、両者の結びつきは自然と成り立ち、その上で強力なものになる。




 一方で、後天的加護の付与はそうはいかない。


 すでに先天と後天との本質とが混ざり合い、形として立ち上がっている人間への加護は、特定精霊の周波数とは異なる。


 どう頑張っても、同じにはなれない。だから「名を与える」ということで、精霊に形を与え、それを楔として両者を結び付ける方法だった。


 本来、形を持つことのない精霊に、形を与えるということは、つまり――



「本質を歪ませる可能性があるってことだ」


「本質を、歪ませる……?」



 エーレの説明を聞いても、なんとなくしかわからない。

 明確に違うという点があるということだけで、ルシウスはうまく理解できなかった。



「人間が精霊に名前を与えて、結びつきを固定する。それはつまり、人間の想いが精霊の本質を変化させてしまう危険性があるということなんだ」



 そこにリーベが説明を付け加え、エーレは続けた。




「お前、あいつに印をつけられたときのこと覚えてるか?」


「あの時は、たしか……」


「引っ張られてただろ」



 印をつけられ、先天本質の同調率の高さからか、風の精霊に精神を引っ張られていたことを、ルシウスは思い出した。



「あれの逆だ。祈り、願い、怒り、憎しみ……なんでもいい。お前の感情が風の精霊に影響を与えて、精霊の本質を十分に歪ませることがある」



 いや、歪まない方がおかしいだろうな。

 人間が精霊の影響を多大に受けるのが先天的加護であるとしたら、後天的加護は逆だ。

 精霊が人間の影響を大きく受ける。

 まともな精霊なら、やりたがらない。


 エーレは説明を加えながら、おもむろにこちらを向いた。



「そんな……」



 衝撃を受けて、言葉を失った時、リーベが一歩進み出てきた。



「だが、エーレの言った通り、彼女はそれを承知の上で、加護の付与を望んでいる」



 人間の方も新しく刻まれる精霊の影響に耐えきれず、生命力を暴走させる危険がある。

 しかし、リスクがあるのは、こちらだけではないのだ。


 両者に危険すぎる選択に、ルシウスは押し黙った。



 その沈黙の中、今まで何も言わなかったシュトルツが足音を立ててこちらやってくると、ルシウスとエーレの間に勢いよく座り込み、ひとり暢気に欠伸をした。



「ここまで居座っちゃったんだし、のんびり考えてみたら?」


「のんびりもなにも……」



 決められる気がしない。シュトルツの奥のエーレを見た。彼は鬱陶しそうに立ち上がると、



「前に、お前の理由を弱いって言っただろ。そういうことだ」



 じっと見据えてきた彼に、ルシウスは眉を寄せる。



 彼女に名を与えて、加護を付与される理由。



 彼らに並びたいから、強くなりたいから、万が一の時に、衝動で加護の付与を求めるかもしれないから。


 そんな自分本位の理由で精霊の本質を歪ませることは、あってはならない。



 三度目の彼は……

 ルシウスは、頭の中にある膨大な物語の捲り――立ち上がった。





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