9.終わりですか?
「大丈夫か?」
「あぁ………気が抜けただけ」
冬華が現れ、香宮が倒れたのを確認して。優馬の緊張の糸が切れた。
自分ではそこまで張りつめていたつもりはなかったが、それでも初めての実戦。負担は大きかったのだろう。足から力が抜け、床に座り込んでしまった。
「なかなか呼ばないからヒヤヒヤした」
「予定通りだったろ」
彼女のスタイルはカタナ。攻撃力においてはソードをしのぐ。ただし、その分防御性能は低い。
香宮のスタイルの予測をして、秋音を人質に取るかもしれないという予想をした時。必要だったのは秋音のボディガードと、優馬自身へのフォロー役だった。
さっさと秋音を保護下に置いてしまうのは簡単だったが、それでは次手の予想がつかないし、香宮対G.O.の正面衝突になりかねない。見張りを付け、救出の算段をつけた上でさらわせてしまうのが一番と判断した。
そしてフード男というフラグを回収のため、香宮はクライマックスの前に一度接触してくると読んでいた。『試す』という言葉の通り、優馬の覚醒が目的なら情報をぶちまけるシーンが必要だ。そして………秋音という人質もいる事だし、考える時間を与える。
優馬がシナリオを組むなら、そうする。
そのタイミングで戦闘に持ち込み、倒してしまえれば………その時に必要になるのが、優馬のフォロー役。というか、攻撃役だ。
優馬のブランドが防御特化のソードブレイカーだとわかって、どうしても攻撃力のある仲間が欲しかった。
提案したのは優馬。指揮を取ったのはハルで、秋絵を救出したのはアラシだ。
冬華には、香宮が防御の切り札を使うまで待って一撃で仕留める役をやってもらった。
「大した役者だよ、キミは」
差し出された左手を握って立ち上がる。
あらためて見れば、ポニーテイルに黒の上下。ぱっと見には量販店にでもありそうな服装だが、体にフィットして動きやすそうで………
(スタイルが……)
ゲームとは関係ない意味の方で。こちらも攻撃力は高い。
「体の方は大丈夫か?」
手を握ったまま、ぺたぺたと確認される。
「あ、あぁ…」
制服のまま戦ったのであちこち破れてしまったが。体自体はなんともない。大きな傷もふさがっている。メタライゼーションも……───
「ふむ。私のことをどう思う?」
「……は?」
どこでフラグが立った?にしても唐突過ぎじゃないか?まぁ返答の方はその場の勢いでも……
「私じゃなくても、母君は?引っ越し前の友人でもいい」
「…………??」
どうやら、そういう意味ではないらしい。意図を計りかねて、質問を返す。
「なんで急に、そんなことを?」
「詳しい検査は支局で行うが……まぁ一応のチェックだ」
続く説明を聞き流しながら、納得した。
『シヴァルリー』はボスを倒してハッピーエンドのシステムではない。プレイヤーキャラクターがローグにならないか、その判定がある。
日常へ戻りたいという動機………獲得していた“プレッジ”というポイントだけダイスを振って、上がってしまったメタライゼーションを下げる。これが一定値以下まで下がらなければローグ化、キャラクターはゲームマスターに回収される。
ゲームでは、はっきりとこの判定、数値が出るわけだが、ここではそんなものは見えない。見た目のメタライゼーションはある程度偽装できるため、性格テストみたいなものが判断材料になる、という事だ。
「問題なさそうだな」
やっと手を放してくれた。どうやら拘束の意味もあったらしい。
「駐車場まで戻れば車が来ている。ここも、すぐに職員たちが来るだろう」
言われて辺りを見回す。
床やガラスにヒビ。戦闘の跡は残っているが、パソコンや研究施設は無事だ。この後ここをどうするか知らないが、表には出せない。
「………」
ふと……。
冬華が手を合わせていた。
その先には、もうなにも残っていない。が………
「……オラクル・ウィルスに全身を侵された体は、死ねば散っていく。跡形も残らない」
「そうじゃなくて……」
リプレイでもそう表現されてきたし、優馬自身もそう表現してきた。実際に目の当たりにすれば、確かに感傷じみたものはある。が、手を合わそうとは思わなかった。
「意外か?」
「あぁ。ローグだし、やってきたことは……」
研究施設に目を向けそうになって止める。
あんな事をしてきたヤツに手を合わせる必要があるだろうか。
「確かに祈りも弔いも、するべきではないのかもしれない。しかし………」
合掌を解き、真っ黒な瞳をひたと優馬に向けた。
「彼がもし司法の場に置かれたら、どうなっていただろう?」
「………………」
オラクル・ウィルスは人格を蝕む。エゴを肥大化させ、他者を慮外に追いやる。それは……───
『寄生虫の宿主操作に似たものだと思ってるが………』
いつだか彼女の言っていた言葉が蘇る。
ただでさえ精神鑑定やら責任能力が問題になるのに、ましてやこれは未知のウィルス。その影響で、となれば安易に判決は下されまい。
「現状の解決手段に異論はない。ヒトの括りを外れた以上、ヒトの法でさばけないのは仕方ない。それでも、もしこんな力に目覚めなければ……と思えば、手ぐらい合わせてもいいのではないかと思う」
ゆらぐ彼女の瞳の奥は読めない。どんな経験をしてきたか知らない。なにを失ったのか知らない。過去の“設定”を、優馬は聞いていない。
「なんて………いずれ我が道、という感傷かもしれないけどな」
自嘲じみた笑みを浮かべる冬華。
(…………)
彼女にならい手を合わせたのは、香宮の語った望みを思い出したからだ。
彼が欲しがったのは、単純に、人外になってしまった自分の隣りに立てる“同類”だったのではないか。
(そういえば、こういうゲームだったよな…)
単純な悪ではなく、根源的な対立でもなく。望みと理想と、日常とがぶつかる……───
(ヒト対ヒト…)
ローグといえど、その元はヒト。人外と言われても、バケモノと言われても、その欲求は人のもの。
目を開け、顔を上げた優馬に、冬華は笑いかけた。
「さぁ、帰ろう」




