第6話 黒水×聖水
一夜明けても、一夜さんは戻ってこなかった。
「助けに行きましょう」
主要メンバーが集まった談話室、俺は一夜さんの救出を提案した。だが、重苦しい沈黙が流れるだけで賛同してくれる人はいなかった。
小夜ちゃんは、談話室にはいない。一夜さんが戻らないことに取り乱してしまい、今はアルクと一緒に別の部屋にいる。
「それは、危険です」
意を決したように、アルシェが俺の目を見つめながら答える。
「一夜様ほどの潜入に長けたお方に何かが起こった。原因が分からぬ以上、我々が教国へ潜入するのは得策ではありません」
「俺も危険だと思う。ただ、たとえば潜入中、あるいは教国脱出時に負傷して、森の中で身動きが取れなくなっている可能性は考えられませんか?」
ダイがアルシェの意見に賛同しつつ、一つの可能性を口にする。
「その可能性もございます。ですので、エノディア様に森の中を捜索をしてもらっております」
俺の肩に座るエノに、視線が集まる。
「探してるけど、騎士団がうろついちゃってるせいで明るい時間は難しいと思う」
「ん? どういうことですか?」
詳しい事情を知らないダイが、エノに尋ねる。
「あ、ダイには話してなかったね。魂はね、難しいことはできないの。だから、森の中で人を見つけることはできるけど、集団の中から特定の人を判別することは難しいの」
「そうだったんですか……となると、教国の捜索もできないか」
「なら、小夜ちゃんの影はどうだ? それか、アカリの――」
「それはダメだ」
ダイが、語気を強めて俺の言葉を遮った。
「アルシェさんが言った通り、教国の防衛策は何も分かってない。そんな状況で、アカリを教国に向かわせることは絶対に許さない」
強い目で、ダイは俺を見据える。
絶対に譲らないという強い意志を向けられて俺が息を詰まらせる中、アルシェが口を開いた。
「小夜様は、一夜様よりも能力が劣ります」
淡い希望を断ち切るように、アルシェは明確に俺の案を否定する。
「森の捜索だけであれば問題はないかと思われますが……原因が不明な現状、対策の仕様がございません。仮に捜索に向かった小夜様の影に不測の事態が起こった場合、小夜様ご本人にも影響が及んでしまいます」
冷静な指摘に反論できず、思わず奥歯を噛み締める。
小夜ちゃんは、影に意識を移し、並行操作する。意識を移す割合によって、影体の五感は生身に近づく。一方で、実体は睡眠状態になっていき、完全に移した場合行動不能になる。さらに、実体同等になった影体が負傷すると、精神的外傷を負う欠点があった。
「おい、キルト」
ふと、ラルフさんに名前を呼ばれる。
視線を向けると、腕を組んだラルフさんが俺に顔を向けていた。
「お前にとって、あの一夜は何だ?」
「大切な仲間です」
「フッ、即答できるお前のそういうところ、嫌いじゃねぇ。でもな、そういう意味で聞いたんじゃねぇよ。いいか、アイツはお前の影だ。お前が望んだから、アイツは敵地のど真ん中に一人で潜入したんだよ」
ラルフさんは、ハッキリと言葉にした。ラルフさんの言う通りだ。俺が、一夜さんを一人で敵地に送った。
(俺のせい……)
責任を感じ、拳を握り締めた。ただ、俺の心を見透かしたラルフさんが言葉を続ける。
「ちげぇよ、責任を感じろって言ってんじゃねぇ。お前は、アイツの力を信用して敵地に送り込んだんだろ? なら、いちいち狼狽えるな」
低く、圧が込められたラルフさんの声が心に響く。
「へぇ~、ラルのおっちゃんって一夜のこと買ってるんだ」
「あ? 腕だけだ。それ以外で、あの堅物に光るモンはねぇよ、影だけにな。ガッハッハ!」
「……つまんない」
ラルフさんとエノの緩いやり取りに、思い詰めていた気分が少しばかり晴れる。
「キルトさん」
今度は、アルシェが俺の名前を呼んだ。
「仮に一夜様が捕らえられていた場合、すぐに処刑する可能性は低いです」
「何でだ?」
「教国は今、国内で起こっている問題の原因を探しています。その最中に捕えた一夜様は、暗闇に浮かぶ唯一の光明。一夜様が問題を起こした張本人なのか、問題に関わっているのか徹底的に調べ上げるはずです」
「……情報を搾り取るまでは、生かしておくってことか?」
「はい、その可能性が高いと思われます」
アルシェは微笑みを浮かびながら、硬く握りしていた拳の上に手を置いた。
「時間はまだ、残っております。その間に、安全に一夜様を助け出す算段を考えましょう」
「ああ」
一先ず、今すぐ教国へ向かわないということで纏まった。すると、今まで静観していたルナンさんが俺を見つめながら口を開く。
「キルト君、すまない」
申し訳なさそうに眉尻を下げ、ルナンさんは謝罪をしてくる。
「なんで、ルナンさんが謝るんですか?」
「僕が持ち掛けた話が起因しているからね、謝るのは当然だ」
謝罪を受け、俺は力なく笑う。
「気にしないでください」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ。それで、今日はどうするんだい?」
「やれることをやります」
「そうか……そうだね。なら、キルト君。クラインの天使の腹部について話を聞かせてもらってもいいかな?」
ルナンさんの一言で、アルシェとエノ以外が関心を示す。
横にいるアルシェに視線を向けると、彼女は真剣な表情で頷き返してきた。
「クラインの天使には、小さな女の子が入ってました」
みんなが一斉に事の重大さを理解し、談話室の空気が重くなる。
「……もしかして、生きたまま、か?」
ダイが、重々しい口調で尋ねてきた。
「分からない。けど、苦しんだような顔じゃなかった」
「そうか……」
クラインの天使の腹部に詰め込まれていた女の子は、両膝を抱え、まるで眠っているような安らかな表情を浮かべていた。
順序は考えたくもないが、それだけは唯一の救いだった。
「ただ、その女の子には別人の魂が入れられてた」
「別人の魂?」
俺がエノに視線を向けると、ダイも釣られるように視線を移す。
「たぶん、亡くなって魂が無くなった体に、別の魂を押し込んだんだと思う」
「そんなことできるんですか?」
「できるよ」
エノは一言だけ答えると、視線を伏せた。
この外法は、エノの体に埋め込まれた魔石の――魔物の力。禁忌と呼ぶべき行為を、教国が平然と用いているのだ。
「その別人の魂というのが、クラインの天使を動かしているのかい? どうして、そんな手間がかかる方法を……」
ルナンさんが思考を巡らせながら疑問を口にする中、俺がその答えを述べる。
「それは、女の子と一緒に入れられていた水が原因です」
「水?」
「はい。腹部に満たされてた水は、高濃度の瘴気が溶け込んだ水でした」
瘴気は、人にとって有害だ。僅かな瘴気であれば、体内に灯っている火が免疫のように守ってくれる。だがあれほどの瘴気が溶け込んだ水の場合、体内の火では防げない。
「あの水は、クラインの天使を動かすための動力源でした。でも生きた人間じゃ、あの水には耐えられない。だから、こんな方法を取ってるんだと思います。ルナンさん、『水』について何か聞いたことはないですか?」
「……もしかしたら、聖水かもしれない」
考え込んだ後、ルナンさんは聖水について語る。
「詳しい場所は分からないが、教国のどこかに聖水が湧き出る場所があるらしい。その聖水は、選ばれた者――水巫女だけが汲むことを赦されていると聞いたことがある」
「ちッ、クソが」
瘴気が溶け込んだ死の水を聖水と呼び、その上、名誉ある行為としている教国に苛立ちを覚えた。
「待ってください。それは、さすがに荒唐無稽っていうか……湧き出るってことは地下水のことだと思いますけど、瘴気が溶け込んだ水が湧き出てるなんて本当にあり得るんですか?」
ダイは半信半疑と言わんばかりに、否定的な意見を述べる。
「確かに聞いたことがない。これはあくまで、可能性の話だ。もしかしたら、僕が知らないだけで他にあるのかもしれない」
「どう思う?」
俺は、アルシェに意見を求める。
「詳しいことが分からないので何とも言えませんが、もしそうであれば教国は最高機密として扱うでしょう」
「間違いないですね」
アルシェの言葉を聞き、ダイが同意する。
「ん? 何でだ?」
俺が尋ねると、ダイが説明してくれた。
「石油みたいなもんだ。教国は、その水。帝国は、魔血。どっちも、まったく新しい動力源だ。生産量、コスト、リスクがどの程度かは分からないけど、どっちの国ももう運用は出来てる。あとは先に量産できた方が、莫大な利益と、武力以外で世界を牛耳ることができる」
今度は、ダイの話にアルシェが頷く。
「ダイ様の言う通りです。付け加えるならば、帝国は教国の水の存在を把握した場合、必ず手に入れようと教国へ侵攻します。そうなった場合、教国が帝国の侵攻を防ぐのは困難でしょう」
「なるほどな、だから秘匿するってわけか。まぁでも、あんな濃い瘴気の水なんて誰も耐えられないと思うけど……いや――」
どうして、水巫女は耐えられるのか。もしかしたら、命を落とした水巫女をクラインの天使の腹部に詰め込んでいる可能性に思い至る。
(今のままじゃ、断定はできないか)
まだ魔術で防いでいる可能性も、魔術式が刻み込まれた防護服で身を守っている可能性もある。それにだ。腹部に詰め込まれていた女の子は、五歳未満くらいだった。今ある情報では答えは出せないと思考を中断し、ダイとルナンさんの順に視線を移し、二人に注意を呼び掛けておく。
「先の事なんでどうなるかは分かりませんけど、二人は絶対にクラインの天使とは戦わないでください。あの水は、数滴漏れ出ただけで命の危険がありますから」
「分かった、肝に銘じておくよ」
ルナンさんは、素直に頷く。
「俺は端から戦う気はない」
「分かってる。一応だ、一応。覚えといてくれ。うし、話し合えるのはこんなモンだな」
俺はそう言いながら、おもむろに立ち上がる。
「どうしたんだい?」
ルナンさんが、不思議そうに声をかけてきた。
「周辺の森を探索します。もしかしたら、一夜さんが傷だらけで倒れてるかもしれないので」
「仲間の安否が気がかりなのは分かる。でもキルト君、さっきラルフさんに言われて納得しただろう?」
穏やかな口調で制止を呼び掛けてくるルナンさんに、俺は不敵な笑みを浮かべながら返事を返す。
「はい、分かってます。でも、俺が送り込んだのは教国であって、森じゃないです。ですよね、ラルフさん?」
俺の屁理屈を聞き、ラルフさんは腕を広げて肩を竦ませる。
「好きにしろ。どうせ、止めたって探しに行くんだろ?」
「はい。エノ」
「はーい」
「アルシェ、作戦頼む」
「かしこまりました」
とんとん拍子で決まっていく中、目を見開いて固まっていたルナンさんが呆れたような、それ以上に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「はは、キルト君らしいね」




