第10話 天翔ける×黒い翅
気配探知で黒蝶を捕捉しつつ、ラルフさんの言葉を思い返す。
『おい、キルト。あの黒蝶と戦うっつうなら、お前一人でやれ』
有無を言わさぬ、強い想いが込められた声。
『正義ってぇのが何なのか、知りてぇんだろ?』
ラルフさんは、俺の意思を尊重はするが決して甘やかさない。
『お前一人でやって、黒蝶の根っこにある正義を感じ取ってみろ』
背中を叩かれ、送り出された気がした。
「よし!」
腹を決め、駆け出す。
日が差し込む場所まで移動すると、拳大の石を上空で旋回している黒蝶目がけて投石する。
弾丸の如き高速で飛来する石。
しかし、黒蝶は石に気付くと直ぐに旋回して回避した。
俺もすぐに、その場から離れる。直後、先ほど居た場所に空気の弾丸が撃ち込まれた。
巨木の後ろへ滑り込み、黒蝶の魔術を分析する。
(弾は球体。大きさも自由自在っぽいな。……今のピンポン玉程度が限界か? 威力は俺の方が強いけど、一度に放てる数は向こうが上。んで、魔術の肝はアレか)
黒蝶は、腕にスリングショットのような武器を装着していた。
跳躍すれば、黒蝶には届く。だが容易に躱され、ハチの巣にされるのが目に見えている。
「やっぱ、降りて来ないか」
魔術を放った後、黒蝶は高度を維持していた。
(初撃の奇襲を躱されたから、もう接近はしてこないか)
空を縦横無尽に飛行し、上空から一方的に攻撃を仕掛ける。
(隙がない。戦い慣れてる。……どうする? このまま暗くなるまで……いや、不利な戦いをするわけねぇか)
僅かな隙間から見える黒蝶に目を凝らす。
飛び回りながら魔術を放っているのに、魔力はまったく減っていない。それにだ。クラインの天使との戦闘から、俺が夜でも視界が利くことを把握しているはず。黒蝶が、夜間戦闘を行うわけがない。
「はッ、さすがは日本人様だ」
厄介な相手に、思わず皮肉を口にする。
ただこのままでは、黒蝶の正体を知ることは出来ない。
「ぜってぇ、その顔を拝んでやる」
制空権は取られているが、索敵はこちらが勝っている。
それを生かす。
黒穴の中から石を取り出し、戦いの口火を切った。
「くらえ!」
黒蝶は石を回避しながらスリングショットを引き、散弾銃のような空気弾で反撃してくる。
「当っかよ!」
葉が薄い方へ飛び、走りながら挑発する。
「どこ攻撃してんだ! 弾数増やしても、一発も当たってねぇぞ!」
絶えず叫び声を上げ、躱されようが構わず石を投げ続ける。
胸。腹部。速度を上げて頭。一投ごとに狙う箇所を変える。
攻撃し続けることが大事。悟られてはいけない。そうして、遠目に見えていた場所へ誘い出すことに成功した。
大森林にぽっかりと開いた場所。
その中央で立ち止まると同時に振り返り、後を追って来た黒蝶に今度は両手で石を投げる。
黒蝶は石を避けながら反撃してくるが、俺は出来るだけ中央に留まりつつ空気弾を避ける。
お互いが遠距離攻撃を繰り出す中、黒蝶が真上へやって来た。
また、太陽を背にする黒蝶。
第一段階は上手くいった。表情には出さず、第二段階のために集中力を一段高めて機を窺う。
「オラ!」
右手で石を投げ、続けざまに左手でも石を投げる。
黒蝶はすべて石を躱し切ると、反撃するべく左腕に取り付けたスリングショットを引こうとした。
(今!)
石の中に紛れ込ませた魔石を、黒蝶の右側へ投げた。
(そうだ。お前は、左側に意識を置く)
黒蝶が読み通りの動きをした結果、真横を通り過ぎたタイミングで魔石に刻み込まれた魔術式が発動する。
瞬間的に拡がる黒色の煙幕。
地上と違い煙幕は風に流されてしまうが、数秒はその場に留まる。
(そっちか!)
煙幕内を移動する黒蝶を捕捉し、タイミングを見計らって別の魔石を投げた。
魔石は、黒蝶が煙幕から抜け出すと同時に発動する。
眩い閃光が、青空を白く塗り潰す。
(仕上げだ!)
黒蝶の左右に、音響石を投げる。
平衡感覚を麻痺させるような甲高い高音が鳴り響く。
黒蝶は体を硬直させたまま、高度を下げる。
石を躱すために太陽から外れているため、視界が利かなくなることもない。
深く膝を曲げ、黒蝶に向かって跳躍した。
(お前は、誰だ!)
フードへ伸ばした指先。
訳を聞く。
無理矢理だったら力になる。
だから、話を聞かせてくれ。
――最初に気付いたのは、匂いだった。
黒蝶から、むせ返るような濃い花の香りがしている。
その匂いを認識した次の瞬間、目の前から黒蝶が消えた。
「ッ!?」
突然のことに思考が真っ白になる中、ふいに命が冷たくなり、本能が叫んだ。
反射的に体を丸めて頭を守り、全身の内側を黒紫色の筋繊維で固める。
上空は、風の通り道。止むことのない風音に、聴覚が遮られる。だが、薄く砥がれたような鋭い音がはっきりと聞こえた。
「何――」
直後、左半身に薄い空気のような感触が通過する。
「え?」
数秒後、頭を守っていた左腕は肩付近から切り落とされ、地面へ落下する。
ふいに開かれた視界。状況が呑み込めずにいると、空気の翅を生やした黒蝶の姿が見えた。
ようやくこのタイミングで危険感知が体中を駆け巡り、同時に理解する。
斬られたのだ。
「これが……これが、朝の子の力……」
魔族の改造によって手にした規格外の力。それすらも凌駕する。
化け物だ。俺とは別種の。
これが、“日本人”なのだ。
『キルトさん、直ちに撤退してください!』
頭に響く、切羽詰まったアルシェの声。
『……分かった』
自由落下の最中、黒蝶は追撃を仕掛けてこなかった。
地面に着地すると、黒蝶を視界に捉えつつ森の中へ逃げ込む。
その最中、ふと鼻に残った甘く濃厚で上品な香りがした。
黒蝶との戦いは、俺の負けで幕を閉じた。




