第33-5話
「……入って」
ドアを開けたプルミエールの顔を見て、俺は事態の深刻さを察した。
眼鏡を外した瞳からは生気が失われ、髪も艶を失っている。身体を動かすのも、恐らく億劫だろう。
薄々、予想はできていた。だが、これは……
下手なことを言えば、こいつは自分の命を絶つ。そう直感した。
いや、仮にそうならずともじきに死ぬ……かもしれない。
心の死は、身体の死に直結する。……俺は、過去の経験から、それを知っている。
「いいんだな」
小さく、力なくプルミエールが頷く。彼女がベッドに座ると、俺はその横に腰掛けた。一瞬、プルミエールが身を離そうとして、思い止まった。
「『協議』って」
「さっき言った通りだ。お前が見たものと、俺が知っていることを照らし合わせる。俺に何か訊きたいから、俺を入れたんじゃないのか」
プルミエールが俯いた。
「……何も、出てこなかったら」
「……そうならないことを祈るし、何か分かると信じる。それに、1人で考えるよりは2人だ。違うか」
「……」
1分ほどの沈黙の後、彼女はぽつり、ぽつりと今日のことを話し始めた。
「シェリル」本人か、その眷族がテルモンに来ていること。ナイトハルトが何かを知っていながら隠しているように見えること。
話すプルミエールの表情は、見るからに辛そうだ。自分が彼女に酷なことをしているのは理解している。「もういい」と喉まで出かかったが、俺はそれを押しとどめた。
そして……「追憶」でプルミエールが見た光景に話が進んだ。
プルミエールの声は小さく、今にも消え入りそうだ。
その中のある単語に、俺は聞き覚えがあった。
「……待った」
「え」
「今、『アルフレッド候』と言ったか?」
コクリ、と彼女が頷く。
確か、昼に読んでいた史書にその記述があった。アルフレッド家。10年前に滅んだ、貴族の名門。
剣術「ヒース流」の宗家でもあり、皇族の身辺警備が主な職務であったという。
……プルミエールは、その家の出身なのか?亡家の人間を、なぜハーランド候は狙った?
そして、コバレフ家。「ム=カイ遺跡」の守護者の一族が、なぜ彼女のそばに……
トンプソンがプルミエールの記憶を消し、自分の手元に置いたのも解せない。そして、オルランドゥ魔術学院に留学させた意味。「シェリル」……テイタニアが積極的に彼女を殺しに来なかったのも、妙と言えば妙だ。
……考えろ。何かがあるはずだ。「違和感は気づきだ」と、父上も言っていた。ここに、何かがある。
「……あ」
……全ての糸が、一本に繋がった。
……これは予想だ。しかし、筋は恐ろしく通っている。
「どう、したの」
「……確信はない。ないが……多分、お前の素性が分かった」
「え」
プルミエールの目に、わずかに光が戻った。
「今から言う話は全て推測だ。本当の所は、それこそ『追憶』を使わないと分からない。いいか」
「……聞かせて」
俺は軽く呼吸をし、息を整えた。
「まず、お前はアルフレッド家の人間だ……と思う。そこまでは多分、考えが及んでいると思う」
「うん」
「で、アルフレッド家だ。今日、時間があったのでこの国の歴史書を読んでいた。そこに、アルフレッド家の由来について記述があった。
開祖は、エミル・アルフレッド。『エマニュエルの夢』の主人公の元となったのではという説がある。つまり、『ム=カイ遺跡』には縁があった一族だったというわけだ」
プルミエールの顔が凍り付いている。俺は一拍置いて話を続けた。
「ここから先は、俺の完全な憶測だ。俺は、お前のそばにいたという魔族が、移籍への鍵となる何かを渡したのだと思っていた。だからナイトハルト、そしてハーランド伯もお前を欲しがったのだと思った。
だが、それは多分、半分しか合ってない」
「……どういう」
「お前自らが、多分鍵なんだ。遺跡は、ひょっとしたら……アルフレッド家の人間にしか開けられない。
そして、お前のそばにいたミハイルという魔族。奴の目的は、『鍵を守る』こと。だから、ハーランド伯の所に行くのを阻止するために、レミュー夫妻を殺害した」
プルミエールが震えていた。
「じゃあ、やっぱり私は……ただの『道具』……」
俺は強く首を振った。
「最後まで話は聞け!!……これも、ただの推測だ。だが、それなりに自信はある」
「……」
「……俺は、トンプソンという男が憎い。父上を討った、仇の一人だ。勇者アルベルト・ヴィルエール並みに、あの男が憎い。
だが……俺の予想が正しければ、恐らく……」
息を深く吸う。あの男の人間性を、庇いたくはない。だが……多分。
「トンプソンは、お前を守ろうとした。『アルフレッド家のプルミエール』ではなく、『プルミエール・レミュー』としての人生を送らせようとした」
「どうして、そんなのが……あなたに分かるのよ……」
プルミエールの声が震えている。俺は彼女の目を見た。
「……分からない。ただの推測だ。
ただ、もし奴が道具としてお前を考えていたなら、数年も愛情を注いで育てるか?
『ム=カイ遺跡』、そしてテルモンからお前を引き離すために、ミハイル・コバレフとの一切の記憶を消した……そう考えると……筋だけは通る」
「……え」
「俺も、ガキの頃に『サンタヴィラの惨劇』で父上を失った。やがて、母上も。
だから一人で結構な期間生きなきゃいけなかった。ガキが独りで生きていくのに必要なのは、人間の悪意に敏感になることだった。
そのせいか、どういう行動をする人間が『悪意』の人間か、俺には何となく分かる」
もう一度、プルミエールの目をしっかりの見つめた。……俺を信じてくれ。
「……『ム=カイ遺跡』に眠る何かを目覚めさせないというだけなら、トンプソンは10年前にお前を消していたはずだ。それが一番確実だからな。
逆に『何か』を手に入れたいなら、悠長に10年も放っておいていない。すぐに、動いていたはずだ。
……俺には、トンプソンがどういう人間かは分からない。多分、俺にとっては不倶戴天の仇なんだろう。でも……お前にとっては、違うんじゃないのか」
プルミエールの目が、潤み始めた。
「え、えっ……」
「なぜミハイルという男が死ななければいけなかったか、なぜトンプソンと組んでいたかは……正確には分からない。
ただ、多分……お前を『一人の人間』として、2人は見ていた。あるいは……記憶を消したのも、ミハイルという男の意向なのかもな」
「そんな、うそ」
「今までの話は推測だと言ったはずだ。俺が話をいいように解釈しているだけかもしれない。
だが、それが正しいかそうでないかの手段は、お前自身が握っているんじゃないのか」
「……『追憶』を使え、というの」
俺は小さく頷く。
「ナイトハルトのためでも、『ム=カイ遺跡』のためでもない。お前自身のためだ」
「……もし、あなたの予想が違ってたら」
プルミエールが、涙を流している。……そんなことは、あってはならない。絶対に。
気が付くと、俺は……プルミエールを抱き締めていた。
「……大丈夫だ。世界の全てが、お前を『道具』として見ていても……俺だけは、お前に向き合ってやる」
「……エリック」
ふと、視線が絡んだ。涙で濡れたプルミエールの瞳が、少しずつ近付き……
そして、ゼロになった。
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すぐに、プルミエールには体力を整えるように告げ、俺は部屋を出た。身体を、妙な昂ぶりが包んでいる。
もし、ここが王宮でなかったなら……きっと俺は、彼女を抱いていただろう。自分の獣性に、軽く嫌気が差した。
階段を下りたその先に……ナイトハルトがいた。いつもの、余裕の笑みで。
「説得には、成功したようだね?」
「……まさか、話を」
奴は肩を竦める。
「さあ?」
頭が、沸騰するほどに熱くなる。「音速剣」を使って、この男を叩き切りたいという欲求が沸き上がるのを、俺はすんでの所で思いとどまった。
ナイトハルトはふふ、と笑った。
「失敬。……私にはきっと、できないことだ」
「何が言いたいっ!!」
奴の目が、わずかに細くなった。口元からも、笑みが消える。
「文字通りの意味だよ」
「貴様……プルミエールが何者かを知っていたな!?」
「何となくは、な。でも、私ではきっと、絶望しか彼女に与えられない。たとえ同じようなことを言ったとしても」
「……どういうことだ」
ふふ、と今度は自嘲じみた笑みが浮かんだ。
「きっと、それは彼女も気付いているよ。だからこそ、その心が欲しいのだけどね。……君が羨ましい」
「……は?」
「ふふ、喋り過ぎたな。明日、もう一度彼女に『追憶』を使わせる。君にも同行してもらいたい」
「何故だ」
「君にも真実を知る権利があるだろう、ということだ。そして……多分明日は、今日のようにはいかない」
「……!!『シェリル』か」
「彼女と君とは、一度やりあっている。だから、君がいた方がありがたい。それに、敵は彼女だけじゃない」
「どういう……」
「それはすぐに知ることになるだろうな。明日は体力を使う日になる。早く寝るのを勧めるよ」
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そのナイトハルトの言葉は、現実のものとなる。
用語紹介
アルフレッド家
テルモンの上級貴族の一つ。国防を司り、同家が受け継いできた剣術「ヒース流」はテルモンの軍人なら誰もが学ぶほどである。
20年前、「サンタヴィラの惨劇」と前後する形で既に滅ぼされている。宮廷内の権力闘争の結果だったとあるが、真偽は不明。
一族郎党はゲオルグにより殲滅されたとあるが、何故か2歳になる宗主サムスの一人娘だけが見付からなかった。
昔話「エマニュエルの夢」のモデルとなったエミル・アルフレッドが開祖。エミルは相当な長寿であったが、何らかの理由で命を落としている。
子孫の寿命は一般人と同じだが、剣術と魔術については代々長けていた。プルミエールに魔術の才があるのは、当然であったとも言える。




