第9話 空×助けるために
アルシェが考案した作戦を聞いた後、俺は早速外へ出た。
「小夜ちゃん、準備はいい?」
「はい」
小夜ちゃんの影体が頷く。
「大丈夫、一夜さんは生きてる」
「はい」
今度は、肩に座るエノに声をかける。
「いけるか?」
「いつでもオッケーだよ」
二人から確認を取ると、枝を飛び移って移動を開始する。
朝特有の清々しい空気と、青々しい草木の香りが充満した森。風に揺れる葉音は心地よく、遠くで聞こえる鳥のさえずりは心を和ませる。
「こっちか」
居場所は把握していたが、視覚よりも先に聴覚で察知した。
調和の取れた朝を台無しにする、行軍の足音と擦れる金属音。
気付かれないよう必要以上に距離を開け、音がした方角へ目を凝らす。
視界を埋め尽くす、手つかずの大自然。一つとして同じ形のない木々の隙間、朝日を反射して光り輝く白銀の鎧を捉えた。
小夜ちゃんに手で待機の合図を送り、屋敷に居るアカリへ声をかける。
『アカリ、準備はいいか?』
『いつでも大丈夫だよ』
周囲に反応はない。
屋敷から、アカリを呼び出す。
「悪いな」
「ううん、気にしないで。私だって、一夜さんを助けたいから」
「ありがとな」
アカリを背負うと、後方に居る小夜ちゃんへ合図を送る。
合図を受けた小夜ちゃんが、東方聖騎士団のもとへ向かう。
俺は昨夜、クラインの天使と戦闘を行った。そのため、教国は一夜さんの仲間がまだ潜伏していると考える。
なら、そこへ小夜ちゃんの影体が姿を見せればどうなるか。
『どうだ、ダイ?』
ダイが東方聖騎士団を目視できる距離まで接敵した後、尋ねる。
『……一夜さんは、生きたまま捕えられてる』
希望が繋がり、俺は思わず拳を握り締めた。
小夜ちゃんの影体を目にすれば、必ず同系統の能力である一夜さんを思い浮かべる。そして訓練を積んだ者ほど、現状をもとに数多の推察を行う。
アルシェの読み通りだった。
『魔術協会ってところに、捕えられてるみたいだ』
『分かった』
一番知りたい情報は得た。
「アカリ、ありがとな。戻ってくれ」
「うん……本当に大丈夫?」
「平気だ、心配すんな」
黒穴を出現させ、一足先にアカリを屋敷へ帰す。
『小夜ちゃん、戻って来て』
屋敷に居る本体に声をかけ、エノにも周囲の警戒を呼び掛ける。
「エノ」
「もうやってる」
ここからが肝心。小夜ちゃんの影体を追ってくるだろう騎士団を撒かなければ、屋敷へ帰還はできない。
小夜ちゃんの影体が戻ってくると、案の定機動力のある騎士団員数名が追って来ていた。
「キルト、あっちには誰もいない」
「了解」
枝を蹴り、エノが指し示した方へ移動する。
『キルト、ルナンさんの言う通り捜索に黒蝶は参加してないみたいだ』
『分かった』
ダイからの追加報告を聞き、一度立ち止まる。
(黒蝶が追ってこないってことは、単純に逃げ切ればいい)
後ろを振り返り、小夜ちゃんに手招きをする。
「小夜ちゃん、こっち来て」
「はい」
「ちょっとごめんね」
小夜ちゃんを背負い、全力で逃走する。
「エノ、どうだ?」
「周囲に敵影なし。魔術の方は?」
「魔力の気配はない。このまま一気に追っ手を引き離す。しっかり掴まってろ」
追跡をするとしても、さすがに教国から数キロ離れることはしないだろう。
その予想は的中し、俺の速度に追いつけないと早々に見切りをつけたのか数百メートルほどで騎士団は追跡を止めていた。
「ふう、ここまで逃げれば大丈夫だろ」
万が一を考慮し、振り切ったことを把握しつつも数キロ走り続けた。
「撒いたみたいだ」
「楽勝だったね」
「まあな。小夜ちゃん、もう降りていいよ」
「……はい」
「ん?」
なぜか、小夜ちゃんの返事に妙な間があった。
「あ? 小夜~、もうちょっとおんぶされてたいんでしょ?」
「あ、えっと……」
「帰ったら、いくらでもやってあげるよ」
「いや、なんでエノが答えんだよ。まあ別に、それ位いくらでもやるけどよ」
名残惜しそうにしている小夜ちゃんに、俺はさっそく一夜さんのことを伝える。
「小夜ちゃん、一夜さんは生きてる」
「本当ですかッ?」
「ああ。状況的に、たぶんアルシェの推察通りだ。まだ時間はある。今すぐは無理かもしれないけど、必ず助け出そう」
「はい!」
俺たち三人は、完全に警戒を解いていた。
そんな中、突然危機感知が発動する。
「なッ?!」
唐突な危機感知に、全身が粟立ち、体を硬直させてしまう。
虚と思考の狭間――瞬きすらせずに固まっていると、それは足元の地面に現れた。
(……影?)
小さな丸い影。
俺のではない。
小夜ちゃんのでもなく、当然エノでもない。
黒い点だった影は、次第に大きく、より黒くなっていく。
正体不明の影に目を奪われていると、ふいに風切り音が聞こえた。
「ッ、逃げろッ!」
すべてを察した俺は、叫びながら空を見上げた。
太陽を背に、急降下してくる黒い塊。
違う。
たなびく黒装束。アゲハ蝶のような模様の袖下。見たことがなくとも、一目で分かる出で立ち。
「なッ!?」
俺は再び、固まってしまった。
(そんな、あり得ない……)
予想もしていなかった事実を目の当たりにして、思考が停止する。
(そんなわけ――)
また、危機感知が電流のように全身を駆け巡った。
その感覚で我に返り、慌てて意識を空に向けると、俺らを射抜こうと無数の魔弾が降り注いでいた。
「ちッ」
俺は、小夜ちゃんを抱えてその場から離脱する。
入れ替わるように、背後で轟音が鳴り響く。
半身で振り向けば、巨木が木屑を飛び散らしながら倒れる。
『キルト!』
心配して叫ぶダイに返事を返す余裕はなく、黒蝶を撒くために木々が密集した場所へ駆け込む。
「小夜ちゃん、エノ」
走りながら、二人に声をかける。
「俺が囮になるから、二人は逃げてくれ」
「できません!」
小夜ちゃんが声を荒げる。影体に顔はない。それでも、俺の腕を掴む強さで必死さが伝わって来る。だが――、
「ダメだ」
「ですが――」
「小夜ちゃん、あの黒蝶の攻撃見えた?」
危機的状況のため、威圧するように小夜ちゃんへ尋ねる。
「み、見えませんでした」
小夜ちゃんの手から力が抜け、か細い声で答えた。
「だろうね。あれは、魔術で空気を撃ち出してた」
『本当ですか?』
外の状況を見聞きしていたアルシェが、驚いた声音で会話に混ざってきた。
『ああ』
『空気を……教国の魔術はそれほどのレベルに……』
『いや、違う』
頭に響く声音から、アルシェが見当違いをしているのが分かった。
『あの黒蝶は――』
奇襲を受けた際、硬直してしまったわけ。
俺だから気付けた事実。
『日本人だ』
そう言った後、みんなへ聞かせるように声に出して答える。
「あの黒蝶を見た時、魔力漕が見えた」
これで、ダイにも通じたはず。
『ダイ、聞いてたか?』
『ああ』
『クラスのヤツ等に、空を飛べる天賜は居たか?』
『分からない。ちょっと待ってくれ……アカリも分からないみたいだ。顔は見えたか?』
『見えなかった』
平らだった地面が途切れ、勾配のきつい斜面に出る。転げ落ちないよう気を付けながら滑り降る最中、人一人通るのがやっとな小さい洞窟を見つけた。
「ちょうどいい、二人はこの中に居て」
『いけません』
返事を待たずに小夜ちゃんを洞窟の中へ強引に押し込んでいると、アルシェが制止を呼び掛けてきた。
『キルトさんも屋敷へ戻るべきです』
アルシェの意見は正しい。だが、俺の気持ちは黒蝶に向いていた。
『悪い』
『キルトさん!』
『……あれが誰なのか、突き止めたいんだ』
クラスメイトの誰なのか。もしかしたら、俺みたいに取引材料にされたのかもしれない。教国に利用されているのかもしれない。
『本気で戦うつもりはない。ただ、知りたいんだ』
助けを求めているかどうかを。
『もし無理矢理させられてるなら、俺みたいな目に遭ってるなら助けたい』
『……条件がございます。僅かでも攻撃が被弾した場合、即座に帰還してください』
『分かった』
俺は、小夜ちゃんとエノに視線を向ける。
「ごめん、行ってくる」
「うん、気を付けて」
「お気をつけください」
魔力探知を行えば、黒蝶は上空で旋回していた。
俺は、黒蝶と対峙するべく駆け出す。




