1.目覚めますか?
ぼんやりとした視界が、ゆっくりと像を結ぶ。何度かまばたきをし、それが白い天井と………
「優馬!」
我が親ながら、年齢不詳な母・秋音の顔だとわかった。切り揃えられた髪の向きから、自分が仰向けで、覗き込まれているらしい事も。
「大丈夫?痛むところは?」
言われて、体の感覚も戻ってくる。トレーナーは脱がされて………
(うぉっ。脱がされてる)
ジーンズも脱がされていた。布団をめくって確認すれば、浴衣みたいな入院着。痛みは脇腹と、脚に少々。
「なにが……、ここどこ?」
起きようとした体を押さえつけられる。
「お母さんの務めてるビルのクリニック。車にはねられたって」
ナースコールを押しながら言われて………そういえば、最後の記憶は迫りくるトラックだった。
(あれで助かったのか、俺)
しかもほぼ無傷っぽい。そうとうな悪運と思われる。
「もうちょい詳しく……ってか、今何時?」
「もう夜よ。あとで説明してあげる」
医師と看護師が現れて、逆にこちらが質問される。名前と誕生日だの、体についてだのを戸惑いながら答えつつ、それでやっと自分の傷を把握した。
脚の擦り傷、ハデに転んだくらいのもの。同じく、額に傷と腫れ。脇腹にはアザが出来てた。
(結構ないきおいで向かってた気がするけどな……)
ケガの度合いに不満があるわけではないけれど。この程度で済むような衝突だったとは思えなかった。
首を傾げていると、一度廊下に出ていた母が見知らぬ男と一緒に戻って来た。歳の頃は三十前後。ひと目で高級とわかるスーツ、ツーブロックのさわやかな顔立ち。おまけに高級そうな腕時計。
ヤなヤツだ、と断じて。でもそれを顔には出さずに、目だけで秋音に尋ねる。
「このビルのオーナーで、ユニバーサル・リサーチ社長の香宮さん。あなたをここまでつれてきてくれたのよ」
だからしっかりお礼を言っときなさい、と言外に念を押される。
「それは……ありがとうございます」
母の務め先の社長でもあるならば、それはもう上げる頭がみつからない。
「いや、偶然近くに居合わせただけだよ」
「ですがここの手配や相手への対応までしていただいて……」
「敷地内だし、事故を起こしたのはうちに来ている業者だったからね。業務の範囲とも言えるから」
謙虚とお礼が折り重なるオトナな会話でも、聞いていれば少しは事態の推測が出来た。
このビルに納品に来ていた業者がサイドブレーキをかけ忘れ、そのトラックが優馬の方へ突っ込んできたらしい。救急車も呼ばれたが、目の前のビルにはクリニックがあり設備もある程度整っている。オーナーが仕切りをしていれば、そりゃクリニック側は協力するしかない。
事故を起こした業者側も、オーナーが間に立てば『おっしゃるとおりに』と言った態度らしい。そもそも百パーセント運転手の責任で、あとはもうケガの度合いで賠償額が決まるだけ、といった具合だし。
去るタイミングを計っていたのだろう。医者が後日の来院を告げて出て行った。残った香宮は、
「しかし優馬君のケガが軽いようでよかったよ。違和感とかはないのかい?」
「はい」
じっとしてれば忘れられるほど、痛みは軽い。
「そうか。まぁ今日は安静にしていた方がいい。まだ春休みだろう?」
「明後日始業式です」
「無理はしないようにね。日立さんも、社の仮眠室で良ければ泊まっていくといいよ」
その言葉に思い出す。そもそも優馬がここまで来たのは……
「あ、荷物」
秋音の『帰れないグッズ』を届けるためだ。だが優馬が持ってた鞄などは………
「………」
秋音に目を向けると、小さく首を横に振る。当然、ダメか。
その様子を見て察したらしい香宮は、
「ビジネスホテルで良ければ近くのを手配するけど?」
「いえ、他にも必要な物があるので帰ります」
「ではタクシーを手配しよう」
ふところからスマホを出すと、こちらの返事も聞かずに操作し始める。慣れた手つきとスマートな仕草。おそらくタクシー代もこちらに払わせる事はないだろう。
非はないのに、香宮へのヘイトが上がる優馬。
「じゃあ帰るけど、明日また来るから」
秋音が荷物をまとめつつ告げる。
(正直すぐ帰ってもいいけど……そうはいかないんだろうな)
仮にも車にはねられたのだ。どうせ入院費は相手持ちだろうし、少しは入院体験というのをしてみても………と、気付いた。個室だ。しかも結構広い。
「タクシーはすぐ来るそうだよ。それと………」
優馬と目が合う。なにかと思えば、
「下のカフェに言ってなにか作らせよう。なにがいい?」
言われて、空腹に気付く。カフェのメニューなどわからないので、適当にと言ったら、
「それじゃあ。日立さん、下まで送りましょう」
「じゃあ優馬、明日ね」
十分ほど後、トマトリゾットのふわっとろオムライスが届いた。ハーブティーも添えられて。
香宮の気の回りっぷりに、文句の付け所がなくて文句を付けたくなってると翌朝、新しい着替えと鞄まで届いた。
金持ちで気配り出来てさわやかなイケメンだと?
(………ヤツは、敵だ……)




