第35-3話
「「は?」」
思わずランダムと同時に声が出た。ナイトハルトは何を言っている?
「あの、意味が分からないんですけど……」
「そうだ。お前さん自身が不老不死になるならともかく、その凡骨の皇帝を不老不死にして何になるんだ?
そんなに肉親の情でもあるってのかね?」
確かにその通りだ。ナイトハルトがゲオルグに向けていた感情は、少なくとも尊敬や親愛ではない。
ナイトハルトが苦笑した。
「疑問に思うのも無理はあるまいよ。兄上は俗物だ。民のことを鑑みず、己の欲のみにしか関心がない。
皇帝としては控えめに言って失格だろう。国庫は常に火の車、その皺寄せは庶民に回っている」
「だったらお前さんが皇帝になればいいじゃねえか」
「そうも行かないのだ。私は次男、そして正当なるウォルフガング家の光景にはなり得ない。
私を皇位に就けたいと思っている貴族は多い。しかし、兄上が皇帝であった方がいい連中はそれよりも多いのだよ。兄上から恩恵を受け、私利私欲を満たそうとする連中が、な。
私であれば皇位簒奪も、あるいはできるかもしれない。だが、私が衰えた後は?……国は乱れ、民は結果としてさらに苦しむだろう」
「それとゲオルグを不老不死にすることと、どう関係があるんだ?」
「兄上には『聖王』になってもらう。決して老いず、そして判断を誤ることなく、国と民を幸福へと導く、そんな皇帝だ。
私では、兄上に近い旧守派の貴族を抑えられない。だが、兄上なら?そして、兄上が心正しく、そして老いることがない王となるなら……テルモンは今よりずっと善い国へと変わるはずだ」
ナイトハルトが、再びゲオルグを見た。その眼には、憐憫の情すら感じられる。
「だが、俗物はどこまで行っても俗物だぜ?どうすんだよ」
ランダムの言葉に、ナイトハルトが虚空に手を伸ばした。空間の歪みから、戦鎚を取り出す。
ランダムの目が、驚きで大きく見開かれた。
「……!!!『プレーンウォーク』を、そこまで使いこなしているのか??それに、その鎚は……」
「ほう、『プレーンウォーク』というのか。これは気が付いたらできていたのだがな。ただ、私は転移魔法は使えないぞ。
そしてお前、この鎚……『聖槌アウレ』を知っているようだな」
「知っているも何も、それは『神器』が一つだ。どこでそれを」
「我が国に伝わる『遺物』だ。兄上では使いこなせなかったがな。これを知っているなら、その力も知っているだろう」
「あ、ああ……。一種の精神感応魔法の発動を可能にするヤツだ。『ロビントンのフルート』ほど凶悪じゃねえが、武器として大業物なのは間違いねえ。つまり……それを使って精神を変えちまうわけかよ」
ニッ、とナイトハルトが笑う。
「お前が『神』かどうかは知らないが、『遺物』の知識があるのは分かった。その通りだよ。
兄上の邪悪な心を浄化し、国と民に奉仕する無私の王へと変える。それは私にしかできない」
「……お前さん、それを使ったことは」
「これは奥の手だ。使ったのは、2、3度しかない」
「そうか。……なら忠告だ。それは絶対に止めるべきだ」
「何だと!!?」
バン、とナイトハルトがテーブルを叩いた。その衝撃で、カップからコーヒーがこぼれる。
ランダムが、覚めた目でナイトハルトを見据える。
「『神器』が何か、全然分かってねえんだな。まあ、当然と言えば当然だけどよ。
それを使いこなすには、膨大な魔力が要る。そして、魔力があったとしても……それはいつかは使用者を滅ぼすんだよ」
「どういうことだっ!!」
「『神器』……というか、お前さんたちが『遺物』と呼んでいるそれな。それには魔力の増幅器として『オルディニウム』って鉱石が使われている。その純度によって、武器や防具の強度は左右されるわけだ。
でだ。ここからが肝心なんだが……そのオルディニウムは、特殊な放射線を発している。人間の心と身体を捻じ曲げる、何かだと思えばいい。
使用頻度がさほどでないうちはいい。だが、一定水準を超えると……使用者は、自我を失った怪物へと成り果てるんだよ」
「……嘘を言うな」
言葉と裏腹に、ナイトハルトの言葉の勢いは弱い。そして、今のランダムの言葉で、さっきシェリルとテイタニアが何を言っていたか、俺はようやく理解した。
あいつらは、今ランダムが言っていたことを、恐らく把握していた。そして、シェリルがなぜテイタニアを止めたのか、ようやく分かった。あれは、自らを怪物と化そうとするテイタニアをシェリルが止めたのだ。
思えば、色々腑に落ちることがある。アヴァロンがエストラーダと同化し、巨大樹の怪物と成り果てたこと。ファリスが「クドラク」となったこと。それは全て、「遺物」の副産物だったのか?
ランダムが再び酒を口にし、溜め息を吐いた。
「心の在り方を恒久的に変えるほどの力となれば、相当高いリスクを背負い込むことになる。お前さんのためにも、その計画は実行に移さないことを勧めるぜ」
「しかしっ!!ではどうすれば国を正しき方向へ導ける!!?」
「んな無茶しなくても、やれる方法はいくらでもあるだろうよ。まあ、政はコーウィン兄やブレイズ兄の領域だったから、俺は疎いんだがね。
……それとは無関係に『ム=カイ遺跡』は攻略されなきゃいけねえんだが。どうだい、やってくれるかい」
プルミエールと視線が合う。彼女の目には、迷いのようなものがあった。
「……少し、いいか」
「おう、何でも聞いてくれ」
「まず、『ム=カイ遺跡』のような遺跡は、他にもあるのか?例えば『ガルデア遺跡』のような」
「……聞いたことがねえな」
ランダムが首をひねる。
「本当に、知らないのか」
「500年前と地名が変わっているかもしれねえからな。何だ、そりゃ」
「アングヴィラの北方、旧サンタヴィラ王国にあった遺跡だ。俺の父上が一枚噛んでいたと聞く。『ム=カイ遺跡』より、さらに危険らしい」
「……俺が知らねえわけがねえんだがなぁ。まだ、俺の記憶は不鮮明なのかね?」
いや、多分違う。ランダムは、ここまでかなりはっきりと話している。嘘をついているとも思えない。恐らく、本当に知らないのだろう。
……とすると、この男でも知り得ないことはある、ということか。彼が「神」かどうかは別としても。
プルミエールが割って入った。
「それと関係するのかもしれませんけど。その、たーみねー……何でしたっけ」
「『ターミネート・ソルジャー』だ」
「そう、それです。それって、まだたくさんいたりするってことはないですよね?」
ランダムが、少し考える素振りを見せた。
「……多分、な。俺が知る限り、この大陸に眠るのは全部で4体。うち1体が目覚め、1体が『ム=カイ遺跡』にいる。
実の所、俺が15年前に目覚めたのは、1体が起動しちまったからだ。何か世界に異変があった時、『コールドスリープ』が解除される仕組みになっていたからな。情けねえことに、俺の記憶も一時飛んじまってたが」
「4人、ですか……でも、もう1人は目覚めているんですよね??どこで、何をしてるんですか?
それに、起きたら大変なことになるって……」
「それが解せねえんだ。多分目覚めたのは、俺と同じ15年前。そんだけ時間がありゃ、もう世界は滅茶苦茶になってなきゃおかしい。
だが、表面上は平穏を保ってる。つまり、誰かが奴を始末したか、それとも封じたか。そんな芸当ができる人間がいるとは、にわかには信じがてえんだが」
妙に胸騒ぎがした。15年前に、何があった?
記憶喪失の男。古代遺跡。「ターミネート・ソルジャー」……
俺の脳裏に、一人の男が浮かんだ。……まさかっ!!!
「ハーベスタ・オーバーバック……」
ナイトハルトの表情が、一瞬にして青ざめた。
「……何!!?」
「やはり、知っているな。同じ『六連星』だ、知らないわけがない」
「いや……私も、彼についてはほとんど知らない。ただ、言われてみれば……」
……どういうことだ?ナイトハルトすら知らないのか。
ランダムが訝しげに俺を見る。
「おい、誰だそいつは」
「俺とプルミエールが、ここに来る前……ロックモールで出会った男だ。
全く、歯が立たなかった。あんなのは、後にも先にも見たことがない」
「……一つ聞いていいか。そいつ、銃を持ってなかったか。深紅の銃だ」
俺は小さく頷いた。ランダムの顔が凍り付く。
「……間違いねえ」
そう言うと、近くにあった酒をランダムが一気に飲み干した。
「俺を目覚めさせたのは、そいつだ。……『コウスケ・エチゴ』。最凶にして最悪の兵士だ」
用語解説
「オルディニウム」
魔力を帯びた鉱石。本作中では「魔洸石」とも呼ばれている。同位体に「アンバライト」があるが、そのマナの含有量にはかなり差がある。
なお、両者はこの時代においては混同されており、ひとくくりに「魔洸石」と呼ばれている。
幾つか違いがあるが、オルディニウムは一種の特殊な放射線を発している点が特徴であり、後述のような影響を人体に及ぼす。
また、ウランやプルトニウム同様、核兵器にもかつては使われていた。
多くの場合、「遺物」にはオルディニウムかアンバライトのどちらかが含まれており、その特殊能力の源となっている。
「神器」とランダムが呼ぶ1級~特級遺物にはアンバライトではなくオルディニウムが使われており、しかも純度が高いものは常軌を逸した威力を持つ。
半面、そこから発せられる放射線は使用者の心身を徐々に蝕む。使えば使うほど「浸食」は進行する。
最終的にどうなるかは、使用者が元々持つ魔力に大きく依存する。ファリスの場合は殺人鬼「クドラク」への変貌と短命化、アヴァロンの場合は「女神の樹」に憑かれたエストラーダとの同化といった具合であった。
共に寿命の大幅な短縮と、心身どちらかにおいて人であることを捨てる帰結となっている。
なお、オルディニウムの純度によって、「神器」にも差があるもよう。




