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悪服す時、義を掲ぐ   作者: 羽田トモ
正教国編
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第7話 表顔×善性

 ――一夜が侵入した日の明け方。


 大広場に整然と列をなしている国人たちは、地面の上に跪き、東の空を無言で見つけていた。


 一時間後、雲一つない東の空が金色に染まっていく。


 東側に設けられた門の上には、白亜の石材で作られた空の台座が彼方なる天に座していた。


 皆がもうすぐだと察し、瞬きすら行わずにその時を待つ。


 徐々に闇が晴れていき、ついには空の台座に太陽が顔を覗かせた。


 太陽を目にした瞬間、国人たちが一斉に祈りを奉げ出す。


 右拳を天高く掲げた後、頭上で一度完全に手を開き、数秒経ってから人差し指と親指でL字をつくると、額、左胸の順に右手を降ろす。


 性別問わず、子どもですら真剣に、脇目も振らずに黙々と祈りを続ける。


 やがて、昇っていく太陽が台座の天面の位置へ来ると、思い思いに祈りを捧げていた国人たちの祈りの所作が揃う。


 太陽が台座の天面から離れると同時、祈りは終わりを告げる。






 ◇◇◇◇◇






「良い日の出だったな」


 金糸で百合の花が刺繍された白い祭服を着た初老の男性が、後ろに控えていた黄色い祭服を着た従者に声をかける。


「はい。まるで、神からの吉兆のような素晴らしい朝日でした」


 男たちはバルコニーを後にすると、部屋の中を通過し、廊下へ出た。


「日教皇様のご容態は?」


 朝の冷えた空気が漂う大理石の廊下を進みながら、初老の男性が前を向いたまま尋ねる。 


「依然として、意識は戻らないそうです」


 従者は声調を落とし、無力そうに答えた。


「そうか」


 金製の調度品が点々と置かれた長大な廊下を歩んでいると、前方から黄色い祭服を着た若い男性たちがやってくる。


「おはようございます、マシューバーブン様」

「うむ、おはよう」


 深く頭を下げてくる若い男性たちに、柔和な雰囲気の初老の男性――マシューバーブンは微笑みを浮かべながら挨拶を返す。


 朝礼が終わり、一日が始まった大聖堂イーシェの廊下を進むこと数分、会議室に到着した。


「どうぞ。本日の会議、ご検討をお祈りしております。いってらっしゃいませ」 

「ああ」


 扉を開き、微笑んでくるむ従者に小さく頷き返したマシューバーブンは、ゆっくり会議室へ足を踏み入れる。


 天井に設けられた天窓から、燦々と陽光が降り注ぐ会議室。調度品は置かれておらず、国旗と教えが刻まれた石板だけが壁に飾られている。部屋の中央には、大きな太陽が彫られた円卓が置かれ、同様のデザインの椅子が七脚置かれていた。


 席には、四人が座っていた。


 マシューバーブンは静かに歩を進め、背もたれに“金”と刻まれた椅子に腰かける。


 誰も口を開くことはせず、背筋を伸ばしたまま沈黙を貫く。


 一人、また一人と曜卿たちが会議室に現れ、六人目が着席すると同時、長く伸ばした白髪を後ろに流した老人――月曜教が重々しく口を開いた。


「始めるかの。昨夜のうちに報告を受けたと思うが、侵入者を捕えた」

「本当に、鬼なのか?」


 曜卿の中で一番歳若い男性――木曜教が、月曜教に尋ねる。


「黒蝶の報告によれば、人の容姿をし、人外の言語を叫んだそうじゃ」


 曜卿たちの目つきが鋭くなる。


「……処刑方法は、火刑か?」


 木曜教がそう口ずさむと、眼鏡をかけた細身の中年男性――水曜教が異議を唱えた。


「火刑は止めるべきだ」

「貴様、教えに背く気か?」


 間を置かず、マシューバーブンが水曜教を見据えながら低い声を発した。だが、水曜教は動じることなく訳を述べる。


「背くつもりはない。ただ、灰が原因であるという可能性が捨てきれない以上、火刑は止めるべきだ」

「ここは第二の聖地、信仰を司る聖座だ。教えに背くことは、断じて許されない」


 互いに引かず、身動ぎせずに凄み合う。


「よさぬか、二人とも」


 月曜教が二人以上の威圧を放つと、水曜教とマシューバーブンは同時に視線を外した。


「ふん、ならばどうするのだ? 応急処置として結界を張り直したが、画皮剥落はくじつとしは出来ぬぞ?」


 カイゼル髭を生やした精悍な顔つきの男性――火曜教が鼻を鳴らし、冷静に現状を口にした。


「鬼の処刑は後回しじゃ。金曜教、鬼は貴様に任す。洗いざらい吐き出させろ」

「うむ」


 月曜教とマシューバーブンとのやりとりを見つめていた水曜教が、声量は抑えつつも聞き取れる声で「()()()な」と呟く。


 一瞬月曜教が水曜教を見つめるが、何も言わずに話題を替えた。


「森の捜索は、どうなっておる?」


 尋ねられたマシューバーブンと、恰幅が良く頬が垂れた初老――土曜教だった。


「見つかっておらん」

「こちらもです」

「まだ仲間がおる、捜索を続けろ。必要であれば、魔術協会に――」

「必要ありません」


 笑顔を張り付けたまま、土曜教が月曜教の言葉を遮る。


「……まあよい。以上じゃ」


 会議の終わり、曜卿たちが席を立つ。


「お疲れ様でございました」


 会議室を出ると、マシューバーブンの元へ従者が歩み寄ってくる。


「このまま、協会へ向かう」

「かしこまりました」


 従者が先頭を歩き、東門から真っすぐに伸びる主要通路を隔てた真向かいにある魔術協会へ向かう。


「マシューバーブン様!」


 二人が大広場を歩いていると、黄色い祭服を着た子どもが駆け寄ってきた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」

「コラ、ダメでしょ? お忙しいところ、申し訳ございません」


 子どもの母親が、血相を変えて走り寄ってくる。だが、マシューバーブンは頬を緩ませながら子どもの頭を優しい手つきで撫でながら答えた。


「よいよい、健やかな子は宝だ」


 頭を撫でられて気持ちいのか、子どもは「うふふ」と嬉しそうな声を漏らす。


「マシューバーブン様。私、教国が早く元通りになりますようにってお祈りしました!」

「そうかそうか、良い心がけだ」


 溌剌とした笑顔を浮かべながら報告してくる子どもを目にし、マシューバーブンはさらに目を細める。


「マシューバーブン様、そろそろ」


 従者が、小声で時間を告げる。


「うむ。よいか、これからもしっかりと励むのだ。神は我々を見守って下さっておる」

「はい!」


 子どもと頭から手を放し、マシューバーブンと銃者は魔術協会へ向かう。


 大聖堂とは異なり、魔術協会は高い塀で囲われている。


 門番も常駐しており、許可のない者は敷地内に入ることすら許されない。


「これは、マシューバーブン様。今日はお早いのですね」


 門の前に立っていた黄色いマントを羽織った女性が、マシューバーブンに気付き、声をかけてきた。


「ああ。鬼の件、私が一任されたのでな」

「ッ!?」


 女性は目を見開き、数秒後、感激したように声を弾ませる。


「それは喜ばしいことです! マシューバーブン様がお引き受けくださるのならば、教国の憂いは晴れるに違いありません!」


 女性は太陽を見つめると、興奮を抑えながら祈りを捧げる。


「して、さっそく向かいたいのだ」


 祈りを終えるまで見守っていたマシューバーブンが、タイミングを見計らい女性に声をかけた。だがその声を聞いた瞬間、女性の表情が曇る。


「申し訳ございません。せっかくマシューバーブン様にご足労いただいたのですが、まだ鬼は意識を失ったままでございます」

「……そうか、ならば先に()()()ことにしよう」

「かしこまりました。では、案内をお呼び――」


 女性がそう言いかけたが、マシューバーブンが手で制す。


「よい。構わぬか?」


 マシューバーブンが、再度目線で立ち入りの許可を取る。


「さようでございますか。もちろんでございます、どうぞお入りください」


 マシューバーブンは門を潜り、魔術協会の敷地内に足を踏み入れた。その瞬間、目には見えない薄膜を通り抜けた感覚をかすかに感じ取る。


 感覚は一瞬。だが直後、周囲の気候が一変したことを肌で感じ取る。


 眼前に広がるのは、美しい庭園。穏やかな日差し。心地良いそよ風。張り巡らされた水路には透き通った水が流れ、手入れされた色とりどりの花々の周りには蝶たちが舞っている。


 楽園と呼ぶにふさしいこの場所こそが、魔術協会。


 マシューバーブンたちは、花の匂いに包まれながら前方に聳え立つ左右対称なコの字型の屋敷を目指す。


「励んでいるようだな」


 庭園で魔術の訓練を行っている魔術師を目にし、マシューバーブンが微笑ましそうに呟く。


「皆、一日も早く教国のために働きたいのです」


 従者も、昔の記憶を思い出しているか、遠い目をしながら相槌を打った。


「ふむ、まだ時間はあるな?」


 マシューバーブンは、庭園で訓練を行っている者たちの方へ歩み寄る。従者は、遠ざかっていくマシューバーブンの背中を見つめながら「まったく、お優しいお方だ」と呟き、小走りで後を追った。

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