第34-2話
夜が明け、辺りが朝日に照らされた。家からは、掃除具を持った奴隷の魔族がちらほらと現れる。
5の月とはいえ、北方のテルモンの朝は肌寒い。防寒着の一つもあれば違うのだが、と俺は内心毒づいた。
公園の中央では、プルミエールが詠唱を続けている。もう3時間になろうとしている。あと、1時間ほどで終わるはずだ。
彼女の手元には、魔力を供給するための魔洸石が置かれていた。
「……あいつ、お前の女か」
エルザが低く言った。
「違う」と否定しかけて、俺はやめた。まだそういう関係ではない。ただ、昨晩の口づけは……好意のない相手には、決してしないことだ。
俺自身、自分があんな行為に出たのを未だに信じられていない。……魔が差した、のだろうか。
エルザがはぁ、と溜め息をつく。俺がここに来た経緯は、ごくざっくりとだが既に話していた。
「魔族が人間の女に、なあ。『魔王』の後継者も、節操のないことだな、おい」
「……」
キレそうになったが、俺は怒りを抑えた。そんなことをしている場合ではない。
そして、純血主義が多い魔族としては、俺が異端であろうことも理解はしていた。
「……お前も、人間の剣術を身に付けているが?」
「ヒース流、か?……アレはオレの恩人が教えてくれたものさ」
「……恩人?」
「ここで話す話じゃあない」
少しだけ、エルザの表情に影が差した。ヒース流は、アルフレッド家の技だ。そして、エルザの剣は、明らかにただ聞き齧った程度のモノではない。
こいつにも、アルフレッド家との繋がりがあるのだろうか。
その時、酷く不快な気配を感じた。
「……これは」
向こう側にいるナイトハルトが、こちらを見た。奴も気付いたようだ。
「どうしたんだ?」
「……誰か、来ている」
このマナは……以前感じたことのあるマナだ。
「シェリル」……いや、テイタニア・ランドルス。
どこだ?……まだ遠い。多分、ここから数十メドの所、路地の奥か。こちらを伺っている?
ホビットの男が、ナイトハルトと何か話している。しばらくして、彼が俺に手招きをした。
向かうと、ナイトハルトが険しい顔をしている。
「誰がいるかは、分かるな」
「『六連星』、シェリル・マルガリータ……というより、その名を騙っている『三聖女』テイタニア・ランドルスだな」
「……少し違う」
「ん?」
「騙っているわけじゃない。まあそれはこの際大事なことじゃない。
あそこにいるのはテイタニアだ。隠密魔法で姿を消したが、一瞬だけマナが見えた」
「討て、というのか?」
「いや、彼女は……私でも苦労する。それは向こうも同じだがね。こちらに手出ししない限りにおいては、放置が正しい。
問題は……彼女が『何もしてこない』という事実だ」
俺は頷いた。モリブスの花街でやってみせたように、人々を「憑依」で操るのだろうと思っていた。しかし単騎で、しかも遠間から見ているだけというのは変だ。
「『六連星』同士、不可侵の約でもあるのか?」
「いや、私たちの目的は『世界秩序の維持』だ。世界に仇なそうとする人物を、陽に陰に消し去る。そのために存在している。
私が『ム=カイ遺跡』を開かんとするのが世界秩序に反するものなら、事前に警告があるはずだ。だが、今回はそうではない」
「……何?」
「警告はないのさ。そして、『六連星』には私に協力する人物もいる。
ミカエル・アヴァロンはお前に殺され、もう一人……ハーベスタ・オーバーバックは行方不明だ。お前も知るデイヴィッド・スティーブンソンには目立った動きはない。
つまり、『シェリル』……もとい、テイタニアの行動は独断ということになるな」
「そんなことがあり得るのか?」
ナイトハルトの目が、鋭さを増した。
「それだ。普通に考えれば、意味がない。彼女にとって……どちらにとっても……『ム=カイ遺跡』のことはあまり関係がない。
私があそこを発掘して、不都合になることもない。『2人目』とやらを恐れているのかもしれないが、あれはそういう柄じゃない」
そんな気はする。奴とは短く会話をしただけだが、アリスのように天下のことを考えるような女ではない。
とすると……
「テイタニアも、『ム=カイ遺跡』狙いか」
「だろうな。だから、『追憶』が終わるまで待っているのかもしれない。ただ……『来るのが早すぎる』」
「何?」
「私は、彼女はもう少し来るのが遅いと思っていた。だが、この時間からいるのは予想外だ。
それも『本体』がいるとはね。昨日は『端末』のようだったから捨て置いたが」
……確かに不自然極まりない。どういうことだ、考えろ。
……ぞわっ
今度は、俺以外の全員がハッキリと感じ取った。プルミエールも顔を上げる。
「詠唱を続けろっっ!!!」
ナイトハルトが叫ぶ。感じたのは……足音。それも、大勢の。
まさかっ!!?
「テルモン軍かっ!!」
「それも一個大隊……恐らく、近衛騎士団を総動員している!!テイタニアは、これを待っていたのかっ!!?」
テイタニアは、数百人を動かせるのか?いや、それならモリブスの時にそうしていたはずだ。つまり、これは……「憑依」によるものではない。
そして、それが意味する所は……
「テルモン皇帝、ゲオルグ3世!!?」
チッ、とナイトハルトが舌打ちをした。
「兄上に何か吹き込みおったな、あの女狐っ!!!」
「閣下、指示をっ!!」
ホビットの声に、ナイトハルトが僅かに黙った。いつもの余裕は、とうにない。
「距離は」
「……まだ王宮を出たばかりかと」
兎耳の女が、耳をピクピクさせて報告した。……距離にして、1~2キメド。若干の時間の余裕はあるが、詠唱が終わるまではもたない。
「……足止め、しかないな」
「どうされます」
「私自ら行こう、と言いたいが……いかに私でも多勢に無勢だ。足止めできたとしても、そこまでもたん。
先手を打てるのは……アンソニー、頼めるか」
「……御意。素晴らしき一生でした」
俺の顔から、血の気が引くのが分かった。ナイトハルトは、このホビットに「死ね」と言っているのだ。
「どうやって止めるつもりだ!?」
「屋根づたいに動き、矢でゲオルグを討つ。逆賊の汚名は、遭えて被ろう」
「……できるわけがない」
テイタニアが、路地にいる。あそこで動かないのは、俺たちに対する足止めの意味もあるのか!
あいつの「エオンウェ」の威力を、恐らくこいつらは知らない。屋根の上にいようと、蝿のように叩き落とされ圧死するのが落ちだ。
……とすれば。
「ふざけるなよ若造!そこまで柔では……」
「その役割、俺がやる」
「何!!?」
「テイタニアとは一度やりあったことがある。あいつの手の内は分かってる。倒すことまでできるかは分からないが、『逃げる』ことはできる。
そして、ゲオルグの所に辿り着くことも」
ナイトハルトが、俺を見た。
「どういうつもりだ」
「俺の力は聞いているだろう?逃げるだけなら、俺に敵う奴はいない。撹乱には、最も向いている」
プルミエールが、こっちを涙目で見ているのが分かった。俺は小さく笑う。「心配するな」と。
もちろん、死ぬつもりはない。ここで突っ立っていても、俺もプルミエールも死ぬ。なら、足止めを成功させるしかない。
それに……これなら。周囲への被害を気にせず全力を出せる。
「任せるぞ」
「了解した。テイタニアがこっちに来ないよう、お前はしばらく待っていろ」
「『皇弟』に命令か。……いいだろう」
ニヤリ、とナイトハルトが笑う。俺は脚にマナを込めた。
「加速5!!」
キャラクター紹介
アンソニー・エドワーズ(35)
ホビットの男性。ダストボックス小隊の1番組にして実質的隊長。外見上は茶色の髪の小柄な男性。身長143cm、34kg。
ホビットは外見年齢が20手前で一度止まり、寿命である70歳前後で急激に老ける。アンソニーもまた、見た目通りの年齢ではない。
弓の達人であり、1級遺物「射手バルドの弓」をナイトハルトから託されている。
ナイトハルトとは幼馴染み。幼少期の頃、「廃棄層」に捨てられていたのをナイトハルトの母親が見付け、従者として育てた。
なお、ナイトハルトは側室の息子であり、ゲオルグとは異母兄弟である。
異種族には厳しい差別が与えられるのがテルモンの文化だが、先帝の寵愛を受けたナイトハルトの母が必死に庇った結果、ナイトハルトとは実の兄弟に近い信頼関係で結ばれるに至った。
既婚者であり、1女がいる。妻は元奴隷の人間。家庭仲は良好。




