第34-1話
朝起きて、私は思わず唇に触れた。……昨晩のことは、夢だったのだろうか。
ほんの数秒、触れあうだけのキス。でも、その暖かさが、まだ唇に残っている気がした。
……「俺だけは、お前に向き合ってやる」、か……
どこまで本当かは、分からない。でも、それを信じるしかない。
そして、真実は私が見極めないといけない。過去から目をそらすのは、もうやめないと。
ノックの音がすると、ナイトハルトが入ってきた。
「お目覚めかな?」
「入っていいとは、言ってません」
「失礼、ただ今日は急いだ方がいいのでね」
「え」
ナイトハルトから、笑みが消えた。カーテンの隙間から見える外の風景は、まだ暗い。
「『追憶』で10年前の『記憶』を思い出し次第、ジークポリスに向かう。そして、『ム=カイ遺跡』を開いてもらう」
「なぜ、急ぐのですか」
ナイトハルトの顔が険しくなった。
「……善は急げ、と言うだろう」
「『善』、ですか」
「そうだ。既に準備は済ませている。着替えて下に来い」
……何かを焦っている。あれだけ余裕を崩さないナイトハルトにしてはおかしい。
私は起きて、急いで眼鏡をかけた。
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下の広間には、既に兵士が揃っていた。……今日はエリックの姿も見える。彼と一瞬視線が合ったけど、すぐに外された。
ナイトハルトが、金の甲冑姿で現れた。アウグストも、グロンドを持って付き従っている。
「夜明け前に済まないな。至急、行動を開始したい」
「閣下、何故急がれるのか、理由を」
アンソニーというホビットが手を挙げた。
「詳しくは言えない。ただ、予定を巻かねばならない。遅れれば、それだけ討たれる可能性は高まる」
「……なるほど」
……誰かに狙われている?昨日は「シェリル」の手の者が来ていた。やけにあっさり引き下がったと思ったけど……事情が変わった?
「諸君には、有事の際に彼女を守ってもらいたい。『追憶』の完了までは数時間。最初よりはかからないはずだ。……そうだな?」
私は頷いた。いつ事件が起きたか、正確な記憶がなかった昨日と違い、今日はいつまで戻せばいいかははっきりしている。その分、多少は楽だ。
「宜しい。朝の9の刻頃までに終わっていれば理想だ。ずれ込むほど危うくなるからな。ここでこうしている時間も惜しい。……アウグスト、頼む」
「御意」
アウグストが「グロンド」を構えた。光が放たれたと思った次の瞬間、視界は切り替わる。目の前には、あの公園があった。
「ご苦労。しばらく休んでくれ」
「全く、人遣いの荒い」
「そういうな。全てが終わってから、然るべき『報酬』を支払おう。……やはり、まだいないな」
時刻は朝の5の刻を少し過ぎたぐらいのはずだ。初夏だけど、まだ日は上っていない。薄闇の中、私は詠唱の準備を始める。
「殺害後まで行ったら声を掛けてくれ。トンプソン卿とミハイル・コバレフが何を話していたかを、まず把握する」
「はい」
ナイトハルトは、そのまま退いた。公園を囲むように、彼の私兵とエリックたちが監視を始める。
……真実と向き合わないと。小さく呟き、私は「追憶」を発動した。
(今回の設定紹介はお休みです)




